碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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『ふたつめのおはなし』の続きです


みっつめのおはなし
カタカゴ~星空の向こう~


 

 

 新月の真っ暗な夜。

 今日は星も無い。

 雲が厚いんだ。

 

「雨が降らなければ良いけれど」

 

 湖の巫女は、湖畔のお堂の前に篝火を焚きながら、重苦しい空を見上げた。

 

 蒼の里からの術者の説法は今回で最後。

 彼女の仕える湖の大ナマズは、晴れて水神と成る。

 贅沢言ってはいけないけれど、今日は賑々しく星に照らされていたかったな。

 

 そんな事を考えながら、お堂の横の小さな庵に戻る。

 家族と生活のサイクルが違ってしまった娘の為に、厩(うまや)付きの仮り住まいを、父や兄達が建ててくれたのだ。

 

 離れて分かる、育ててくれた家族の有り難さ。

 でもいつまでもそれに浸かってはいられない。

 自分の場所でしっかり立って、自分の人生を歩まなきゃ。

 家族への恩義は、自分が今の役割を一所懸命こなす事で、返せると信じている。

 

 

 ――ナニ、考エテル?

 

 気付くと、大ナマズが浮上して水面(みなも)からこちらを見ている。

 

「人間の家族の事を考えておりました、主様」

 

 ――サビシイノカ?

 

「いえ、主様が大変良くして下さるので、寂しいと思う事などありません」

 

 ――人間ハ、オマエヲ……

 

「はい?」

 

 ――イヤ……

 

 湖の畔に来た巫女の家族を、主は水底から見た事がある。

 確かに巫女は愛されてるのだろう。

 しかし彼等の世界に巫女の立ち位置が無いのは分かった。

 人外と通じ過ぎてしまう扱いにくい存在、彼等にとってはそれでしかない。

 

 

 空に十字の光が走り、水色の髪の青年を乗せた草の馬が降りて来た。

 

「待ちましたか?」

 

「いえ、カワセミ殿……・・長様!?」

 

 青年の後から、一回り大きな馬が、群青色の長い髪の男性を乗せて降り立った。

 

「今日で最後という事で、私も主殿にご挨拶に参りました」

 蒼の長は清々しい仕草で、大ナマズに一礼する。

 

 ――オオ、蒼ノ長ドノ

 

 

 長に見られて少々緊張気味のカワセミが、最後の説法を唱える。

 大ナマズは大地と風の承認を得て水神となり、カワセミは初の大仕事を終えた。

 

 ――長ドノ

 

 大ナマズが水底に帰る前に蒼の長に目配せした。

 何か察した長は、カワセミと巫女が離れた所で話しているのを確かめて、主にそっと近付いた。

 

 ――今ハマダ、凌ゲルガ、ジキ、冬ガクル。巫女ノ、身柄ヲ、ドウニカ、デキヌカ

 

 確かにこの地の冬は、雪深く厳しい。

 大勢で集まって暮らす人間は安心だが、巫女は小さな庵で独りで越すつもりなのだ。

 主は、弱い人間の身を案じていた。

 

 長は目を細めて主に礼を示す。

「我らも考えております。主殿の心裂き、感謝致します」

 

 

 主は水底に沈み、草の馬は帰り支度をする。

 

「カワセミ?」

 

 水色の髪の青年が、鞍に手を掛けた形で止まっている。

 目の前の物ではない、何処とはなしの一点を凝視している。

 

「カワセミ、何か視えるんですか?」

 稀にだが、この青年は、薄く『預言者』の能力を発現させる。

 通常の、少し先の事が分かる予知とは別物の、物事の大きなの流れを見据える能力だ。

 

「長、定かではないけれど……今晩このまま巫女と別れちゃダメな感じです」

 

「何か危険が? 主殿は大丈夫なのですか?」

 

「あ、いえ、うーん……まだやる事が……あるのかな?」

「??」

 青年はケロリと言い、長は手を止めてその先を待つ。

 

 巫女が近寄って来た。

「どうされたのですか?」

 

