武器を極めるというのは、伊達ではない。
当たり前だ、一つの武器でさえ四苦八苦するのだ。
誰も好き好んで多くの武器を極めようとは思わない。
それでも、近距離武器と遠距離武器。もしくは扱いが似通った武器種などを選別して。
そうして複数の武器を扱うハンターが居ないわけではない。
パーティーの中でマルチに役割を担えるハンターは、とても重宝されると聞く。
実際、教官は双剣が使えた。ヘビィボウガン使いなのに。
では、今目の前にいるこの人、セツヒトさんはどうか。
何と、全武器種を扱えるのだという。
……少しばかりはセツヒトさんの二つ名を聞いており、何となくの想像はついていたが。
まさか大体の武器OKとは……!!
しかも先ほどのヘビイボウガンの腕前、ハンパなかった。
偶然ではないと思う。スピードに乗って突進するファンゴの、その頭を正確に射抜いていた。
不測の事態にもかかわらず。
「でもさー、この虫みたいな二つ名は無いよねー。もうちょっと可愛いのでもよかったよねー。」
そして本人は、この呑気さ。
滅茶苦茶な実力を持っているのに。
「二つ名って、自分で決められないんですか?」
「んー、なんか勝手に呼ばれだしたらー、もうそれがひとり歩きしちゃうんだよねー。不名誉なあだ名ですなー全く。」
「なるほど……。」
確かに。
ショウコの場合も、そんな感じだったらしいし。
「それはそうと、ソウジー?」
「は、はい!」
「油断禁物ー。怪我しないでー。これ、命令ー。」
「はい……すみませんでした。」
俺は学習しない生き物なのか。
二度と油断はしないって決めてたのに。
……よし、切り替えていく。
先程はなぜ油断したか。
答えは簡単。考え事をしていた。
「よしっ。行きます。」
「はーい、また危なくなったら助けるよー。」
「はい、よろしくおねがいします。」
<マップ>を開いて、小型ファンゴを探す。
……いた………北北西の方角。
そこに向かう。
ファンゴは寝ていた。
横たわって鼻提灯を出している。
「うーん、野生とは……。」
「寝ていても訓練にならないしー……待ってねー。」
セツヒトさんが、ボウガンを構える。
あまりに軽々と持ち上げるが、確かヘビィボウガンって結構な重量があったはず。
すごい。
「やっ、と。」
ビシィ!
セツヒトさんが撃った弾が、ファンゴの鼻提灯を射抜いた。
直後、怒ったように起き出すファンゴ。
俺を見つけ、足を鳴らしだした。
「よーし。じゃあソウジー。ふぁいとー。」
「はい!」
セツヒトさんが離れると同時、ファンゴが俺めがけて突っ込んできた。
狙いは弱点。
ファンゴの弱点と言えば、その鼻。
しかし突っ込んでくるファンゴのそこを狙うのは、正直難しい。
なので、ギリギリを狙う。
先程少し考えた、余裕を持って避ける方法ではなく、本当にギリギリを見極める。
重心を低く。力を抜いて…………。
倒れるように避けるっ!
「ファゴッ!」
「……!」
間一髪!
真横に避けるのではなく、少し斜め前に倒れ込むイメージ。
そのまま避けた方向に、足を踏ん張る。
拳を鼻に!
「らぁっ!!」
バゴッ!
「ブヒィィィ!!」
突っ込んだ勢いそのままに。
俺は拳を振り抜いた。
「……いってえええ!!」
「ブルゥッ…………ブフゥ……!」
拳めっちゃ痛い。
でもファンゴは……よぅし!効いている!
頑張って立っているように見えるが、フラフラしているのは目に見えて明らか。
チャンスだ!
