「ソウジー?大丈夫ー?」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!まだまだ……いけます……!」
「うーん。もう無理そうだねー。ここまでにしとくかねー。」
体力が早くも限界を迎える。
正直辛い。
体力には自信があったのだが、この特訓は……きつい……!
一方セツヒトさんは平然といつもの表情。
これほどまでに体力に差があるとは…………。
「ソウジー?平気ー?」
「はいっ!……とりあえず帰る分には……!」
「オッケー。んじゃま、走りますかー。」
ビュン。
セツヒトさんが快速で走り出す。
「マジか……。」
俺は足に力を入れ直し、無心で追いかけ始めた。
なぜこのような事態に陥っているのか。
セツヒトさんに訓練をお願いしたところから説明しよう。
* * * * * *
最初の一週間は、ただ見るだけだった。
本当に、ただ見るだけ。
ヒュ!…………シュパ!!
「よし……こんな感じー!」
少し遠くの方で合図するセツヒトさん。
足元にはジャギィの骸が2つ。
俺が駆け寄ると、セツヒトさんから声がかかる。
「どーだったー?」
「そ、そうですね……。」
ジャギィの亡骸を見つめる。
頭部に傷、首にはキッチリと切り込みが。
「弱点を的確に……狙っています。」
「お、いいねー。」
「あと、セツヒトさんの剣がとにかく速かったです。何か……特に力を入れているようには見えなくて。」
「うんうん、それも正解。」
つらつらと見てわかったことを述べていく。
その一つ一つに、受け答えしてくれるセツヒトさん。
「……こんなところでした。」
「うん、よく見てるよー。ソウジはなかなか良い眼してるねー。」
「あ、ありがとうございます。」
「んじゃー、次ねー。」
そう言ってダランと双剣を下げると、殺気を後ろに向けだしたセツヒトさん。
正直に言おう。
……めっちゃ怖い!
セツヒトさんは殺気を放つや否や、ヒュンッと後ろに駆け出し、こちらを覗いていたジャギィに一撃。
「ギャアッッ!!」
「よっと!」
攻撃の後も手が休まることはない。
まるで流れるように2体を仕留めた。
「……よーし。こんなもんかなー。」
「セツヒトさ―――」
「せっちゃんー。」
「せっちゃんさん、今の流れるような剣捌き、心底驚いております。」
「いやー、あははー……ソウジに褒められると、照れるなー。」
「いや、本気ですよ?」
「うん……ありがとー。いやー、見られるだけなのも疲れるよー。どーお?次は何かわかったことはあるー?」
聞かれて言葉にするのは難しい。
考える。
「そうですね……まず、俺とは初速が違いました。」
「しょそくー?」
「そうです、剣を降り出すときからすでにトップスピードというか、そこから振り抜くまでに更にスピードが上がっていて……でも力は入ってないように見えます。」
「ほうほう。」
「あと、目配せですね。モンスターを見ていないようにも見えるのに、隙無く次の獲物を捉えているようにも見えて……あー、言葉って難しいですね。」
「うんうん、わかるよー。私も今言われて、確かにーって思ったよ?」
無自覚か。
やっぱりすごいわ、セツヒトさん。
「まだソウジの剣を見てないから、何とも言えないんだよねー。まー、まずは盗むつもりで見ててねー。」
「はい!」
* * * * * *
こうして
その一週間、セツヒトさんには営業開始までの間、小型の狩猟を見せてもらった。
クエストの契約料は俺が払う形て。
教えてもらうのだから当たり前だと思うのだが、セツヒトさんは固辞しまくり。
お互いに「いやいや私が」「いやいや俺が」の繰り返しの末、何とか俺が払うことになった。
「私のほうが先生なのになー。むー。」
申し訳ないが、ここは譲らない。
元日本人で社会人、いやいや勝負は負けません。
ちなみにその間、ショウコは別のクエストを受注することになった。
何でも、意気投合したオトモ付きのハンターの方と一時的にチームを組んで、クエストに行っているらしい。
ショウコが非常に申し訳無さそうに俺に弁明していたのだが、そもそも俺が怪我の間はクエストを受けようにも受けられない。
ショウコも体がなまってしまう。
俺は二つ返事でオッケーした。
「あんまり変なハンターだったら、ちゃんと言うんだぞ!?ちゃんと装備は持ったか?昼飯は?トイレも済ませたか?ハンカチとティッシュはあるか?」
「ご主人さま、心配しすぎです……。」
そりゃ心配もする。
ショウコは俺が守る。
仲の良いアイルーらしく、今度紹介してくれるとか。
ギルドにも顔をちょくちょく出し、今やショウコはギルドのアイドルさながららしい。
ヒナタさん情報である。
そしてドールはと言えば「いつもセツヒトさんと一緒だね。」と言われてしまった。
まさか怪我も治ってないのにクエストに行っているなどと言えなかったのだが、3日でバレてしまった。
「小型の狩猟を見ているだけだから!他は何もしてないぞ!」
「ふーん。」
「危険なことは何もしていな……ドールさん?」
「ふーーーーん…………いいけどさ。別に。」
……それ以来、頭を撫でていない。
いや、撫でさせてもらってないみたいな言い方だと、俺がまるで望んでセクハラをしているように聞こえてしまうけど!!
