いよいよミヨシ村に出発する朝。
日課のランニングと朝食を終え、集合場所のガーグァ車乗り場に着く。
頬に当たる風はまだ暖かく、これから冬本番を迎えるなど微塵も感じさせない陽気である。
でも、ガーグァの毛が心なしかフサフサになっていたり、遠くの山々の色づきが明らかになっていたりと、季節の移ろいを視覚的に感じる。
「これから冬山かぁ。」
あちらはすでに寒いのだろうか。
ガーグァ車で5日ばかりの距離のところがそんなに寒いとも思えないのだが、一応冬用の支度は整えてきた。
とは言え、装備はセツヒトさん任せである。
寒冷地仕様と言っていたけど、実際どうなんだろうな。
……まぁ、プロにおまかせしよう。
ちなみに今は、ギフトのポーチにたんまりと食料とか衣服を詰め合わせている。
「このポーチで良かったなぁ……本格的に用意したら、バック2つじゃすまなかっただろうし。」
昨日はギルドでショウコと別れた後、服とか食べ物とか、必需品を買い込んだ。
結構な量だったが、俺の荷物はポーチ一つで済んでしまう。
怪しまれないよう、ダミーで何個かバッグを常に用意しているが、身軽なのはとてもありがたい。
おそらく大荷物で来るであろうセツヒトさんのことを思いながら、朝の騒がしいガーグァ車乗り場を眺めて待つ。
「しかし朝は大変だったな……。」
結局ミヤコさんも、同じタイミングで宿を出ることになった。
それはまぁいいとして、そこで色々あった。
事の流れとしては
2人もいなくなることになったので、ミヤコさんがドールを心配する
→そんなミヤコさんにドールが淡々と大丈夫と返事
→強がらないでいいのよと、過剰に抱きつくミヤコさん
→嫌がりつつも照れるドール
→スキンシップがエスカレートするミヤコさん
→流石にやめて欲しいとドール
→いつもの暴走特急ミヤコ号
→ドール、叱る
→鈍行列車となったミヤコさん、ギルドまでトボトボと歩く
こんな感じ。
なんちゅう分かれ方をするんだあの親子は。
ちなみに俺は、宿の入口で頭ナデナデを強要された。
流石にやめとくかと思っていたら、無言で頭を差し出すものだから、俺もセクハラ野郎のレッテルを貼られる覚悟を決めた。
宿の入口の前で、色んな人の目があったのだが、まぁ人の噂は七十五日とか言うし……。
気にしないことにした。
そして今に至る。
「……セツヒトさん、まだかなぁ。」
そんなに長くは待っていないのだが、思い出して恥ずかしくなり、気持ちを吹っ切るように独り言ちた。
村の中心部の方から、やたら大荷物でこちらに来る人たち。
あの人達も、どこか遠くに行くんだろうなぁ。
ほら、あの金髪の人も……ひと……んん!?
「は、ハイビスさん!?」
「あ……おはようございます!ソウジさん。」
美人がこっちにやってくるなぁと思ったら、知ってる顔だった。
いつもの制服とは違う格好で、気づくのが遅れた。
「お、おはようございます……その大荷物は……?」
「え、えーっとですね……説明すると長くなると言いますか……。」
「は、はい。」
「…………ソウジさんの遠征で……私がついていくことになりました。」
「…………終わり?」
「……(コクン)。」
「いや、説明短い!」
でかいボストンバッグを二つ、一生懸命に抱えてやってきたハイビスさん。
…………え?何で?ハイビスさん?
