完全に余談だが、俺の日本での出身は南の方だ。
冬は寒いと言えば寒いが、日本全体から見れば暖かい方である。
なので俺の住む町に、雪が積もった記憶などない。
ついでに言うと、スキーやスノーボードなんてやったこともない。
学生の頃、遠方に行こうと企画したものの、当日に風邪を引いてドタキャン。
それ以来、「あ、俺は雪とは縁がない生き物なんだ」と諦めていた。
けど。
「すげー……一面真っ白だ……。」
タオカカの村で宿を取った翌朝、外が一面の雪景色に変わっていた。
部屋がやたらと寒いなと外を見たら、真っ白。
雪が見慣れない俺としては、少々ハイテンションになってしまう。
「うわ……すげー!すげーぞ!」
我慢できずに宿の外に出る。
試しに手に取ると、少しベチャベチャしていた。
「あー、雪ってもっとフワフワなのかと思っていたわー!でも雪だー!」
雪玉を作る。
冷たい!すごい!
バシッ!
「いてぇ!!」
頭になにか衝撃が。
振り返ると、数人の子どもたちがゲラゲラ笑っていた。
雪玉を当てられたらしい。
「……よくもやったなー!!」
「きゃーーー!!!」
やっべぇ楽しい。
子どもと雪合戦をして楽しんだ。
…………。
* * * * * *
「なにをされていたんですか?ソウジさん?」
「ぶぇっくしょい!!……え、えーっと……その……。」
「…………。」
「タオカカの子どもたちと、交流を兼ねたレクリエーションを……。」
「思いっきり自分から楽しんでましたよね?」
「はい……。」
「怪我しているのに。」
「い、いや、起きたらだいぶ良かったんで……。」
「しかもインナー一丁で。」
「はい……。」
「そりゃ風邪ひきますよ!!」
「ぶぇっくしょい!!」
はい。
雪の冷たさも知らぬアホが一人。
はしゃぎ過ぎて風邪っぽくなってしまいました。
ハイビスさんからプンスカ怒られる。
「ソウジさん、体調管理も、ハンターの重要な資質ですよ!?」
「ズズッ……はい……。」
「ほら、鼻水も……もう。」
ハイビスさんがちり紙を取ってくれた。
鼻をかむ。
チーン!
「はーい、ソウジー。これ飲んでー?」
「な、何ですかこれ。」
「シナトマトとホットドリンク混ぜたスープ。んまいよー?」
「いただきます…………あぁぁぁぁ、なにこれうまぁ…………。」
セツヒトさんがマグカップを手渡してくれた。
めっちゃ温かい。
飲むと、体の芯から温まってくる。
「熱はなさそうだしー、鼻風邪かなー?いやー、まさかソウジが雪ではしゃぐ人だとはねー。」
「すみません……。」
「いやー、可愛いところもあるよねー、ソウジー。何だっけー……『くらえ!俺の雪玉ハリケーン!』だっけー?」
「いや!やめて!童心に帰った俺をいじらないで!」
「『やるな……この俺に一撃加えるとは!ここからは
「何で一字一句覚えてるの!?」
厨二病全開。
中身おっさんが、である。
恥ずかしいったらありゃしない。
「とにかく!ソウジさんが良くなるまで!体調管理は、今後専属受付嬢である私も気をつけますので!」
「は、はい。」
「で……どうしましょう、セツヒトさん。」
「うーん……ガーちゃんグーちゃん達も厳しいよねー、こりゃ。」
そうなのだ。
俺が風邪を引いたのもそうなのだが、急な大雪に見舞われたせいで、足止めを食らってしまった。
雪道にガーグァはちょっと厳しいらしい。
「まーソウジの風邪はいいとしてもー。」
いいんか。
「……ポポに、乗ってみるー?」
「……え?」
* * * * * *
「いやぁ……あんた達とは短い間だったけど……楽しかったよ。命の恩人だしな!またいつでも頼ってくれ!」
「はい、おじさんも、お元気で。」
「おじさーん、また冬が明けたらお願いしますねー!」
「はいよ!任してくれ!……そりゃそうと……。」
おじさんが振り向いた先。
ハイビスさんがガーグァ2頭を優しく撫でながら泣いていた。
「うん……うん……ガーちゃんもグーちゃんも……元気でね?またいつか、会えるからね?」
「グァー。」
「ガー。」
感動的な場面である。
あるのだが。
ガーグァのアホ面のせいでなんかコメディちっく。
「いやぁ、アイツらがあそこまで他の人に慣れるのは見たことねぇなぁ。すげえや、あの姉ちゃん。」
うん。
全然感動的ではないなんて、無粋なツッコミはやめておこう。
沈黙は金。
「ガーグァの顔アホっぽくて感動しないねー。」
……台無しにするセツヒトさんであった。
……。
雪道を進むため、俺たちはガーグァ車のおじさんと別れた。
おじさんは足止めを食らってしまったので、このまま春になるまでタオカカに滞留するという。
ご自慢のガーグァ達も、この雪ではただの大飯食らい。
しばらくは雪の田畑をゆっくり歩かせながら、フンと脚で地面を耕す仕事をするらしい。
たくましい話だが、雪が深くなって仕事が無くなったら、コイツらはどうなってしまうのか。
…………よし、次のことを考えよう。
俺たちはポポ車の御者さんと交渉。
急な雪でもポポは問題ないらしく、すぐに出発できるとのことだった。
すごいな、当日でOKなんて。ありがたい限りだ。
「グォォ……。」
「うおっ!」
ポポはでかかった。
見た目は完全に前世の図鑑で見たマンモス。毛深くて大きな象。
立派なツノが反り返っており、当たったらめちゃくちゃ痛そうである。
ツノの先の方が削ってあり、家畜として飼い慣らされている感じがする。
「セツヒトさん、これってーーー」
「せっちゃんー。」
「せっちゃんさん、こいつ、どうやって車を引くんですか?」
そもそも雪道で車なんて引けるのか?
