それではどうぞ。
奏ニの秘密
いつも三つ編みにしているが、時間がない時はポニーテールにしている。
「……テストまであと4日だってのに、なんで俺は……」
三玖により財布を届けられた五月に連れてかれたのは、かなり高そうな服屋だった。
……いや、高そうではなく実際に高い。
よくこんな高いもんをポンポン買えるなと、改めておぜうの金銭感覚に慄いていると、試着室のカーテンが開き。
「……どうですか?」
そこには真っ白いコートと帽子を身に纏った美女がいた。
いや、中身は紛れもなく五月だが……外見が全然違うのだ。
特徴的なウェーブの髪は見る影もないほどにストレートで。
赤みがかった髪は、桃色というか桜色というか……兎も角ピンク色になり。
いつもの真面目そうな目つきは、人懐っこそうな丸目となっていた。
「………すげえや、写真のまま純粋に真っ直ぐ育ったみたいだ」
「普段の私が、真っ直ぐ育ってないみたいな言い方やめてください。
……でも、その様子だとかなりいい感じみたいですね」
渡された写真と見比べながら感想を言うと、いつも通りのジト目に戻った。
「悪い悪い……でも、こんな突飛な事して効果あるのかよ?」
五月に提案された事を思い出しながら聞く俺に。
「何もしないよりは上杉君の心が軽くなるかと」
「……そう言うもんかね」
五月はそんな言葉と共に再び試着室に入っていった。
あの時五月から話を聞いた風太郎が四葉に問い詰めたところ、四葉は陸上部の助っ人をしながら風太郎の作ったあの問題集をやっているんだとか。
だが……アイツにそんな両立ができるとは思えないし、陸上部も、テスト期間の日曜日にまで普通にやるようなところだ。
そうなると、ろくな勉強ができていない可能性もある。
そんな四葉やホテルに籠城した二乃をなんとか勉強させようと風太郎は動き、俺は残った3人に勉強を教えているのだが……風太郎がなんだか日に日にやつれている気がするのだ。
で、そうなると俺も動くかと思い始めた頃に、似たような事を考えていた五月に「手伝って欲しいことがある」と頼まれていまに至る。
そうして、その服を着たままの五月の後をついていく道すがら。
「例の初恋の子に化けて、過去への踏ん切りをつけてもらおうってか?
でも……」
「でも?」
「いいのかい?風太郎が出会ったその子は……」
ここに来るまでに、五月から聞いた話を思い出して確認すると、少し悲しそうな顔の後。
「分かってますよ。その女の子は私じゃありません。
でも、その女の子との約束が、今の彼を苦しめている。
それなら……私はそれを解き放ってあげたい。
それが、今の私にできる事ですから」
そんな五月の言葉に俺は意外さを感じていた。
これは言わば思い出の子を騙って風太郎を騙す事だ。
抜けてるところはあれども、基本は真面目な五月がこんな手段を選ぶようになるとは。
その変化を喜ぶべきなのか、危ぶむべきか……
「ま、他人の変化にケチつけるなんて野暮は無しだな」
「何か言いましたか?」
「何でもねーよ」
なんかこれデートみたいだなとか、アホな事を考えながら五月の後をついて歩いていると、やがて大きな川の近くの遊歩道にて。
「……あいつ、あんなところにいた」
先ほどから話に出ていた風太郎を発見した。
「試験まで残り4日………どうしたら、アイツらがまとまってくれるんだ」
俺は、水面を見つめながら一人呟いていた。
誰かが否定も肯定もしてくれるわけでもない一人の今、思考はどんどんと加速していく。
「ここで俺が溺れたりしたら、全員心配して集まってくれたりして………」
もちろん、マイナスな思考もその例から漏れないため、俺の思考はどんどんヤバい方へと……
「いや、ありえねー……そんなわけないよな」
その思考を慌てて中断するが、一つだけ間違ってないことがあった。
俺のやり方が間違ってたんだ。
信用されて………頼られて。
勘違いしていたかもしれない。
他人の家の姉妹の仲を取り戻そうだなんて……人当たりのいい奏ニなら兎も角、今の俺には過ぎた役割だった。
「あんたなんて来なければ良かったのに!」
二乃に言われた言葉が妙に反響する……今の俺にとってはこれ以上ないほどの正論だから。
……そうだ。最初から間違っていた。
家庭教師の領分を外れて、俺はアイツらの事に首を突っ込み過ぎた。
自分が突っ込めるほどの度量も技量もないくせに。
「勉強は大切だが、それだけで必要とされるなんて思ってるなら……それは大間違いだぜ?」
昔、奏ニに言われた事がまさに現実となったのだ。
そうだ。大間違いだ……なんとかしてやりたいが、今の俺には何もできないのだ。
そんな、何もかも間違えた俺は……
「俺は、アイツらには不要だ」
と、ここまで思考が進んだ時だった。
「また…落ち込んでる」
遠い昔でも、鮮明に覚えている記憶と同じような声がして、振り返ると。
「やっぱり君は変わらないね。上杉風太郎君」
そこには帽子を深く被っているが、あのとき出会った子の面影を持った少女が俺の名前を読んで立っていた。
「久しぶり」
「あーはいはい、久し……ぶり……だなっ。
ああ!
