セツヒトさんとの本格的な特訓の日々が始まった。
朝はまずランニング。
体力を怪我前の水準まで戻し、更にペースを上げていく。
ショウコも一緒に俺のペースについてくるものだから、こっちもムキになって、だいぶ体力が伸びたと思う。
「ご、ご主人さまにいつまでも……!追いつけへん……!」
「はぁっ……はぁっ……!きょ、今日は、50分を……切ったな!」
でも、追いつかれるのも時間の問題かも知れない。
基本アイルーのほうが人間より体力あるらしいし。
その後は宿に戻って朝ご飯。
最近ようやくドールの機嫌も戻ってきた。
実は、ショウコにドールの機嫌をとるにはどうしたら良いかと相談したのだ。
するとドールと二人で買い物にでも行き、欲しそうなものを買ってあげるといいとアドバイスをいただいた。
師匠の教えは、即実行。
訓練休みの日に、宿の買い出しを手伝うついでに、一緒にブラブラと買い物した。
だが、俺にこういう贈り物のセンスは無い。皆無と言っていい。
無難にいきたいのだが、その無難なプレゼントさえ分からない。
女性が喜ぶもの……指輪とか花束とか……でもドールはまだ幼いわけで。
というわけで、その辺の雑貨屋に売っていたエプロンをプレゼントした。
「え、いいよ、ソウジさん……。今日誕生日でも何でもないし。」
「日頃世話になってるし。これからも美味しいご飯作って欲しいからな。」
「そ、そう……。じゃ、じゃあもらおうかな。」
恥ずかしそうにしてはいたが、栗色の髪を指でクルクルさせながら笑顔をみせていた。
画して、無難プレゼント作戦が功を奏したのか、ドールの機嫌も戻ってきた。
恐らく大怪我をしたのにも関わらず、性懲りも無く特訓を始めた俺に対して怒っていたのでは無いかと……思っていたのだが。
「ご主人さま、ちゃいます。ドールちゃんは、そんなことで怒ってません。」
「ち、違うのか!?」
「……ご主人さま……。」
哀れんだ目で俺を見つめてきたショウコの顔が、何故か忘れられない。
ま、まあ、ご機嫌取り作戦は無事成功したのだ。
よしとしておこう。
そんなショウコは、例のハンター&オトモと一緒にクエストに行くことが多い。
ショウコの話の中で、その二人の出現率が高いので、名前も覚えてしまった。
ハンターはフェニク、オトモはトツバ、という名前らしい。
いつか挨拶にでも伺えたらと思う。
変な輩なら容赦しないが……オトモの方は昔からの知り合いらしいし、多分大丈夫だと思う……ことにした。
「…………ご主人さま……妬いてます?」
「ややややや妬いてないわ!」
べ、別に嫉妬なんかしてないんだからねっ。
……ちょっともどかしいのは事実ではあるが。
早くクエストに行きたいものである。
そして俺はセツヒトさんの店へ。
「寝ていたら起こしてよー。」とからかわれて、じゃあ本気で起こしに行ってやろうかと思っていたのだが、ほとんどの日、セツヒトさんは起きている。
裏手の庭で素振りをしながら、俺を待っていることが多い。
おかげでセツヒトさんの寝顔というものは、今の所拝んでいない。
…………期待していなかったと言えば嘘になるんだが……少しホッとしている自分もいる。
「おー、おっはよー、ソウジー。」
「おはようございます、今日もよろしくお願いします!」
挨拶もそこそこに、ギルドへクエストの受注に向かう。
最近増えている小型モンスターの討伐クエストを受注、現地へ向かう。
ちなみに、セツヒトさんに俺のギフトや能力について説明したことについて、ハイビスさんには伝えている。
「ソウジさんの力のことを知っている方って……今のところどれぐらいいらっしゃいますか?」
「そうですね……マショルク教官、シガイアさんにハイビスさん、ショウコとセツヒトさん……5人ですね。」
「……秘密を知る人が増えると……特別感が無いですよね……。」
「特別感?」
「あ、いえいえ!こちらの話です。」
ハイビスさんはどうやら、秘密がバレることによって自分も巻き込まれてしまうことが心配な様子。
シガイアさん共々、機密漏洩については職責を賭けていたからなぁ。
「大丈夫ですよ、話した全員、信頼のおける方々です。」