「あー違う違うー。これはー、乗るのさー。」
「……乗る!?」
「そーなの。まぁやたら重い荷物はソリで引いたりするけどねー。今回はソリなしー。ソウジのおかげー。」
「あ、俺がアレで荷物を持っているから……」
「うん。ありがとねー、おかげですぐにポポに乗れたよー。」
なるほど、人を運ぶだけであれば、当日OKも出やすいわな。
「きゃー!きゃー!!」
「お、お客さん!動かないでください!!危ないですよ!!」
「すすすすすすいません!!これ……高くて……キャーーー!!!!」
ハイビスさんがポポに乗ると、膝を曲げていたポポが立ち上がった。
下から見ている分にはそこまで高くは見えないが……あれだ、数mぐらいが一番リアルで怖いっていうやつだ。
俺も高いところ苦手なんだよなぁ……。
「ソウジー、キャーキャー言っていいのはー、ああいう可愛い子だけだよー?」
「俺は言いませんよ!」
「おー。がんばー。」
結局ポポに乗る時、俺は絶叫してしまった。
爆笑するセツヒトさんとハイビスさんの顔が忘れられない。
ちくしょう、荷物の中身、大声で全部読み上げてやろうか。
……虚しいからやめておこう……。
* * * * * *
「ハイビスさん、ポポに乗るのは初めてですか?」
「はい……慣れてくると、楽しいですね、これ。」
「そうですね。目線も高くて、気分がいいです。」
「ソウジさん?風邪が悪化しないように、気をつけてくださいね?」
「は、はい。毛布はしっかりとしております。」
ポポの上は、慣れたらとても気持ちいい。
白い山々を見ながらゆっくりと進むのは、何だかのんびり旅気分である。寒いけど。
とは言っても周囲の警戒はしておく。
常時<マップ>を見ながらモンスターの警戒にあたる。
「私が気張ってるから、小型とかは多分大丈夫だよー?」
「ありがとうございます……すごいですね、その殺気を放つ技?……って言えばいいんですか?」
「ねー。なんで自分でも出来るのか、わからないんだよねー。」
セツヒトさんは間違いなく天才の部類に入るタイプの人間である。
殺気を意識的に放つとか、もう完全に人間を辞めているとしか思えない。
何だこの人。サ◯ヤ人か?