ミヤコさんとホエールさんは「若いっていいねー(いいのー)。」とか言っていた。
助けてくれ。
そしてハイビスさん。
ギルドを通してクエストを受ける傍ら、セツヒトさんに教えてもらっている旨を伝えておいた。
セツヒトさんはどうやら有名な人らしく、心底驚かれた。
「え!?本当にセツヒトさんが!?ですか!?」
「は、はい。ついこの前から、ですけど。」
「はぁぁぁ……。」
まさかこんなに驚かれるとは思いもよらなかったが。
「いえ、セツヒトさんはその、今までも何度となく、教官へのスカウトを試みてきたものですから…………。」
「おぉ、さすがセツヒトさん。」
「えぇ……でも、全て断られてまして……私も諦めていたところに、ソウジさんにはOKなんですね……。」
「は、はあ。」
セツヒトさんがなぜ、簡単に引き受けてくれたのかは分からないが。
ありがたい機会なんだな。
これは気合を入れないとな!
「も、もし、ギルドの講習所に来られるようなことを仰ってましたら、私に教えていただけますか?」
「しょ、承知しました。」
ハイビスさん、目の色変わってますけど!
……やっぱりセツヒトさんってすごい人なんだなぁと、改めて思わされた。
そんなこんなで。
訓練開始から無事一週間を迎え、お医者さんに完治だと言われた次の日から。
俺の地獄が始まった…………。
* * * * * *
「へー、じゃあもう大丈夫なのー?」
「はい!お医者さんからもオッケーが出ました!」
「よーしよし。じゃーあ、今日から一緒に訓練しよー。」
「はい!」
いつものようにやってきた、村にほど近い草原。
そこでセツヒトさんに、早い完治のご報告。
命の恩人にこの報告ができるのは、素直に嬉しい。
「じゃあ、今日はソウジの腕前をー!見せてもらおうかなー?」
ニヤニヤしながら俺に近づくセツヒトさん。
あ、これイジる顔だ。
「は、はい。でも具体的に何すればいいですか?」
「んーと。じゃあ今日の目標のファンゴ。ぎふとのまっぷきのう?を使っていいからー、あれを2体ほど仕留めてくれるー?」
「は、はい!」
ふいっと俺から離れるセツヒトさん。
その長い銀髪から、少しいい匂いがした。
……変態か!
自重自重。こんなんだからからかわれるんだぞ、俺
今日のクエストは、ファンゴの狩猟である。
この時期、農村部の畑を荒らしに荒らすイノシシモンスター、ファンゴ。
土をほじくり返して根こそぎ食物を探すため、食害に悩まされる農家さんは多い。
当然、その駆除のクエストはギルドにたくさんあった。
今日受注したのは、それである。
「じゃあ、やってきます!」
「はーい、無理しないでねー。」
早速俺は草原を見渡しながら、ポーチに触れる。
ギフトの起動。<マップ>を選択。
……あっちに2体ほどいるな……。
すぐさま駆け出し、ファンゴを発見。
「はぁっ!」
シュザン!
出会い頭に一太刀。慌てだす2体には隙も与えず。
「よっ……と!」
お得意の突進を難なく避け、再び追撃。
確実に仕留めていく。
3分ほどして、俺の足元にはファンゴの骸が2体横たわっていた。
「こんな感じですが……。」
「おー、やっぱそのマップ機能?見つけるのが早いねー!」
「はい、めっちゃ便利ですよ、これ。」
と言っても見せられないのだが。
「んー…………。」
「……せっちゃんさん?」
セツヒトさんが、手を顎に当てて何やら思案している。
訓練方法でも考えてくれているのだろうか。
「ソウジー?」
「は、はい!何ですか!?」
お叱り?それとも褒め言葉??