そう言えば昨日言っていたついてくるかも知れないスタッフって……。
「ハイビスさんが着いてきて下さるんですか!?」
そういえば昨日ギルドに行った時、そんな話をしたような。
いかん、ショウコからのプレゼントが嬉しすぎて忘れていた。
「い、いやー、……その、何と言いますか、こうなりましたハイ。」
「は、はぁ……。」
「で、でもでも、安心してください!私いっぱい予習してきましたから!それに、ギルド関係のお仕事は一通りできますし……な、何よりソウジさんのことをよく知る仲ですしね!」
「……確かに、それは大事なポイントです。」
「そうなんです。ギルドマスターも、その辺の機密漏洩については心配してまして。そこで、
「なるほど……納得です。」
専属の部分を、やたら主張するハイビスさん。
予習とか言う辺り、かなり気合が感じられる。
でもまぁ確かに、あちらで何かしらのクエストを受けたりギフトに関わる話をしたりする時はどうしようかと思っていた。
ギルドに1人、事情を知る人がいるなら、なんとも心強い。
「いや、でも驚きました。ワサドラのギルドは大丈夫なんですか?その、仕事というか、人手とか、色々。」
「実は私がどうしても行きた……ではなく、シガイアから出張の命令が出まして、それで来ることに。ですからこれも業務の一つです。ご心配なく。」
「そうですか。……でも、よかったです。色々ご存知なハイビスさんが一緒なら、助かります。」
「え、えぇ。お力になれると良いんですが……。実は違う仕事も何件か任されています。並行して、ソウジさんのサポートをさせていただくことになります。よろしくお願いしますね。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
笑顔が眩しい。
うん。
驚きはしたが、確かに納得の人選。
シガイアさんが言っていた「手を打つ」って、この事だったのかな?
こんなペーペーの新人に、ありがたい限りである。
……能力を絶対に漏らさないという強い意志も感じられる……。
あの人には逆らってはいけない気がする。うん。
「それでですね、ソウジさん。不躾ながら、お願いがありまして。」
「はい、何でしょう。」
ハキハキと話す、いつものハイビスさんに戻ってきた。
相変わらず美しいご尊顔に目を奪われてしまうが、そこは中身おっさん。
心は平を保つ。
ちなみにハイビスさんの今日の格好は、長旅を想定してか、いつもの受付嬢制服ではない。
厚手の灰色セーターに、下は長い丈のパンツスタイル。
焦茶色のムートンブーツは、ふくらはぎまでの高さがある。
さらには右手にフード付きの白い上着まで用意している。
防寒は完璧そうだが、今現在は非常に暑そうだ。
「この格好でもまだ寒いと先輩に忠告されて、一応上着も何着か用意したんですが……その、荷物が大変なことになってしまって。」
「あぁ、そうですよね。確かに重そうだ。」
地面に下ろしたバッグ類も合わせると、結構な量である。
さすが女の子。ファッションも機能性も考えていくと、服だけでもかなりの量になりそうだ。
「本当に失礼なお願いになるんですが……ソウジさんのポーチに入ったりしませんか?」
「え?俺のポーチに?」
「はい、例のアレに。……す、すみませんいきなりこんなこと。」
「い、いやいや。良いんですよ。……試してみますけど……すみません、多分無理かと。」
「え!?そ、そうですか……。」
少し肩を落としてしまうハイビスさん。
うーん……。
試しにハイビスさんの荷物を一つ拝借。
だが、どうしようもない。俺の所有物として、ギフトが認識しないのだから。
「うん、無理っぽいですね。どうやら俺の所有物として認識されないといけないみたいで……。」
「しょ、所有物……。」
「はい、それができたら、街中で窃盗とか簡単にできちゃうんでしょうけど、まぁ無理でしょう。」
人の物まで簡単にポーチに入れられたら、俺は世紀の大怪盗になれるだろう。
まぁしないけど。
「ショウコの物は預かれたんだけどなぁ……。オトモだからかな。」
「……私の物が、ソウジさんの物になれば良いんですよね?」
「ま、まぁそうなりますかね。やってみないとわかりませんけど。」
「じゃあ……はい、『私のものは全て双治さんのものです。』……どうでしょう。」
「……面白いですね、見てみます。」
もう一度ポーチに触れてギフトを起動。
バッグを触ってみる。
ス……。
「「!?」」
バッグが消えた……。
試しに<アイテム>から一覧を開くと……あったよ……<ボストンバッグ>。
「あ、ありました……できましたよ、ハイビスさん。」
「す、すごいです!うわぁ……手品でも見ているようでした……。」
「でもこれで、ハイビスさんの荷物も預かれますね。今しまいます。……あ、ダミーに一つぐらいは大きな荷物を持っておくと良いですよ。」
「な、なるほど。これで誤魔化すわけですね。」
「はい。結構大事な事なんで。」
そう言いながら、ハイビスさんの荷物を、周囲に見えないようにギフトにしまっていく。
俺の物として認識されたからしまえるんだろうが……基準はそんなに曖昧で良いのか?