しかし、のんびりしているので、会話も花開く。
さらには眠ってしまうと凍傷やら落下の原因になってしまうので、起きるためにも会話を続ける。
「セツヒトさん、そう言えば。」
「んー?何ー?」
「昨日ジンオウガはガーグァが好きとか言ってましたけど……このポポは何かに狙われたりしないんですか?」
「あー……いい質問をしてくるねーソウジー。」
「え?」
「いるよー?ポポが大好物の、とんでもない奴が。」
「マジですか?どんな奴ですか?」
気になる。
だって昨日みたいに襲われたら洒落にならん。
「んー、ティガレックスってやつー。轟竜、って呼ばれてるねー。」
「ゴウリュウ?」
「そー、絶対強者、轟竜ティガレックス。よく野生のポポを狩っているねー。」
「どんなやつなんですか?」
「んー……説明めんどいー。」
「いやいやいや。これも勉強ですって。」
教えて欲しい。
絶対強者て。かっこよすぎる&恐ろしすぎる。
「んー、とにかくでかい口、強靭な尻尾を持つ、すごく凶暴な竜らしい竜かなー……地べたを這う感じは竜っぽくないかなー……でも、はじまりの竜って言われているから竜なんだよねー。」
「……。」
「…………うん。」
「……絶対今飽きたでしょ。」
「だってー。お尻痛くて疲れたー。」
「……もういいです……また教えて下さいね。」
「んー……善処するー……。」
寝てしまった。
ゴロンと、不安定なポポの上で。
なぜ寝られるんだ。バランス感覚が半端ない。
そして寝たらまずいんじゃないか……まぁいいか、セツヒトさんだし。
「そう言えば……ハイビスさん。」
「はい?」
ハイビスさんに話しかける。
ハイビスさんは、上下完全にモッコモコの格好である。
頭にはニット、雪焼け防止なのかでかいゴーグル、見た目はスノーボーダーっぽい。
……やたら可愛く見えるのはあれだな、スキー場効果ってやつかもしれない。
聞いたことしかないけど。
「ミヨシってギルドが無いって聞いたんですけど、ハイビスさんはどうするんですか?」
「あ、そこですか。説明してませんでしたね。」
ハイビスさんが説明をしてくれる。
「タオカカのギルドの出張所のような場所が、各地にできるみたいなんです。この辺は冬、雪に閉ざされますから。……何でも数年前、ここのギルドマスターがそのようにしたみたいですよ?私はそこの受付業務……というより業務全般を行うことになりますね。」
「全般?」
「はい、受付だけでなく、観測班からの情報をもとにモンスターを分析したり、クエストやハンターさんたちを管理したり……あれですね。自分で言っといて何ですけど……忙しそうですよね……。」
ハイビスさんが遠い目をしている。
……ギルドの人って、多分この世界で一番働いている気がする…………。
うーん、ブラック。
「お、俺も手伝えるときは手伝いますからね!」
「それは嬉しいですけど……シガイアからは『ギフトは極力使わせないように』と厳命を受けてますから……。」
「そ、そうですか……。」
さすがシガイアさん、先回りしてくるなぁ。
伊達に各地のギルドマスターを歴任していない。
俺の<マップ>のギフトを使えば、モンスターの管理とか楽勝だと思うのだが。
……悪用されて酷使される未来しか見えない。
やめとこ。
「シガイアさん、すごいですね……タオカカのギルマスだったんですよね。」
「え?そうなんですか?」
「そうらしいですよ。昨日、セツヒトさんに教えてもらって。」
「なるほど……そういうことなんですね……。」
何がなるほどなのかはわからんが、ハイビスさんはうんうん頷いている。
「ソウジさんは、これから向かうミヨシの事は……。」
「あ、聞きました。大体。」
「そうですか……ならお分かりかと思いますが。」
ハイビスさんが口調を少し真面目にして、続ける。
「ミヨシ村は、あの竜災から復興し立ち上がった『再生の村』と言われてます。元々良質な木材が採れるのと、冬の地場産業として防具加工が盛んで……その辺を足がかりにして。」
「数年で……すごい早さだ。」
「ええ、なので土地の開発も盛んで……それも相まって、モンスターとの衝突も数多いと……聞いてます。」
「……へぇ。」
なるほど。
モンスターを狩る側には、嬉しくもある話だ。
「ギルドの業務も多忙になり、ハンターも数が心許ない……なので、モンスターが増える冬の間、一時的に私達がお手伝いをする形です。」
「なるほど。」
結構打算的というか、セツヒトさんもただの思いつきで言っていたのではないのだな、とわかった。
ハイビスさんもセツヒトさんも、その職では超有能だ。
俺も足手まといにならないように頑張ろう。
ヒュー……
冷たい風が吹く。
雪はまだ、舞い上がるほどではない。
ベチャ雪、というらしい。まともに歩いたら、足を取られる。
ポポは、そんな足場を物ともせず、ゆっくりと、だが確実に進む。
「おっ……。」
峠を越えると、眼下に集落が見えた。
「見えたぞー!もう少しだー!」
先頭を行く御者のお兄さんが、声をかける。
モゾモゾと動くセツヒトさん。
目を覚ましたかな?