「おらぁ!」
「ブフォ!」
腹部に蹴りをかます。
「そこぉ!」
「ブヒィ!」
目に拳。
うわぁ、痛そう。
でも悪いな。ここでやらなきゃ、多分先程のような一撃は出ない。
俺がやられる。
数分かけて、タコ殴りにした。
「ブフゥ……。」
ズン……。
「倒した……か?」
横たわって動かないファンゴ。
絶命したのか……。
気をつけながら近づいて、脈を測る。
動いてない。
「……よ……よしっ。」
手を合わせる。
すまん、ファンゴ。
……ファンゴに直接攻撃したからか、罪悪感が半端ない。
素手で殺したという生の感覚が、頭にこびりついている。
「おつかれー、ソウジー。」
「は、はは……何とかできました……。」
「……うん、辛そうだよねー。苦しかったろうねー。……
「……。」
セツヒトさんが、俺を見てくる。
まるで心を読もうとしているかのよう。
「ソウジ。忘れちゃダメ。私達は、命の上に立ってる。それを、忘れないでねー。」
「はい……。」
俺は、倒す方法のことばかり頭にあった。
最初の一撃は、してやったり、という気持ちが強かった。
でも、そこからはただのリンチ。
しかも、素手。
……罪悪感が、拭えない。
「……心の整理、するー?」
「……すみません、少しだけ。」
異世界だから、弱肉強食のこの世界だから。
なんとなくの感覚で、今まで戦えてきた。
自分に納得させてきた。
でも、今俺が抱くこの感情は、少し違う。
確実に命を奪った。
明確にそんな思いが湧く。
湧いてしまう。
しばらくの間、俺はその場に佇んでしまった。
* * * * * *
「ソウジー?大丈夫ー?」
「はい、何とか。」
セツヒトさんは、そのまま待ってくれた。
うろたえて落ち込む俺を、ひたすらに。
ありがたかった。
「……ここまできたからようやく伝えるけどー。……ソウジの始めの狩りを見て、わたしは、どこか遠慮みたいなものを感じたんだよねー。」
「遠慮?」
「うん。躊躇、って言えばいいのかなー。明確な意図もない、ただの剣の振り。」
「…………。」
「その感情は、ソウジー。……君を、殺すよ?」
「……。」
「私達は、モンスターの命の上に立っている。その覚悟をもって、改めてモンスターに対峙する。……生半可な気持ちじゃー、上級にはなれないかなー。」
「……はい。」
……俺は、甘かったのか。
モンスターを殺す。生命を奪う。
初めてのその時に、この気持ちに気づくべきだったんだ。
ゲームみたいなこの世界だからこそ、リアルな感覚が失せていた。
だから、セツヒトさんは俺に―――。
「……だから、素手で殺して欲しかったんだー。ソウジ、君は甘いよー。」
「…………。」
「……心構え、できそう?」
「……わかりません。でも、やってみます。」
「……うんうん。そうだよねー。その返事で良かったよー。悩んで、当たり前。……そこら辺の認識が甘いやつには、ハンターになって欲しくないかなー。」
「…………。」
「…………迷っていい、今はいい。そこを乗り越えて尚、残酷に。それがハンターだから。」
セツヒトさんの口調が、いつもと変わる。
寒気がした。
「…………なんてねー、私もその辺甘かったからねー。」
「……セツヒトさん、俺は―――。」
「せっちゃんー。」
「せ、せっちゃんさん。……俺は、俺は甘かった。敵をどうやって倒せばいいのか、ただそれだけに考えを集中させていた。」
「うんうん。」
「……違ったんですね。俺に素手でやれといった意図は。」
「……うん。ようやくスタートラインに立てたね。ソウジ。」
「……ありがとうございます。」
心持ちを変えよう。
どこか、甘い。指摘されてハッとした。
ハンターとして生きる。この世界で。
リアルなこの世界で、生きていく。
異世界ではないのだ。
ここは、俺が生きる、俺の世界なのだから。
「……よーし!じゃー、さっきの振り返り、しよっかー。」
「……はい。」
「すぐには切り替えなくていいんだよー?ソウジー。少しずつ、分かってくるからさー。」
「……はい!」
気持ちを切り替える。
覚悟とやらはまだ半人前。
でも、やるべきことはやろう。
凹んだときも、違う仕事をこなしていくのだ。
そのへんのマルチなやり方は、前世で随分仕込まれたし。
……社会人って、色々鍛えられていたんだなぁ。
「じゃーソウジー。最初の一撃なんだけどー。」
「はい!」
頭を別の思考に切り替える。
それはそれ、これはこれ、だ。
「よかったよー?こう、シュンってくるファンゴを、ズビィッと一拳?うんうん。いいカウンターでした。」
「…………はい!」
相変わらず感覚で伝えてくるセツヒトさん。
汲み取るんだ。
何となく、言わんとすることはわかる。
ほめてくれているようだ。嬉しかった。
「…………うん、よかったー。」
「はい……。」
「…………。」
「…………終わりぃ!?」
「え?うーん。……うん。」
……そうか。
…………いや。ちょっとまって。
「セツヒトさんはその、今回の素手の戦いで、俺にまず心構えを伝えたかったんですよね?」
「そーそー。」
「そして、素手で戦うことによって、俺に足りない戦い方の基本を身に着けさせたかったんですよね?」
「…………うん?」
え!?違うの!?