俺、今から用事あるから。じゃあな!」
「………あいつ、本当こう言う対話苦手だよな」
少し離れたところからドローンとレシーバーで様子を伺っていた俺は、吹き出しそうになるのを堪えていた。
「おっかしいなー…頑張って当時を再現してみたんだけど」
「いや、そうも顔隠されちゃ思い出せるもんも思い出せん」
確かに、あの写真では帽子かぶってなかったもんな。
「あー……これは許して欲しいな。
こっちにも事情があってね」
具体的には、ご立派なアホ毛様の事だ。
本当、あのアホ毛はどうなってんだと考えていると五月は胸元から何かを取り出した。
「これならどうかな」
筒のようだが……この状況で乾電池な訳がないし、多分お守りだろう。
でも……アイツのことだからワンチャン乾電池出しててもおかしくはない。
ツッコミがいないことで失礼な想像が止まらない俺だったが、風太郎がその場から走って逃げ出したのを見て慌てて操作した。
「どうして逃げるの?」
「俺はまだ、お前には会えない」
「なんで!」
たしか、誰かに必要とされる人間になる……そうアイツは約束したはず。
どうやら、ここ数日の出来事ですっかり自信を無くしてしまっていたようだ。
……馬鹿野郎が。少なくとも三玖はお前のことを必要としてるぞ。
なんたって俺が教えてると風太郎を催促して来るんだからな。
人は案外、近くのものを見落としがちなものさ。
そんな事を考えていると、五月は風太郎の生徒手帳を人質にボートへと誘導した。
「ほーら、あそこまで着いたら返してあげるよー」
「ハァ……ハァ……もう限界……」
あの写真の子……と言うか「昔の私」を真似た私が、上杉君を扇動すると、上杉君は疲れ切った顔をしていた。
いくらなんでも体力なさすぎではないだろうか。
そんな事を考えながら水面を眺めていたら、視線を注がれたので微笑むと、上杉君は思い出したかのように。
「……俺、そういえば名前知らない」
と、名前を聞いてきた。
そう言えば、名前まで考えてなかった。
………お母さん、名前をお借りします。
「そうだなぁ。
じゃあ……零奈。
私は零奈。
5年ぶりだね」
「零奈………」
「風太郎君も元気そうで安心したよ。
イメチェンはびっくりしたけど、高校デビュー?」
ほぼ毎日会っている顔に、さも5年ぶりにあったかのような事を言っていると言う可笑しさに、笑いが出てしまわないかと心配になっていた私だが。
「なんでここに…」
上杉君は、初恋の子がここにいる理由を知りたいようだ。
「今の君に会うため。
聞いたよ?