「ああ、ここじゃないんだ!」

 カワセミが顔を上げた。

 既に目の焦点は、目の前ではない遠くに結ばれている。

「長、そちらの馬に巫女を乗せて、ボクの後に着いて来て下さい」

 

 こういう時は下手に疑問を投げ掛けちゃ駄目だ。

 当のカワセミにだってよく分かっていないのだから。

 

 

 ・・・

  ・・・

 しかし、カワセミの降り立った場所は、蒼の里の馬繋ぎ場だった。

 巫女を前に乗せた長は、上空で一旦停止した。

 

「長様……」

 巫女が懐で強ばっている。

 彼女は、妖精の領域である蒼の里へは踏み入らないと、自身にケジメを着けているのだ。

 

 下でカワセミが、降りて来るよう手招きをしている。

 

「巫女殿、里に人間が入るのは特別な事ではないのですよ。遭難者や怪我人を受け入れる事だってあるのですから」

 

「でも、私……」

 巫女の抵抗は、ケジメだけではない。

 一度入ってしまうと、これからの厳しい季節、ずるずると甘えてしまいそうで怖いのだ。

 それではちっとも独り立ちした事にならない。

 

「巫女ちゃん?」

「巫女殿」

 両脇にツバクロとノスリの騎馬が現れた。

 

「そろそろ二人が戻って来る頃だなぁって空を見てたら、巫女ちゃんが見えて、なんだか下りるのを怖がっている風だったから」

「誰も巫女殿を取って喰いはしないぞ。ほら、一緒に下りてやる、行こう」

 

 二人の若者に促され、巫女はおずおず頷いた。

 

 地面に降り立つと、三々五々、里の者が立ち止まって凝視している。

 蒼の妖精だって、外に出ない者には人間は珍しい。

 

「どういう経緯で彼女を連れて来たのです? 長」

 ツバクロが巫女を自分の後ろに隠しながら聞いた。

 

「カワセミがね………カワセミは何処です!?」

 

 見るとカワセミは、路地の一つで手招きしている。

 

「行きましょう、彼自身も何かに引かれているのです」

 長は巫女の肩を抱いて支え、二人の青年が両脇に付いた。

 

 何人かの古い大人が、これは何事かと話し掛けて来たが、長は理由は後でと、あしらった。

 

 角々でカワセミは手招きし、住宅地を通り過ぎ、里の反対側のヒト気のない場所に出た。

 山茶花(さざんか)の灌木帯があり、奥に進むと古ぼけた小さなパォ。

 その前で最後の手招きをし、カワセミはスルリと中へ消えた。

 

 長が立ち止まる。

「ここは……」

 

「長、どうしたんです?」

 

「いえ、行きましょう」

 長は巫女の肩を支えながら、自らも意を決するように中へ入った。

 二人の青年も顔を見合わせて後に続く。

 

 真っ暗だ。

 ツバクロがランタンを灯した。

 埃っぽい室内は、鞍掛けや棚が列になっている。

「馬具置き場……か? こんな所あったんだ」

「あんまり使われていない感じだな」

 

 カワセミが真ん中に突っ立っている。

 

「カワセミ、戻ってるか?」

 ノスリが目の前で手をヒラヒラさせた。

 

「あっ、えっ……ああっ」

 

「しっかりしろよ、お前がここに案内して来たんだろ」

 

「うん、そうだけど……何で来たんだろ? ああ、長、ここ、何処なんです?」

 

「何処って、おいおい」

「馬具置き場だろ。ねぇ、長」

 

 ノスリが、さっきから無言の長を振り向く。

 しかし今度は長が、在らざる物を見るように茫然としているのだ。

 

「イルアルティ……?」

 

 巫女は久し振りに名前を呼ばれてビクッとした。

「は、はい」

 

「貴女、幾つになりましたかね?」

 

「えっと、来月の初めで十六になります」

 

 三人は巫女が思ったより年若かったのにびっくりした。

 

「そうですか。人間の所へ行った日を誕生日にしているのですね。私もすっかり忘れていました。貴女本当はね、今日が誕生日なんです。今日で十六になるんですよ」

 

