碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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金鈴花・Ⅲ

 砦が視界に入った。

 高度を下げながら、カワセミが見せてくれたビジョンの地形を捜す。

 高い崖が垂直に谷に切れ込む、森の中の急斜面……そこで、キビタキが何かに襲われている。

 

 城から草の馬が上昇して来る。

 キビタキの母親だ。

「ツバクロ、皇子を、皇子は……一緒ではなかったのですか?」

 

「連れて行く訳ないでしょう!」

 語気が荒くなる。

「じゃあまた城から居なくなったんですね?」

 

 女性は今までにない不安な顔だ。

「あの後すぐ、この馬で飛び出したんです。でも馬だけすぐに戻って来て」

「…………」

 

「う、馬から、墜ちたので……しょうか……」

 自分で言った言葉に気絶しそうにグラグラしている。

 いくら風が使えても、あの子の力じゃ墜落したら……

 

「しっかりして下さい! 僕が見たビジョンでは生きていました、地上で!」

「ビジョン?」

「とにかく捜しましょう。深い谷に切り立った崖、後、同じ形の二本杉、心当たりありませんか?」

 

 ツバクロは道々、本国でカワセミが予知してくれた事を伝えた。

 女性は一所懸命、予知のあった地形を割り出そうと頭を巡らす。

 もう凍て付いた表情はしていなくて、心細い母親の顔だった。

 

「王は?」

「城に居ます。大国よりの使者が来るそうで」

 

 !! 呑気なもんだ・・!

 喉まで出掛かって、声に出さなかった。

 そんな事を言ったって何にもならない。

 彼女は黙って俯(うつむ)いている。

 これを切っ掛けに、あの王から離れる事を考えてくれないだろうか。

 

 切り立った崖に、双子杉。

 それだけのヒントで、まさにぴったりの場所を彼女は思い至ってくれた。

 そして手前の斜面、木々の間を走るキビタキを発見した。

 

 しかしメデタシではなかった。

 皇子は思いっきりヤバそうなモノに追い掛けられている。

 

「ム、ムカデ!? ・・いや違う?」

 

 木々の揺れ具合から巨大さは分かるが、全体像が見えない。

 大樽を連ねたような黒塗りの胴体に、足が無数に付いている、見た事もない魔性。

 そいつが凄い早さで皇子に迫っている。

 

「僕が引き付ける! キビタキを救い上げて!」

 ツバクロはムカデの前に馬で躍り出て、右に左に翻弄した。

 

 ムカデから気がそれた息子を、母親が素早く引っさらった。

「早く乗りなさい」

「ぜぇ、ぜぇ、ごめんなさ……」

「早く……あっ」

 

 一瞬の出来事だった。

 ムカデの尻尾の針を寸でで代わしたツバクロの馬が、脚をもつれさせて転んだ。

 投げ出されたツバクロにムカデの牙が乗し掛かり、その一歩後ろは崖。

 ツバクロは剣を抜いて、開いた口中に突き立てる。

 が、勢いの付いたムカデもろとも崖から吹っ飛んだ。

 

 

 

 ・・・・

   ・・・・・

  ツバクロは目を開けた。

 どうやら助かったらしい。

 

 自分は風を起こして完全に体重を支える事が出来る。

 どんなに空気が薄くたって、例え成層圏から落ちたって大丈夫な筈だ。

 

 しかし大ムカデに乗し掛かかられて落ちるのは未経験だった。

 剣を身体の奥まで押し込んだので、口から腕が抜けない。

 お陰で大ムカデ全体の体重を支えなきゃならなかった。

 さすがにちょっと無理があった。

 

「……どこだろ?」

 灰色の葉っぱが重なった、小さなドームの中。

 

「気が付かれたようです」

 声がした。

 いきなり視界一杯に立派な髭面が現れる。

「長老……」

 先日会った森人の長老。

 

「大ムカデの下敷きになっておられました。地面を掘って引っ張り出しましたが、腕まで無事とは驚きました。さすがは蒼の狼殿のお連れ様ですな」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 助けて貰ったのは有り難いが、彼女は狸親父だと言っていた。

 キビタキも拐われかけたというし、用心しなきゃ……と思う若者の内心ぐらい、長老は見透していた。

 

「もう何もしませんじゃ。要望は果たして頂きましたのでの」

「は……?」

「大ムカデを退治して頂きました。皇子の身柄を預かって、蒼の狼殿にお願いしようと思っておりましたが」

 

 ツバクロは信じがたい表情で起き上がった。

 あちこち痛いが、折れてはいなさそうだ。

「それ位、誘拐なんかで角を立てなくとも、素直に頼んでくれれば……」

 

