その日の仕事を終え、巫女を湖に送ってから、カワセミは任務地へ引き返した。
石の鎖の一つを落とした事に気付いたのだ。
「私も一緒に探しましょうか」
「大丈夫、術を使えばすぐ見つけられるから。巫女は冬囲いの準備で忙しいでしょ。明日はボクも手伝うね」
巫女の馬に遅くなる旨の手紙を付けて里へ返し、カワセミは一人、来た道を戻った。
「違和感を感じたのは、多分この辺りなんだよな」
白い森の上空。
馬を停止させ、両手を回して印を結んだ。
「失せ物――捜し物――戻って、こ――い!」
いきなり眉間に強い衝撃。
「ひゃっ!」
白い森の中頃から、失せ物の気配と共に、強い気がビンビン昇って来る。
「うぅ・・あんまり厄介なモノに関わりたくないなぁ……」
カワセミは恐る恐る馬を降下させた。
「あ……」
夕暮れの森の中で佇む、空色の髪の女性。
相変わらずの凍り付いた表情、掌には、捜していた石の鎖が掛かっている。
「随分デタラメな呪文ですね。それでいて、しっかり効いているのが恐ろしいです」
細い指の中で、石は光を放ち、持ち主を求めるように震えている。
「えと……こんにちは。それ、ボクの落とし物なんです」
カワセミは下馬して後ろ手を組んだ。
「護り石の陽と月……それに土、風、火……基本通りですね。長が繋いだのですか?」
女性は一歩も動かないで、石を掲げて木漏れ日に透かしている。
「うぅん、それはボクが。基本ってあるんですか? 気持ち悪くならない感覚に繋いでいるんだけれど」
カワセミもやはり動かないで、足元をモジモジさせる。
女性は肩をすぼめて、彼に歩み寄り、石を差し出した。
「……ありがと……」
カワセミは野生動物のように用心深く手を伸ばす。
受け取る時、手足に巻き付いている別の石が、キンキンと共鳴した。
「凄い数の石ですね」
「ん……こちらを立てればあちらが立たずって感じで、増えちゃった」
カワセミは上の空で返事をし、返ってきた石を急いで足首に巻き付けた。
「はぁ、生き返った」
「そんなにそれが無いと不安ですか?」
「みんなおんなじコト、聞くね。黙っていても息が吸えて、心臓が動いて、血が巡ってくれるヒトには、解らないコトです」
「そう……ごめんなさい」
女性が俯(うつむ)いた間に、カワセミはポケットに手を入れまさぐった。
「はい、これあげます!」
「??」
差し出された拳から掌に落とされたのは、薄いピンクの平たい石。
「石を拾ってくれたお礼です。運気が上がるよ」
女性はキョトンと石を見つめたが、眼を細めて嬉しい顔になった。
「ありがとう。そう、もう一つありがとうを言わなければ」
「ン、ん~~?」
「皇子を助けてくれたでしょう。あの子の危険を予知して」
「ああ、そう? あれは当たり前、仲間だし。キビタキ元気ですか?」
「元気ですよ」
という返事に応えず、カワセミは首の石をいじくりながらアサッテの方向を見ている。
「ねえ、どうして白い森に居たの?」
「え? ああ、これを」
女性は戸惑いつつ、茂みに混じる白い花を二つ三つ手折った。
「これを採りに来たの。綺麗でしょう?」
「うん……」
カワセミは首だけそちらを向けて、生返事した。
「ねえ……」
「はい?」
「夕焼けもキレイだよ」
「…………」
二人は森を出て、岩山の方へ歩いた。
少し上れば一面の夕焼け空。
「国境の夕焼けもこんなキレイ?」
話題がポンポン飛ぶので、流石のアイスレディも苦笑いだ。
兄や仲間達はよく彼と居られるものだ。
「あちらの方が、湿度があるせいでしょうか、オレンジが強い感じですね」
「オレンジっていえば、フィフィに金魚みたいな服、ありがとう!」
「あ……ええ」
「あ、あと、巫女の服もありがとう!」
「……イルが、私が縫ったって?」
彼女があまりそういう事を喋るとは思えないが……
「ううん、巫女の袖口の刺繍に触れる度にね、たまに見える。凄く凄く心を込めて刺繍を刺している貴女の姿」
「まあ」
「だからボクも、ついありがとうを言いたくなりました」
兄もツバクロも、カワセミの話になると苦笑い半分でも楽しそうだった。
何となくそれが理解出来た。
