碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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一番長いおはなしです


風花・Ⅰ

 その日の湖はいつにも増して凪いでいた。

 冬が近いので主様も眠っている時間が長いのだろう。

 

 お堂の屋根に霜が降りている。

「冷える訳だわ」

 巫女の寝起きしている庵には小さな暖炉があるが、本格的な冬が来る前に冬囲いをきちんとして置かねばならない。

「薪も集めて置かなくちゃ」

 

 土間の馬房で尾花栗毛の世話をしていると、外からシャンシャンと鈴の音が聞こえて来た。

 

 手綱に鈴を掛けたカワセミの騎馬が、空からゆっくり降りて来る。

 いつまでも色の付かない水色の長い髪に、背中の細い羽根が見え隠れする、蒼の妖精。

 馬から飛び降り、後ろ手に何かを持って、ニコニコと巫女に寄って来た。

 

「これ昨日、白い森で貰った」

 いきなり耳の上に何か刺された。

「長の妹君に」

 

 横目でそれが、白い花だと分かった。

「ぇっ、はぃ?」

 

 女性の髪に花を刺すなんて気恥ずかしい事をヒョンとやってしまうこのヒトは、多分何も考えていない。

 花瓶に花を活ける程度の感覚。

 カワセミは活花(いけばな)の出来映えにを確かめるように、腕を組んで後退りする。

「うん、巫女の黒い髪にぴったりだと思ったんだ」

 

 そしてクルリと背を向け、すぐに馬に跨がった。

 

「あ、あの、今日はご一緒しなくても?」

 いつも連れて来ている巫女用の草の馬がいない。

 

「うん、今日は一人でいいんだ。戻って来たら、冬囲い、手伝うね」

 もう馬を上昇させながら、ぶんぶん手を振っている。

「じゃあね――」

 

 何て慌ただしいヒト。

 巫女は髪の横に差された花に手を添えながら、尻尾をなびかせて飛び去る騎馬を見送った。

 びっくりして何も言えなかった。

 戻って来たらちゃんとお礼を言おう……

 

 

 

 湖の向こうの山に日が傾きかけ、巫女は薪を束ねる手を休めた。

 カワセミは来ない。

 遅くなったので里へ直に帰ったのかもしれない。

 

 ほんの少し、胸がザワついた。

 今まで、こんな事あったっけ?

 いや、多分あった、考え過ぎ。

 

「お礼、言い損ねちゃったね」

 努めて元気な声で、馬房の尾花栗毛に話し掛ける。

 大丈夫、明日になったら言える。

 

 頂いた花は、器に水を張って飾ってある。

 主様がシラネアオイという名を教えてくれた。

 

 

 

 陽が沈みきり、星々が空を覆う頃、空に三騎の馬影が現れた。

 蒼の長の三人の弟子の二人、ノスリとツバクロ。

 そして何故か、巫女がいつも乗っている草の馬を連れている。

 

 巫女は庵で柴垣を編んでいたが、気配に気付いてすぐ外に出た。

 

「カタカゴ」

「巫女殿」

 二人、表情が硬い。

 巫女は心臓がドクリと波打った。

 

「カワセミ、今日、来た?」

「はい、朝方に」

「任務地へは、一人で?」

「はい、今日は一人でいいって……」

 巫女の声が段々に動揺を帯びる。

「あの……!?」

 

 二人の妖精は慌てた感じで目配せしている。

 

「あのっ!!」

 

「いや、いいんだ、心配いらない、大した事じゃないんだ」

 しかし二人の様子は大した事ない感じじゃない。

 

「お、教えて下さい! カワセミ殿は、今日は何処へ行く予定だったんです?」

「いや、巫女殿は……」

「私は、私は、心配しちゃいけないんですかっ!」

 鎮められれば鎮められるほど、胸のザワ付きが抑えられなくなって、今までにない大声が出てしまった。

 

 二人も驚いて、顔を見合わせ頷き合った。

「カワセミの今日の任務は、必ずカタカゴを連れて行くようにって、長が念を押していたんだ」

「・・!」

 

「奴の帰りが遅かったから……日をまたぐような事もたまにはあるんだが、今日はちょっと胸騒ぎがしてな」

「二人でこちらに様子を見に来たら、そこの森に巫女殿の馬が繋がれていて」

 

