クエストには、クリア条件というものがある。
数を集める採取、数を倒す小型の狩猟などは分かりやすい。
ただ、大型の狩猟となると達成条件が色々変わる。
捕まえることが前提の捕獲、完全に仕留める討伐、そのどちらでも良い狩猟……。
そして今回、セツヒトさんが示した目標は、撤退。
文字通り、相手モンスターを怯ませ、その場から立ち去らせることが目標である。
俺は、そんなクエストは受けたことがない。
なぜなら、そういう種類のクエストは、倒すことが非常に難しい危険なモンスターから一時的に危機を逃れるためにある。
なので撤退を目的としたクエストは、裏を返せば、討伐や狩猟、捕獲と比べて少し難易度が下がると言えるかもしれない。
……だが、俺にできるだろうか。
目の前の、この凶悪なモンスターを、撤退させるなんて。
「グルルルルル……。」
警戒し、こちらを睨みつけてくるジンオウガ。
はっきり言おう、敵う気がしない。
俺の双剣が、ヤツに効く気がしない。
ディノバルトにも感じた感覚。
怖い。
だが。
ジャキン!
「ソウジー!ビビったら負けだよー!だいじょーぶー!私がついてるからー!」
「グッ…………ウォォォォン!」
明らかに気迫負けしている様子のジンオウガ。
そう、俺の後ろにはセツヒトさんがいる。
何とも情けないが、仕方ない。
俺は実力不足だ。
頼りにさせてもらおう。
「……来るよー!」
「はい!」
セツヒトさんが叫ぶ。
その瞬間、前衛の俺に飛びかかってくるジンオウガ。
「よっ……とぉ!」
前足の攻撃……!
だが、モーションは甘い。
余裕で避ける。
「もーいっかい!」
「え!?」
と思ったら、今度は攻撃した前脚を軸に、反対の前脚を繰り出してきた。
あぶねぇ!!
「うおっとぉ!!」
間一髪で避ける。
ズガガガガガガガ!
「グァァ!」
後ずさるジンオウガ。
セツヒトさんの援護射撃だ。
「そーそー、その感じー!いいじゃんソウジー!」
「はい!」
タイミングは掴んだ。
油断はしないが、これぐらいの速さでくると覚えておく。
「ソウジー!反撃はいいからー!まずは落ち着いて見ていこー!」
「了解です!」
姿勢を低く、すぐに動けるようにする。
寒冷地仕様の装備に対応できるか不安だったが、問題はなさそうだ。
むしろ厚めの仕様に、少し安心している自分がいる。
ここ最近は、装備もなしにモンスターに挑んでいたわけで。
余裕が生まれている。
「……アォォォォォン!」
突如、ジンオウガが光を放ちながら、空に向かって雄叫びを上げ始めた。
何度も、繰り返し。
え!?何だ!?
「ごめーんソウジー!予定急変更!!」
「ええ!?」
「今、全力で頭やっちゃってー!」
「は、はい!!!」
すぐさま動き出す。
こう言われるってことはつまり、反撃のチャンスなんだな!
すぐさまジンオウガの頭部に近づく。
「鬼神化……乱舞……!!!」
ズサン!
ザシュ!ズザザザザザン!
「そのままー!」
ジャキ!
ズガガガガガガ!!!
俺が乱舞しているにも関わらず、その隙間を縫って頭に銃撃を与えるセツヒトさん。
俺も無我夢中だが、これかなり高等技術なのでは……?
俺とセツヒトさんが猛攻をかけているのに、歯牙にもかけず、吠えまくるジンオウガ。
バリバリと体全体から電撃を発し続ける姿は、何とも神々しい。
いや、恐ろしいんだけども。
「ソウジー!飛び退いてー!!さーん!にー!いーち!」
バッ!!