カワセミはもう一度夕焼けを見つめた。
「きれい……でも、国境の夕焼けはもっとオレンジなのか。オレンジなのかぁ」
「貴方にも見られるでしょう。これからどんどん行動範囲が広がって、色々な夕焼けが見られると思いますよ」
「無いよ!」
カワセミはキパッと言った。
「ボク、高い所まで上がれないもの。遠くに行く早い気流には乗れない」
そう、ノスリの場合と違い、心肺が脆弱なカワセミには、出来ない事は本当に出来ない。
淡色の儚い色の妖精は、夕陽を睨んで、詮ない顔をした。
その彼の前に女性の手が差し出される。
「どうぞ、握って御覧なさい」
目の前の白い手、カワセミは恐々と指を乗せた。
「わあああああ!!!」
いきなり頭に流れ込む景色に、細っこい妖精は身体が浮き上がらせた。
網目のような川が流れる、地平まで続く森。
広がる、広がる、空一面燃えているオレンジ。
それを映した網目の川もオレンジ。
視点は凄い速さで前方へ。
草の馬で飛びながら地平がどんどん捲れて行く。
カワセミの前髪は風を受け、白い頬がオレンジに輝く。
飛び越えた丘の裏側に黄色い花が一面に咲いていた。
「あっ、あの花、里にも咲いてるよ! ツバクロが持って帰って来た奴だ!」
・・・・・・
仰向けに脱力したカワセミの頭を膝に乗せ、女性は額に手を当てている。
「ふにゃあ……スミマセン……」
「いえ、貴方がこんなに風景に入り込んでダメージを受けるなんて、知らなくてごめんなさいね」
「ううん、凄く、きれいだった。それを見ている貴女も、きれいな心で見ていた」
「…………」
「戦場に居るヒトって、怖いと思ってた。貴女はちっとも…………」
カワセミがオヤスミ五秒で落ちて、女性は背後に声を掛ける。
「お出迎えご苦労様。でも何で隠れるんです?」
背後の岩陰から、ツバクロとノスリが顔を出す。
「何となく、こういう時って、隠れる習慣があるんです」
「まったく、何だってこいつだけ、こんなに『膝枕運』があるんだぁ?」
「貴方もピンクの石を着けていれば運気が上がるかもしれませんよ」
***
キビタキは城に缶詰めだった。
遠征から帰ってそれで終わりじゃない。
臣下達、時には父や兄達に囲まれ、軍議に加わり、政(まつりごと)に参加する。
殆ど口は挟めずその場に居るだけだが、皆がもう幼い子供じゃないと認識していた。
そう、もう、草原を駆け回って遊んでいられる子供じゃなくなった。
一度戦に出ると、そうなるのは分かっていた。
自分は皇子だし、帝国の大王の配下なんだ。
――コトリ
自室で、ベランダの音に振り向いた。
「母さん?」
母親が王都の城へ来るのは、去年までは無かった事だ。
「今日は誰かに逢ったの?。」
「カワセミに。後でツバクロとノスリも迎えに来ました」
「本当? みんな元気だった?」
彼女は、今までほとんど西の森から出なかった。
ここ何日かは、空に皇子の兄弟子を見掛ける度に、馬を走らせ会いに行った。
皇子が彼らの話を聞きたがったからだ。
まあ甘やかしだ。
皇子が王の側付きになり、一つの役目を終えて気が抜けているのかもしれない。
「これで三人とも会えましたね。とても良い方々で、私も楽しかったです」
王子の部屋の花活けに、森から採って来た花を差しながら言った。
「おやすみ、母さん。冷えるから気を付けてね」
飛び去る草の馬を見送って、皇子はそのままベランダに寄り掛かる。
一生の内、ずっと顔を合わせているのに心に残らない者も居る。
たった数週間しか共に居なかったのに多分一生忘れない三人を、思い浮かべる。
「遅くなったけれど、これでいいかい?」
あの日、白い森で、彼等に頼まれた事。
『蒼の狼(君の師匠)に会わせて欲しい』
あの時は、良い出逢いになると思わなかったから、断ってしまった。
今なら良い出逢いが出来るんじゃないかと思った。
どうやらそうだったみたい、良かった。
城下の歓楽街は夜中まで賑々しい。
城の中は篝火だらけだ。
お陰で天の川なんて半分も見えない。
「大人になるって楽じゃない」
ぽつんと呟いた皇子の声は、いつの間にか大人の声だった。
~シラネアオイ・了~