 巫女の顔色がみるみる青くなった。

 あの長ベッタリなヒトが、長の命令を反故にするなんて、普通と違う、おかしい。

 自分の意志ではないモノに引っ張られる……命名の日の夜の彼を思い出した。

 

「か、帰って来たら、冬囲い手伝ってくれるって……私……お礼言ってない……」

 声が震える、喉もカラカラだ。

 

 ノスリが巫女の両肩を掴んだ。

「しっかり、俺らがこれから、今日の任務地へ飛ぶから」

 

 ツバクロは素早く、巫女の草の馬の尻を叩いて、上昇させた。

 完全に動揺した巫女が、馬に駆け寄ろうとしたからだ。

 

「私も行きます、連れて行って下さい!」

「駄目だ、カタカゴ、僕達は君を仲間だと思っているから話した。仲間なら聞き分けてくれ。君は連れて行けない」

 言いながら二人を乗せた馬は風を巻き、急上昇した。

 

「待って!」

 巫女は初めて人間の身を悔やんだ。

 何て無力で情けない自分。

 

 

 ***

 

 

 時は少し遡る。

 

 蒼の里のいつもの朝。

 居住区の端に、長の三人の弟子が暮らす小さなパォがある。

 

 入り口の両側にツバクロとノスリのベッド。

 奥にカワセミのベッド。

 

 定規で曳いたように全て直角に整頓されたツバクロのスペース。

 物が多いなりに機能的に稼働しているので、それなりに明るいノスリのスペース。

 

 奥のカワセミのスペースは……カオスだ。

 ベッドと言うより『巣』。

 物持ちな訳でもない。生活必需品はほとんど無い。

 訳の分からない物に埋め尽くされているだけ。

 まじないのヒトガタ、呪文が書かれた板、布、干した植物、鳥の羽根の繋げたの、規則正しく並べられた石……そういうのがベッド周りにぶら下がったり積み上がったり。

 触ると怒られるので二人は近寄れない。

 

 カワセミに言わせると、一つ一つに意味があり、皆自分を守護する為に必要らしい。

 そう言われてしまうと文句も言えない。

 

 しかし最近、増殖するそれらが二人の領地を侵食しつつあった。

 先日などは、天井の植物の中に住み着いたヤモリがノスリの首筋に落っこちて、情けない悲鳴を上げさせた。

 相手がカワセミでなかったら、二人ともとっくに実力行使に出ている。

 

「仕方がないよなあ……」

 身体が成長するに連れて、弱い内臓がその身を支えられないんだろうか、カワセミはますます頻繁に体調を崩すようになった。

 それなのに術の力だけどんどん強くなる。

 今や長も頼もしく頼りにする術力が、命取りにもなる綱渡り状態。

 一番怖がっているのは当のカワセミだ。

 その彼のすがり所となっている御守りの数々を何とかしろとは、二人とも言えなかった。

 

 

 だがその朝は、どういう風かが吹き回した。

 二人が起きると、いつもはギリギリまで寝ているカワセミが早起きして、何やらゴソゴソやっている。

 

 彼の大切な御守りグッズを木箱に詰め込んでいるのだ。

 ベッド周りは既に『ソコそんなに広かったっけ?』状態にすっきりしている。

 

「ど、どうしたんだ?」

 ノスリがいっぺんに目が覚めて飛び起きた。

 同じように飛び起きたツバクロと視線を交わす。

 お前、何か言ったのか?

 いいや……

 

「ふう」

 全てのグッズを箱に詰め終えて、カワセミは掌をパンパンとはたいた。

 

「おい、どうするんだ、それ。模様替えか?」

 

「うん? 捨てようと思って。あ、どれか要る?」

「いや、それは遠慮して置くが……どうしたんだ、ホントに?」

 

 水色の妖精はまだ枯葉や布切れがくっ付いてるベッドに腰掛けて、水色の目をキョロキョロさせる。

「……ん……えと、……何でかな」

 

 ああ、またいつもの奴だ。

 予知っぽい力もあるこいつは、理屈じゃなく、頭で考える前に行動に移す事がある。

 この場合、二人が困っていたのを察してくれたのだろうか。

 