「えっ・・」

 

「十六年前の今日、此処この場所で、貴女のお母さんは、貴女を産んだのです」

 

 

 ***

 

 

 巫女は両手で口を抑え、三人の青年は目を見開いた。

 

「馬具置き場で生まれたの? 西洋の神サマみたいだね!」

 カワセミがのどかに言った。

 

「当時は産屋(うぶや)だったのですよ。私が長に就任して間もなくの頃で、診療所を建て増ししたので、もうあまり使われなくなっていました」

 

「産屋……」

 巫女は室内を見回した。

 ここで、お母さんが、過ごしていた……

 

「彼女のお母さんは、お腹が大きいのに、大層な怪我を負って、病も患っていました。里で保護して、ずっとここで臥させていたのです。命の灯はとても細い物でしたし、静かに過ごさせてあげようと。彼女の存在を知っていたのは、オタネお婆さんと医療関係の何人かだけでした。貴方達も小さかったですしね」

 

「僕達が小さい時、お腹の中の巫女と、里に一緒に居たんだね。何だか不思議」

 ここへ導いた当のカワセミは、呑気に天井を眺めている。

 

「ここに住めって事かい?」

 ツバクロは流石に頭の回転が早い。

 長もうっすらそう思っていたが、巫女が間髪を入れずに首を横に振った。

 

 ツバクロもノスリも、巫女が里に住むのなら、出来る限りのフォローはする気でいる。

 しかし古い考えの者もいるし、完璧に守り切る事は出来ないだろう。

 まだ人間の家族の近くに住まう方がマシだ。

 

「長?」

 長はさっきから、心ここに在らずにボォッとしている。

 

「長!!」

 

「あ、ああ、はい」

「どうしたんですか?」

「ああ、大丈夫です。色々、思い出していたのです」

「…………」

 

 ノスリとツバクロの二人は所在なく部屋を見回すが、十六年前の痕跡なんかある訳もない。

 ただ積み上がった道具が埃を被っているだけだ。

 

「あっ、まただっ!」

 カワセミが小さく飛び上がった。

「んと、んとんと、……んーと」

 頭をつつきながら揺れるカワセミを、皆で待つ。

 

「移動!!」

 カワセミは外へ飛び出した。

 

「お、おーい」

 

 四人はカワセミを追い掛けて走る。

 行き着いた先は、また馬繋ぎ場だった。

 それぞれの馬は、係りの者によって馬装を解かれて休んでいる。

 

 カワセミは躊躇せず、自分の裸馬に飛び乗って舞い上がった。

 三人も慌てて頭絡だけ掛けて、後を追う。

 

 

 

 星も無い真っ暗闇な空、ハミも手綱も無い馬のタテガミを掴んで、カワセミは迷う事なく、ある一点に降下する。

 

 今度の場所は、巫女も知っていた。

 里からそんなに離れていない、ハイマツに覆われた小さな丘。

 

 四頭の草の馬は、その頂上の砂利の広場に降り立った。

 

 

 カワセミは一番高い所に立ち、キョロキョロしている。

 ツバクロとノスリも辺りを見回すが、ただただ闇があるばかり。

 

 長に下ろされた巫女は、暗闇を歩いて、広場の端、二つ積まれた玉石に近付く。

 しゃがんで石を撫でる巫女に、二人も歩み寄った。

 

「それ……」

「お母さんのお墓です。以前、長様に連れて来て頂きました」

 

 長は離れた所で巫女を見ている。

 

「あっそうか!!」

 やっとカワセミが何かに辿り着いた。

「巫女は今日、ここで名前を授かるんだ!!」

 

 みんな、『ええっ』という顔を見合わせ、巫女はバランスを崩して尻餅を付いた。

 

「おいカワセミ、流石にそれはお前が決めちゃダメな奴だ」

 

 蒼の妖精の成人の拝命は、とても意味の有る重要な事だ。

 名前は、生涯を共にする『言霊(ことだま)』でもある。

 過去に人間に名を授けた特例はあったものの、どちらにしても決定するのは当代の蒼の長だ。

 