「……それもそうですね。……ですがソウジさん、その件はくれぐれも慎重に、お願いしますね。」
「はい、気をつけます。」
軽い挨拶を終わらせると、クエストへ。
最初の頃はセツヒトさんとのコミュニケーションの難しさから、「やってみよー」「え、マジですか!?」的な無茶振りも多かったのだが、それも慣れてきた。
2週間もすると、だんだん素手でモンスターを倒すのにも時間がかからなくなってきた。
モンスターと対峙する。
間合いを測りながら、絶妙なポジションで拳を構える。
相手が突っ込んでくれば、カウンターを。
そのまま警戒が続くようなら、こちらから一撃を見舞う。
単に殴る、蹴るでは、大したダメージは与えられない。
ファンゴなら顎下か、鼻。ジャギィなら顎下か、その細い首。目や金的ならどちらも有効。
的確に弱点を狙っていく。
セツヒトさんのように、弱点一発、というわけにはいかないが、焦らない。
小型はスタミナも無いので、ヒットアンドアウェイで揺さぶりながら徐々に体力を削っていく。
フラつき始めたら好機。一気に倒していく。
意識するのは、間合いと弱点。
これは、どのモンスターにも共通すると思う。
最近は投げ技も覚えた。
首の長いジャギィなら、一本背負いのように投げ飛ばし、足で顔を潰す。
比較的体高が低いファンゴは、実は足払いが有効とわかり、積極的に横倒しを狙う。こちらも倒れたら、足で顔を潰す。
「プギャア!!」
「っ……。」
正直、自分の身一つでモンスターを倒す感触にはまだ慣れていない。
でも、慣れるしかない。
すまん、セツヒトさんのように、一発で気絶させたら苦しまずに済むのにな。
そんなことを考えながらも、容赦はしない。
気を抜いたら、こちらが大怪我である。
「んー、ソウジー。良くなってきたねー。」
「ありがとうございます!」
お褒めの言葉を貰うことも多くなってきた。
セツヒトさんは基本褒めて伸ばす方針の様子。
天狗にならないよう、気をつける。
周囲にハンターがいる時は、「何してんのあの人w」と変な目で見られることが多い。
そりゃそうだ。
武器も装備も持たずに、インナー一本でモンスターを倒すのである。
頭のおかしいやつと思われてもしょうがないと思う。
……この周りの目にはいつまでも慣れない気がする。
* * * * * *
そうして、セツヒト式訓練を始めて、一ヶ月。
小型モンスターを倒すことが安定してできるようになってきた。
だが流石に一ヶ月も経てば、小型モンスターの食害は少なくなり、農家も収穫期を終えだす。
すると必然、小型モンスター討伐の依頼も無くなる。
……そう、小型モンスターを相手にした訓練が、やりにくくなってくるのだ。
ただでさえ、小型の討伐はなりたてのハンターが行うことの多い仕事である。
よほどの緊急性や異常性が見られない限りは、初心者ハンターに仕事が譲られる。
食いっぱぐれないためのギルドの措置である。
なので、小型を相手にした訓練が厳しくなってきた。
ギルドのクエストボードに、小型狩猟の依頼が見当たらないのだ。
と言うか、狩猟系のクエストが軒並み減っているような……。
「せっちゃんさん、小型のクエストがありません。」
「えー、ほんとー?……わー、マジだ―。んー……これから寒くなってくるしねー。」
「寒くなるんですか?」
「そー。収穫が終われば、秋も終わり―。そうすると、冬がはじまるんだよねー。」
「季節感があんまりなかったんですが……。」
正直この世界に来て、季節を意識したことが無い。
素晴らしい事なのだが、昼は涼しいし、夜は暖かい。
季節がはっきりしない毎日だったが、冬はきっちり来るらしい。
「んー、もうしばらく、ソウジに格闘を仕込みたかったんだけどねー。」
「これからどうします?」
「んー。んーーーー。」
腕をわざとらしく組んで考え込むセツヒトさん。
余談だが、セツヒトさんは双剣で狩りに行く時、鎖帷子が入ったいかにも寒そうな格好をしている。
何でも、ナルガクルガというモンスターの装備らしい。
スキルが美味しいらしく、愛用しているのだとか。
なので考え込むポーズのとき、少し視線に困ってしまう。
その……何というか、色々なところが見えてしまっているのである……!