うーん、こればっかりは仕様としか言えないからなぁ。俺にもどうしようもできないわけで。
今度女神様に会ったら聞いてみよう。
アイテム一覧に荷物が入っているか確認する。
お、あるある……。<ボストンバッグ1><ボストンバッグ2>と、同様のものは番号までふられている。
結構柔軟にできているんだな、このギフト。
ふと、その<ボストンバッグ2>を選択する。
すると、その中身まで一覧が出てきた。
……。
「……ぶっ!!」
「え!?どうされました!?ソウジさん!」
「い、いえ、何でもないです。」
「そ、そうですか?もし無理されているようでしたら、やはり荷物は……。」
「い、いやいや、ただむせただけですから。ご心配なく。」
「は、はぁ。」
……うまく誤魔化せただろうか。
……忘れていた。ショウコの荷物を預かるときも似たような事で一悶着あったのだが……。
この<ボストンバッグ2>の中身は、どうやら下着類や化粧品など、女性が使うようなものが詰まっているようである。
なのでその……見えてしまった。<ブラジャー(白1)>とか<パンティ(黒2)>とか。
他にも色々。
……もはや見てしまったものは仕方がない。
俺はアイテム一覧をそっと閉じ、その中身は見ないことに決めた。
「……?」
心配そうにハイビスさんがこちらを除いてくる。
すみません……あなたの下着の種類を見てしまいました。
黒系は二種類用意しているんですね……。
……やめやめ!!完全に思考がスケベオヤジだぞ!!
俺は素数を数えながら、不思議がるハイビスさんを横目に、セツヒトさんを待つことにした。
早く来て……セツヒトさん……。
* * * * * *
待つこと10分程。
ようやく宿の方面から、片手にバカでかいスーツケースと風呂敷を抱えた人物が1人。
あの長い銀髪は間違いない。
セツヒトさんである。
「おーまたせー。ごめーんソウジー。待ったー?」
「待ちました。遅いです。」
「おぉ……そんなにはっきり言うソウジも珍しー。ごめんねー、遅れちゃってー。」
軽々と荷物を地面に置くセツヒトさん。
その様子とは裏腹に、荷物を置く音はドスンと重く響いた。
「……めっちゃ重そうですね……その荷物。」
「そーなんだよー。結構な量になっちゃってねー……あれ?……もしかして、ハイビスさん?」
セツヒトさんが、俺の後ろにいた人物に気がつく。
「ど、どうも。ギルドからミヨシ村に一時派遣されることになりました、ハイビスです!」
「わっ、それはそれはー。そっかー、シガイアさんが言ってたのって、こう言うことかー。うん、よろしくねー。」
「はい!」
呑み込みが早いセツヒトさん。
すると、挨拶もそこそこに、ハイビスさんが一通の手紙を取り出した。
「これを、シガイアから、預かっております。」
「おー?なんだろー?」
「私も中身までは……。ただ、セツヒトさんに見せるようにと仰せつかっております。」
「りょーかい。どれ……ふんふん……。」
セツヒトさんが手紙を読み始める。
10秒ほどで読み終えて顔を上げると、少し笑っていた。
「……ふふーん、そう言うことー。」
「「??」」
俺とハイビスさん、二人して頭に「?」が浮かぶ。
……何て書いてあったのだろうか。
尋ねてみる。
「セツヒトさん、何か重要なことですか?」
「いやいやー、ちょーくだらないことー。ふふーん、面白くなりそうだねー。」
「は、はぁ……。」
相変わらずのセツヒト語、主語も目的格もない言いぶりからは、内容が全く読み取れない。
「ま、気にしないでよー。それよりソウジー?」
「はい、何でしょう?」
早々に話を切り上げて、セツヒトさんが俺に近づいてくる。
「ほらー、目の前のか弱い女性がー、おっきな荷物を持っているよー?」
「はい、そうですね。」
か弱いとはどう言うことか。
と、突っ込んではいけない。恐ろしすぎる。
「だからー、荷物。持ってくれるー?」
「え!?いや、持てるっちゃ持てますが……。」
「じゃー、よろしくー。」
ポイ。
重そうなスーツケースを、いとも最も簡単に放ってくるセツヒトさん。
ガシッ。
ズン!