返事もできず、言われた通りに後方に飛び退く。
後ろに行き過ぎたか?と思うほどには離れられた。
その直後、
「ウォォォォォォォォォオオオン!!!!」
凄まじい叫び声が響く。
思わず耳をふさぐ。
すごい声……だがヤツから目を背けはしない。
ジンオウガは光り輝いていた。
雷を身に纏っているような。
……まるで別の生き物だ。
全身バチバチと音を立て、前足や尻尾はより猛々しく感じられるほど。
その姿は神々しいと思う程であった。
「完全にスーパーなサ◯ヤ人じゃねえか……!」
やべえ、ちょっとかっこいいとか思ってしまった。
モンスターにこんなこと思うのは初めてである。
「……セツヒトさん!」
「うん!強いよー!そいつー!」
ジャギ!
ズガガガガガガガガガン!
セツヒトさんが、銃撃をお見舞いする。
効いてはいると思うのだが、意に介しないジンオウガ。
俺を睨みつけてくる。
オシッコチビリそう。
「ソウジー!また、
「はい!」
見逃さない。
やつの一挙手一投足を。
見逃さ―――
「ソウジ!右ぃ!!」
「えっ。」
ジンオウガが、消えた。
消えるわけない。
つまり見逃した。
右。
やべぇ。
イチかバチか!
「うおおっと!!!」
前方に全力で転げる!
緊・急・回・避ぃ!!
その直後、俺のいた場所から、「ドガン!」という音。
「マジかよっ!」
「体勢、立て直して!!」
「はい!!」
どう動いたのか分からなかった。
とんでもない超スピードで動いたのだろうか、いつの間にか俺の右に動いただろうジンオウガは、俺のいた場所に
右に動いて直後に後方宙返りをして尻尾を叩きつけた…………ってことか!?
何たる運動神経……!!
「よく避けたねー!ソウジー!」
ズガガガガガガガガガン!!!
「グルルルルル……」
「チッ……厄介……!」
セツヒトさんが舌打ちしている。
多分、今ジンオウガは、攻撃を食らっても効いていない。
いや、効いていないのではない。食らっても気にしてないのだろう。
まさか俺の気にしないスキルを、実践レベルで習得しているモンスターがいるとは。
恐れ入る。
「いいねーソウジー、余裕あるじゃーん!」
「いやいやいや!目一杯です、よ!」
飛び跳ねたかと思うと、まるでいがぐりの殻のような背中を見せ、体ごと俺を押しつぶそうとしてくるジンオウガ。
だが、分かる。
飛んだ瞬間に俺に向かうのだから、今いる場所から避ければいい。
断定はしない。油断もしない。
今は見る。見るに徹する。
余裕をもって、右に飛び退く。
直後、背中を突き刺すかのように、空からジンオウガが降ってきた。
トゲが地面に突き刺さっている。
ゾッとするわ……ムチャクチャだなコイツ……。
「チャーンスソウジー!」
「はい!」
行け、ということだろう。
背中から落ちたからか、若干もがいているジンオウガ。
頭部めがけて突っ込む。
セツヒトさんの動きを真似て……。
脱力……振り抜く感覚……!!
振り抜いて尚、動きは止めない!
剣に身を任せ、勢いをつけ続ける。
「おらぁぁぁぁ!!!」
ザシュ!!
ザザザザザザシュ!ズザン!
よし!いい手応え!
「オッケー!離れる!」
「はい!!」
ムクリと体を起こすジンオウガ。
「グルルルルル…………!!!」
顔が怒りに満ちている……こえぇ……。
双剣もそろそろ研ぎたい。
攻撃が通らなくなる前に―――
「……!ソウジぃ!飛んで―――」
「へっ―――」
一瞬の出来事だった。
急に間合いを詰めてきたジンオウガが、ノーモーションで全身をぶつけてきた。
回避も防御も取れず。
「ぐへァ!!!!!」
俺はふっ飛ばされた。
「チィッ!!」
セツヒトさんの舌打ちが聞こえる。
早く動かなきゃ。
早く。
「ぐぁっ!ガッ……ああ……!」
体が動かない!
いや、動けない!!
何だ……っ!クソっ……クソっ!動け!俺!!
「グルルル……ガァァ!!」
目の前に迫るジンオウガ。
……食われる!!
「…………はぁぁぁぁぁあ!!!!」
ズガン!!