あれから頑張って勉強して、学年一位になって。
今は家庭教師してるんだってね………すごいよ」
「……ちょっと待ってくれ。なんでそこまで知ってる⁉︎」
しまった。細かく喋り過ぎた。
………よし。
「三つ編みの男の子に君と会いたいって話をしたら…」
「奏ニか。………アイツ、余計なこと話してないか問い詰めねえとな」
三つ編みの彼をでっち上げると、上杉君が頭を抱えながらそんな事を言いだす。
……町谷君には、後で事情を説明しよう。
「どんな生徒さんなの?教えてよ」
とりあえず、私の方へ話を向けないとなので話を促すと。
「信じてもらえるか分からないんだが、教えてるのは5つ子で……」
「うんうん…」
「……意外と驚かないんだな」
「あ!5つ子って本当にいるんだ!ドラマでしかみた事ないよ!」
危ない危ない。もっと演技をしないと。
冷や汗をかいていると上杉君は苦笑して、私たちのことを語り出した。
「そいつらが困った事に、馬鹿ばかりなんだ。
長女は夢追い馬鹿。
どうせ叶いっこないって言ってはいるんだが……まあ、根気だけはあるみたいだな。
だが、馬鹿だ」
まずは一花。
「次女は身内馬鹿。
こいつは姉妹贔屓ですぐ噛み付いてくる………だけかと思ったが、今はよくわからない。
だが、馬鹿だ」
次は二乃。
「三女は卑屈馬鹿。
初めは暗くて覇気のない顔をしてたんだが……近頃は見るたび生き生きしていて安心している。
だが、馬鹿だ」
三玖。
「四女は脳筋馬鹿。
1番の悩みの種だが……やる気はあって頼りになるところもある。
だが、馬鹿だ」
四葉。
「五女は真面目馬鹿。
こいつとはまず相性が悪い。
だが、本当はやれる奴だ。このままじゃ勿体無いな……。
だが、馬鹿だ」
そして私だが……驚いた。
あの上杉君が、ここまで私たちのことを見ていたとは。
なんだか照れ臭くなって……おっと危ない。
「と、まあこんなところだが……どうした?」
「ううん、何でもないよ!
……でも、そうだなぁ。びっくりした。
真剣に向き合ってるんだね。
きっと君は、もう必要とされる人になれてるよ」
話題を晒すかのように笑顔で言うと、上杉君は一瞬だけ目を見開き、またすぐに俯いて……聞いたこともないような暗い声で。
「いや……俺はあの日から何も変わってない」
と、自戒を込めたように呟いた。
四葉に頼まれたこともあるけど、落ち込んでいる彼を元気づけたいと、彼の初恋の子として現れたのだが……今の彼にとってこの初恋は呪いになりつつある。
だから……
「そっか。じゃあ………君を縛る私は、もう消えなきゃね」
「?なんて……」
私の呟きを聞き返した上杉君の言葉を遮るように、池の中にあった噴水が水を噴射した。
「噴水だ!」
「普通に危ねえ……」
丁度いい。このムードに乗ってしまおう。
「冷たーい、逃げろー!」
「また俺任せかよ!」
私は、上杉君に発破をかけてボートを漕がせた。
「風太郎君遅ーい!」
「おまえも少しは手伝え‼︎」
私の言葉に悪態を返す上杉君だが……口元は緩んでいる。
そんな彼を前に、罪悪感が湧いたが……演じ切らなければ。
せめて、彼にとっての最後のロマンスとして……楽しいものにしてあげたかったから。
船着場に着いた私は、息が上がっている上杉君にお礼を言ってボートから降りた。
ああ、そうだ。
「じゃあ、これは返すね」
彼に学生手帳は返してあげよう。
そう、学生手帳"は"。
「でも……これは返してあげない」
そうして私が見せたのは……彼が学生手帳に忍ばせていたあの写真だ。
顔色を変えた上杉君が何かを言う前に、私は言葉を続ける。
「私はもう……君に会えないから」
「なっ……俺を呼び止めておいて、どう言うことだ。
待ってくれ……頼む!」
懇願を口にした彼に、私は懐からお守りを出して……彼に渡した。
「自分を認められるようになったら、それを開けて」
「なっ……どう言う……ッ⁉︎」
これ以上振り返ることができなかった私はその場を立ち去ろうとして、上杉君に止められたが……彼は足を滑らせたのか池に落ちた音がした。
なぜ、振り返ることができなかったのかって?