 長老は目を細めた。

「やはりお若い。地元の、蒼の長殿の治める草原しかご存知でない。こちらでそんな事を頼んでご覧なさい。蒼の狼殿はお優しい。我らの弱い者が犠牲になっていると知れば、尚更無償で引き受けて下さるでしょう」

 ツバクロもそう思う。

 

「そうするとな、他の部族からは、『狼はあそこの部族と特別に繋がってる』となるのじゃの」

「……………」

「だから、理由が要るのじゃ。子息を人質に取られたとなれば理屈が立つ。周囲も納得するでの」

「……………」

「難しいですかの?」

「……はい……」

 

「いつか解って下されば良い」

 

 若い森人が入って来て、ツバクロに飲み物を勧めた。

 

「有り難いけれど、頂けません。師の教えですので」

 

 長老は膝を叩いて笑った。

 

 

 身体中が軋むが、ツバクロは頑張って平気な素振りで立ち上がった。

 ドームを出ると、多くの森人が枝から降りて、掌を組んで頭を下げている。

 

「貴方も直(じき)、狼殿のように、立派な外交手になられるのでしょう」

「僕、そんなに凄くなれないと思いますよ。あの方みたいにドーンとした迫力なんか無いし」

 

 長老はじめ森人達は、一拍止まり、そしてさざめくように笑い出した。

「我らがあの方の迫力に押されて契約しているとお思いか?」

「え……」

 ちがうの?

 

 長老は目を細めて語る。

「あの方が初めてここへ来られた時は、まだホンの子供じゃった。幼顔の小さな子供」

「え……ぇ……」

「我々は鼻にも引っ掛けなんだ。他国から来た子供が、いきなり何の戯言をと」

 

 何の力も無い小さな子供が、他国の部族に、人間の主君への協力を頼んで回る? 無理だろ、想像もつかない。

「……それで……どうして……何か、切っ掛けとかががあって、契約を結ぶように?」

 

 長老は他の森人と顔を見合わせた。

「はて、どうだったかの? まあ、強いて言えば……慣れ、ですかな」

「慣・れ・・?」

 

「何回も何回も来ましたのじゃ。我々に相手にして貰えるまで。その内挨拶を交わし、言葉を交わし、酒を酌み交わすようになり……もっともあの方は、少しでも混ぜ物のあるモノは鋭く見分けておられたがの」

 長老は悪びれなく笑った。

「お前さんはあの方は迫力があると言った。それは初めからでなく、我らとの積み重ねの内に育まれた物じゃ。そう思うがの」

 

 

 森の端でざわめきが起こった。

 蒼の狼が草の馬と共に立っていた。

 相変わらずの凍り付いた表情で、長老の前に進み出る。

 

「森人の長老殿、この者の保護と手当てを、感謝致します」

「なに、ひとつ貸しを作れてホクホクじゃよの」

 

 

 

 草の馬は一頭で、後ろに乗るよう促された。

「僕の馬は?」

「脚を挫いていますが、おそらく四、五日で回復すると思います。馬と皇子を先に連れ帰ったので、貴方の事が後回しになってすみません。森人が来たので任せてしまいました」

「あ、はい、親切にして頂きました」

 

 女性は頷いて馬を上昇させた。

 

 ツバクロは口を結んで落ち込んでいた。

 馬を怪我させるのは、蒼の一族にとって、最も恥ずかしい事だ。

 

「すみません、貴方の馬に怪我をさせたのも、元々は私の落ち度です」

 前の女性はポツリと言った。

 

「貴方が発ってすぐ、皇子が問い詰めて来たんです。大人同士の話だから首を突っ込んでは駄目と言ったら、大人だったら、大事なヒトを傷付けて、何も教えてくれないの!? って叫んで。

いつの間にそんな事を言える歳になっていたのでしょう。それに気付かずごまかそうとしたから、結局危険な目に遭わせ、貴方にも迷惑を掛けてしまった。全て私の落ち度です」

 

 ツバクロは顔を上げた。

「貴女はっ・・何でいつもいつも、そんな風に背負い込んじゃうんですかっ!?」

 

「………」

 女性は黙った。白いうなじに緊張が走るのが分かる。

 

「僕の馬の事は僕の責任です。幾らでも手はあったのに、馬に負担をかけるやり方をしてしまった。そもそもキビタキが飛び出したのだって、僕が子供みたいに不用意な態度を取ったからで。貴女のせいではありません」

 

 ツバクロは勢いに任せて、この際、いつも思っている事も口にした。

「そんな風に何でも自分のせいにして追い詰めて。もうちょっと力を抜いたらどうです。眉間の縦線がそこに凍り付いちゃいますよ!」

 

 女性はずっと黙っている。

 生意気過ぎただろうが、絶対に引っ込めない!