「……あー、懐かしいねー……あの頃の面影はないけど。」
セツヒトさんが、呑気な口調とは裏腹に、険しい顔で集落を見つめている。
「ソウジー、ハイビスちゃーん。……あれが、ミヨシ村、だよー。…………私が守れなかった村。」
呟くように話すセツヒトさん。
なのに何故か、その声が妙に耳に残るのだった。
* * * * * *
「いやー、お久しぶりですー。」
「あぁ!セツヒトさん!久しぶりですね!!……いや、来てくださるとは思ってませんでしたので……嬉しいですよ!」
「はははー、また、お世話になりますー。」
村に着くなり、セツヒトさんは色んな人に囲まれてしまった。
今話している人は、少しお腹の出ている恰幅のいいおじさんである。
村の長的な人だろうか。
囲む人たちはみんな笑顔。ニコニコである。
その後ろには、何か四角い厚紙を持った女性がチラホラ。
…………セツヒトさんにサインをねだっている様子。
セツヒトさんも書き慣れた様子で、応対している。
「セツヒトさん、すごい人気ですね……。」
「そりゃそうですよ。この辺であの方の名前を知らない人なんて、居ないんじゃないですか?」
「へ、へぇ……。」
「周囲一帯を守った英雄ですからね。あの人気も頷けます!流石です!」
ハイビスさんも、何故か誇らしげ。
それはいいとして。
そのサインをねだる方々の視線がこちらを向いている。
……気のせいか、俺に向ける視線はちょっと……なんか怖いような……。
「やー、おまたせおまたせー。参ったねーこりゃ。」
「せっちゃんさん、すごい人気じゃないですか。」
「うん……まー複雑だけど……何かすごく美化されちゃってるんだよねー、私と獄狼竜の対決が。」
「あー。」
憧れのハンターと、凶悪なモンスターの一騎打ち。
まぁ、男心をくすぐるには十分な要素である。
女性人気のほうが高そうだけど。
ていうか……。
「せっちゃんさん?」
「はいはいー?」
「……気のせいか、女性の方の俺への目線が怖いんですが……それは。」
少し恐ろしい。
「あー……私の連れって言ったら、あんな感じー。」
「連れ、って。」
「えー?別に間違ってないでしょー?」
「それはそうですけど……。」
俺の精神安定上、あの方々とは触れ合わないほうがいい気がする。
あ、あの人「チッ」て舌打ちしたような。
帰っていった……。
「さーて、宿に行こうかー。」
「何にもなかったように話進めないでください。」
「貸し切りのログハウスがあるんだってー。楽しみだねー。」
「反省ゼロですね……。」
女神様とのやりとりを思い出す。
はいはい、俺が精神削ればいいんですねわかります。
軽口を叩きながら、ログハウスへ。
しかし、もしセツヒトさんを悪く言う人がいたら、なんて考えていたが、今の所杞憂に終わりそうだ。
当たり前か。
セツヒトさんがもしいなかったら、なんて仮定したら、この一帯に人が住んでいることはまず無いだろう。
セツヒトさんが発見し、避難を呼びかけて撃退したからこそ、今ここに生活が成り立つわけだし。
そんなことを考えていたら、宿についた。
「おー……ここらしいよー?すごいねー。」
「宿じゃないですねこれ……もはや家だ。」
「わー……。」
3人で声を上げる。
特にハイビスさんは驚かされていた。
全部木でできた、温かみのある家。
木材が豊富な地方ならでは。
基礎や煙突こそ石でできているが、殆どは木材だ。
ログハウスの入り口には、No.3と書いてあった。
3つ目のログハウスって意味なのかな。
そういや周辺にも、似たような家が数件あった。
季節冬になると増えるというハンターたちの、仮の住まいなのかもしれないな。
「ここで寝泊まりするんですね。」
「そーだよー、ハイビスちゃん。部屋は2つだけど、一人がリビングに寝れば大丈夫かなー。」
「は、はい……。」
早速中に入って部屋割りを始める。
昨日のことを思い出したのか、ハイビスさんは顔を赤くしている。
「じゃあ俺がリビングに寝ますよ。」
「いやいやいや!肉体労働のお二人は、きちんとベッドに休んでください!」
「いやいやー、雪国に慣れてるからー、私がリビングに寝るよー。」
「「セツヒトさんはだめです!」」
「えー。」
リビングに、朝、裸の女性がいるとか。
明らかにまずいでしょうよ!
話し合いの結果、俺がリビングに寝ることに。
女性には快適に休んでいただく。譲らないぜ。
「ソウジさんは、よく分からないところで強情です。」
「男を見せたねー、ソウジー。」
「なんと言われようと俺がここに寝ます。ほら、二人の荷物、部屋に置きに行きますよ。」
「「はーい。」」
セツヒト語でハモる二人。
仲良くなったもんだ。
ここで寝泊まりしながら、俺は特訓を始める。
数カ月後、春の雪解けとともに、ワサドラに帰る。
3人での、短い生活が始まった。