「んーっとねー。ソウジのその、ギフト?装備もしまえるんだよねー。」
「は、はい。できます。」
セツヒトさんには、つい先日、俺の秘密……ギフトについて、大体を説明している。
その、装備の着脱機能のことを言っているのだろうか。
「今、しまえるー?」
「は、はい。」
武器をしまう。
ちなみに双剣は、曲がった刀身を改めて直してもらったものである。
セツヒトさんにやってもらった。
「しまいましたけど……。」
言われたとおり、双剣をしまう。
「あー、ごめんごめん。装備もー、外してー?」
「え!?は、はい!」
今度は全身の装備を外す。
裸になるわけではないが、草原のど真ん中でインナー一丁になるのは少し気が引ける。
だが、セツヒトさんの命令である。
全て外し終えて、もう一度セツヒトさんに向き直す。
「全部外しましたが……。」
「んー、よし。じゃあねー……。」
何だろう。
新たに装備をつけて特訓をするのだろうか。
めっちゃ重い装備でパワーをつけるとか?
某超有名な漫画の、亀的な仙人さんが実践していたが。
「それでー。もう一回、やってみてー?」
「…………………………へ?」
思わず変な返事をしてしまう。
「一体だけでいいからねー。」
「…………ちょ、ちょっとまってください、セツヒトさ―――」
「せっちゃんー。」
「せっちゃんさん!え!?もう一回って……つまりどういう事で?」
聞き間違いか?
「だからー、インナーで素手のままー。ファンゴ一体、仕留めてみよっかー。」
「…………本気ですか?」
「えー?本気も本気だよー。素手でー、モンスターを、倒してみよー。」
……………………。
…………。
「ええええええぇ!?」
「よーし、じゃあマップを―――」
「せっちゃんさん!?そんなこと不可能に決まってるじゃないですか!!」
「えー?」
何を言い出すんだこの人は。
頭ぶっ飛んでいるのか!?
装備とは、正しく体を守るもの。
武器とは、敵を倒すもの。
だが俺は現在、全くの無防備。
しかも素手で!?ファンゴを仕留める!?
「ソウジー。まっぷ?を見てー。」
「は、はい。」
情報画面から<マップ>を選択。
しばらく行ったところに、ファンゴの反応。
しかも数は一体。
「い、一体だけのやつ、いますけど……。」
「よーしよし。じゃあ。れっつごー!」
ピューン
「は、はやっ!!!ま、待ってください!!せっちゃんさん!!!」
インナーで身軽とはいえ、とても追いつけない速さ。
しんどくはあるが、なんとか付いていく。
「はーい。……おおホントだー。いるねー、ファンゴが一体。」
「はい……。」
「じゃー、やってみよー。」
「…………本気ですね?」
「うん。」
マジか……。
こりゃ覚悟を決めるしかない……。
「まーほんとに危ないときはさー、助けるし?」
「……やってみます。」
「おー。ソウジ、覚悟決めたねー。じゃーこれー。」
「……これは……?」
セツヒトさんからわたされたのは、ぐるぐるキレイに巻かれた包帯?
「うん。流石に最初は、それ拳に巻いて使ってみてー?おいおい、素手に移行するけどー。」
「は、はい……。」
本気だ……この人は本気で、ファンゴを仕留めろとおっしゃっている。
いつもの呑気な口調が怖くなってきた。
素手にテーピングのように、キツめに包帯を巻く。
「じゃ、じゃあ行ってきます……!」
「はーい、無理しないでー。」
すでに無理がある、と心の中でツッコミつつ、ファンゴの近くまで移動してみた。
ち、違うぞ!いつもと全然違う!
ファンゴはたしかに厄介な敵だが、そういう意味ではなく!
単に恐ろしい!
インナー一本で的に立ち向かうなど、当たり前だが初体験。
恐ろしいという感情しか沸かない。
「ブルッ!ブフォ!」
「うわっ……。」
鼻を鳴らすファンゴ。
思わず後ずさる俺。ちびりそう。
「……ブモォォォ!」
「うわっ!っと!!」
突進を噛ましてきたファンゴを避ける。
か、体が硬い!思うように動かない!
「ソウジー!リラックスリラックスー!」
「は、はい!」
できるか!というツッコミもできない。
だが反撃をしなければ……ジリ貧だ。
覚悟を決める。
次に近づいたときに、拳を入れてやる……!
「ブフォッ……ブフォッ!!」
来た!
構える。
すぐ避けられるように、重心は低く。
攻撃を避けた後に、拳を入れるんだ!
近づいてくるファンゴ。
あと10m……5m……2m!
「よっと!!」
まるで気分は闘牛士だ。
だが、我ながら上手く避けられた!
ギリギリぃ!こええ!!
間髪入れず、右手に力を入れる!!
