碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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『金鈴花』から一年後
『蛍火』『迷子』と並行して進んでいた、裏のおはなし


シラネアオイ・Ⅰ

 

 

 青草が一枚の布の如くたなびき、裾の地平に白い砂塵。

 

「もうちょっと高度を上げれば見えるかな」

 ツバクロの夏草色の馬は急上昇が大好きだ。

 そのGに慣れている彼でないと、ちょっと乗りこなせない。

 

「来た来た」

 

 砂埃の中に騎馬の行軍。

 帝国の大王の凱旋だ。

 人間も多いが、その数倍、彼らに見えない人外のモノが飛んでいる。

 ほとんどがあまり意思のない、本能だけの精霊や半端に生まれた妖虫。

 軍隊とか戦場とか、そういう高揚したエネルギーに群がる、まぁ人間界でいう蚊柱みたいな物だ。

 こいつらが煽るから、人間もたまにブレーキが効かなくなったりする。

 

「色々連れて来ちゃって。今は近寄れないかな」

 

 それでも久し振りの弟弟子の顔は見て置きたい。

 多分王の側なんだけれど……王って列のどのあたりなんだろ?

 

 蚊柱の真ん中で翡翠色の光が立ち上った。

 人外達はたちまち散って霧散する。

 

「やらかすなぁ」

 ツバクロは光の根元に飛んだ。

 

 小さな騎将がいきなり剣を抜いて真上に掲げたので、周りの兵が仰天している。

 人間には、人外のモノも剣の光も見えない。

 

「トルイ!!」

 後方の豪奢な鎧姿の将が叫ぶ。

 言わずと知れた帝国の大王。

 

 だって親父、こいつら鬱陶しかったんだもん……

 振り向いて目だけで訴える皇子に、怖い顔で首を横に振る。

 叱りつつも、自分の息子の力に感嘆する気持ちを抑えられない様子。

 

(そんな顔してるよ、王)

 ツバクロは上空後方から軍勢に追い付き、キビタキの前方に回り込んだ。

 人間の皇子としての名前はトルイだが、蒼の妖精の弟子として授けられた名前はキビタキ。

 少年皇子の顔が、一年振りの兄弟子を空に見つけて喜びに満ちる。

 

 その顔が見られれば十分だ。

 これ以上チョッカイを出すと、皇子は行軍を放ったらかして飛び出して来かねない。

 ツバクロは片手を上げて、じゃあね、の合図をした。

 去り際に一応王にも敬礼した。

 王は慣れた感じで視線だけで応えてくれた。

 

 二人を見ながら上昇していると、不意に影に覆われた。

 こんな空の上で?

 

「この後、仕事はあるのですか?」

 

 この、凍えた鈴虫みたいな声……

 見上げると、薄色の草の馬にまたがった、こちらも一年振りのアイスレディ。

 空の青を切り抜いたような髪の、皇子の母親、我らの長の妹君。

 

「仕事が無ければ、西の森へおいでになりませんか? 皇子も喜びます」

 

「お誘いは有り難いですが」

 今日の午後には長が西の森を訪れるだろう。

 身内だけにして差しあげるのが筋だ。

 

「自分の任務は完了していますが、仲間に助けが要るかもしれません。僕達、補い合うのが習いなので」

 

 では時間の空いた時に是非にと言われ、手を振って別れた。

 あの方にも会えるなんて儲け物だったな。

 

 

 

 その二日後、午後から時間が出来そうだったのだが、里へ帰るとノスリが腕を引っ張って、深刻(?)な問題を相談して来た。

 で、カワセミをザブザブ洗ったり、その後カワセミが寝込んでてんやわんやだったりで、やっと約束が果たせたのは、更に二週間が過ぎてからだった。

 

 

 白い森近くの任務地で仕事を終えて戻ろうとしたら、上空でアイスレディが待ち構えていた。

「兄様にお伺いも立てました。今日は貴方の身柄を預かっても良いと。皇子が会いたがって駄々っ子で大変なんです」

 

 王都の側の、西の森……別名、鎮守の森。

 彼女が子供の頃から一人で住んでいる、木々の中の小さなパォ。

 

 先に立って入り口を上げ、女性はツバクロを振り向いた。

「あら、あの子まだだわ。ごめんなさいね、直に来ると思います」

 

 ガランとした室内だ。

 ベッドと小机と不揃いの椅子。

 隅に小さな長持ちが一つ。

 小机の上にポツンと、古いカップに一輪の花。

 何十年か暮らしている割には生活感が無い。

 

「えと、あ――……こじんまりしたお部屋ですね」

「ああ、そうでしょうか……そうかもしれませんね」

 

 ――会話が、弾まないっ!

 

 差し向かいでお茶をすする。

 脳が軋むほど手持ち無沙汰、何か話題、話題っ!

