今回で二日目が終わりとなります。
いよいよ文化祭編もクライマックスとなりますので、最後までお付き合い頂ければ。
それではどうぞ!
奏ニの秘密
手紙の内容に恥ずかしさのあまり悶絶した。
「……とりあえず、命に別状はなかったよ、奏一」
町谷君の措置を一通り終えた僕は、院長室で物思いに耽っていた。
そして、彼が病院に運ばれた時にその友人たちから大体の経緯は聞いている。
「……その役は、僕が担うべきだった」
零奈さんから託された娘達に迫る危機を、自分が対処しなくてはならなかったのに………結果としては彼に押し付ける形になってしまった。
「我ながら情けない…」
仮にも親として向き合おうと決めていたのに、このザマだ。
「君にはいつも先を越されてばかりだな」
虚空の中、ため息と共にこぼれた言葉は。
「………どう言うことだ?」
眠っているはずの町谷君からのメールが届いたことを知らせる、着信音にかき消される。
そして、その内容に呆れとも称賛ともつかない何かを覚えた。
「203号室の里中沙奈の治療費を、その子の姉貴に渡した。
それで、操り糸を断ち切って欲しい」
里中さんの事は、緋色君達から聞かされていた。
彼女らもまた、無堂先生に操られていただけなのだから、恨むなんて事はしない。
それに、もし恨んでしまったら自らを危機に晒してまで救おうとした彼の意に、背くことになってしまう。
だが、仮にも自分を殺そうとした相手の心配とは、お人好しと言えばいいのか、バカと言えば良いのか……。
いや。そんな感想はどうでもよくて。
「失わせたくないし、守ってみせる」
「奇遇だね……僕もだよ」
僕の答えは医師としても個人としても、すぐに決まっていた。
「零奈さん………奏一」
僕が救えなかった人達のためにも……
side五月
机にあった手紙を前に、私の頭にはハテナが浮かんでいた。
確か、会議室に行く前には何もなかったはずなのに……。
だが、手紙の筆跡は町谷君の字によく似ている。
「服の中にでも入ってたのかな……」
お父さんが、私宛てだとわかって置いていったのかもしれない。
「町谷君……」
その手紙は、私に読んでほしいから書いたのであって……私はそれを読まなくてはならない。
どこか免罪符のような結論を出して、私は手紙の封を開けた。
"もし何かがあって、話せなくなった時のために"
"伝えたいことを書き残しておこうと思う"
side奏二
俺には夢がなかった。
……いや、7年前のあの日から、夢を見る事が許されないような気がして。
何も守れなかった俺が……未来に胸を馳せるのは、逃げてるような気がしたんだ。
そうして俺が定めたのは……贖罪の為の人生だった。
七夕の短冊に書くような願い事を……一人一人が願っていた事を、代わりに叶える。
宇宙飛行士になりたいだの、お嫁さんになりたいだの、パイロットになりたいだの………
人1人の人生で、叶えられるレベルのものじゃない?
…………そんな事はわかっている。
でも……そう誓いでもしてアイツらの存在を、この世界に刻み込んでおかないと。
やがて、時の流れに呑みこまれて、その命の存在も……苦しみの中にあった悲痛な叫びも消えていってしまって。
あまりにも報われないような気がしたんだ。
だから……アイツらの命が刻み込まれた十字架を……出会った人たちの命を背負って生きると誓った。
そうでもしないと、生きてる事に意味がない。
そこから俺は、奏一さんの下でいろんなものを見てきて……感じて。
夢を見ることが、机上の空論を唱えるようなものにすら思えてきて。
灰色の中、屍を背負って生きてきた。
それが当然だって思い込んでいたが……苦しかった。
人の死に目に立ち会うのには慣れたが……楽にはならなかった。
その使命を放棄して、壊れていくのもアリかもって思えてきていた。
そんな中で、お前との出会いは新たな光だった。
弱さに触れて。
ひたむきさに触れて。
その光は真っ直ぐなのに………どこか危うくて。
最初は仕方ないと助けに入ったが……いつしか、助けたいと思うようになって。
傍にいることが心地よく思えてきて。
そうして、お前が葛藤の中で見つけ出した夢に触れた。
…………すごく眩しかったし、羨ましかった。
だから無堂が近づいてきた目的が、お前の夢を閉ざすことだとわかった時に……どうしても許せなくて、水面下で動いていたんだ。
結果として、お前を追い込むことになっちまったのは悪かったと思ってるよ。
だからその詫びとして、お前の背中を押す。
お前の人生は決して、お袋さんの2周目なんかじゃない。
誰かの言葉じゃなくて、お前自身の言葉と想いを信じ、決めて。
お前自身が望んだ夢に向けて進むんだ。
……その道が、たまたまおふくろさんと似ていただけで、同じ道なんかじゃないさ。
大体、別の人間が歩む人生と、同じ道なわけがないだろ?
