楽しんでいただければ幸いです。
奏二の秘密
赤いコートといえばハガレンのエドのイメージがある。
奏一さん達と話して、憂が晴れたような気分で目を覚ましたかと思いきや。
俺の前に飛び込んできたものは、五月の顔のどアップだった。
「うわぁ⁉︎」
驚きの声と共に、慌てふためいた五月は後ろに倒れる。
「五月……?」
「え、えーと……」
とりあえず何をしようとしていたか聞いてみると、尻餅をついたまましばらく目を泳がせ。
「大丈夫か?」
「目覚めたんです………だね!」
「それで誤魔化す気かよ!」
やがて、そのまま何事もなかったように話を進めようとしたので待ったをかけた。
いや、マジで何をしようとしてたんだ………
仕方ないので、自分で考えてみるとするか。
………だめだ、あの状況じゃあキスしか思いつかねえ。
いや、そもそもしようとしたんじゃなくて、もうし終えた後なのかもしれない。
「口紅とかついてねえか……いや、したとしても五月は色気より食い気だな。
ついてるわけねえか」
「ちょっと、それどう言う意味ですか⁉︎私だって最近は……」
口元を拭って確認してる俺に、五月が心外だと食ってかかってきたところで。
「こう言う事よ」
俺たち以外の声と共に、スマートフォンが布団に投げられた。
「……里中」
その声の主は里中だが……その表情は楽しそうにニヤついている。
「ちょ、いつの間にそれを……わ、わああああっ⁉︎」
「何が写ってるんだ……」
チラリとでも見えたのか、慌てた様子の五月に取られないうちにそのスマホを手にして、画面を見ると………。
「お、お前………」
「…………」
そこには、バッチリ唇を重ねた様子が写っており、視線を上げた先では、五月が顔を覆っていた。
「いやあ、さながら白雪姫ね」
「……まあ、あの姉妹の一員だしな」
「み、見ないでください………」
どうやら、里中は五月と一緒にここにいて。
ちょっと部屋から出たら五月が俺のファーストなんたらを奪っていたんだとか。
「いやー、真面目そうな顔で大胆なことするね」
「全くだ。寝てる俺に悪戯してただなんて……俺はそんな子に育てた覚えはないぜ?」
「育てられた覚えもないよ!もう………」
なんとか気を取り直したのか、五月は恨めしげな目を里中に向ける。
状況は軽くカオスの様相を表してきたので、話題を変えることにした。
「………で、俺が倒れたあと、どうなった?」
数分後。
「……というわけで、みんなどこも怪我してないし、学園祭にも支障は出てないよ」
俺が倒れた後の状況を知りたくて、五月達に教えてもらったが特になんの波乱もなかったようだった。
この後の俺は、学祭終わりに病院に運ばれ、検査を行い。
そこで異常がなければ退院らしい。
……まあ、俺のことはどうでもいいや。
「………なら、取り敢えず一件落着だな」
これでようやく、本当の意味で無堂との戦いは終わりを告げたのだ。
……だが、ここで死ぬことも覚悟してた身。
こうして生き残れたのは、ファーザー達と話が出来て、憂いが晴れた状態で生きていけると喜べばいいのか。
或いは、死に損なって格好がつかないと思えばいいのか……
我ながら罰当たりな考えを浮かべていると。
「………どうして?」
しばらく黙っていた五月が、顔を上げた。
その顔はちっとも笑っておらず、どこか咎めるような口ぶりで。
「………そんなに傷ついて、痛かったでしょ?」
俺の身体にある絆創膏やら包帯を見て、心配の言葉をかけてきた。
