幼女(元おっさん)には女児向けアイドルアニメの女の子は眩しい   作:しまぴ

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3 動き出す世界、魂は溢れ出す

 ――その歌ってみた動画は、誰も知らない無名のアカウントによって投稿された。

 

 投稿当初は当然ながら知名度はなかったものの、その内容から一部で興味を引き、じわじわとそれは広がっていった。

 

 歌っていた曲は『Doll Magic』。ドルマジシステムを代表する一曲だ。

 この曲の歌ってみた動画は、別にそこまで珍しいわけではない。一般のアイドル、ドルマジアイドルに限らず多くのアイドルがこの曲を課題曲として、デビュー当初に歌ったりするのは定番だ。『かミしゃーぷ』も初めてのライブ曲はこの曲だったという。

 余談だが、ドルマジアイドルの曲のほとんどは、ドォルマスター“アンティーク”が制作している。その中でも『Doll Magic』は彼女が最初に作った曲として有名で、結果として、それが課題曲と呼ばれる所以でもあり、またこの曲は広く歌われることがアンティークによって推奨されているのも大きい。

 

 だから、曲に目新しいものは何もなかった。

 

 問題は、歌っている歌い手だったのだ。

 

 彼女は“ドォル”だった。

 ドォルの歌声は特徴的で、若干機械的になる。いわゆるボーカロイドのそれに近い。クリスタの前世世界においては、実際にボーカロイド商品も存在する。なので、聞けば一発でドォルであると分かるのだ。

 それもただのドォルではない。“スタァドォル”だ。これに関してもある特徴から一発で分かる。

 

 ドォルは一人ではライブができない。

 

 同じように、ドォルは一人では外に出ることができず、この歌ってみた動画は、現実のカラオケボックスを使って収録されている。そんなことが出来るのは、一人で外に出ることができ、一人でライブができるスタァドォルだけだ。

 しかし、なぜスタァドォルがそんなことをするのか。一般的にスタァドォルとは、ドォルのなかでも特に無垢で純粋な存在だ。

 始まりのプラナからして、感情と呼べる感情がないことが特徴だった。

 そんなスタァドォルが、どうしてこんなにも俗なことをするのか、一般的なスタァドォルのイメージとそぐわない。故に異質。

 

 結果、一部で注目を受け、口コミで少しずつこの歌ってみたは再生数を伸ばしていた。

 

 これに関しては、ほぼほぼ投稿者――クリスタの狙い通りだったと言えるだろう。

 

 カラオケボックスで、水晶を思わせる白髪の繊細そうな少女――洋服はごくごく普通の白ワンピースだったが――が、歌うというのがどこかシュールだったのも、ほぼほぼクリスタの狙い通り。

 他とは違う、少し不思議なことをするスタァドォルがいる。そんな噂が流ればそれで十分だった。

 

 クリスタの容姿に関しては、スタァドォルとしてそこまで特筆するべきところはない。ふわふわとした白髪を、一本だけ小さく結び、目元にはスタァドォルの特徴とも言えるぱっちりとしたまつげ。

 無機質さと純朴さを感じさせる顔立ちは、見惚れるような美少女と言える。

 年齢は中学生くらいで、服装は先述の通り特徴の薄い白ワンピース。ドルマジアイドルとしては地味な部類だったが、そこまで気になるほどではない。

 

 で、そこまでは良かった。

 再生回数は一週間ほどで1万再生を突破、これだけ再生されれば、今後の歌ってみた動画で少しずつ知名度を稼ぐことが出来るだろうというクリスタの目論見はほぼほぼ正確だった。

 

 が、その次の日。

 

 

 動画の再生回数は百万回を突破していた。

 

 

 

「なんで!?」

 

 珍しく、普段なら無機質な喋りが若干崩れるくらいにクリスタ……というか俺はテンパっていた。

 基本的に俺の発言はクリスタフィルターを通して発せられるが、極限に感情が高ぶるとそれを貫通する。いい例は尊死だ。早口になるオタクが漏れる。

 今回は、困惑。

 

 俺は布団にこもって、毛布にくるまりながら震えていた。手元にはスマホ、俺が投稿した歌ってみた動画のページが開かれている。

 今、再生回数は百十万回。目を離した隙に十万増えている。

 

「なんで!?」

 

 俺は布団に閉じこもって、恐怖に震えながらスマホの画面を覗き見ている。なんというか、バズるというのを人生で初めて実感した。

 これでSNSなどやっていたら、通知でスマホがどうにかなっていただろうことは想像に難くない。怖い怖い怖い、心臓に悪すぎる。

 

「……お嬢様」

 

