ガーグァ車に揺られながら進む俺たち。
村からはすっかり離れ、いつもの狩場にしている草原も通り過ぎた。
ガーグァは、スピードではファンゴに劣るし、力はアプトノスやポポといったモンスターに軍配が上がるが、持久力とスピードを併せ持っている。
小走り程度のスピードしか出ないものの、一定のペースを保ちながら進んでいる。
ここまでは非常に順調。御者のおじさんも「今日はとっても進みがいいよ。」と言っていた。
多分理由は一つ。
「うーん、やっぱり幌の上は気持ちがいいねー!」
セツヒトさんが幌の上で見張ってくれているからであろう。
出発早々幌の上に登ったセツヒトさん。
何をするつもりなのかと思ったが、周囲の見張りをやってくれているのだ。
「おじさーん!次の別れ道ー、右側なんか嫌な感じー!」
「は、はいよ!少し迂回するぞ!」
「はーい!」
大声で連絡を取り合うセツヒトさんとおじさん。
おじさんも戸惑いつつ、指示に従って手綱を操る。
おかげでモンスターに出会うことは全くない。
……な、なぜわかるんだ……?
俺も周囲をマップで警戒しているのだが……セツヒトさんの指示は、ほとんど的確である。
改めてこの人の凄まじさを味わっている。
「おそらく、今までの経験則と……凄まじいまでの勘、でしょうね。」
「勘。」
ハイビスさんが俺の横でつぶやく。
「私も実際に目にするのは初めてですが……G級にもなると、大型の狩猟に集中するために、常に周囲の小型や別の大型モンスターを避けていくそうです。中には殺気を放ってモンスターを寄せ付けない方もいらっしゃるようですが……。」
「なるほど……さっきから少し離れた所にいるモンスターが逃げていくんですが、それは……。」
「……人間技とは思えませんね……さすが、セツヒトさんです。G級は、伊達じゃないですね。」
「すげぇ……。」
かっこいいとしか言えない。
こんな芸当もできるとか、やはり上の人は凄まじい。
やろうと思えば、俺も似たようなことはできるかもしれないが、それは俺の力というよりギフトの力。
やはりギフトに頼りすぎるのは良くないと思わされる、そんな一幕であった。
* * * * * *
「いやぁ、こんなに順調に進んだのは初めてだよ。流石、一流のハンターさんは違うねえ!」
「いやいやー、それほどでもー。」
「ほら、こいつはお礼だ。護衛も見張りもいらないなんて、初めは何の冗談かと思ったが、どうやら本当に大丈夫みたいだな!」
「やったー!こんがり肉ー!夜の見張りも、お任せくださいー。」
そう言って御者のおじさんはホロの中に入っていく。
ニコニコ笑顔のおじさんに食料を譲ってもらい、セツヒトさんも上機嫌。
今日は、途中の宿泊できる場所には辿り着けず、野宿になった。
とは言っても、かなりのハイスピードで来ているそうで、もしかしたら日程が短縮できるかもしれないとのこと。
おじさんが俺たちのテントを設営してくれる間、そんなことを言っていた。
「いやー、お肉ももらえるしー、ソウジがホカホカのご飯持っているしー、こんなに快適な野宿は初めてだよー。」
「私も初めてです……まさかお外でこんなに美味しいご飯が食べられるなんて。普通乾燥肉とか野菜の缶詰とかで終わりですよ。まさかイシザキ亭の味をここで楽しめるとは。」
「よかったです、お二人に喜んでもらえて。」
実はポーチの中に、イシザキ亭の弁当を詰め込んでいたのである。
イシザキさん(兄)の一級品の腕前で作られ、オスズが手渡してくれたこのお弁当を、外でいただく。
ホカホカのおかずが食べられるこの状況は、どうやら異常らしい。
二人もニコニコで夕飯を食べている。よかったよかった。
念のため十日分ほど詰め込んできたが、この旅のペースなら余りそうな勢いだな。
ギフトと女神様に感謝。
「ソウジー、じゃあ私と順番で、夜の見張り、やろうねー。」
「はい、もちろんです。」
「多分私がいるからモンスターも寄ってこないと思うけどー、何かあったら呼ぶんだよー?ソウジー。」
「おぉ……了解です。」
平然と言ってのけるセツヒトさんが、なんとも頼もしい。
見張りの分担を決める。
今日は俺が先に、夜の見張りをやることに。
「すみませんお二人とも……私、お力になれそうになく……。」
「ハイビスちゃんは気にしないで良いんだよー?こう言うのはー、適材適所?」
「はい!村では、絶対にお力になりますから!」
ハイビスさんも御者のおじさんも完全に一般人であるため、ここは俺とセツヒトさんが頑張らねば。