あんまり見つめるのも失礼なので、目をそらそうとした時、セツヒトさんが思いがけないことを言い出した。
「……じゃー、大型。いってみる?」
「……へ?」
間が抜けた返事をした俺に続けて、突拍子もない事を言い出す。
「だからー、小型の狩猟は大体初心者ハンターに回ってるんでしょー?なら、大型を狩るしかないよねー?」
「そ、それはそうですけど……素手で!?」
「んー、いやいやいやー、流石に死んじゃうからねー。」
「で、ですよね。」
あービックリした。
素手で大型を狩って来いなんて言われたら、これはもう流石にただの自殺である。
「フル装備で、上位ランク。狩ってみようかー?」
「じょ、上位。」
言葉に詰まる。
上位モンスター。
今まで俺は、相手にしたことがない。
「んー。多分できる思うよー?素手であそこまでできるんなら、よゆーよゆー。」
「ほ、本当ですか?」
「うん。……多分。」
「そこは自信をもって言って欲しいんですが……。」
一抹の不安を残しつつ、セツヒトさんは飄々としつつ、受付に向かっていく。
「おいっすー。えーっと……ハイビスさーん!」
「ブフォはいっ!」
お茶を吹き出しながら器用に返事をするハイビスさん。
本部の奥にいたハイビスさんは、急に呼び出されて困惑している様子。
……何かこのシーン、既視感。
「あー、ごめんねー。急に呼び出しちゃってー。」
「い、いえいえいえ!!気になさらないで下さい!」
「そー?いやー、実はちょっと、お願いがありましてー。」
「お、お願いですか?」
ビクビクしながらも、受け応えするハイビスさん。
2人のやりとりを見るのは初めてではないが、どうもハイビスさんはセツヒトさんを苦手としているようにみえる。
あれかな、俺が初めて大型の狩猟に行く時、セツヒトさんのこわい顔を見ているからかな。
特にマショルク教官を相手に話すセツヒトさんは、同じ人とは思えないほど怖いのである。
「実はねー、今日行こうと思っていた小型のクエストが軒並みなくてねー。」
「は、はい。そうですね。時期が時期ですし……。お二人が頑張ってくれたおかげで、今年は食害が本当に少ないです。」
「そういうことかー。しょうがないかなー。」
「……あ、もしかして小型の狩猟を斡旋して欲しいとかですか?……ヒナタに聞けば、融通してくれるかも知れませんが……。」
「あー、いやいやー。違うの違うのー。それはちゃんと、新人達に回してー?」
言ってしまえば、俺も新人なのだが。
「そ、それでは、お願いというのは。」
「うん、ソウジと一緒にー、上位の大型、狩らせてくれないー?」
「……じょ、上位の大型、ですか?」
「そー。できるならー、3級危険種辺りを。」
「こ、この時期でその強さとなると……セツヒトさん。この周辺には……。」
「んーっとねー、そこも込みでー、お願いしたいんだよー。……だめー?」
「……しょ、少々お待ち下さいね……。」
受付台の下から分厚い冊子を取り出したハイビスさん。
何やらクエストを探している様子。
一分ほど待つと、「すみません、少し相談してきます。」と言って、本部から出ていった。
「……セツヒトさん。」
「……せっちゃんー。」
「せっちゃんさん、本当に大型を狩るんですか?しかも上位タイプ。」
「うん、そだよー?」
「……大丈夫ですかね、俺、あの日以来、大型を相手にしていないんですが。」
「それは大丈夫ー。私がいるからー。」
「……確かに。」
なんとも頼もしい言葉である。
そうか、ハンター試験の時と違い、セツヒトさんと一緒なのだ。
なら、いけるかな?
「おまたせしました、セツヒトさん、ソウジさん。」
「お、ありがとー。どんな感じー?」
ハイビスさんが戻ってきた。
顔付きが少し険しいような……。
「……えーっと、セツヒトさん、ソウジさん。申し訳ありませんが、ギルドマスターの部屋までいらしてください。」
「……え?」
「……ギルドマスターから、直接話がしたいとのことでして……。」
何で?