つまりはそういう事で。
お前が大好きだったお袋さんを、誰かの道具になんかさせちゃダメだ。
……ましてや、お前や姉妹達の人生を、自分の免罪符にしようとするようなクソ野郎なんかのな。
自分の思い出は、良くも悪くも自分の物だ。
だから……自分の道を、誰かの言葉に委ねるな。
お前が、こんな俺の幸せを願ってくれたように。
俺も、お前が幸せになるのを願ってるよ。
"中野五月"の幸せをな。
side五月
その手紙は、彼の声なき慟哭だった。
冗談めかして、笑って見せてるその裏で……軋み、もがき、苦しんでいた。
でも、今まで彼はそんな面を曝け出すことがなかった。
いや……曝け出せなかったという方が正解か。
そんな彼が、私に弱さを曝け出したのは……都合のいい解釈をすれば、それほどまでに心を預けてくれたのだろうか。
私は……町谷君にとって、光と呼んでもらえるような存在かどうかは、自分でも自信がない。
でも……そんな彼の想いに応えられるようになりたいって、強く思える。
まだ自分の夢に手が届いていないけど。
いつか届くようになるために、勉強してるんだから、そんなのは当たり前なんだ。
それに、先生を目指すと決めたのは、お母さんへの憧れだけじゃない。
期末試験の時、教えたみんなからのお礼に……とても嬉しくなって。
そんな気持ちを大事にしたくて……私は先生になりたいって思った。
そして、その憧れていたお母さんが自分自身や選んだ道を否定しても。
私のお母さんへの想いが変わることはない。
私は、空に浮かぶ月に願った。
「私は……あなたが信じてくれた私を、もう少し信じてみます。
だから……お願いします。
頼りないかもしれませんが……後は任せて下さい」
そして、彼に誓おう。
無堂先生との問題は、私達が終わらせるって。
side二乃
「あれじゃあ、姉の面目丸潰れじゃない……」
途中から消えた五月を探して、たどり着いた町谷の病室。
そこで見たのは、静かな決意を秘めた五月の横顔だった。
会議室で見たまでの、絶望や悲壮感といったものはもうない。
少しでも、傷ついた妹のケアができればと思ってたのに………
「アンタには敵わないわね、ホント」
不甲斐なさを感じながらも、私のやることはすぐに見えてきた。
……幸運にも、今度は抜け駆けをされないで済む。
「今度は、私達のターンよ」
緋色の言葉への対抗心もあってか、足早に向かった先は。
「……何か忘れ物かい?」
「……いいえ、頼み事よ」
この問題における、もう1人の当事者のところだった。
「勝ち逃げは許さないわ、町谷」
side三玖
四葉のお見舞いに来たと思えば、ソージのお見舞いにも立ち会って。
ソージの友達から、学園祭の裏で動いていたことについて知らされて。
その衝撃の余韻も冷めぬ中で、私達は日付も変わる頃にタクシーで家に帰った。
ちなみに四葉は大事をとって、病院での泊まりである。
そうして、お風呂に入りいざ寝ようとしたところで。
「三玖……お願いしたいことがあるのですが」
いつもと何か違う雰囲気を纏った五月に呼び止められた。
リビングにて。
「五月の真似?」
「……はい。明日、私は無堂先生の所に行こうと思います」
お願いと言うのは、私が五月に変装して、本当のお父さんのところへ向かうと言うものだった。
パンケーキの試作に付き合ってくれたし、引き受けてあげたいけど……。
「大丈夫?」
今は兎も角少し前まで、ずっと思い悩んでいて……ソージのお友達からの話を聞いてる時は、お母さんがいなくなった時みたいな顔をしてた。
この妹は、たまに極端な行動に出るから心配なのだ。
いつかの家出騒動を思い出しながら、返答を待つ私に苦笑する。
「正直……不安がないといえば嘘になります」
でも……その後キッと顔をあげ。
「ですが、これは私達家族の問題です。
その解決から逃げては……町谷君1人に任せっぱなしにしちゃダメなんです」
「だからお願いします。
どうか……力を貸して下さい」
深々と頭を下げるその姿に、私はこれまでの学園祭を思い出す。
私は、自分でパンケーキ屋を提案したのに、それが原因で起こったクラス内の溝から、目を背けてきた。
勇気を出すって決めたのに……たった一つのトラブルを前にその意志を揺るがせ。
「決して変えられない結果もある」
なんて嘯いて逃げ出した。
……それだけじゃない。
フータローが家庭教師になりたての頃、「自分が好きになったものを信じろ」って言われて。
その言葉が嬉しくて……私のとっての心の支えで。
フータローが好きだから、それまで歩んでこなかったような道も、信じて進んでこれた。
それなのに、あの射的の女の子の登場に、その思いは簡単に揺らいでしまった。
好きな人を信じる……そんな簡単なこともできなかった。
こんな臆病者な私が、今の五月に力を貸していいのだろうか……?