さらに言うとセツヒトさんは昼間も見張りをやってくれている。
なのに疲れている様子は微塵も見せない。
かっこいいぜ……。
俺もやれることをやろう。
「じゃーおやすみー。」
「おやすみなさい、ソウジさん。よろしくお願いします。」
「はい、お二人とも。おやすみなさい。」
二人にお休みの挨拶をし、焚き火を弱める。
一応周囲には、おじさんがモンスターを寄せ付けないお香を炊いてくれているが、「あんまり頼りにはなりゃしねえよ。」と言っていた。
気をつけよう。昼間たっぷり寝ているしな。
セツヒトさんの真似事をしたい所だが、俺にはあの勘というものが全く働かない。
……嫌な予感、っていうのはなんとなく分かるが、強者を前にした時のあの感覚を、周囲全体に張り巡らすなど、かなり難しい。
多分、超疲れる。
なのでここは大事をとって、ギフトパワーを存分に使わせていただく。
<マップ>を見ながら、敵影を探していく。
……一応周囲には何もないようだが、ディノバルドのように、感知もさせずにでてくるモンスターだっている。
まぁあんなのがそこかしこに出てきたら、野宿などしていられないわけで。
気を抜かないようにしないとな。
こうして俺は、明け方近くまで見張りを続けた。
* * * * * *
「ふぁぁ……眠い……。」
少しの睡眠の後、目を覚ます。
水で濡らしたタオルで顔を洗う。
水が冷たい……おじさんが近くの川で組んできてくれた水である。
「そろそろ野宿も、きつい季節になってくるなぁ。」
そうおじさんが言うぐらいには、本格的な寒さが近づいているのだろう。
ちなみに昨晩は、全くモンスターの姿は確認できなかった。
「うーん、おはよー、ソウジー、ハイビスちゃん。」
「おはようございます。」
「お、おはようございます。」
二人がテントから出てくる。
男の俺とは別のテントで用意してもらい、そこで寝ていたハイビスさん。
寝起きの姿を見るなど、初めてである。
少し恥ずかしそうにしながら、桶の水を手に持つとテントにすぐに引っ込んでいく。
まぁ、寝起きの姿など、普通は男性に見られたいものではないよなぁ。
俺としてはむしろ、普段と違う寝起きの姿に、ドギマギしてしまうのだが。
「うーん、女の子ですなー。」
「セツヒトさんも女性ですが。」
「私はほら、ナチュラル系だからー。」
「ナチュラル?」
「……化粧とか、めんどくさい系、とも言うー。」
「な、なるほど。」
セツヒトさんは、まぁ確かにいう通り、そんなに朝の支度には手間取らない様子。
見張りの交代のタイミングでも、いつもの同じようにテントから出てきた。
ちなみに、テントの中は覗かない。
俺は紳士であるからして。
楽しみにしている神々の皆様には、我慢いただくことにする。
というか覗く機会など与えないがな!!
プライバシーは遵守!!
「お?どーしたのソウジー?鼻の下伸ばしてー。」
「の、伸ばしてませんよ!?」
「敏感に反応するってことはー……変なこと考えてたー?」
「考えてません!」
「……ハイビスさんの寝姿、可愛かったなー。」
「そそそそうですか。」
「むー、ソウジつまんないー。」
今日はイジリ対決に勝ったぜ。
* * * * * *
俺の虚しい勝利などどこ吹く風。
順調にガーグァは進む。
こいつらの体力は底無しか。
こんなにアホっぽい顔をして、ずっと走りっぱなしなのである。
これはガーグァさんと言わざるを得ない。
「どうだ!俺の自慢のガーグァは!なかなかのもんだろう!」
「本当に、そうですね。」
「私も……なんだか可愛く見えてきました……。」
おじさんが休憩中に自慢してきた。
自慢したくもなるだろう、本当に優秀な奴らである。
「この子達、名前とかあるんですか?」
ハイビスさんが尋ねる。
「名前?そんなもん、つけねえよ。」
「え?そうなんですか?」
「おう、なんせ衰えたら食肉に毛皮に羽に、余すとこなく有効活用ってな!まぁこいつらはこれからが働き時、稼いでもらうぜぇ!」
「……。」
絶句するハイビスさん。
うーん、人間の都合で利用されるガーグァさんたち。
「……もうしばらく、よろしくね。ガーちゃん、グーちゃん。」
「は、ハイビスさん……。」
名前をつけ始めていた。
……止めはしない。
うん、旅の間、可愛がるぐらいしょうがないだろう。
情が湧いても知らないけど。
「グェェ……。」
「グァ!!」
