肩にヒンヤリした感触を感じて、意識を戻した。
目の前に女性の白い顔がある。
ツバクロはビックリして飛び起きた。
肩の湿布が滑り落ちる。
いつの間にか、塔の小部屋の寝間に居る。
自分で歩いて戻った覚えはない。
「あの……貴女が、運んでくれたんですか?」
肩の湿布を直しながら、女性はサラリと言った。
「王が」
「お、王が……」
「妖精って男でも軽いんだな、とか言いながら」
ひ、酷い…… 何で起こしてくれなかったんだ!
「皇子も今さっきまで居たんですけれど。明日は朝一番にお礼を言わせてやって下さいな」
「はい……」
「じゃあ、おやすみなさい」
女性は立ち上がり、灯りを持って外の暗がりへ向かう。
ツバクロは脳が半寝だったせいだろうか?
いやそんな言い訳は通らない、トンでもない言葉を口走った。
「王の所に、行かないで下さい!」
女性はゆっくり振り返った。
燭台の灯りが逆光になって、表情が見えない。
「貴女を利用しているなんて平気で言うヒトの所へ、貴女が行くのは・・嫌です!」
女性は青年に正面を向けた。
あの夜みたいに静かな微笑みを浮かべている。
「王には、私が、必要なのです」
「利用しているなんて言われても?」
それには答えず、少し間を置いて彼女は言った。
「トルイ、あの子……うなされるでしょう、夜に」
「ああ」
確かにキビタキは、最初の夜だけでなく、里でも何回かうなされて、夜中にカワセミの鎮静術の世話になった。
「そこの所は王に似たんです。王もよく悪い夢を見ます。側に居てあげなくては、何時(いつ)までもうなされているんです」
あの王が? ちょっと信じ難い。
「キビタキは貴女が心配で夢を見ると言っていた。あの王も……?」
女性は首を小さく振った。
「子供が見るのは未来の不安。でも大人が見るのは、過去に現実に起こった悪夢です」
「……!!」
「そうね、貴方が昼間言っていたビジョン? そういうのが、手を握っているとたまに見えます。あの方の母親が、兄弟が、同郷の一族が、どんな最期だったのか。そしてあの方自身がどんな目に遭ったか」
半身起こしたまま寝具を握りしめているツバクロに、危うい顔を見せたくないのか、女性は燭台を遠避けた。
「あの方は、自分が統治する事によって、そういう事を起こさせない世界を作る事にしました。でもね、夢に見るんです。見てしまうんです。今この時も世界の何処かでそういう目に遭っている者が居ると思うと、苦しくて、居ても立っても居られなくなる。博愛主義とかそういうのとは違う。一種の、呪いのようなモノ……です」
ツバクロは一言も返せず、握りしめた寝具を見つめていた。
女性は戸口の外に進んで暗がりに入る。
「そういう目に遭う者を無くするのがあの方の目的。あの方が悪夢を見なくするのが私の目的。……おやすみなさい……」
声は廊下の向こうの闇に消えた。
翌日、ツバクロは愛馬の足元に座って一日を過ごした。
王も彼女も忙しく飛び回っていて顔も会わせないし、キビタキも朝に一度会ったきりで、後は王の側だった。
このまま何日か過ごすと思うとウンザリだ……と泣き言を呟いていると、夕方、救世主のように蒼の長が来た。
「長ぁ~~~!!」
「おやおや、どうしたんですか。しばらく見ない内に甘えんぼになって。王は何処です? 挨拶をせねば」
長は陣中とか軍義とかお構い無しにドカドカと、王の執務室に踏み込んだ。
王はいささかウンザリして言った
「……風が話をしに来た、人払いを」
キビタキも人払いされて、ツバクロの所へ来た。
「ツバクロ、行っちゃうの?」
「ああ、長がサポートしてくれたら馬にほとんど負担がかからないから」
「うう~~・・」
「今度は笑って見送ってくれるよね」
「俺、ずっと里の皆の事、考えてるから。次逢う時、皆に恥ずかしくない自分になれているように」
「ああ、大丈夫、僕達が名前を授けた君だもの」
長が話を終えて戻って来た。
オタネ婆さん特製の膏薬を持って来ていて、馬の治療をして呪文を施す。
王と妹君は見送れなかったが、キビタキが手を振ってくれれば充分だった。
ツバクロの道案内で高速気流に乗る。
「私はまだ探すのに手間取りますね。ツバクロのその、気流を見付ける早さは何なのでしょう。センスですかねぇ」
長は言うが、このヒトは低空を飛んでも滅茶苦茶速いから、必要としなかっただけだ。
高空気流が使えるようになったら、地上で行けない所なんか無くなっちゃうんじゃないか?
