碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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『閑話』最終話です


シラネアオイ・Ⅱ

 

 

 その日の仕事を終え、巫女を湖に送ってから、カワセミは任務地へ引き返した。

 石の鎖の一つを落とした事に気付いたのだ。

 

「私も一緒に探しましょうか」

「大丈夫、術を使えばすぐ見つけられるから。巫女は冬囲いの準備で忙しいでしょ。明日はボクも手伝うね」

 

 巫女の馬に遅くなる旨の手紙を付けて里へ返し、カワセミは一人、来た道を戻った。

 

「違和感を感じたのは、多分この辺りなんだよな」

 白い森の上空。

 馬を停止させ、両手を回して印を結んだ。

 

「失せ物――捜し物――戻って、こ――い!」

 

 いきなり眉間に強い衝撃。

「ひゃっ!」

 

 白い森の中頃から、失せ物の気配と共に、強い気がビンビン昇って来る。

「うぅ・・あんまり厄介なモノに関わりたくないなぁ……」

 カワセミは恐る恐る馬を降下させた。

 

「あ……」

 夕暮れの森の中で佇む、空色の髪の女性。

 相変わらずの凍り付いた表情、掌には、捜していた石の鎖が掛かっている。

 

「随分デタラメな呪文ですね。それでいて、しっかり効いているのが恐ろしいです」

 細い指の中で、石は光を放ち、持ち主を求めるように震えている。

 

「えと……こんにちは。それ、ボクの落とし物なんです」

 カワセミは下馬して後ろ手を組んだ。

 

「護り石の陽と月……それに土、風、火……基本通りですね。長が繋いだのですか?」

 女性は一歩も動かないで、石を掲げて木漏れ日に透かしている。

 

「うぅん、それはボクが。基本ってあるんですか? 気持ち悪くならない感覚に繋いでいるんだけれど」

 カワセミもやはり動かないで、足元をモジモジさせる。

 

 女性は肩をすぼめて、彼に歩み寄り、石を差し出した。

 

「……ありがと……」

 カワセミは野生動物のように用心深く手を伸ばす。

 受け取る時、手足に巻き付いている別の石が、キンキンと共鳴した。

 

「凄い数の石ですね」

 

「ん……こちらを立てればあちらが立たずって感じで、増えちゃった」

 カワセミは上の空で返事をし、返ってきた石を急いで足首に巻き付けた。

「はぁ、生き返った」

 

「そんなにそれが無いと不安ですか?」

 

「みんなおんなじコト、聞くね。黙っていても息が吸えて、心臓が動いて、血が巡ってくれるヒトには、解らないコトです」

 

「そう……ごめんなさい」

 

 女性が俯(うつむ)いた間に、カワセミはポケットに手を入れまさぐった。

「はい、これあげます!」

 

「??」

 差し出された拳から掌に落とされたのは、薄いピンクの平たい石。

「石を拾ってくれたお礼です。運気が上がるよ」

 

 女性はキョトンと石を見つめたが、眼を細めて嬉しい顔になった。

「ありがとう。そう、もう一つありがとうを言わなければ」

「ン、ん~~?」

 

「皇子を助けてくれたでしょう。あの子の危険を予知して」

 

「ああ、そう? あれは当たり前、仲間だし。キビタキ元気ですか?」

 

「元気ですよ」

 という返事に応えず、カワセミは首の石をいじくりながらアサッテの方向を見ている。

 

「ねえ、どうして白い森に居たの?」

 

「え? ああ、これを」

 

 女性は戸惑いつつ、茂みに混じる白い花を二つ三つ手折った。

「これを採りに来たの。綺麗でしょう?」

 

「うん……」

 カワセミは首だけそちらを向けて、生返事した。

「ねえ……」

「はい?」

「夕焼けもキレイだよ」

「…………」

 

 二人は森を出て、岩山の方へ歩いた。

 少し上れば一面の夕焼け空。

 

「国境の夕焼けもこんなキレイ?」

 話題がポンポン飛ぶので、流石のアイスレディも苦笑いだ。

 兄や仲間達はよく彼と居られるものだ。

 

「あちらの方が、湿度があるせいでしょうか、オレンジが強い感じですね」

「オレンジっていえば、フィフィに金魚みたいな服、ありがとう!」

「あ……ええ」

 

「あ、あと、巫女の服もありがとう!」

「……イルが、私が縫ったって?」

 彼女があまりそういう事を喋るとは思えないが……

 

「ううん、巫女の袖口の刺繍に触れる度にね、たまに見える。凄く凄く心を込めて刺繍を刺している貴女の姿」

「まあ」

「だからボクも、ついありがとうを言いたくなりました」

 

 兄もツバクロも、カワセミの話になると苦笑い半分でも楽しそうだった。

 何となくそれが理解出来た。

 