「……ああ、そうだ」

 カワセミは何かに辿り着いた。

「ボク達、修練所を卒業して、長の弟子になってから、ここで三人で暮らし始めたよね」

「あ、ああ」

 いきなり話が飛んだが、まあ、これ位なら二人は慣れている。

 

「今まで一緒の道を歩いて来たけれど、段々、枝道が増えて来る訳。例えば……」

 カワセミはノスリを見た。

「キミは彼女が出来たら、ヤモリが落ちて来るような部屋に、女の子を呼べないだろ?」

「ああ、まあな……」

 カワセミも住んでるってだけで、来てくれる女の子なんていないのだが。

 

「ツバクロだって、これから仕事の範囲が増えて、時間も不規則になる。抱え込むモノも増えて行くだろうし」

 ツバクロはマジマジとカワセミを見つめる。

 予言…… なのか?

 

「という訳で、ボクは将来的に、他所で独り暮らしをする。これはその準備」

 

「ほ、ほぉ」

 二人は拍子抜けして肩を落とした。

 そんな事、当たり前じゃないか。

 いつまでも男三人で暮らしている訳には行かないだろ。

 

 やがて所帯を持って家庭を作り、子供や親族に囲まれて……

 と考えて、二人とも同時に気付いた。

 

 早くに両親を亡くして遠い親族をたらい回しにされていた彼には、『家族』なんて概念は無い。

 そもそも毎日が魔力と体調の綱渡り。

 自分達と同じ将来のビジョンなど見ていないだろう。

 そのこいつが、何でいきなりそういう事を閃いた?

 

 茫然と顔を見合わす二人にお構いなしに、カワセミは明るく続けた。

「ボクが住みたい場所、聞いといてくれるかい?」

「ああ」

 

「あの夜皆で行った、里の奥の馬具置き場!」

「はっ?」

「これから長にお願いするんだけどさ。中の物をちょっとづつ他所に移して、住めるようにしようと思う」

 

「い、いや、だって、彼処(あそこ)、元、産屋じゃないか」

 ツバクロが眉根を寄せた。

 人間ほど『不浄』という意識はないが、産屋というのは『男には不可侵な場所』という概念がある。

 

「うん、そう。だからだよ」

 

「??」

 男二人、寄り添うように目を見交わす。

 

「命の生み出される所。生命の力の集まる所。凄い『はじまりの力』があるんだ。この間、入った時に気付いたんだ。ここなら御守りも要らない、ボクが住むのに最適な場所だって」

 

「ああ、なるほど、そうなんだ」

 二人はやっと理解した。

 カワセミが安心して暮らせるのなら、それに越した事はない。

 

「よし、俺も馬具の運び出し、手伝ってやるぞ」

「ノスリィ、やっぱキミって頼りになる」

「まずは長に許可を貰わなきゃだね。馬具の移動先も作らなきゃならないし」

 ツバクロも目が覚めて具体案を喋り出した。

 

 カワセミはいつもの石の鎖を手や首に巻き付け、立ち上がって箱を引きずり出した。

「長は許可を出さざるを得ないよ。ボク、彼処でないと、生きられないんだから」

 

「??」

 二人同時に顔を上げたが、カワセミは箱を引きずって戸口から出て行った所だった。

 変な事を言った……聞き間違いか?

 いつもの口癖の『〇〇してくれないとシんじゃう~~』の延長だろうか?

 二人はそう思う事にした。

 

 何にしても今日が始まる。

 まずは仕事だ。

 カワセミの引っ越しは仕事の後、少しづつ手伝ってやればいいだろう。

 

 

 ***

 

 

 里の外れ、焼却場への道。

 蒼の里では殆どの物はヒトからヒトへ受け継がれるが、それでもやっぱり塵(ゴミ)は出る。

 

 大きな木箱を引きずって歩くカワセミに、後ろから忍び寄る影があった。

 

 ――わしっ!!