濁音混じりの返事をしながら、呑気に草を食べるガーグァさん達。
せめて少しでも長く活躍されることを願うばかりである。
* * * * * *
三日目。
今日は、中継の村で一休みできるそうだ。
見張りで寝不足の俺としては、大変ありがたい限りである。
幌の上の見張りも、セツヒトさんと代わって俺も受け持つことにした。
「そっかー、ソウジもあれ使えばできるじゃんねー。」と言うと、セツヒトさんは幌の中に移動。
ハイビスさんのお膝に頭を預け、スヤスヤと眠り始めた。
……疲れを見せないが、頑張ってくれていたんだと実感。俺も頑張らねば。
「こ、ここはテントじゃありませんからね?脱いじゃダメですよ?セツヒトさん?」
「んん……わかってるよーん……はぁ、ハイビスちゃんやーらかーい……。」
……なんか聞こえたが、スルーしとこう。
幌の上にスタンバイした俺は、マップを見ながら御者のおじさんと連絡を取り合う。
この日もモンスターは現れなかった。
順調順調。
* * * * * *
四日目。
昨晩は久しぶりのベッドで、ぐっすり眠ることができた。
おかげでバッキバキだった体もスッキリ。
この体、やっぱり若いわ。
前世だったら今頃、ガチガチの体に四苦八苦していたことだろう。
「おはよーソウジー。いっぱい眠れてよかったねー。」
「そうですね、いい宿でよかったです。」
「ん〜!さ、今日も張り切って見張りましょー!」
「おー。」
セツヒト語で返事。
慣れたものである。
「そういえば、ハイビスさんは?」
「あー何かー、『グーちゃんガーちゃんに朝の挨拶してきますね!』とか言ってー、外に行ったよー?」
「そ、そうですか……。」
入れ込みすぎではないか。
いや、俺に止める権利はないか……。
まるで今時の学校の道徳の授業である。
一生懸命育てた豚さんを、食用にするか否か、話し合い。
非常にセンシティブな内容だが……人がそれらの命を頂くこと以上は、絶対に深く考えるべき命題である。
命の上に立つ。
ハンターは、そういう職業だ。
……セツヒトさんの教えを思い出した。
「ハイビスさん、大丈夫でしょうか。」
「大丈夫じゃないかなー。昨日の夕食でバクバク鶏肉食べてたしー。」
「……た、確かに。」
全員が全員、俺のようにナイーブでは無いよな。
というか、俺が平和な世界から来たからこそ、この問題に引っかかっているのだ。
そうだよなぁ、この世界に生まれて生きてきたら、そりゃ命に対する考え方も深くなるよなぁ。
「それはそれ、これはこれってねー。」
「……なるほど。」
最高の答えを貰った気がする。
しばらくすると、ホクホク笑顔のハイビスさんが、服に羽毛をつけて戻ってきた。
可愛がってあげたのかな。
確かにあのアホ顔は、今見ると非常に愛着が湧くものである。
「さーて!お三人さん、準備はいいかー!?」
「「はい!」」
「はーい。」
「ようし、出発するぞー!」
おじさんの元気のいい掛け声とともに出発。
今日は行程的にいくと、村に着くという。
もうすぐそこだというおじさんの口調は、非常に上機嫌である。
すっかり肌寒い気候に変わり、俺もセツヒトさんも寒冷地仕様の装備を身につけている。
今日も一日しっかり見張ろう。
命を預かるハンターとしての仕事を、プロとして遂行するのだ。
「今日も何にもなければいいねー。」
セツヒトさんが寒い風に両腕を押さえながら、不安になることを話していた。
* * * * * *
「ソウジさーん!どうだー!?モンスターはいそうかー!?」
「大丈夫でーす!そのまま行ってくださーい!!」
「あいよー!」
道のりがうんと険しくなってきた。
昨晩マップで確認した限りでは、そんなに距離はないと思っていたが、この勾配では確かに時間がかかる。
馬力でポポに劣るガーグァも、一生懸命である。
「がんばってー!ガーちゃん!グーちゃん!」
「がんばれー、ガーグー。」
名前を付け、すっかり愛着の沸いてしまった二人は、幌の中から応援を続けている。
従順に頑張る姿は、確かに応援したくもなる。
俺だって心の中で応援している。
<マップ>内に、一応モンスターの姿は無い。
ゆっくりとだが、確実に進んでいる。
……ォォ……
「「!!」」
ゾクっとした。
<マップ>を凝視。
……モンスターの姿は無いが……。
確かに、聞こえた。
「セツヒトさん!!」
「うん!」
「……嫌な感じがします!!」
「よくわかったねー!ソウジー!!やっぱり簡単にはいかないねー、この山道はー!!」
