キツかった。
かなりキツい訓練だった。
双剣があれば、バッタバッタと小型モンスターたちを屠れるのに。
装備が全く無いというだけで、こんなにも違うものか……。
「……もう夕方か……。」
体を起こす。
幸い怪我はない。あるのは少しばかり残る疲労のみ。
相変わらず丈夫なこの体に感謝しつつ、ベッドに座り込んでまどろんでいた。
トンットンットンッ……。
誰かが階段を昇る音がする。
コンコン。
「ご主人さまー?帰ってますー?」
「おぉ、ショウコか。あぁ、いるぞ?」
「よかった、入りますよー?」
「ああ。」
ガチャッ。
ショウコが帰ってきた。
例のクエストの帰りなのだろう、オトモ装備を身に着けたまま部屋に入ってくる。
「ただいま帰りました、ご主人さま……だ、大丈夫ですか?」
「あぁ、すまん。今起きたところでな。ボーッとしてた。おかえり、ショウコ。」
「は、はい。ただいまです……。なんかこういうの、初めてですね。」
「確かに……。ショウコ、今日はどうだったんだ?」
ショウコのクエストが気になる。
件の、意気投合したというハンターとオトモ。
初めての共同狩猟だ、大丈夫だったんだろうか。
「はい!何とかアオアシラ、倒すことができました!」
「お!大型をやったのか!」
「はい、何でも森を荒らしていたらしくてですね。ウチらが力を合わせて、退治できました。」
「そうか、よかった。……実はちょっと心配してた。」
「え?」
ショウコがまた、トラウマを引っ張ってくるんじゃないかと、俺としては少し心配してたのだ。
「いや、昔色々あったろ?そこのところを……ちょっとな。」
「ご主人さま……。」
「い、いやいや!何もなさそうでよかった!安心したよ。」
「……ふふっ。ご主人さま、ウチの装備、外してくれます?」
「へ?あ、あぁ。」
情報画面から<オトモ装備>を選択。
ショウコの装備を外して、すぐさま普段着を着せる。
気分は何だか着せ替え人形である。
ちなみに着せ替えの時は、俺は後ろを向く。
マナーマナー。
「どうだ?」
「ありがとうございます、ご主人さま。」
そう言うと、ショウコは俺の横に座った。
アイルー特有の耳が、ぴくぴくと動き、金色の髪が揺れる。
俺に頭を預けてくると、ニコニコ笑いながら、ショウコが口を開いた。
「もう、ご主人さまは心配し過ぎです……ちょっと嬉しいですけど。」
「そ、そうか?」
妙に距離が近くてなぜかドキドキしてしまう。
いやいや、相手はショウコだぞ!
……俺は過保護なのか?
「……ご主人様、ウチは幸せもんです。こんなに心配してもらえて。」
「そりゃ、心配もするさ。」
「ふふっ……今日のクエストは、大丈夫でしたよ?ハンターさんも、オトモのトツバも……ま、まぁ若干癖のある人らやったけど。なんか、楽しかったです。」
「……あぁ。よかった。」
……少し寂しいような……何だこの気持ち。
いやいや、喜ばしいことなんだ。歓迎しなければ。
「……ご主人さま、もしかして……妬いてます?」
「い、いやいや……なんつーかなぁ……うん。」
「ふ、ふふふ。ふーん。ご主人さまー。」
俺の左腕に耳をこすりつけてくるショウコ。
……ち、ちくしょう。隙を見せてしまったような……恥ずかしいぞ!!
「と、とにかくだ。ショウコ。」
少し真面目な顔をして、ショウコに向き直る。
顔が少し赤いかもしれないが、そんなん知らん!!
「俺も、頑張って強くなる。ショウコも、クエストを頑張ってくれ。……いっしょに、アイツにリベンジするぞ!」
「……ふふ。はい!ウチも、がんばります!」
多少……いやかなり強引なやり方だが、ごまかした。
だが、言ったことは本音だ。
アイツ、ディノバルドにリベンジするんだ。
ショウコと一緒に。
「あ。」
唐突にショウコが声を上げる。
「そういえば、セツヒトさんとの特訓はどうやったんですか?」
「あー……うん。絶賛悩み中……。」
「え?」
俺はショウコに、今日の特訓の話をした。
素手で小型を屠る。
字面にすれば簡単なこの行為を、いったいどうやって達成すればいいのか。
「うわぁ……それはキツイですねぇ……。」
「あぁ。控えめに言って、死ぬかと思った。」
「うーん、流石に人間さんにはそれはキツいんちゃうかなぁ……。」
「そうなんだよ……あれだけ余裕だった小型のファンゴだが、素手となると攻撃が全く効か…………ん?」
ん?