「………さよなら」
この行為が誰にとっても救いのないものだとわかってしまったから。
「………だめ、辛いのは四葉なのに……」
彼にとっての初恋の子………それは、四葉だった。
でも………四葉は黒薔薇を退学になったあの日から、自分を抑え込んでいる。
四葉は………ずっと、上杉君のことが好きだったのに、私に今回「初恋の女の子」として会ってほしいと言ったのだ。
そうして、今こうして彼に自分の事を忘れてほしいと伝えてくれ……と。ここまでが四葉の指示だ。
でも、それは四葉にとってどれだけ辛いものかは想像に難くない。
そして……四葉がそんな辛い選択をしているのに、それを止めることができない自分が悔しい。
彼の為とわかっていても……こんなに誰も救われない話があるだろうか?
家で騒動を引き起こして、姉妹達を心配させてしまった自分への不甲斐なさや、そのやり切れなさに打ちのめされたような気分だった。
そんな中でも……私は泣かない。
「こんな状況を招いた私が、泣く資格なんて………」
そんな資格はないから……涙だけは零すまいと強く口を噛み締める私に、いつのまにかこちらにやって来ていた町谷君が。
「お前、やっぱりあれだけが理由じゃなかったみてえだな」
「町谷………君………」
ため息と共に私に声を掛けてきた。
「えっと………その………」
正直、今は慰めないでほしい。
弱い私は、きっと縋り付いてしまうから。
「……気づいてたんですか?」
何とか平静ぶって話をすすめようとするが、彼はそれも見抜いているのか。
「そんな爆発寸前みてーな顔してりゃ、なんとなく察しがつくもんさ」
ダメだ。このままじゃ……自分からボロを出してしまいそうだ。
「………大丈夫です。私はしゃんとしてなきゃいけないんですから、泣いたりしません」
「おいおい、先手のつもりか?」
そうして、話を終わらせようと必死になっている私に、町谷君は。
「そんな泣き顔で言われても格好つかねえよ、全く……」
どこが呆れたような声で、私の肩に手を置く。
「ま、町谷君……?」
そして。
「……泣いても良いんだぜ?」
「……⁉︎」
私をまっすぐに見据え、私の感情の弁に槌を振るってきた。
その、聞きたくなかったのに……聞いてしまった言葉に、私はひび割れた弁から溢れないように必死に抑えようとしていたのに。
畳み掛けるように彼は軽く微笑み。
「……だから、人は泣けるんだろ?多分」
「…………」
私の押さえ込もうとしていた感情に、赦しを与えてしまった。
「………」
その言葉が。
言葉に込められた優しさが、傷ついた心に染み渡る。
「今まで……よく頑張ったな」
「クッ……ウウッ……!」
決壊したダムから水が溢れるように、赦しを得てしまった感情は目から涙となって、口から呻きとなって溢れ出す。
「ウッ……アアアアア………!」
四葉に対してか。
上杉君に対してか。
はたまた……こうして私を気遣ってくれる町谷君に対してか。
「後は俺に任せとけ」
「町谷君……四葉ぁ……ごめんなさい……!
ごめんなさい………!」
堪えきれずに縋り付いた彼の胸の中で、誰に対してかわからない謝罪をする私。
「立ち上がるのに邪魔なもんは……この際まとめて流しちまえ」
「ウグッ……ヒック……」
でも、こんな私を優しく受け入れてくれた彼は、そうして私を赦してくれる。
そんな彼に、私は感謝と共にほんの少しの憎らしさを覚えた。
「本当……ずるいです………!」
「ずるくて結構。それが俺のいいところさ」
私が私を赦せないのに、あなたは私を赦してしまうのだから。
「ここから先は………俺のターンだ」
「ふっ……ううっ……!………うぁああ……‼︎」
意地を張っていても色々と限界だったのか、やがて泣き出してしまった五月。
その、静かでも確かな慟哭は。