 カワセミはもう一度夕焼けを見つめた。

「きれい……でも、国境の夕焼けはもっとオレンジなのか。オレンジなのかぁ」

 

「貴方にも見られるでしょう。これからどんどん行動範囲が広がって、色々な夕焼けが見られると思いますよ」

 

「無いよ!」

 カワセミはキパッと言った。

「ボク、高い所まで上がれないもの。遠くに行く早い気流には乗れない」

 

 そう、ノスリの場合と違い、心肺が脆弱なカワセミには、出来ない事は本当に出来ない。

 淡色の儚い色の妖精は、夕陽を睨んで、詮ない顔をした。

 

 その彼の前に女性の手が差し出される。

「どうぞ、握って御覧なさい」

 

 目の前の白い手、カワセミは恐々と指を乗せた。

 

「わあああああ!!!」

 いきなり頭に流れ込む景色に、細っこい妖精は身体が浮き上がらせた。

 

 網目のような川が流れる、地平まで続く森。

 広がる、広がる、空一面燃えているオレンジ。

 それを映した網目の川もオレンジ。

 

 視点は凄い速さで前方へ。

 草の馬で飛びながら地平がどんどん捲れて行く。

 カワセミの前髪は風を受け、白い頬がオレンジに輝く。

 

 飛び越えた丘の裏側に黄色い花が一面に咲いていた。

「あっ、あの花、里にも咲いてるよ! ツバクロが持って帰って来た奴だ!」

 

 

 ・・・・・・

 仰向けに脱力したカワセミの頭を膝に乗せ、女性は額に手を当てている。

 

「ふにゃあ……スミマセン……」

 

「いえ、貴方がこんなに風景に入り込んでダメージを受けるなんて、知らなくてごめんなさいね」

 

「ううん、凄く、きれいだった。それを見ている貴女も、きれいな心で見ていた」

「…………」

「戦場に居るヒトって、怖いと思ってた。貴女はちっとも…………」

 

 カワセミがオヤスミ五秒で落ちて、女性は背後に声を掛ける。

 

「お出迎えご苦労様。でも何で隠れるんです?」

 

 背後の岩陰から、ツバクロとノスリが顔を出す。

「何となく、こういう時って、隠れる習慣があるんです」

「まったく、何だってこいつだけ、こんなに『膝枕運』があるんだぁ?」

 

「貴方もピンクの石を着けていれば運気が上がるかもしれませんよ」

 

 

 ***

 

 

 キビタキは城に缶詰めだった。

 遠征から帰ってそれで終わりじゃない。

 臣下達、時には父や兄達に囲まれ、軍議に加わり、政(まつりごと)に参加する。

 殆ど口は挟めずその場に居るだけだが、皆がもう幼い子供じゃないと認識していた。

 

 そう、もう、草原を駆け回って遊んでいられる子供じゃなくなった。

 一度戦に出ると、そうなるのは分かっていた。

 自分は皇子だし、帝国の大王の配下なんだ。

 

 

 ――コトリ

 

 自室で、ベランダの音に振り向いた。

「母さん?」

 

 母親が王都の城へ来るのは、去年までは無かった事だ。

 

「今日は誰かに逢ったの?。」

「カワセミに。後でツバクロとノスリも迎えに来ました」

「本当? みんな元気だった?」

 

 

 彼女は、今までほとんど西の森から出なかった。

 ここ何日かは、空に皇子の兄弟子を見掛ける度に、馬を走らせ会いに行った。

 皇子が彼らの話を聞きたがったからだ。

 

 まあ甘やかしだ。

 皇子が王の側付きになり、一つの役目を終えて気が抜けているのかもしれない。

 

「これで三人とも会えましたね。とても良い方々で、私も楽しかったです」

 王子の部屋の花活けに、森から採って来た花を差しながら言った。

 

 

「おやすみ、母さん。冷えるから気を付けてね」

 

 飛び去る草の馬を見送って、皇子はそのままベランダに寄り掛かる。

 一生の内、ずっと顔を合わせているのに心に残らない者も居る。

 たった数週間しか共に居なかったのに多分一生忘れない三人を、思い浮かべる。

 

「遅くなったけれど、これでいいかい?」

 

 あの日、白い森で、彼等に頼まれた事。

『蒼の狼(君の師匠)に会わせて欲しい』

 あの時は、良い出逢いになると思わなかったから、断ってしまった。

 今なら良い出逢いが出来るんじゃないかと思った。

 どうやらそうだったみたい、良かった。

 

 城下の歓楽街は夜中まで賑々しい。

 城の中は篝火だらけだ。

 お陰で天の川なんて半分も見えない。

 

「大人になるって楽じゃない」

 ぽつんと呟いた皇子の声は、いつの間にか大人の声だった。

 

 

 

       ~シラネアオイ・了~

 

 

 

 

 




挿し絵:白い森 
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