草原の少し手前で、気流を外れて高度を下げた頃には、もう星空だった。
「貴方の馬がもう少し休んだ方が良いのは分かっていましたが。貴方が一杯一杯なんじゃないかと思いましてね」
「どうしてそれを……」
「あの子が手紙をくれましてね」
「妹君?」
「王とやり合ったそうですね。」
「…………」
「さすがは私の誇るべき弟子です」
「……こてんぱんでした」
「やりあう事自体に意味があるのです」
長はすまして馬を進めた。
追い風に乗っているとはいえ、ツバクロの馬を労りながらなので、二頭の歩みは遅い。
「私まで居ない分、残った二人がフル回転です。帰ったらその分働いて下さい。特にカワセミは十中八九ぶっ倒れるだろうから」
「はい……」
南方の湿った空気より、故郷のキンと冷えた乾いた夜風の方が、やはり性に合う。
ツバクロは身体中でホッとした。
長は安堵の表情の弟子を見て、静かに切り出した。
「私だってねぇ、自分が楽をする為に、貴方がたを育てたんですよ」
「……長?」
「言っちゃえばそうです。貴方それで、自分達が可哀想だと思いますか? ヒトにそう思われたいですか?」
「……いえ」
「まぁそういう事です。物には色んな捉え方があるって事です」
「……はい……」
「まだイマイチくすぶっているようですね。この際どんどん言っちゃって下さい」
ツバクロは、王とのやり取りの一部始終を話した。王に剣を向けそうになった事も、自分を捨てる勇気が無かった事も。
長は黙って最後まで聞き、少し間を置いて言った。
「不器用ですねえ……そして、お馬鹿さんです」
「ええっ、そんなぁ」
「王が、ですよ」
「へ?」
長は星を仰ぎ見ながら続けた。
「自分が悪者になれば、あの子が蒼の里の者に受け入れられ易いと思っているんですよ。実に浅はかです」
「…………」
「彼も、自分の寿命とあの子の寿命の違いを考えているのですよ。自分も息子も確実に先に居なくなる」
「…………」
「お馬鹿さんですよね。本当にそんな酷い男だったら、私の妹が惹かれる訳ないじゃないですか。あの子の尊厳をどうしてくれるのでしょう。それを許した私の立場も」
長はツバクロを振り返る。
「そんなのをマトモに受け止める貴方も、ですよ」
「……すみません……」
ツバクロは恐縮した。
でも心の隅っこで嬉しかった。
実は……今気付いたんだが、初対面の時、既に王を好きになっていた。
二頭の馬は星空をゆっくりゆっくり歩んで行った。
長はもう一つ思う所があった。
王は、結構本気でこの青年を挑発したのだろう。
・・そしてツバクロは、多分、王のお眼鏡に叶った・・・
「さすがはツバクロですねぇ」
「え、何ですか、いきなり」
「いえ、とっとと帰りましょう。カワセミがぶっ倒れない内に」
ツバクロはポケットの小さな花の種に触る。
あれは多分、荒れ地に咲く金鈴花(キンレイカ)だ。
里で根付くだろうか?。
綺麗に咲かせて、次に来た時キビタキに見せてあげたい。
出来れば、あの女性(ヒト)にも……
~金鈴花・了~