確かに、痛くないと言えば嘘になる。
だが………
「こんなの少しすれば治るさ。そう心配すんなって」
こんな傷程度でこの因縁を断ち切れたんなら、経費としては安いもんだ。
だから、余計な心配をかけないように振る舞ったが。
「………そんなの無理だよ」
ひどく悲しげに否定された。
side五月
私が欲しかったのは……そんな痩せ我慢じゃない。
無理をしてまでもされる気遣いじゃない。
……そんな気遣いなんて、ちっとも嬉しくない。
確かに、私がもっと早く答えを出せていれば……彼がこんな怪我をする必要はなかったし、そうさせてしまった自分の不甲斐なさが嫌になる。
……でも、それとは別に。
「……大切な人がそんな痛々しい姿で、矢面に立ち続けてる。
いい気分の人はいないよ」
町谷君は、自分の命をなんだと思っているのか。
誰かのために、自らの身を顧みずに立ち向かう。
普通なら人は勇敢というのかもしれないが………彼の場合は死に急いでるよう見えてしまう。
どこか、お母さんや四葉を思わせるようなその自己犠牲は………当人の本心はどうあれ、見てる私は心が痛い。
そもそも、他人が自ら泥をかぶろうとする姿なんて……側から見て心地よいと感じるものではない。
「だから……お願い。
もう、1人で抱え込んで………自分の命を粗末にしないで。
そんな守られ方をしても、安心なんてできないから……」
こんな、責める様な言い方じゃ無くても……もっと気の利いた言葉や言い方はあるのかもしれない。
でも……とにかく繋ぎ止めておかないと、どこかへ消えていってしまいそうで。
「頼りにならないかもしれないけど………話を聞いて、一緒に頑張る事はできるから……」
こうして、先回りした思いを、後から浮かんだ言葉で形作ることしかできなかった。
そうして、生み出された少しの沈黙の後。
「………ありがとう」
なんて事ないはずのお礼の言葉に、少しだけ安堵の感情が湧いた。
side奏ニ
今までの俺なら、心配をかけたことへの謝罪をするか、適当な軽口で矛先を逸らそうとした。
‥‥実際、そうするつもりで口から言葉が出かけていた。
でも………多分、本当に返すべき言葉はそれじゃない。
俺の命が、多くの人の命の犠牲の上に成り立つ程の命かと考えると……どうもそんな御大層なものには思えなくて。
これまでの行動に自棄が滲んでたのは、きっと……どこか、その罪悪感から死に急いでたんだと思う。
だから、差し伸べられた手に対しても理由をつけて逃げていた。
でも………もう、逃げない。
「誰にだって幸せになる権利はあるはずです」
「私は……あなたのことが好きですから」
コイツから差し伸べられた手からは、逃げたくないって思えたから……!
「ありがとう」
そうしてやっと、その手を掴む決意がついたような気がした。
side五月
あの町谷君が、軽口なしで素直に礼を述べた。
しかもその顔は今までになく穏やかな顔だ。
その変貌を目の当たりにした私は、しばらくの間放心する。
一見すると普段とあまり変わらないけど………それでも、その顔からは角みたいなものはなくなっていた。
「………どうした?」
「い、いえ……なんか、今までと違う感じがして」
何かが変わったような感じに、嬉しさと戸惑いを覚えながら答えると、少し面食らったように。
「お前も口調戻してんだろ……お互い様だぜ」
私の口調について触れてきた。
「てっきり気づいてないと思ってたけど、どうです……かな?