何か引っかかる。
「ショウコ、人間さんにはって……どういう事?」
「へ?」
「いやだから、人間さんにはキツいんちゃうかって、今。」
「あー。そらアレです。うちらアイルーはまず、素手で訓練しますからね。でも人間さんは、うちらみたいな爪無いから、大変ちゃうかなって……。」
「……そうか。ショウコはいつも爪のグローブみたいな武器だよな……。」
「ぐろーぶ?ってのはよく分かりませんけど……ウチのは手に付けるタイプの武器ですね。やっぱり、これが一番しっくりきます。まぁトツバみたいに武器を持つ奴も結構いますけど。」
素手で戦う……まではいかなくても、ショウコはかなり素手に近い戦い方だ。
……これは、チャンスかもしれない。
「ショウコ。」
「はい?どうしました?」
俺は思いついたことを口にする。
「俺に、ショウコの戦い方を、レクチャーしてくれないか?」
「……えぇ!?」
* * * * * *
宿の庭へ移動。
軽く準備運動をする。
「ご主人さま……本気ですか?」
「あぁ、本気も本気だ。さっきも言ったろ?この戦い方を身に付けることが大切なんだって。」
「は、はい。」
なぜセツヒトさんが、俺に武器無しでモンスターに挑ませるのか。
考えてみた。
そして、辿り着いた一つの結論。
俺は武器での戦いに、慣れ過ぎてしまったのではないか、と言うことだ。
俺は、憑依状態になれば、一瞬だけG級並みの剣の使い手になれる。らしい。
もちろん様々な制約は付きまとうが。
だから、その剣の動きを真似して、模倣して、自分自身をある意味での師として、自主訓練に明け暮れていた。
この体はとても優秀だ。体に動きを覚えこませていけば、少しずつモノにできていった。
……それでも、ディノバルドには、敵わなかった。
単純に訓練不足、力不足だと言われればそれまでなんだけど。
憑依状態の俺なら、何とかダメージを与えられていたが……ギフトをフル活用して罠にハメまくって、それでようやくって感じ。
……セツヒトさんは、俺に素手での戦い方を会得させることで、最も基本的な戦い方を仕込もうとしているのではないだろうか。
凝り固まった俺の剣の型を、一度ぶち壊そうとしているのではないだろうか。
俺が今までやってきた訓練は、素人が超級のプロの真似をするようなものだったのかもしれない。
まるで、料理もしたことの無いような子どもが、一流シェフの調理を真似するような。
バスケットをしたこともない人間が、とりあえずNBAの選手のフォームを真似してシュートをするような。
模倣が無駄だとは思わない。
だが基礎の基礎から鍛えていくことしか、得られないモノは必ずある……と思う。
以上が、俺が考え出した結論である。
「一朝一夕で身につくようなものじゃないよな……。だから、ショウコ。頼む。」
「わ、分かりました。」
ショウコと向き合う。
これから行うのは、いわゆるステゴロである。
ただ怪我防止の為、ヘッドギア代わりのヘルムをお互いに装着。
拳にも、グローブ代わりの海綿素材を巻き付けた包帯を装着。
故ロアルドロスさんの鬣である。
ザ・有効活用。
急所や弱点の攻撃は寸止めで。
怪我したら元も子もないしな。
……やろうとしていることはかなり野蛮ではあるが……。
実践訓練が一番、効率が良い気がする。
この体は、覚えが早い。丈夫だし、正に実戦向きだろう。
「じゃあ、いきますよ!」
「よし、こい!」
構える。
構え方からしてわからん。
「ご主人さま、利き手で顎、守ったほうがええです。」
「え?こ、こうか?」
「そうです。あと、体は正面ではなく、肩を前に出す感じで……そうです。」
「なるほど。」
人体の弱点である正中線を、なるべく見せないようにするのか。
……まんまボクシングだな。
「ウチも、素手は久しぶりなんで……痛かったらごめんなさい!」
「気にするな!思いっきり来い!」
「では……。」
スウッ。
ショウコが浅く息を吸う。
「シッ!」
「!!」
物凄い速さで俺の間合いに入ったショウコは、ワンツーのリズムでいきなり顔を狙ってきた。
俺の顎を守る右手を弾くと、2発目の拳が同じ箇所にやってくる。
パァン!