重っ!!こ、これ重いわ!!!
「おぉ……何が入ってるんですか……これ……!?」
「えー?色々ー。いやーんソウジー、そんなこと聞いちゃうのー?」
「ち、違いますよ!?あと……預かるにもコツがいると言うか……。」
「へ?コツー?」
「せ、セツヒトさん。」
ハイビスさんが助け舟を出してくれる。
「ソウジさんの例のアレを使うには、荷物を『ソウジさんの所有物です』と宣言しなければならないんです。」
「えー?そうなのー?」
「はい、私もそれで、持っていただいてます。」
「そっかー。じゃー……『私はソウジのモノー』……これで良いー?」
「ちょっと……ニュアンスが違う!!」
それじゃ完全に俺がセツヒトさんのご主人様になってしまう!!
いや、そうじゃねぇ……!
だめだ、腕が痺れてきた。
「せ、セセセツヒトさん!それではちょっと意味が変わってしまいます……!」
「ハイビスさん顔真っ赤ー。ちょっとからかっただけだよー。じゃー……『私の荷物はソウジのものー』……これでいいー?」
言うや否や、ギフトを起動。
たちまち、超重量のスーツケースがスッと消える。
「はあっ……重かった……。」
「おぉー、すごいねー……これは初めて見たけど、ソウジこれだけで食っていけるんじゃない?」
「そ、そうですね。……ソウジさん、大丈夫ですか?」
「は、はい。ご心配なく……。」
めっちゃ重かった。何が入っていたんだアレ。
「ごめんねー、からかっちゃって。」
「い、いえいえ……ブフォッ!!」
「そ、ソウジさん?本当に大丈夫ですか!?」
ハイビスさんが、吹き出した俺を再び心配してくれる。
吹き出した理由はただ一つ。
セツヒトさんの荷物の中身を、見てしまったのである。
<携帯食料>とか<ネット>とかまぁその辺は良いとして、例によって下着まで一覧で見えてしまった。
すぐさまギフトを切ったが、一瞬だけ見えた。
「大人の」とか「紐」とか……「スケルトン」って……。
「大丈夫です……同じ過ちを繰り返しただけですから……。」
「は、はぁ。無理はされないでくださいね。」
とんでもないものを見てしまった。
これから数ヶ月、生活を共にする相手の下着の種類を見てしまった。
……忘れてしまおう。
やっていることは、大変失礼なことであるからして。
黙っていよう……。
「あ、そーだ、ソウジー。これも、返すねー。」
「あ、はい!」
セツヒトさんが、もう一つの荷物の風呂敷を渡してくる。
中には俺の装備が入っていた。
「内側にポポの皮膜、関節部には毛皮とかー、とにかく寒くないようにしてみたよー。あっち着いたら、試してみよー?」
「は、はい!ありがとうございます!」
動きやすい感じはそのままに、暖かそうな装備に変わっている。
<装備>の方にしまってみると、<ミヨシ村一式(寒冷地仕様)>と変化していた。
柔軟なギフトである。
「この場でも装備できるんだろうけどー……人目がない方がいいよねー。まーあっち着いてからで良いよー。」
「はい。本当に、ありがとうございます。お代は……。」
「んー。じゃーその分は、荷物持ち、よろしくねー?ハイビスさんと私とー。」
「も、もちろん。お安い御用……です……。」
お安い御用だ。
なのだが。
「……ソウジさん、顔赤くないですか?」
「いやいや!そんなことはないですよ!?」
お安いどころか。
むしろ持っていて良いのか。
一部の殿方にはむしろご褒美じゃないのか。
……絶対に見ないようにしよう。
そしてあっちに着いたらすぐ引き渡そう。
くそ、なんというパンドラの箱。
だって念じたらすぐに持ち物が見られるとか、しかも下着系とか。
絶対に、絶対に見ないようにしよう。
「よーし、じゃーそろそろいきますかー。」
「はい、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします……。」
精神的に摩耗した俺とは反対に、荷物も少なくなりルンルンの女性二人。
俺はパンドラの箱を開かないように気をつけながら、幌付きのガーグァ車に乗り込んだ。
ここから5日の場所にあるという村。
何も起きなければ良いなぁ。