俺は頭に「?」が浮かぶ。
ただセツヒトさんは全く動じていない。
「……おー、なるほどー。そっちのほうが話早いかもねー。おっけー。」
「……?」
意味深なセリフを聞きつつ、俺たちはハイビスさんに連れられて、部屋まで行くことになった。
* * * * * *
「これはこれは、ようこそ、ソウジさん、セツヒト。体調はいかがですか?」
「あ、いえ。おかげさまですっかり良くなりました。」
「ははは、セツヒトと特訓をしている話は聞いていますよ。もうギルド中で話題ですからね。」
「そ、そうなんですね……。」
シガイアさんの部屋に通されてから、ハイビスさんは早々に立ち去っていった。
そそくさと。
……逃げるかのようだったな……。
しかし、セツヒトさんとクエストを受けるときに感じたあの視線は、やはり気の所為ではなかった。
話題になっていたから、あんなにジロジロ見られたんだな。
「セツヒトは言わずもがな。ソウジさんも、かなり有名ですからね。ディノバルドからソロで生き残った新人がいると、ね。」
「は、ははは。」
「更にはオトモを励ますために、怪我をしている中、何やらアンケートまでしたとか。いやー、ソウジさんもやりますねぇ。」
「おー?なになにー?なんだか楽しそうなことしてるねー。」
「二人ともやめて下さい……。」
二人からイジりを喰らう。
あの時の俺は、とにかくショウコを励まそうと躍起になっていたのだ。
若気の至りとして、許してほしい。
……中身はおっさんですけど。
「それで、ハイビスさんから話は聞いたが……セツヒト、大型の狩猟をしたいということで、間違いないのか?」
「はい、シガイアさん。できたらー、3級……くらいがー、ありがたいっすー。」
「ふむ……。少し待っていてくれ。」
シガイアさん、常に口調が丁寧な人だけど、セツヒトさんにはタメ口なんだな。
二人の関係性が気になってしまう。
逆にセツヒトさんの敬語も、初めて聞いた気がする。
二人が話を進めていく。
「……クエストの形は?」
「ぶっちゃけ言うとー、遠方泊まり込み?……ソウジに、あそこのツワモノを当ててみたい。」
「ふむ……。」
何やら不穏な会話が聞こえる。
…………黙って聞いていよう。
「同行は、わたしー。店は何とかなります。」
「…………セツヒト、本気で言ってるな?」
「……ええ、本気ですよー?というか、今この時期に受けられるって言ったら、アレしか無いですよねー?」
「それはそうなんだが……。」
「……お願いします。ソウジは、多分強くなります。私や……あいつらよりもね。」
「……そうか……。」
二人しかわからない内容である。
だが、物騒なことを言っているのはわかる。
…………俺を強くするために、セツヒトさんがシガイアさんに無理を言っているように聞こえてしまう。
……気のせいか?
「……昔の傷は、もういいのか?」
「いーえ?治ってません。……それは、シガイアさんもよくご存知でしょう?」
「……ソウジさんに、この話は?」
「これから話します……あの村のことも、言ってないです。」
「……少し考えさせてくれ……。」
資料を開き、黙りこくるシガイアさん。
どうやら二人は、何かしら過去にあったっぽい。
傷とか、あの村とか、よくわからないワードが飛び出してくる。
俺は黙って聞くしかない。
「…………ソウジさん。」
「は、はい!」
急にシガイアさんに話しかけられ、驚く。
何だろう。
「すみません、私達しかわからないように話を進めてしまいました。」
「い、いえいえ。大丈夫です。」
セツヒトさんもシガイアさんも、俺を見る。
嫌が応にも緊張してしまう。
「……ソウジさん、一つ提案なのですが……これからしばらく、遠方に行ってみませんか?」
「え、遠方?」
遠方って、遠くの方って意味の、遠方?
なぜ?
「これからの季節、この辺は狩猟のクエストが極端に減ります。大型、小型に関わらず、です。そのへんは、ご存知でしたか?」
「い、いえ。初耳です。」
「そうでしたか……セツヒトが言うのは、ソウジさん、あなたをより強いモンスターと戦わせることです。」
「は、はい。」
「…………うってつけの村があるんですよ。これからモンスターが増える、そんな狩り場の近くにね。」
「はぁ……。」
いまいち飲み込めない。
セツヒトさんは、どうやらそこに、俺を出張特訓に行かせたいようだけど。
いや、同行とかなんとか聞こえたから、一緒に行くのかな?
すると、セツヒトさんがゆっくりと口を開いた。
「…………ソウジー、そこはね?私がハンターを引退することになった、村なんだー。」
「えっ?」
「うん……これから雪深くなる山合いの村。一山越えれば、信じられないくらいでっかい氷山とかもある、海が広がっててねー。これからの季節、モンスターが増えてくるのさー。だから、そこに行こうかなーって。」
「……そ、その、セツヒトさんも一緒に?」
「せっちゃんだってー。……そう、私の禊も兼ねてね。」
「禊……。」
「……その村の名前は、ミヨシ村。……ソウジ、君のその装備が作られた村だよー?」
聞いたことのある名前が急に出てきて。
俺は少し、ドキリとしてしまった。