「オラぁ!!!」
ぼふっ。
「……。」
「……ブフー……。」
「え?何かしたの?」と言う顔をしながら、こちらを見つめるファンゴさん。
……あれだな。
ファンゴって、毛が固いんだな。昔触ったカピバラみたい。
「……ブフォオ!!」
「のわああ!!!」
ファンゴさんが牙を向けてきたので、思わず避ける。
……え?俺の拳、全く効いてないんですけど!!!
避けるのも、恐怖にも、少しは慣れてきた。
だが、こちらがダメージを与えられないのである。
どうにもこうにもいかない。
こうして、俺とファンゴさんの戯れは20分以上続いた。
…………。
……。
「ソウジ―。時間切れ―。」
「はあっ………は、はいぃ………。」
間延びしたセツヒトさんからかかる声。
俺の返事を聞いたのかは分からないが、セツヒトさんが双剣を一閃。
俺と決死の戦いを繰り広げていたファンゴさんは、あっという間に死んでしまった。
「せ、……セツヒト……さん……。」
「せっちゃんー。」
「せっちゃんさん!」
「はいよー。なにー?」
俺の域は絶え絶え。だが、聞かねばなるまい。
この訓練の意図を……!
「せっちゃんさん。……この、訓練の、意図は……な、なんでしょうか?」
「意図―?うーん……。」
考え込むセツヒトさん。
訓練中は、よくこの姿を見せてくれる。
「んー……いじわるでも何でもなくてねー……意味を考えることに、意味があるからー……何も言わないー。」
「……え!?」
「だからー、ソウジには、考えてほしいのさー。私の教えようとしていることをー。」
「は、はぁ……。」
「マショルクはどうだったかはわかんないけどさ。これは、ソウジが意味を見つけることに意味があるんだねー。」
「俺が……意味を……。」
「そう。だから、何も言わないー。」
……訓練の意図を、俺自ら考える、か。
なるほど、自分から学ぶ気でいなければ、意味がない。
考えることから意味を持たせ成長につなげる。
アクティブラーニングってやつか。
……この1週間は、セツヒトさんがセツヒトさんらしくないことが多かった。
いつもは余裕綽々で俺のことをからかい、世俗とはどこか一線を画したような雰囲気を纏っているのに。
俺の訓練を引き受けてくれてからは、カリキュラムを考え、カンペを見ながら、一生懸命頑張って俺に教えようとしてくれている。
だから、若干テンパる姿とかも少し見られて……何というか……いつもとのギャップが少し可愛いのである。
……勿論、殺気を放って剣を振るう姿は怖いんだけど!身震いするんだけど!!
そんなに懸命なセツヒトさんが、「意味を見つけてみて」と俺に課題を出したのだ。
教えを請う者として、その課題を解くのが生徒の努め。
……考えてみようじゃないか。ファンゴを素手で倒そうとさせるその意図を。
きっと、何か俺に習得させたいことがあるのだ。
そしてそれは、今の俺に足りない部分なんだろう。
……やってやる……!!
「せっちゃんさん。」
「んー?」
「……俺、考えてみますよ。この訓練、モノにして見せます。」
「お、おぉー。」
感心したような顔を見せつセツヒトさん。
「素手でモンスター、仕留めてやりますよ!」
「んー。その意気だねー!ソウジ―かっこいいじゃーん。」
「は、はい、ありがとうございます。」
照れてしまう。
「よし、んじゃー次行ってみよっかー。」
「……え!?つぎぃ!?」
「そー。次は、ジャギイでー。ソウジ―、まっぷまっぷ」
「ま、まじかよ……。」
それから俺は、決着のつかない小型モンスターとの狩猟を続けた。
倒すに倒せず、体力をとにかく消費する。
相手の攻撃が当たれば、絶対に痛い。
そして避けることに集中するあまり、肝心の拳は全く効いていない。
そのまま、訓練時間は終わりを迎える。
そして話は冒頭に戻る。
* * * * * *
「がんばったねー、ソウジー。今日はここまで!」
「は、はいぃ……お疲れさまでしたぁ……。」
「んー、キツかったよねー。でもねー、こればっかりはねー……。ヒントもあげられないよー。」
「そ、そうですか……。」
村に着くと、ちょうど市中が本格的に動き出す時間。
セツヒトさんはこれから店を開くのだろう。
貴重な朝の時間を割いてもらっている。
無駄にしないようにしたい。
「じゃあセツ……せっちゃんさん。」
「んー。」
「今日はありがとうございました。また明日、お願いします。」
「うむうむー。任されよー。」
ニコニコ笑顔のセツヒトさん。
……えらく機嫌がいいような……。
とにかくセツヒトさんに礼を述べて、宿に帰った。
部屋に入ると、グロッキー状態のまま、ベットにぶっ倒れる。
「も、もう限界……!」
そしてそのまま、泥のように眠ってしまう俺であった。