泣き喚かれるよりもキツいものがあるんだが……まあ、それほどまでに自分を追い詰めていたってことだ。
そして……これはもう、俺も真面目に解決に乗り出すしかねえ。
そんな決意と共に、泣き疲れて眠ってしまった五月を、タクシーにおぶって運び。
「……アンタは来ないと思ってた時期が、私にもあったわ」
「まあ、今回ばかりは後に引けないんでね」
二乃が泊まっている部屋に堂々とやって来て、呆れたような視線をもらっていた。
思えばコイツとはあれ以来話してなかったので、感動の再会って奴だな。
「その為に同じホテルの部屋借りるなんて、私も予想外よ」
「近くで張り込むのは、潜入の基本さ」
軽口で視線を受け流しながら、二乃の座っているソファーの向かいに座り。
「それで、お前はいつまでここにいるつもりだ?」
「いつまでだっていいでしょ⁉︎
アイツにも言ったけど、期末試験なんてどうでも良いわ!」
問いかけると、目を逸らしながらそう叫んだのでその視線の方へと歩いて、再び目を合わせる。
「……なによ」
「……お前には聞いてほしいことがある」
「勉強しろとか、仲直りしろとかなら聞かないわよ」
そんな視線の応酬の後で、再びテーブルを挟んだ向かい合わせとなり。
「お前の気持ち的に、今のあのマンションがいて辛い場所ってのは分かるが……意地を張り続けた結果、アイツらと2度と話せなくなっても後悔しないのか?」
そう問いかけると、二乃は目を見開いて。
「い、いきなり何言ってんのよ…」
「命なんて、ふとした時に簡単に無くなっちまう。
「いきなり」にも程があるくらいにな」
いつも通りに帰ってきた俺の目に飛び込んできた、無数の冷たくなった家族に、消えゆく命の断末魔………かける相手を無くした言葉。
すぎた事にたらればなんて意味がないとわかっているのに、あの日から俺は、救えたかもしれない命や伝えることができなかった事について後悔し続けている。
……人の死に慣れた今の俺でもこうなんだ。姉妹の仲を大切にしている二乃が同じ状況にあったら……どうなるかなんて、想像したくない。
だから、こんな痛みを負うのは俺だけでいい。
「あの痛みを背負うのは、死神の俺だけでいい……他の誰にも渡さない」
そうしていれば、他の誰もその痛みを負うことはないから。
軋む心にあらためて楔を撃った俺がそう告げると、二乃は。
「………何があってアンタがそこまで言う理由は聞かない。
でもね……私だって半端な覚悟でこうしてるわけじゃないの」
俺に視線を合わせてはっきりと返し……そこからゆっくりと語り始めた。
「私たちが同じ見た目で、同じ性格だった頃。
まるで、全員の思考が共有されているような気がして居心地が良かったわ。
でも、5年前から変わった」
その5年前とは、恐らく母親が死んだ頃だろう。
そして、繋がりに安らぎを感じる二乃にとっての変化は。
「みんな、少しずつ離れていった。
一花が女優をしていたなんて知らなかったし、五月があんな事をするようになるなんて……信じられなかったわ。
そして、五月に関してはアンタのせいね」
「そうか?母親代わりとして変わっていっただけだろ」
その繋がりが薄れていく事………自分の気持ちを共有してくれる相手がいなくなっていく事だ。
「まるで、五つ子から巣立っていくように……私だけを残して、ね。
でも……私だけが、あの頃を忘れられないまま。
髪の長ささえ変えられない……だから、無理にでも巣立たなくちゃいけない。
一人取り残される前に」
そこまで聞いた俺は、二乃に聞く。
「本当にそれでいいのか?」
「いいのよ……過去を忘れて、前を向いていかなくちゃいけないんだから」
すると、諦めと未練が混じったように苦笑した。
確かに常に変わっていく時間や、他人の心を止める事はできないし、それは受け止めなくてはいけない。
だが……
「お前も十分変わってるんじゃないか?