「ボクが決めたんじゃない! もう決まっているコトなんだ!」

 

 長が座り込んだままの巫女に手を差し伸べた。

「今日のカワセミは冴え冴えですね。私も、貴女は名前を得ていいと思います」

 

 ツバクロとノスリも両方から手を貸して、巫女を立たせた。

「じゃあ、長……」

 

「ちが――うっ!!」

 カワセミは片手を上に掲げた。

「名前はボク達三人が授けるの!! 二人ともここへ来て!!」

 

 二人は面喰らって長を見た。

 

 長は戸惑いつつも頷いた。

 カワセミが我が儘を言っている訳ではないのだ。

 多分、この三人が授ける事に、何か意味があるのだろう。

 

 二人は巫女を伴って丘を登った。巫女は茫然と為されるがままだ。

 

「名前、考えなくちゃね」

 

「名前はもう、大昔から決まってる!!」

 カワセミは片手を上げたまま続ける。

 

「お、おい、カワセミ」

 

「巫女の名前は、『カタカゴ』! カタカゴの君!」

 

「おいカワセミ、巫女殿の衣装の刺繍の花じゃん。安易過ぎるだろ」

「ねえ、長……長??」

 

 ノスリもツバクロも、離れた所に立つ長を見て固まった。

 

 長は凍り付いたように立ち尽くしている。

 ついぞ見た事のない、一筋の涙が、頬を伝っていた。

 

「・・カタカゴ・・!!」

 

 二人はどちらからともなく頷いて、カワセミの両脇に立ち、掲げられた手に自分達の手を重ねた。

 大昔から決まっていた名前なんだ。

 

「湖の巫女……貴女の名前は、カ・タ・カ・ゴ……大地と風の護りと共に、この名を授けます」

 

 三人の手が重なったまま降りて、巫女の額に触れた。

 

 瞬間、風が渦巻いた。

 強風が龍のように駆け抜け雲を散らし、一瞬で辺りは満天の星々に照らされる。

 

 皆、身じろぎもせずに空を見上げる。

 白鳥座も見える。

 

「お母さん……!」

 

 

 ***

 

 

 巫女は湖の畔に帰った。

 名前を授かった後、あやふやだった表情が、驚くほどにはっきりとした。

 おそらく何があっても大丈夫と思わせる程に。

 

 

 巫女を送った後、四騎並んで里へ戻る。

 

「どうして最初、パォの方へ行ったんだろうな」

「さぁ、長、分かりますか?」

 

「どうなのでしょうね……」

 

 カワセミの馬は空馬で、馬の主は、長の懐で口を開けて爆睡している。

 

「まったくこいつは。いきなり名前が降りて来るんだもんな」

「長、カタカゴって名前は……」

 

「ああ、あれね。良い名前ですね」

「長……」

 

 長は前を向いたまま静かに話を始めた。

「大昔、私が、彼女の母親をそう呼んでいたのです」

 

「名前を、授けたのですか?」

 

「いえ、あの女性(ヒト)はどれだけ聞いても名乗ってくれなくて。仕方がないから、私が勝手に付けて、そう呼んでいただけでした」

 

 長はまた目の前に無いモノを見ている表情になる。

 

 二人はそれ以上は聞かなかった。

 

 以前長に、何故妻帯しないのか聞いた事がある。

 自分が大変な思いをしたから、同じ思いをする子供を作ってしまう事にどうしても躊躇する……そんな答えが帰って来た。

 それもあるのだろうけれど、きっと別の理由もあったのだろう……

 

 最初に産屋の方に行ったのは、長の為だったんだ。

 

 星空を静かに飛ぶ四騎は、丁度白鳥座の羽根に包まれているようだった。

 

 

 

 

 

        ~ カタカゴ 星空の向こう・了 ~

 

 

 

 

 

 




***妖精の年齢***
妖精の成長は、寿命が長い分、人間よりややゆっくりです。
十六歳は、彼らの感覚では、まだまだ子供。

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