「ぐぁ!」
きれいに顎にパンチをもらってしまった。
俺の体が開く。
「すんません!」
口では謝りながらも、懐に入ったショウコは、俺のボディーにもう一発拳を入れる。
完全に体が開いていた俺は、それをもろに食らってしまった。
「げふ!」
「ご、ご主人さま!!」
orzのポーズでうずくまる俺。カッコ悪い……。
「す、すんません!寸止めがうまくできひんと……。」
「い、いや、いい。気にするな。ゴホッ!ゴホッ!」
痛くなければ、覚えない。
よく言うものだ、二度とこんなの貰いたくない。
「……ご主人さま、足、止まってます。」
「足?」
「はい、単純ですけど、動いていたら攻撃は中々当たりません。」
「なるほど。……もし避けた先に攻撃が来たら?」
「……そん時は。」
「……時は?」
「覚悟してください。」
「……がんばります。」
こうしてショウコとステゴロの特訓を続けた。
ショウコがくれるアドバイスは、実に分かりやすい。
言いにくいようなこともズバズバ言ってくれるので、こっちも助かる。
飯も食わずに正直フラフラだが、頑張った。
「ここらで終わりましょうか……ご主人さま、フラフラです……。」
「す、すまん。流石に腹減って腹減って……。」
「とりあえず、銭湯行きましょうか。ウチ、体ベタベタや。」
「俺も。ドロだらけ。」
二人して銭湯に向かうことに。
「ありがとな、ショウコ。明日も、頼んでいいか?」
「エエですけど、無理はせんでくださいね。怪我、治ったばかりなんですから。」
「ああ、ありがとう。」
大通りを歩きながら、俺は先程までの特訓を振り返っていた。
ちなみに銭湯では完全に別行動。
ヒナタさんと色々あったので、銭湯では自重することにしたのだ。
「ウチはご主人さまの体を流すんです!」とショウコは不満げだったが、納得してもらう他ない。
ドールには言ってないが……まぁ空気を読んでくれるだろう。
……そもそもドールぐらいの年齢の子が俺の背中を流すのは、結構……危険なのでは無いだろうか……?
ま、まぁ、この辺は追々考えよう!
うん!
今はとにかく風呂と飯。
今日も一日頑張りました。
* * * * * *
夕飯は宿で食べた。
疲れていたのもあるが、ドールがなんだか最近不機嫌続きなので気になってしまった。
「はい、どうぞ。」
「はい、いただきます。」
「召し上がれ。」
「…………。」
……セツヒトさんと訓練を始めてから、ドールはこんな感じ。
つ、冷たくないですか?