少なくとも、前のお前ならこうしてサシで話すこともしなかった」
「………」
思えば最初に俺に噛み付いてきたのはコイツで、その時は障害として捉えていたのだが……今のコイツをそうだとは思えない。
現に、噛みつかれてないしな。
大体3ヶ月くらいでこうなってるんだ。
5年もあればかなり変化するだろう……少なくとも、部屋の隅でピーピー泣いてたあの頃からはな。
そうして少しの沈黙があったが、それを破ったのは五月からの起きたと言う連絡だった。
「何かあったの?」
「……五月が起きたみたいだから、そろそろ帰らせてもらうぜ」
それを二乃に伝えると、どこか同情するように。
「そう……アンタも大変ね」
「そう思うなら、手伝ってくれよ」
「お断り」
そんな応酬の後に、俺は部屋を出ようとするが……一言だけ言いたいことがあった。
「……なによ」
「変わっていく中でも、変えちゃいけないものはある……それだけは、忘れるなよ」
「……わかってるわよ」
そうして俺は、今度こそ二乃の部屋を後にした。
「全く、どいつもこいつも素直じゃねえなぁ…」
机の上にあった、テープで補修された問題集の存在を知りながら。
その日の夜。
五月に提供している部屋にて。
「よし、とりあえず解けたな」
「ええ……それにしても、二乃も解いてたなんて…」
俺は、五月があの問題集を解く手伝い……要するに家庭教師をやっていた。
ついでに、二乃と話したことも報告している。
「あの日だって、アイツは場所は違えどちゃんとやってたんだ。
それを三玖が妙な方向に持っていかなければこうはならなかったはずだぜ」
「本当、すみません……二乃の気持ちも考えてあげなければいけなかったのに、それを失念してました」
「反省してるなら何より……それより、二乃から聞いたが風太郎はかなり落ち込んでたようだぞ」
「……それだけの事をしてしまったという自覚はあります」
二乃から聞いた話によると、池に落ちた風太郎は二乃のいるホテルにやってきて、その様子があまりにおかしかったので話を聞くべく上げたんだとか。
「あと、お前のことも話してた……曰く、昔はあんなことする子じゃない。なんだか知らない子になったみたいだとさ」
俺のせいだとも言われたが……五月が自分で変わっていっただけだと思う。
謂れのない疑いに離れた場所から遺憾の意を表明していると、五月が少し心外そうに。
「……私からしたら、二乃も変わってるんですよ?
前にホラー映画を一緒に見にいった時も「恋のサマーバケーション」という恋愛映画を面白そうと言ってました。
私としては「生命の起源〜知られざる神秘〜」がいいと思うのですが……町谷君はどっちがいいと思います?」
……どっちも見ないジャンルだが、とりあえず。
「二乃のチョイスは分からんでもないが、お前のチョイスが奇天烈すぎるぜ」
「そ、そんなあ⁉︎」
センスの良し悪しとは意外と本人はわからないもんだ。
ちなみに俺の推しは「翔んで佐賀」だ。
あのくだらなさが妙にツボなんだよな……。
そして、自分自身の変化も。
「まあ、そこに関しても後で話を聞くとするさ……んじゃ、おやすみ」
「ええ、お休みなさい……あと、今日はありがとうございました」
「気にしなさんな」
そうして眠るべく自分の部屋に戻ろうとした時、スマホに着信が届いた。
相手は……一花だ。
「一花から……?」
「一花……差し支えなければ、私にもお話を聞かせてください」
「おう」
首を傾げながらも電話に出る。
「やっほー。五月ちゃんとはどこまで進んだの?」
「一緒にショッピングに行ったよ。ついでにホテルでご休憩だ」
「え、ええ……あの五月ちゃんがそこまで」
予想外と言わんばかりの声を上げる一花に、次はどう言おうかと考えてたら、後から頭を引っ叩かれた。
「誤解を招く言い方しないでください‼︎」
「に、二度もぶった!親父にも殴られたことないのに!
てか、エロい展開にならなかっただけで事実じゃねえか!」
「それならそう前振りを、しっかりとしてください!」
「あははは……やっほー、五月ちゃん。元気そうで何よりだよ」
「おかげさまで……えっと、お久しぶりですね。一花」
顔を赤くした五月が息を整えてるのを横目に本題に入ろうと話を促す。
すると。
「四葉の事なんだけどね………その、当事者同士で解決できればと思ってたんだけど、どうやらそうもいかないみたいなんだ」
「……例の陸上部か。うちのクラスのやつにも聞いたけど、結構部長が強引なやつらしいな」
あと、四葉がチョロいのもあるが。
俺の反応に、そうなんだと笑った一花は。
「それでね……私もできる限りのことはするけど、力を貸して欲しいんだ」
と、少し焦りを感じさせるような声で、新たな依頼を舞い込ませた。
いかがでしたか?
前回紹介し忘れた事があったので改めて。
優一
奏ニの本名。
次回は四葉陸上部解放作戦となります。
ぜひ、お楽しみに。