「せ、セバス……」

 

 ――すがるように、声をかけてくる世話役に目を向ける。セバスの、普段からそんな感じの呆れた目線は、更に今日はいっそう呆れている様子だった。

 

「原因はこちらかと」

 

 そういって、セバスが持ってきたのは俺のサブPCだった。念の為用意したのだが、今の所使っていないので、セバスが使用しているサブPCだ。持ち運びやすいノートなので割と便利らしい。

 どうやってタイピングしてるんだとかは突っ込んでは行けない。

 

 セバスが見せてきたのは――

 

 北條よしの 三周年ライブ開催決定@Yoshino_hojo

 先日、新たなスタァドォルの存在が確認されました。こちらの動画になります。興味深いことに、このスタァドォルは自発的にこの動画を投稿しています。アンティーク様にも確認しましたが、どうやらこの動画はすべてこのスタァドォルが個人で収録、制作した様子。名前はクリスタ、非常に興味深いです。

 

「あ」

 

 ――あ。

 思わず声を出していた。

 あ、ああ、そうだ。そうだそうだ! 完全に忘れていた。

 

 北條よしの。ドルマジセカンドシーズンのラスボス。アニメでは“マネージ”に対する一方的な敵愾心を有し、ドルマジに対して、マネージの不要なスタァドォルを使った一種の攻撃とも言える行動を取った少女。紆余曲折の末、彼女の友人となったスタァドォルプラナとマネージ契約を結び、ドルマジアイドルと和解した、そんな経歴を持つ少女だ。

 細かいことを省くが、その経歴から彼女はスタァドォルに対して非常に強い関心をいだいている。現在の彼女はスタァドォルの保護活動にも積極的で、スタァドォルが発見された場合、まず間違いなく彼女に把握されるのだ。

 

 普通のスタァドォルとしてデビューしていれば、北條よしのの紹介は、こういった興味深いという感想にはならなかっただろう。それであれば、俺の知名度も新しいスタァドォルの範囲に収まっていた。

 逆に言うと、こんなことをしなくても、北條よしの目に止まれば、最低限の知名度は得られたのだ。

 

 ……余計なことをした。

 完全に俺の失策である。

 

「……なぜ、忘れていたのです?」

 

 セバスの視線が突き刺さる。あってはならないことだ。普段から推しの尊さに死亡している俺だが、本来ならそんなことあってはならないのだ。

 推しのパーソナリティを忘れるなど、どうして、どうして俺はそんなことを……

 

「…………あれ? なんで?」

 

 なんでだ?

 思い出せない。そもそも、思い出したはずなのに、しっくり来ない。このままだと、一日すればこの事実をまた忘れてしまいそうだ。

 あれれ?

 

 と、首をかしげていると、セバスがごそごそと何かを取り出した。

 それは――

 

「……おそらく、これが原因かと」

 

「これは……」

 

 

 ――俺の魂の一部だった。

 

 

 小さいクリスタが、あうー、といった感じでヘタれている。これ、俺が尊死しているときに飛び出ているやつだ。

 物理的に存在しているのか……っていうか、魂がクリスタになってるっていうことは、俺は完全にクリスタであるということだ。まぁ、その方が違和感なくていいのだけど。

 

 ちなみに、この世界はそういうことがママある世界なので、特に違和感はない。

 

「お嬢様が尊死するたびに、こうして魂の一部がこぼれているのです。回収する身にもなっていただきたい。特にこれは、クローゼットの使っていない棚に入り込んでいたのです。先程、まさかと思い捜索したところ、発見しました」

 

「……ごめんなさい。今後は気をつける」

 

 けど、困ったことになった。俺がアイドルを見た時に尊死するのは生理現象だ。防げるものではない。今後も、こうして尊死するたびに魂が抜けて、記憶がどこかへ行ってしまうかも知れない。

 もぐもぐと、魂を口に詰め込みながら、俺はそのことを憂うのだった。

 

「……で、動画が想定以上にバズってしまったことに関しては、どう対処するおつもりで?」

 

「それは……」

 

 そして、問題は何も解決していない。

 これほど注目されてしまえば、俺の存在はすぐに拡散されるだろう。この歌ってみたの再生回数が果たして百万で終わるかは未知数。ドルマジはこの世界における最大のコンテンツと言ってもいいコンテンツで、そのトップが興味深いとまで言った存在。

 俺は、果たしてどうなってしまうのだろう。

 

 加えて対処法は……果たして存在するのか?