 

 鉄板の『子供の頃の話題』も空振り。

 長の寒いギャグ百連発も空振り。

 そうだこのヒト、子供の頃に出奔して、ほぼ自分を認識する者のいない人間世界で過ごしたんだった。

 たまにの会話が、ちょっと規格のズレてる王とその息子、油断のならない外国(とつくに)の人外。

 共通の笑いなんかある訳も無い。

 

 朦朧(もうろう)として来た所で、テーブルの花に逃げ込んだ。

「これ、何て花ですか?」

 白と水色のグラデーションの大振りな一輪。

 

「さあ、私、花の名前もトンと……」

 ホンット、話題が広がらない。

 ツバクロは思わず苦笑してしまった。

 ふと顔を上げると、女性も同じような感じで苦笑している。

 

「シラネアオイだよ!」

 入り口が開いてキビタキが入って来た。

「摘んで来た時教えてあげたのに、母さんったらすぐ忘れるの。ツバクロ久し振り!」

 キビタキは一気に喋って、ツバクロに駆け寄り手を取った。

 

「帰還の日に顔を見せてくれただけで、全然来てくんないんだもん。忘れられちゃったかと思った」

「ごめんごめん。カワセミが熱出してぶっ倒れたり、ちょっと慌ただしかったの」

 

「ああ、カワセミ! カワセミは元気? ノスリも!」

「だから熱出して。まあ、今は元気。それがさ……」

 

 二人が話し始めると、アイスレディは穏やかに聞き役に回っている。

 コミュニケーションが嫌いな訳ではなく、育くめなかっただけなのだ。

 

 

「えっ! カワセミ、カノジョが出来たのっ?」

「いやまだ見守り段階。キビタキも会う事あったら、そっとして置いてあげてね」

 二杯目のお茶をすすりながら、ツバクロは思い出し笑いをする。

 

「ふうん。まあ、カワセミ、カッコイイもんね」

「えっ? えええっっ!!」

「カッコイイでしょ?」

「あ、ああ……」

 

 人間界の『カッコイイ』は基準が違うんだろうか。

 

「カワセミって、あの、髪の色の薄い方?」

 妹君が久々に口を挟んで来た。

「ええ、石の鎖だらけの」

「ああ、底知れない魔力を秘めていらっしゃいましたね。里でも女性が放って置かないでしょう?」

 

 ここにも居たよ、魔力至上主義者が!

 

「そういえば、皇子を救って頂いたお礼がまだでした。本当に有り難うございました」

 暇乞いの時、女性は思い出したように礼を述べた。

「私どもで役立てる事があれば、いつでも言って下さいね」

 

 いえそんなと遠慮しようとして、ツバクロは『例のコト』を思い出した。

「では、図々しいんですが」

 と前置きして、従姉妹の一張羅を台無しにして弁済しなければならない事を話した。

 

「良さ気な反物だったら城の倉庫にゴッチャリあるよ。俺、取って来てあげる」

「トルイ、ちゃんとヴォルテ妃を通しなさい。そういう訳でツバクロ、すぐには無理ですが用意して置きます。どんなお色がよろしいのかしら?」

「何色でも……ああ、いつも髪にオレンジ色のリボンを巻いているから、そういう色が好きかも」

「そう、承知しました」

 

「そのヒト、ツバクロの彼女さん?」

「い・と・こ!!」

 

 

 ***

 

 

 秋風が立ち始めた。

 ノスリは白い森の岩山の上に居た。

 特に用事がある訳でもない。

 任務の帰りがけ、たまたま眼下に見て、立ち寄っただけだ。

 ここは好きな場所だ。

 物思いに耽らせてくれる。

 

 同い年の三人の仲間と蒼の長に弟子入りして、もうそろ十年。

 同じスタートラインだったのに、随分と枝分かれしてしまった。

 

 外交力に秀で、一歩二歩先まで状況を分析できて、内外に信頼を集めるツバクロ。

 蒼の里始まって以来の血統外術者とささやかれるカワセミ。

 自分には彼らのように突出した物はない。

 元々が平凡なんだ。

 

 周囲が自分に求めるのは緩衝剤的役割で、多くを求められていないのは知っている。

 だからって悩まない訳じゃないんだ。

 

 湖の巫女殿が加わってから、相棒のカワセミとも疎遠になった。

 奴にとっても自分にとっても良い事なんだと頭では割り切っていても、やはり置いてけぼり感は拭えない。

 

「ふあぁぁぁ~~・・・」

 何とも付かない息を吐いて寝っ転がったが、何故か空が見えなかった。

 ――!!??

