宿の一階では、朝食が用意されていた。
固めのパンに、ベーコンと野菜が入ったスープ、ドリンクは柑橘系の果実のジュースだった。
とても美味しそうなにおいがして、食欲をそそる。
昨晩の夕食もうまかった、この世界の食事レベルはかなり高い。
「…おはようございま……おじいさんはいないのかな?」
何となく独り言をつぶやく。
女神さまとの会話?念話?では全くしゃべっていなかったからか、妙に声を出して話をしたい欲求に駆られてしまう。
周りには誰もいないことが分かり、ほっとした。
ところが、その独り言に、返事が返ってきた。
「おじいちゃんなら、いないよ?今頃裏手でなんか作業しているんじゃないかな。」
「お、君は……?」
少し驚いた。受付にも誰もいないかと思っていたら、そのカウンターの向こう側からひょっこりと、女の子が顔を出してきたのだ。
歳は中学生ぐらいだろうか。7分丈のズボンとTシャツにエプロンを身に付けている。
茶色がかった黒髪のボブカットで、鋭く大きな目が、どことなく猫を連想させる。
「私はドール……って言います。ようこそ、宿屋『ホエール』へ。狭いし古いけど、ゆっくりしていってね。」
「ありがとう。俺は……ソウジ。」
「ソウジさんね。知ってるよ。宿帳見たもん。」
淡々と受け答えする姿は、体育会系の女子、って感じだ。
そうだよな、さすがにおじいさん一人で切り盛りできないよなぁ。
「その朝食、私の手作り。冷めないうちに食べて。感想、後で聞かせてね……聞かせてくださいね。」
「ははは、無理に敬語つかわなくてもいいよ。」
「そう。助かる。ありがと。」
「あぁ、じゃあいただきます。」
両手を合わせて、フォークを手に取る。
一瞬変な顔をされたが、日本式のいただきますは染み付いた習慣なのだ。許してほしい。
* * * * * *
「そうだ、ドールさん。聞きたいことがあるんだけど。」
「さん付け、しなくていいよ?」
「じゃあドール、教えてほしいんだ。」
中身的には一回り以上年下なのに、しっかりしている子だ。
今一番聞きたいことを素直に聞いてみることにした。
「モンスターと戦う職業、といえば、どんなのが思い浮かぶ?」
「……え?」
キョトンとされてしまった。質問がまずかったのだろうか。
「い、いや実はね……。」
取り繕うように、俺は昨日の門番のおじさんにした、記憶喪失(という設定)の話をしてみた。
「というわけなんで、事情に疎くて。変な質問したなら申し訳ない。」
「そうか……。ごめんなさい、ソウジさん。私よくわかっていなくて。」
話をするなり謝られてしまった。
やはりこの村、いい人が多すぎる気がする。大丈夫なのか。
「いやいやいや、分からなくて当然だ。俺もいきなり、ごめん。」
「ううん、私てっきりソウジさんがプロのハンターさんなんだって思ってて。一式装備身に付けているし、筋肉もそれなりについていたから。」
「……は、はんたー?」
聞き慣れない単語が出てきた。
「うん、通称ハンター。モンスターハンターのことだよ。」
「モンスターハンター……それがつまり、さっき俺が質問した……。」
「そう、この世界に生きる人なら、だれでも必ず知っているよ。モンスターと戦う人なんて、みんな『ハンター』って答えると思うよ?」
「そうか……ありがとう。」
やはり、常識レベルのことだったらしい。
よし、とにかくそのハンターとやらに、なってみよう。
「じゃあドール、最後の質問。そのハンターとやらになるためには、どうしたらいいの?」
「村で一番大きな建物に行って、登録すればいいんだよ。」
「と、登録?」
「そう。『ハンターズギルド』にいって、ハンター登録してくれば、ハンターになれるんだ。」
学生時代、派遣のバイトをしていたことを思い出した。
登録講習受けて、いろんなバイトを請け負ったものだが、あのノリなのだろうか。
「でも、ハンターになる前にやるべきことがいっぱいあって——」
「じゃあひとまず、そのギルドってところに行ってみるよ。」
「……えっ!?」
「ごちそうさま。部屋はもう一泊していきたい。きれいにしているつもりだけど、汚れていたらごめん。」
「そ、そうじゃなくて、ソウジさん、ハンターになるの!?」
「ああ、試しにね。」
「試しに、って!悪いことは言わないから、やめておいた方がいいって!」
「すまん、スポンサーが望んでいることでさ。危ないことは重々承知だ。」
命を賭ける仕事なんだもんな。そりゃ止められもするよ。
やっぱりいい子だな、このドールって子。
頭もよさそうだし、おじいさんが溺愛しているのではないだろうか。
「行ってくる。今夜もここに泊まるつもりだから、よろしく頼んだ。」
「す、すぽんさー?……え、えええ……。」
肯定とも否定ともとれないドールの返事だったが、まあ部屋は取っておいてくれるだろう。
そう楽観的に考えながら、俺は村で一番大きな建物へと足を向けた。