 

 少し沈黙があって、鈴虫みたいな声がポソリ。

「変な感じ……です」

「?」

「蒼の一族の、何の損得の間柄もない若者に、そんな風に言われる日が来るなんて、夢にも思いませんでした」

 

 

 砦に戻ると、キビタキが傷付いた馬に一生懸命湿布を施していた。

 ツバクロを見ると走って来て抱き付く。

 

 ツバクロはキビタキを抱えたまま、ひざまづいて、馬の鼻面を撫でた。

「すまなかった。ゆっくり休んで、怪我、治してな」

 馬はフルルと甘えて来た。

 

 キビタキが何か言おうと口を開いた所で、靴音がして、城壁に王が上がって来た。

 マントを翻し、ツバクロの真正面に歩いて来て止まる。

 二人睨み合う。

 ツバクロは負けずに目を逸らさなかった。

 

「……感謝する……」

 王が目を閉じて静かに言った。

 一瞬呆気に取られたツバクロに何も言わせないまま、王は踵を返して、横の女性に話し掛けた。

「小狼、使者殿がお帰りだ。いつも通り内偵して。俺は西の郷へ行く。夜には戻る。トルイ」

 

「はいっ」

 皇子は緊張して真っ直ぐに立った。

 

「同道しなさい」

 

「は、はいっ!」

 飛び上がって父に着いて行く。

 振り向きながらツバクロに、後でね、と口だけ動かした。

 

 ツバクロは小さく手を上げて見送るしかなかった。

 

 

 残されたツバクロと女性。

 気まずい。

 

「あの子ね」

 沈黙を破ったのは彼女。

「飛び出してはみたけれど、思い直して、馬だけはすぐに帰したんですって。たまにこうして急な任務が入るから、私が困ると思って。それで森でね、何をしていたと思います? 小鳥の卵を探していたんですって」

「は、はぁ?」

 

「鷹の手紙に付けて貴方に送ろうと。何なのでしょうね、あのピンポイントな無知さは」

「……はあ……」

 

 そういえば前日、子供の頃小鳥の卵を孵した話をしたっけ。だからって……

 

「で、小鳥の卵だと思って近付いたら、大ムカデの卵だったって」

「…………」

 

「どう見たって大きさが違うでしょうに。そもそも卵なんか送ったら割れてしまうでしょ? まったく、何て幼稚でドジなの。どちらに似たのだと思います?」

 

「え……?」

 いや、割れる以前に冷えて死んでしまうと思うんだが……

 

「どちらかと言うと……」

 

 女性は興味深げにツバクロを見る。

 

「長に似ていますね」

 

 吹き出されてしまった。

 

「ふふ、あははは、そうかも!」

 

 初めて笑い顔を見る。

 笑うと長に似ている……と思った。

 

 女性は気を取り直して、城壁から地上を見下ろした。

 王が皇子を伴って出立する所だ。

 

「良かった。一日に二回も不始末をしでかして、王に本国へ送り返されるんじゃないかって、あの子、ビクビクしていたんですよ。私もその可能性はあると思っていました。連れて来るには子供過ぎたって」

 

 ツバクロもそう思う。

 出来れば王にはそちらの選択をして欲しかった。

 やっぱり、早く利用出来るまでになって欲しいと思っているのだろうか。

 

「嬉しそうに、行ったでしょう」

「あ、ああ……ええ」

 

「自分が生まれた事には意味がある、自分はこの世でやる事がある! って、実感していたいんですよ」

 

 母親は王の隣の小さな騎馬を愛しげに見やりながら、言った。

「そういう所は、私に似ているのかもしれません」

 

 

 貴方も打撲をしているんです。帰ったらキチンと治療をしますから、部屋で休んでいて下さい、そう言い残して、女性は使者の内偵に飛んで行った。

 

 ツバクロは薄暗い小部屋に戻る気にならなくて、城壁の端で馬の足元に座って過ごした。

 見知らぬ土地で怪我をしたら心細いのは、ヒトも馬も一緒だ。

 

 夕空を見ながら色々考えた。

 王の事、妹君の事、キビタキの事、長老の事、そして……カワセミに言われた事……

 

 里で長の弟子だけを一直線に生きて来た自分には、解っていない事が多過ぎる…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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