 ファサリと何かの布が被さったのだ。顔の上に。

 

「あら……」

 凍った鈴虫のような声。

 

 ノスリは仰天して跳ね起きた。

 

「すみません。急に仰向けになられるとは思わなかったもので」

 抑揚のない声が真後ろからして、振り返ると、あの長の妹君が立っていた。

 ローブの裾が今フワリと戻った所だ。

 

 上空にいつの間にか草の馬。

 要するに、あそこからノスリの真後ろに飛び降りて来ようとしたのが、ノスリが急に寝転んだもんで、ローブの裾が顔に掛かったのだ。

 それにしても気配を全く感じなかった。流石だ。

 

「すすすすすみませんっ!」

 ノスリは耳まで茹で上がって、足を流して岩に腰掛ける女性に対して、正座で向きなおった。

 

「失礼してしまったのは私ですのに、ノスリ殿」

 相変わらずの凍り付いた無表情。

 

「ノ、ノスリで結構ですっ。何だってまた後ろに。目の前に降りてくれりゃあいいのに」

 

「驚ろかそうと思って……」

「はぁ」

 

「だから驚かそうと……こう」

 無表情で両手を突き出して輪っかを作る。

「後ろから目隠しして……」

 

 だ~れだ! って奴ですかい。

 ツバクロの従姉妹によくやられる奴だ。

 その凍り付いた声でそんなことをやられたら、心臓が止まってしまうわ!

 

「い、いいです、普通にっ、普通に降りて来てくれてっ。そんなサービスしてくれんでもっ」

 

「そうですか……」

 女性は何だか酷くしょんぼりしてしまった。

「皇子に、貴方がたにもう少しフレンドリーにした方がいいよ、と言われて」

 

(初対面が、キビタキをフルスイングビンタだったもんなあ)

 ノスリはやっと落ち着いて来た。

 子供の頃から戦場に身を置いて来たというこのヒトは、呑気に戯れた経験など無いのかもしれないな。

 

「いや、すみません。自分が慌て過ぎました。お久し振りです、キビタキは元気ですか?」

 ようやくマトモに挨拶出来た。

 

「はい、元気です。本当ならこちらから御礼に参じなければならない所を、ご無沙汰してしまいまして」

「お礼?」

「皇子を助けて下さったでしょう。ここでツバクロを呼び止めて」

 

「あ、ああ」

 あの日の事か。

 ツバクロが酷い顔をして国境から帰って来た時だ。

 

「俺は、何もしていません。キビタキの危険を予知したのはカワセミだし、国境まで飛んだのはツバクロだし」

 

「それでも、一緒にここに来て、ツバクロを説得してくれたのでしょう? やはり恩人ですわ」

 

 ノスリは俯(うつむ)いた。

「俺は……ホントに、何もしとりゃせんのです」

 更に俯いたので、女性の凍て付いた表情が少しほどけたのを見ていなかった。

 

「カワセミの奴は本当に凄い術使いだ。いつの間にか次々に、新しい術を使えるようになっている。ツバクロだって飛行能力が半端ない。外交手として長も頼りにしている。俺だけ平々凡々で」

 言いながら後悔していた。

 なんでこのヒトにこんな事言ってンだろ……

 

 不意に頭に温かい物が触れた。

 

 びっくりして目を上げると、目の前に女性がしゃがんで、瞬きもしないでノスリを見つめている。

 片膝付くとかではなく、両膝を前に揃えて座り込み、ノスリの頭に片手を乗せている。

 まるで幼児をあやす母親のように。

 

「わっ、あわわ!」

 仰天して後ずさった。

 しかし女性は彼の頭から手を離さない。

 ので、後退したノスリを追って四つ這いで身体を伸ばす形になった。

 そして、頭に乗せた手をクシャクシャと動かす。

「ダイジョウブ」

 

「へ? ひぁはあ?」

 

「ダイジョウブ、ダイジョウブ」

 テンパっている若者の頭を更にクシャクシャと撫でてから、やっと手を離してくれた。

 

「術なんて、いつか急に使えるようになるモノです。出来ないと思っている事でも、放って置いたらいつの間にか出来るようになっていますよ」

 

「え?」

 今まで周りに言われて来た事と真逆。

 即ち、日々の積み重ねから少しづつ上達するから精進を怠るなとか、出来る事だけ頑張って伸ばせばいいとか。

 

「私がそうでした。何もかもホーント駄目で、でもある日突然出来るようになるんです。破邪の剣だって、空振りばっかりだったのに、当たり出したら外さなくなったし」

 

「き、切っ掛けとかあったんですか? 何でもいいから教えて下さいっ?」

 

 女性は小首を傾げた。

「さあ……私はヒトに物を教えるのに向かないかもしれませんね。そう、ああ、オタネお婆さんに聞いて御覧なさいな」

 

「はい?」

「生まれてから百年近く経ってから目覚めた能力もあるって」

「ホントですか?」

「お婆さんから見たら、私も貴方もまだまだヒヨコ以下ですよ」

 

 女性はもう一度ノスリに手を伸ばした。

「だから、ダイジョウブ、ダイジョウブ」

 もう一度クシャクシャされた。

 

 それ自体が不思議な呪文で、何だか本当に大丈夫になりそうな気がした。

 

 王都の方へ見えなくなる女性を見送りながら、ノスリは相棒達の顔を思い浮かべていた。

 二人に、あのヒトに会ったと言ったら、悔しがるかな?

 危うくローブの中身を見そうになった事を話したら、どんな反応をするだろう。

 

 でも頭を三回もクシャクシャされた事は、黒歴史として封印だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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