あ、あれ?」
さっきまで、普通に話せてたのが嘘であるかのように、また敬語が出かかっていたので、方向修正する。
ひょっとして、変えようと意識すると逆に失敗してしまうのではないだろうか。
微妙に気恥ずかしいものを感じていると、町谷君は。
「………よくわかんねえけど、できねえ事は無理にするもんじゃないぜ?」
「そ、そんな事ないよ!里中さんと練習した時はできてたんだから……!」
なんだか懐かしい言い回しで失礼なことを言い出したので、待ったをかけて………気付いた。
下手にこうしようとか……ああしようとか、難しい事は考えなくていいんだ。
ただ、肩の力を抜いて……目の前の物や人と向き合えばいい。
それが「私」なのだから。
そう思うと、彼の変化の理由もまたわかってきた。
きっと、町谷君の過去について……どこか踏ん切りがついて、抱え続けることをやめたんだろう。
だから角が取れて………いや、憑き物が落ちたのだ。
なら……やっておかないといけない事がある。
ようやく、君に会えたんだから。
「だから……改めて自己紹介!」
「……奇遇だな。俺もそういやしっかりしてなかったっけ」
あの時……お母さんの葬儀の時に、やっておかなければならなかったことを。
「私は……五月。 中野五月だよ」
「町谷奏ニだ…………よろしくな」
そうして、私達は本当の意味で出会ったのどった。
side里中
2人にとっての時間が、ようやく今に辿り着いた。
詳しい事はあんまり知らないけれど、なんとなくそんな感想が思い浮かぶ。
「やっと、時計が直ったね」
過去の傷に囚われていた心を、やっと自分の意志で解放することが出来たんだ。
途中から後ろに下がって、2人のやりとりを聞いていた私は。
「………じゃ、私は沙奈のところに戻るから」
「ん?あっ……おう……」
「な、なんかすいません……」
私の存在を思い出したのか、少し照れくさそうにする2人を愉しんでから踵を返す。
あ、そうだ。
「町谷、手紙だけで済ませちゃダメよ?」
時計を動かすためのネジを巻いておかなくちゃ。
side奏二
「……ちょ、ちょっと待て!」
なぜ、あの手紙を里中まで知ってるんだと問いただそうとしたが、それに対して返答がくる事はなかった。
……逃げ足の早いやつめ。
きっと今頃、ニヤニヤしてるんだろうなと憎たらしくはなったが……。
「町谷君………」
嬉し恥ずかしといった顔で口元をムニムニさせている五月からは、どこか期待の込められたような視線が飛んでくる。
…分かってるさ。アレはもしもの時のための最後の悪あがきだったんだ。
今こうして生き残れた以上、それだけで終わらせていいはずがないし……。
「約束してたもんな。
答えを見つけたら、しっかり話すって」
終わらせたくない。
やっと、あの時の五月の言葉を受け取る覚悟ができたから。
「………ずっと待ってたよ」
「ああ……前振りとしちゃ100点だろ?」
「勝手にいなくなろうとしてたのに?」
「………まあ、今はいるからそれで手打ちって事で…」
「もう、調子いいんだから……」
少し拗ねたようにいう五月に頭を下げると、少し満足げな顔をした後。
「うん……大丈夫。
私も、心の準備はできてるよ」
俺の目をまっすぐ見据えて、その答えを求めてくる。
そんな彼女を前に俺は………。
「俺は………もう、過去も未来も蔑ろにはしない」
いろいろな人たちの背中を見て、やっと辿り着いた答えを今明かした。
なんか色々それっぽいこと言ってたけど。
結局、また失うことが怖かったんだ。
だから、また失うくらいなら、いっそ何も持ってない方がいいって………そう思ってた。
そして、依頼の中で人の醜い部分ばかりを頭に刷り込んで……目の前の現実や、これからの未来から目を背けていた。
実際、それが人の命を犠牲にし続けてきた罪に対しての償いだって思ってた。
でも………過ちの償い方は決して一つじゃない。
過去を悔やみ続ける事だけじゃない………過ちは繰り返さない。
「過去は十字架じゃなく糧にして、今を生きていくんだ。
これまでが後悔の連続だったからこそ、これからを全力で生きていくし……その後悔を、誰にも味わわせない。
失うことが怖いなら……後悔がないように、やりたい事をやりたいようにやっておくんだ」
「………これまでも結構やりたいようにやってなかった?」
「これまで以上にやるんだよ……例えば」
そうして、五月の手を取り。
「お前からの言葉、きっちり受け取らせてもらうぜ……俺も、お前のことが好きだからな」
新たな決意のままに………その心のままに。
約束をした時とは違って……自分から、五月への好意を口にした。
side五月
やっと、2人とも新しいスタートラインに立てたような気がした。
「うん………私も町谷君の言葉、確かに受け取ったよ」
湧き上がる歓喜のまま、町谷君に抱きつく。
そのまま静かに抱き合うだけでも、高揚感やら多幸感が押し寄せてきて………
それ以上のこともしてみたくなるけども、彼はまだ怪我人だ。
と言うかそれ以前に。
「でも………その前に、乗り越えなきゃいけない壁があります」
私には叶えたい夢がある。
お父さんや、姉妹のみんな、下田さんに上杉君とそのご家族。
そして。
「ああ。分かってる」
頷く町谷君の皆んなが、進めと背中を押してくれた私の道が。
でも、その道はとても険しくて……1人だけで進めるものじゃない。
だから……
「あなたに依頼があります」
目の前の何でも屋に、お客さんとして依頼することにしよう。
私は、町谷君から一回体を離して、その瞳を見据えて。
「………一緒に、その道を走ってくれませんか?」
「………報酬は?」
報酬は……よし。
「…………これでどうですか?」
私は、未来の予約だと、彼との距離をまた一瞬だけゼロにした。
「前払いかよ……」
「乙女の初めては、プライスレスだって二乃が言ってました!」
「いや、2度目じゃね?」
「さっきのはノーカンですよ!事故みたいなものでしたし……それで、どうなんですか?」
遅れたように赤くなる頬を感じつつ、その答えを待つと。
「………オーライ、俺にお任せってね!」
久しぶりに、ニカっと笑って了承してくれた。
「……あれ?そういや口調」
「あ!