そう迷う私から生まれた沈黙は、目の前ではない方向から破られた。
「……私達家族の問題を、私ら抜きで話し合ってんじゃないわよ」
「そうそう。お姉さんショックだよー?」
ハッとして振り向くと、そこには二乃と一花が立っている。
「一花、二乃……起きていたのですか?」
「寝ようとしてたら、なぜか下に降りてる音がしたからね」
「それで様子を伺ってたら……よ」
そうして2人は私たちが囲っていたテーブルに着き。
「それで、どうするつもりなの?」
二乃が、五月にちょっと不機嫌そうな視線を送る。
「明日、無堂先生が来ると思うのでそこに突撃しようかな、と……」
「その人が来るって確証は?」
「ないですけど、一日目から私に声をかけてきてるんです。
なら、明日いても不思議じゃないかな……って」
しどろもどろに答える五月に、二乃はため息ひとつついて。
「張……だったかしら?アイツが偽情報を流して、学校に来させる予定らしいわ。
そこであの4人と私服の警官たちで取り押さえるみたい」
そう言いながら、小さな機械を手渡した。
「これは?」
「町谷が持ってた小型の通信機よ。
来た時にそれで居場所を教えてくれるらしいから、その時に行くわよ」
「……!」
その通信機が、まるで形見であるかのよう手に取る五月にひとつ微笑んで。
「アンタもよ、三玖。
何か迷ってるみたいだけど……止まるよりも突き進んだ方が良いわ。
気持ちなんて勝手についてくるものね。
「どうすればいい」のか、じゃなくて「どうしたいか」よ」
前にどこかで聞いたことのあるような事を言ってくる。
「二乃、なんかお姉ちゃんっぽい事したいのかな?」
「そうよ!町谷にばっか良いカッコさせてたまるもんですか!」
苦笑いしながら聞く一花に、食い気味に答える二乃は、なんというか……やっぱり単純なのか、考え無しと言うか。
でも……今の私に必要なのはこれくらいの勢いなのかもしれない。
「そうだね……ありがとう、二乃」
「……アンタが素直ってのもなんか変な感じね」
「……二乃には言われたくない」
どうすればいいかなんて、私にはまだ考え付かない。
でも、したいことはいっぱいある。
そう、例えば……
「わかった。協力するよ」
目の前で、大きな壁を乗り越えようとしている妹に力を貸すことや。
"屋上に来て、話がある"
私が蒔いた種の、落とし前をつけることだ。
side無堂
「町谷奏ニ、里中佳奈の死亡が確認されました」
入ってきた連絡に、私は小さな喜びと安堵を覚えた。
これで、私を嗅ぎ回ってる男も………犯罪者の妹を救ってやる義理も消えた。
そして後は……娘たちの懐柔だけだ。
そうすれば、目の上のたんこぶは綺麗さっぱり消し去れるし、いつまでも私にまとわりつく亡霊ともおさらばだ。
……ついでに、コネを作るための道具も手に入る。
つくづくいいことだらけだ……まあ、そうでなければこんなところには来てないわけだが。
まあ、町谷君の死で揺らいでる五月ちゃんなら、ちょっと慰めてあげればころっと落ちるだろうが……油断はできない。
「さて、どういう方向で行こうかな?」
そうして来たるべき時に向けての作戦を、頭の中で考えていた。
いかがでしたか?
次回からは3日目となりますが、ぜひ楽しみにしていただければと思います。