「ギャアアアアアァァ!!!」
ジンオウガに食われると思った、まさにその瞬間。
セツヒトさんが、いつの間にかやってきて。
「おらぁ!」
「グァッ!」
「ごらぁ!」
「ガァ!」
殴っていた。
……ヘビィボウガンで。
嘘だろ…………。
「私のー、ソウジにー……。」
「…………ガァァァ…………。」
「何してんのコラァ!!!」
ドゴォン!
人の出す音じゃねぇ!!
「…………グッ……グァッ!」
バッ!
「グルルル……。」
クルッ。
ダダッ
ドスンドスンドスン………………。
い、居なくなった……?
「せ、セツヒトさん……?」
「フゥー……フゥー……フゥー……。」
「…………。」
とても話しかけられる雰囲気ではない。
あと、俺も体が痺れていて、それどころではない。
何とか体を起こす。
「……いってぇ!」
「……!ソウジ!!」
シュタッと俺のもとにやって来るセツヒトさん。
「ケガはどう!?どこが痛い!?まず……これ、飲んで。」
何かの実が、俺の口の中に入れられる。
「ムグ……んん!ぐへぇ!ゲホッ!ゲホッ!」
「あー……不味いよねー、ウチケシの実……。どーお?」
「あ……痺れが……消えました……。」
「よかったー……。ソウジー!」
ギュッ。
抱きしめられる。
優しく。
「ごめんね……無理、させすぎたねー……モロに食らってたの、ここー?」
「は、はい!大丈夫です!大丈夫ですから!!」
胸の辺りを触られて、ドギマギしてしまった。
ち、近いです!セツヒトさん!!
「胸の……この辺りですが……多分大丈夫です。……す、すみません。とんだ失態を……。」
「そんなことないよー……アイツ、無双の狩人はねー……強いよー。間違いなく。」
「そうですか……。」
「最後のアレはねー、体当たり。一瞬で来るから、その一つ前のモーションを盗んでおくと、避けられるよー。」
「な、なるほど。」
簡単に言うが、初見で出来たらそれはもう神業である。
セツヒトさんは、きっと戦ったことがあるのだろうが。
「あと、動けなくなったんですが、それは……。」
「痺れてたんだねー。いや、あれ食らっちゃうともう動けないのさー。……ソロハンターには、ちょいと致命的ー。」
「マジですか。」
「うん。だからウチケシの実を常に口の中にいれて戦うハンターもいるよー?ソロでー。」
「マジですか……。」
あんなまずいものを四六時中口に入れてなどおけない。
正気の沙汰ではない。
でもまぁ、正気とか狂気とか、そういう次元ではない極限の戦いであれば、そうした戦い方もアリなのかもしれないが。
言いながら深呼吸。
……うん、骨まではいってないと思う。
「村で、しっかり見てもらおーねー。ソウジー。」
「はい。本当にすみません……悔しいです……。」
「……うんうん。くやしーよねー。わかるよー。」
「はい……でも、セツヒトさんの援護付きでアレですから……。修行のし直しです。」
「まー、そのためにここに来たんだしさー。……私だって、来たのは、禊のためだし。」
「……。」
セツヒトさんが言う、禊とは、何なのだろう。
ジンオウガを相手にして、「こくろうとはちがう。」と言っていたが、こくろう、とは何なのだろう。
……セツヒトさんの過去が、気になってしまう。
「……セツヒトさん。」
「んー?ちょっと待ってねー……今、救援信号を出すからー……。よっ、と……。」
セツヒトさんが、緑の信号弾を上げた。
そのうち、ギルドからの救援がやってくるだろう。
「ん。お待たせー、ソウジー。もうゆっくり休んでていいからねー。……どしたのー?」
「……聞かせてくれませんか?……村に着く前に……セツヒトさんの、話を。」
「……。」
「すみません……でも、ミヨシ村は、セツヒトさんと何か因縁のあるところなんですよね。……それを知らないと、何でしょう……、先に進めない気がして……。」
「……あははー、気、遣わせちゃったねー……。うん。話すよー。ソウジに、話すつもりだったしねー。」
「……。」
「んー。どこから話せばいいのかなー。」
救援を待つ、しばしの間。
俺は、セツヒトさんの過去について聞くことにした。