でも、頼み事するなら普通は敬語じゃないですか?」
……口調に関してはこれからに期待しよう。
side風太郎
「……お前、どうした?スキップなんかしちまって」
奏二の様子を見に行こうと、五つ子の親父さんに教えてもらった保健室に向かった俺は、なんとも幸せそうな顔をした五月に遭遇した。
「う、上杉君⁉︎これは、その………軽い運動だよ!」
声をかけられて俺に気付いたのか、五月はしばらく慌てた様子を見せる。
「頭の悪い言い訳すんなって……あと、なんか喋り方変わってね?」
「失礼ですよ!
口調に関しては……母脱却みたいなところで。
上杉君も、きっと見てくれてたんでしょう?」
確かに俺も物陰から見てたし、無堂のおっさんが殴りかかった時は間に入ろうともしたが………それよりも。
「………って、また戻っちゃいます!」
「違和感しかねえから、元通りにしてくれ」
「もう!そんなこと言わないでくだ………言わないで!」
何があったのか、五月の喋り方がよくわかんねえことになっていた。
……まあ、どうせ奏二と何かあったんだろう。
「で、奏二が目を覚ましたんだろ?」
「………ええ。多分今も起きてますよ」
「ああ……ありがとう。じゃあな」
予想通りの答えにひとつ頷いて、俺は再び保健室に向かおうとした時。
「あ、待ってください。
あなたに伝えておかなくちゃいけないことがあるんです」
五月が突然呼び止めてきたので、そちらに視線を向けると。
「上杉君。
今日の全てが終わる頃……私以外の4人は、各々の部屋で待っています。
各々に想いを抱えたまま……あなたを待っています」
俺にとっては予想外の提案を投げかけてきた。
………まあ、五月に関しちゃ奏二以外あり得ねえと思うが、問題はそのやり方だ。
「それで、私たちがそれぞれいる教室ですが………」
「ちょっと待ってくれ。
何もお前らがそこまでする必要はねえ」
これは、俺のわがままみたいなものなのに、それに対してここまでお膳立てをされるのは、なんだか気が引ける。
だが、五月はそんなことと言わんばかりに。
「私たちで話し合って決めたことです。
それに……上杉君が、真に気にすべきはその先です」
俺の反対をもろともせずに、さらに話を進める。
「あなたが向かうのはただ一つの教室。
この提案が、逆にあなたを困らせてしまう事は分かってます。
ですが………」
そして、一息ついて。
「これがみんなの覚悟です。
どうか、それを理解して……悔いなき選択を」
逃げる事は許さないと、念押すように締めた。
「…………ああ」
………生徒がここまで覚悟を決めたんだ。
教師の俺がヘタれるわけにはいかねえわな。
そうして見上げた空には、青空の中でうっすらと月が満ちていた。
はい、いかがでしたでしょうか。
もっとイチャつかせてもよかったと思うのですが、とりあえずの着地点として、「恋人」と言うより「同志」と言った感じにしてみました。
まあ、この2人はまだまだその次の進化があるので楽しみにしていただければ幸いです。
そして次回は、風太郎の選択シーンあたりまで持っていけたらなと思っております。
それでは、感想などがありましたら是非。