「その、俺ほら、特殊な訓練方法ばかりしてましたし……武器とは違う間合いとか、避け方とか、そういうのを実践で仕込みたかったんでは…………。」
「………………。」
「………………。」
「…………そそ、そー、その通りー。さすがソウジだねー。」
「……今の間は何!?」
ちょっと待ってほしい。
俺はショウコにお願いしてまで、色々と考えてやってみたのに。
せ、セツヒトさん?
「い、いやー。ねー……。ほら、ソウジ鍛えてるしー、ファンゴぐらいなら素手でいけるかなーって。」
「素手の狩猟とか結構決死の覚悟だったんですけど!?」
「えー?うーん。……どんまい?」
「その程度!?」
「あ、ソウジー、さっきの狩猟、最後はお粗末だったよー?だめだめー。」
「そして急なダメ出し!?」
その後も少し話して分かったこと。
セツヒトさんは、どうやら俺に素手で戦わせることで、命を奪うことの残酷さ、ハンターという仕事の覚悟を認識させることが目的だった模様。
つまり、素手で戦う方法を身に付けるとか、あんまり考えてなかったようだった。
……まぁでも、間合いとか体の動かし方とか、その辺は無駄にならないだろ……。
「じゃーソウジ―?そっち方面も鍛えてみるー?」
「……え?」
意外な言葉を聞いて、セツヒトさんを見る。
「これからー、素手でやってみるよー。ちょっち、モンスター、探してくれる―?」
「わ、分かりました。」
「お手本―、やってみよーかねー。」
ボキボキと拳を鳴らす姿は、正直少し怖い。
首を回しながら準備運動っぽいことをしている。
えーっと……<マップ>内にいる小型モンスターは……。
「あっ、いました。」
「お、どこどこー?」
屈伸をしながら尋ねてくるセツヒトさん。
「ここから南に少し、あの木の向こう側ですね。……2体、ファンゴがいますけど。」
「おっけー……じゃー、よーい……ドン!」
「へ!?ちょっと待って……」
ヒュンッ。
速い!
掛け声も早々に南方へと走るセツヒトさん。
追いつけ!
…………。
「はあっ……はあっ……。」
「おっ。いたいたー、あれかなー?」
遠くを見つめるアクションに、余裕を感じる。
いつか追いつける日が来るのだろうか……。
この人、2年ブランクがあるって話してたけど……。
「じゃー、ちょっくらやってくるねー。」
「は、はい!」
そう言うと、まるで町中を歩くようにファンゴに近づいていくセツヒトさん。
格好は、武器なし。
装備こそつけてはいるが、むしろ重くて、徒手空拳には辛いのではないかと思う。
「……ブルゥッ!」
「ブフォ!」
あ、ファンゴが気づいた。
「…………シッ!」
……えっ?
「フゴォ……」
「フゴ……」
ズズン……。
ファンゴが力なくその場に倒れる。
2体とも。
息はしているようだが……動かない。
「……はーい、このとーりー。」
フゥっと息を吐くセツヒトさん。
……今起こったことを頭の中で整理する。
ファンゴに気づかれたと思った刹那、セツヒトさんがゆらっと動いて。
凄く速くてよく見えなかったけど、おそらく近づいて「シッ」て言って拳を当てて。
その後力なくファンゴ二体が地に伏せて。
…………。
……。
「……さー、ソウジもやってみよー。」
「できるかぁ!」
無茶振りにも程がありますセツヒトさん。
どこ!?どこをどうやってどんな強さで叩いたの!?
「えー、ソウジならできるよー。」
「意味のわからない信頼!!」
「だからー、ファンゴのこの辺りを、こう、シュッと。」
「顎の当たりを的確に一瞬で振り抜く……?」
「そー、それー。」
「できません!」
天才とは、得てして良き師になれるわけではない。
セツヒト語をなんとか汲み取りながら、俺は素手での仕留め方を教えてもらうのだった。
言葉って、難しいんだなぁ……。