「じゃあ!これは!!」
「うん!くるよー!!……大型がねー!!」
「マジですかー!?」
「大マジー!!!」
話を聞いたおじさんは、しかし顔色を変えず、ガーグァを進める。
さすがプロ。一度進みを止めてしまったら、ガーグァも怖気付いて逃げ回ってしまう。
恐らくガーグァも強者の気配を感じていることだろう。
それがモンスターの勘というものである。
おじさんとガーグァ、両者の信頼関係がしっかりあるからこそ、進むことができている。
……ォォォォン……。
山にこだまして、近づいている声。
急いで幌の中に戻る。
青ざめているハイビスさん。
コートの襟を強く握りしめている。
「ダイジョーブだよーハイビスちゃん。私達がついてるー。」
「は、はい。」
セツヒトさんがハイビスさんを励ましている。
本当に頼りになる人である。
「とりあえず……おじさん、ハイビスさん!大型が現れたら、先に行ってください!」
「お、おうわかった。道はわかるか!?大丈夫か!?」
おじさんが心配してくれる。
ガーグァの手綱を握り、しっかり2匹に指示を伝えながらも、尚。
実にかっこいい。
「おじさーん、大丈夫だよー。……私達、結構強いからさー。」
「道も、事情は言えませんが、俺が知っています。安心してください!」
「……わかった!二人を信じる!……嬢ちゃん!」
「は、はい!!」
おじさんがハイビスさんを呼ぶ。
「二人になったら、こいつらを励ましてやってくれ!!あんたが声をかけると、安心するみたいだ!」
「は……はい!わかりました!お任せください!」
「あぁ、頼んだぞ!」
おじさんマジかっこいいわ。
ハイビスさんにやることを与えて、ある意味安心させることに成功している。
「グォォォォォォン!!!!」
とんでもなくでかい遠吠えと、後方に光る雷鳴。
天気は雲こそあれど、晴天。
もう驚くしかない。
久々に聞いた雷鳴。前世の嵐を思い出す。
ジャカ!!
「ソウジー!!敵は後方!!」
「はい!!」
ジャキン!!
セツヒトさんがヘビィボウガンを、俺が双剣を取り出す。
幌の後方に移動。
後ろから近づくモンスター。
<マップ>で見えるが、とんでもない移動速度で近づいて来る。
狙いは俺たち……で間違いなさそうだ。
後方に目を向けながら、セツヒトさんが言う。
「ソウジー!この感覚、覚えときなー!」
「は、はい!」
「……間違いないねー。アイツ、ガーグァ大好きなんだよー。」
「……ガーグァ好きなモンスター、ですか!?」
「そー!いるんだよ、そんな厄介な奴が、さ……ッ!!」
ジャキ!
ダダダダダン!!
セツヒトさんが仕掛ける。
その瞬間、後方の道向こうから姿を表すモンスター。
ビシビシビシ!!!
「アォォォォォォン!!」
遠すぎてよく見えないが、恐らく弾が命中したのだろう、苦しそうなモンスターの声がした。
……というか平然と当てるとは!この不安定な車の上から!!
セツヒトさんすごいな!やっぱり!
「ハイビスちゃん!村のギルドに報告よろしくー!」
「は、はい!」
「ソウジー!行くよー!!」
「はい!!」
「お二人とも!!ご武運を!」
ハイビスさんの言葉を背に、車の上から飛び降りる。
離れていくガーグァ車。
だが、振り向くことはできない。
着地の間も、気は抜けない。
「……ソウジ!上!」
「はい!!」
それぞれの方向に転げて避ける。
ズドン!!
「グゥゥゥ……。」
不機嫌そうな唸り声。
全身トゲトゲ。薄暗い山に映える、青緑と黄色の体色。
力強い尻尾と前脚は、強者の雰囲気を存分に纏っている。
「こいつは……?」
「雷狼竜……無双の狩人……いろんな言い方があるけどー。」
「……。」
「ジンオウガ。この辺では、最強の一角。そして、最終目標。ソウジに倒してもらう予定の、モンスターだよー。」
「ま、マジっすか……。」
こんな強そうなのを……。
「……傷が疼くねー……あの時の獄狼じゃなくて、ちょっと安心ー……。」
あの時って、どの時だろうか……。
ごくろう……?
「ソウジー!私が援護するからー!まずは
「は、はい!」
「だいじょーぶ!こいつのパターンは読みやすいしー!……フッ!!」
ダダダダダダ!!!
「グァ!!ガァァ!!」
怯むジンオウガ。
「私が付いてるからさー!」
「はい!!」
「目標は撤退!高望みはしなーい!」
「はい!!」
「いくよー!!」
セツヒトさんの気合の入った声と共に。
俺は双剣を力強く握り直した。