 

 炎上だって対処するのが難しいのに、バズるとなると、余計に対処なんてしようがないではないか。炎上は悪い話題だから、その話題を耳にするのも嫌う人数はそこそこいるが、バズる話題は良い話題だ。よほどのことがないかぎり、耳にすることを嫌う人間はいない。

 で、あれば。

 

「……どうしようもない?」

 

「お嬢様?」

 

 いや、本当にどうしようもなくない?

 相手はあの北條よしの。話題にしないでくださいというのも恐れ多い、ドルマジの頂点の一人。というか今、俺が恐怖しているのはバズっていることだけではない。

 よしの様に目をかけられてしまったという恐れ多さを、本能的に察知したからこそだろう。魂から記憶が抜け落ちていても、本能によしの様への畏怖が染み付いていたからこそ、ああして布団にこもっていたのではないか。

 

 よし。

 

「……現実逃避」

 

「お嬢様!?」

 

 決めた、俺は現実逃避をする。

 こんな時に、未来のことを考えていてもどうにもならない。コンビニにでも行って、好きなお菓子を好きなだけ買い込むのだ! お代はアンティーク様持ちで!

 

「お嬢様ぁ!!」

 

 セバスの叫びが木霊する中、俺は街へと飛び出すのだった。

 

 

 ――――数分後、俺の存在がバレて、人に囲まれたために、泣きながら戻ってくることになるのだ、それはまた別の話。

 いや、北條よしののバズり力をなめてたね。一瞬で俺の顔が一般に周知されるとは、クリスタビックリ。

 

 結局、変装しないと町中にも出られなくなるのだった。

 

 

 

 ――クリスタの歌ってみた動画は、世界中で一瞬にして拡散された。

 多くのものがそれを目にして、その中にはクリスタが活動拠点にしている町の住人も含まれる。というか、町の住人はこのやたら目立つドォル少女について、多少なりとも知っていた。

 地方の噂になっていた、ともいう。

 

 故に――

 

「みてみてぇ、まり、これこれー」

 

「何よ、ビーズ。いま勉強中なんだけど……」

 

 ――それに、反応するものがいた。

 一人は、どこかマニッシュさのある、凛々しさのある少女。しかしその顔はとてもふにゃふにゃしていた。一見したときのイメージは、“昼行灯”。そしてそのイメージどおりの少女だ。

 もうひとりは、メガネをかけた藍色の髪の真面目そうな少女。如何にも委員長タイプな生真面目さを感じさせる、彼女もイメージどおりの少女である。

 

 片方はベッドでスマホをいじりながら、もう片方は何やらスマホで映像を見ながら、勉強に励んでいる。スマホは作業用に流しているのだろう。

 

 ――映像は同じものだった。

 

「なんだ、まりも見てるじゃん。これ、水晶ちゃんだよね?」

 

 水晶ちゃん、この二人が暮らす街で広がっていた噂だ。特徴的なドォルが、時折街で見かけられる、という噂。どうやら本当だったらしい。

 

「……ええ、そうね。特徴的な容姿だから、ドォルだとは思っていたけど」

 

「スタァドォルだったなんて、ねぇ?」

 

 まりと呼ばれた真面目そうな少女は、少しだけペンを止めて考え込むようにしながら言う。

 

「この街は、私たち以外に有力なドルマジがいなかった」

 

「私達だけだもんねぇ、トライアングルセッションができたの」

 

「言えることは唯一つ……ライバルが増えた、それだけよ」

 

「んふふ、余裕ー」

 

 昼行灯な少女、ビーズはころころと笑い、ベッドで寝転がる。

 

「まぁでも……」

 

「でも?」

 

「――これは、ちょっとばかし私達も頑張らないと、かもねぇ」

 

 そして、昼行灯らしい、どこか胡散臭い――そして引き込まれるような笑みを浮かべるのだった。

 

 

 この動画を見たのは、彼女たちだけではない。

 

 

 一人の少女が、大きなワゴン車の中で、動画を見ながら窓に寄りかかっていた。ぼんやりと、その視線は街へと向けられる。

 

「――帰ってきたんだ、アタシ、この街に」

 

 赤髪の、シニカルさと気だるさが混じった少女。

 少女の胸中は、複雑だった。

 

 

 一人の少女が、ドォル界の端末を使って、その動画を見ていた。目を輝かせて、見入っている。

 

「すごいすごい、この子すごい! 私もこうなりたいなぁ!」

 

 黒髪の、どこか地味な少女。

 少女は、今日も憧れていた。

 

 

 ――こうして、クリスタの“ラスボスになる”という目標は、彼女の思惑から外れた形で少しずつ進行する。運命は必然によって交錯し、少女たちは出会う。

 物語の始まりは、すぐそこまで迫っていた。

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