いや、ご飯はいつもどおり美味しいんですが。
「ご主人さま……訓練もええですけど、ちょっとそっち方面も鍛えた方がええですよ?」
「そっち方面もって……。」
「ズバリ、女心です。ドールちゃん、むくれてますねぇ……。あれ、そのままでええんですか?」
「いや、良くない。何とかしたい。」
「じゃ、ご主人さまができることは何ですか?」
「……謝る?」
「……多分それ、逆効果です……。」
だめなようだ。
ショウコに教わることは、まだまだたくさんありそうだった。
* * * * * *
ベッドに入る。
頭を切り替えていく。セツヒトさんとショウコとの訓練を今一度振り返ろう。
まず今の課題は、素手でモンスターを倒すこと。
その為に必要そうなのは、力のある一撃。
ショウコとやってみて感じたのは、意外と双剣と体の動かし方が似ているということだ。
常に動く。手数でダメージを稼ぐ。体力とスタミナの管理に気をつける。
うん、似ている。
セツヒトさんが意図を持ってこの課題を出したのがわかってきた。
しかし、逆に全く違う問題点も見つかった。
間合いである。
俺の拳が、相手に全く届かないのだ。
届いても、力の乗らない一撃。
単純に近づけばいいのだが、それはこちらが攻撃を食らうリスクもつきまとう。
モンスターは、ショウコのように手心を加えることはない。
そんなこと構ってくれるわけもない。
「相手の動きを読んで……足を運ぶ必要があるな。」
しかも、とんでもない精度で、だ。
ミスが、一大事を招く。そんな間合いで。
できるなら、装備で体を守りたい……でもインナー一本で勝負をしなければならない。
……そういったリスクも込みで、考えろってことか。
セツヒトさん……ドSだなあ……。
何にせよ、小さな目標ができた。
まずは相手を観察。
次に動きを読んで、間合いをはかる。
できるなら、攻撃に移る。
これだな。
よし、そうと決まれば、イメトレである。
あの憎きイノシシを、猪肉にしてやる。
俺は決意を固め、目を閉じた。
ショウコにブツブツと独り言を聞かれ、次の朝心配されたのは言うまでもない。
* * * * * *
「おはよー、ソウジー。疲れは取れたー?」
「はい!おはようございます!大丈夫です!」
「んー。よろしー。んじゃー早速、クエスト探そっかー。」
翌朝、ランニングも早々に終えた俺は、朝飯を食ってギルドでセツヒトさんと合流。
適当なクエストを選んで、いつもの草原に向かう。
クエストを選ぶときは、ギルドのスタッフが物凄い目をしてこちらを見てくる。
……俺を見ているわけではないよなぁ……セツヒトさん、何者なの……?
まぁいつか本人が教えてくれるらしいし、気長に待つか。
そんなこんなで草原に到着。
「ソウジー、今日はいきなりやってもらうけど、大丈夫ー?」
「はい!平気です!」
「おぉ、元気だねー。……きついときは、言うんだよー?」
「はい!無理はしません!」
マップを起動。
ファンゴを一匹、発見する。
「西に少し行くと、いますね。ファンゴが。」
「おー。じゃーいくよー?」
ヒュンッ。
風のように走り出すセツヒトさん。
速いよ!
* * * * * *
ファンゴと対峙。
俺の格好は、もちろんインナーのみ。武器も無い。
やはり恐怖が勝るが……とにかくやってみよう。
「ブルッブフォ!」
こちらに気づいたファンゴが起き上がる。
前足を動かし、「今から走ります!」って姿勢でこちらを向く。
そんな感じだから、避けるのは正直簡単である。
回避はいつもの感じで大丈夫だな。余裕をもって避けていこう。
ん……?
余裕を持って避けていくのは……正しいのか?
間合いを詰める必要がある以上、いつものように安全に避けていては……。
「ブモォ!!」
「うわあ!!」
「ソウジ!?」
しまった!
意識を思考にもって行き過ぎた!!
眼前にファンゴ!!!!やべえ!
「シッ!!」
ドォン!!
発砲音!?
激しい銃声が耳を劈く。
聞こえた瞬間、俺の目の前にいたファンゴが消えた。
いや、消えたのではない。
横を見ると、頭を爆散させて横たわるファンゴの体。
ピクピク動いているが……完全に死んだな、これ。
「ソウジ―!!」
「せ、セツヒトさん!?」
セツヒトさんが、いきなり俺に飛びついてきた。
「今のは……。」
「今のは、私のヘビイボウガンだよー。ソウジ―?……駄目だよー?ボーっとしちゃ。」
「す、すいません。」
「ケガはないー?大丈夫ー?」
やたらと心配してくれるセツヒトさん。
ペタペタと俺をさわってくる。
何か子供みたいな扱いで、はずい……。
「ぶ、無事です!そ、それより、ヘビイボウガンって……。」
「あー、ごめんごめん。説明してなかったねー。」
軽々とボウガンを肩に担ぐセツヒトさん。
「私ねー。これでも結構すごいハンターだったのさー。ボウガン弓、チャアクにスラアク、双剣大剣片手剣……大体は、できるよー?」
「もしかして、『百手』……?」
「うわー、それ知ってたのー?……むー、ちょっと驚かせようと思ってたのになー。」
そう言うと少しむくれ顔を見せながら。
セツヒトさんは、糸目を余計に細めて笑った。