 いきなり頭を掴む者。

 

「ふ、ふふふふふ――! やった、ついに触ったわ!」

 

 カワセミがゆっくり振り向くと、勝ち誇ったお団子娘が仁王立ちしていた。

 

「ふ、ふわふわして可愛いじゃない! よし、ついに言えたわ!」

 まだそんなのを狙っていたのか……

 

 当のカワセミは、ぼうっとフィフィを見つめる。

「ああ、そう? どうもありがとう」

 

 フィフィが固まる番だ。

「ちょ、ちょっと、いつもみたいに、やーめーて――術が逃げる――、とか言いなさいよ!」

 そっちの方がいいのか? いいんだろうな。

 

「うん、今は術は逃げない。ボクが多分、キミをちょっと好きになっているからかな?」

 

 フィフィは両肩をいからせて、蟹みたいに後退りした。

 

 そんな彼女にお構いなしに、カワセミは箱の中から、白い木の枝を丸く曲げた輪っかを引っ張り出した。

「はい、これあげる。」

 

「ふぇ?」

 鼻先に突き付けられたそれを寄り目で見て、お団子娘は更に固まる。

 

「白い森の冬の新芽で作った。幸せを呼び込む。ボクには要らないモノだけれど……将来、キミとノスリが住む家の、入り口に掛けるといいよ」

 

 言うだけ言ってフィフィの首にそれを掛けると、カワセミはまた箱を引きずって歩き出した。

 今、言われた言葉に完全に凝固させられたお団子娘を残して。

 

 

 

 蒼の長が執務室に入るのは、皆が集まる時間の少し前だ。

 本日の手紙を確認して、仕事を割り振る為だ。

 

 机に向かった所で御簾が開いて、水色の長い髪の妖精が入って来た。

「お早うございます、カワセミ。今日は早いですね」

 

 長は書類から目を離さずに言った。

 挨拶が返らないのはままあるので特に気に止めないのだが……次の瞬間膝にズシッと重量物が乗って来た。

 カワセミが音も立てずに歩いて来て床に座り、椅子上の長の膝に頭を乗せたのだ。

 

「……甘えんぼに逆戻りですか?」

 子供の頃は誰も居ないのを見計らって、こうやって頭を乗せて来た。

 さすがに最近はやらなくなっていたのだが。

 

 カワセミが生まれた時代はまだ世が荒れていて、里でも命を落とした者が多く、孤児が生じた。

 親の居ない子供は親族で養う。

 大概の孤児は何処かの家庭に収まれたが、カワセミの周囲だけ真空のように誰も居なかった。

 里で唯一の羽根のある子供を扱いあぐねたのもあったろうが、いろんな家をたらい回しにされたと聞く。

 弟子入りしてやっと、自分をキチンと育んでくれる存在に出会った。

 彼にとって蒼の長は、他の二人が思う以上に、ずっとずっと『絶対』だった。

 

 長は何も言わず、子供の頃みたいに膝に彼を乗せたまま仕事を続けた。

 屋根で小鳥の声がして、長はふっと、子供のカワセミが机の下から顔を出しそうな錯覚に襲われた。

 

 今現在のカワセミが顔を上げ、外に二人の弟子の声がした。

 カワセミは何事もなかったかのように、無言で定位置の長椅子に歩き、背をもたせ掛けた。

 

 二人が入室し、いつもの執務室の風景になる。

 

 

「ツバクロとノスリにはこれとこれ。二人一緒に午前と午後に分けて。カワセミは……う――ん……」

 長は、手紙を読み返しながら眉根を寄せる。

 

 カワセミと、他の二人も覗き込む。

 

《西の外れの山岳地帯に現れた、地面の亀裂の調査依頼》

 

「どうも、人間には見えない類いのモノみたいです。水や動植物ではなく、地面というのが気に掛かりましてね。放置して構わないモノなら良いのですが、そうじゃないと感じたら、深入りしないで戻って下さい」

 

 長は、今日から遠い東国へ出掛けて数日間留守になる。

 急な連絡は鷹を飛ばすが、いつもより遥かに到着に時間が掛かってしまう。

 

「今日は必ずカタカゴを伴って下さい。くれぐれも無理はしないように」

「はぁい」

 カワセミはいつもと変わらない喉かな返事をした。

 

 

 

 ツバクロとノスリは後々思う。

 この時、朝カワセミが身辺を片付けていた事を話してたら、長は何かを察して、何かが変わっていただろうか?

 それは誰にも分からない。

 

 預言というのが変えられるモノなのかどうかも分からない。

 カワセミのように、運命の中に粛々と歩を進める事しか、小さい存在には成す術(すべ)がないのだろうか。

 

 

 

 

 

 




挿し絵:湖 
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挿し絵:じゃあね 
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