碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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風花・Ⅲ

 ノスリとツバクロは声も出せずに固まっていた。

 放り出された石の鎖。

 考えなくても、カワセミが今までに経験した事のない術を使いに行ったのが分かる。

 追い掛けたい、だが今支えているモノを離す訳に行かない。

 

 そんな二人の前を、小柄な影が駆け抜けた。

「え……!?」

 有り得ない人影に、二人、呆然となった。

 

 

 

 奈落に飛び降りたカワセミは、やるべき事を見出していた。

 目の前の、膨れ上がってのたうつ、巨大な濁った帯。

 こいつが元凶だ。

 ぶっ飛ばして浄化してやればいい。

 

「早くあの二人を楽にしてあげなきゃ」

 

 運命に流されるばっかりが生き方じゃない。

 巫女が教えてくれたじゃないか。運命は変えられる、変えたいと強く思えば。

 

 上も下も分からない状況で、両手を掲げた。

 呪縛を解かれた手足がバランスを失う。今までに経験のない手応え。

 

「スゴくない? ハハ」

 

 魔力をバチバチ放つ、自分でも驚く大きさの槍が出来上がった。

 白熱した光が視界を覆う。

 

 

 

 ――破邪――!!

 

 

 

 

 

 ・・・・・・

 ・・・・・・・

 後から流れて来た光の粒が、清浄になった場所で新たな帯を作ってゆくのを見ている。

 それらを眺めながら、カワセミはゆっくり口の両端を上げる。

 

 ああ、眠い…………石を外しちゃったから、また長に怒られちゃう………

 

 

 最後に一瞬だけ、冷たい身体が温もったような気がした。

 

 …………なつかしい……………

 

 

 

 奈落に吸い込まれるカワセミをしっかり抱き止めているのは、誰あろう、湖の巫女だ。

 信じられない事に、地上を、自分の尾花栗毛で、空飛ぶ草の馬を追ったのだ。

 

 カワセミを追って躊躇なく奈落に飛び降り、落ちて行く彼を掴まえた。

 彼女なりの風を必死で起こして脱出を試みるが、如何せん力が足りない。

 

(このヒト、こんな、華奢だったんだ)

 この期に及んで、そんな事を考えていた。

 

(春の草原の匂いがする…………)

 

 

 ふっ……と、二人の身体が浮き上がった。

 ツバクロとノスリが疲労困憊の顔をして、二人を掴んでいた。

 何も言わず唇を結んで、両側から二人を支え、奈落を上がって行く。

 カワセミはぐったりと動かない。

 

 二人が支えていた場所は、キビタキが必死の形相で持ち上げていた。

 圧力が激減したお陰で彼でも支えられたのだが、それでも人間にしたら大した力だ。

 

「キビタキ、もういい」

 ノスリが手を差し出して引っ張り出した。

 歪みがずり落ちたが、少しの地響きで治まった。

 恐らく、近くの山の麓で土砂崩れが起こった程度だろう。

 

 五人が地上に出ると共に、裂け目は細くなって閉じ、跡形も無くなった。

 

 地上に着いても、巫女はカワセミを抱き締めたままだった。

 頬を水色の睫毛に当て、涙を流し続けている。

 だってカワセミは、冷たくなる一方で、一切反応しないのだ。

 

「カタカゴ、離して。蘇生するから!」

 ツバクロとノスリが代わる代わる蘇生術を施すが、カワセミの体内の何一つ、ピクとも動かなかった。

 

「う・そ・だ・ろ……」

 夢じゃないだろうか。

 夢なら覚めて欲しい。

 

 

「長!!」

 キビタキがかすれた声で空を見上げた。

 夜空を切り裂き、闘牙の馬を全力で駆って、蒼の長が今到着した。

 馬が地上に着く前に飛び降りて、駆け寄る。

 

「……ワ・セミ……!!」

 

「長様……助けて……助けて下さい」

 巫女がグシャグシャの顔で声を絞る。

 

 後は長の反魂術に賭けるしかない。

 皆、息をするのもはばかるように、カワセミを膝に乗せて額に手を当てる長を見つめる。

 

 ・・・・・・

 どれだけ経ったか短い時間だったのか、長は閉じていた目を開いた。

 その目は暗闇を湛えていた。

(引き上げる手が……見つからない……)

 

 巫女がうずくまって嗚咽を漏らした。

 キビタキは茫然と立ち尽くす。

 ツバクロとノスリは、今朝がたの事を幻のように反芻していた。

 

 ――ボクが将来的に住みたい所、聞いといてくれる?

 

 そうだ、カワセミはちゃんと未来を見ていた。

 こんな未来、予知していなかった筈なのに。

 

 ――命の始まる所。生命の力の集まる所。

 ――凄いはじまりの力・・

 

 二人は目を見開いて顔を見合わせた。

 今……何か……?

 

 ――長は許可を出さざるを得ないよ。彼処で無いと、ボクは生きられないんだから。

 

「!!!!」

 

 弾かれたように顔を上げた。

 

「産屋だ!!」

 

 

 ***

 

 

 ――ピュィ

 ツバクロは口笛で自分の馬を呼び寄せた。

 

「長! カワセミを!」

 説明をしている暇も聞いている暇も無いのは、皆解っていた。

 何か思い付いたこの二人に賭けるしかない。

 

 ツバクロは馬上でカワセミを抱えると、風を呼んだ。

 

 ――バアァン! 

 

 その場に走る衝撃。

 何と高空気流を地上に呼び付けたのだ。

 ツバクロは今までにない最速で、一瞬で消えた。

 

「長も、闘牙の馬で追って下さい。里の、あの、馬具置き場です!」

 ノスリが起き上がりながら急いで言う。

 巫女を庇って伏せていた長も、立ち上がって何も聞かず即発進した。

 

 ツバクロの術を除くと純粋に、闘牙の馬は里で一番早い。

 

 残った三人。

 キビタキが口を開く。

「イル、お前、カワセミの馬に乗って里へ行け。尾花栗毛は俺が預かるから。ノスリ、イルを頼むよ」

 

「お前は?」

「尾花栗毛は動かしちゃダメだ。」

 巫女の尾花栗毛はまだ息荒く、目を見開いて口から泡を垂らしている。

 主の為に能力越えて駆けたのだ。

 

「俺、回復するまで見ていてやるから。イル、そんな顔をするな、今だけは甘えろ。カワセミの側に誰が必要か、考えなくても分かるだろ」

 

 ノスリはこんな時なのに、ちょっと感動した。

 あの生意気なガキンチョだった皇子が、こんな事が言えるようになっていたなんて。

 

「巫女殿、キビタキの言う通りだ、行こう」

 ノスリは巫女をカワセミの馬に押し上げて、キビタキに敬礼し、二頭で里へ飛び立った。

 

 キビタキは空の光を見送りながら、ちょっと寂しいな、と思った。

 自分よりも子供っぽかった腹違いの姉が、久し振りに会ったら、別人のように大人びて綺麗になっていた。

 泣き顔しか見られなかった。

 次に会う時は、笑顔でいて欲しい。

 

 

 ***

 

 

 ツバクロは里の馬具置き場のパォの前に、直接着地した。

 カワセミを抱えて馬から飛び降り、転がるように中に運び込む。

 

「カ、カワセミ! カワセミィ!」

 冷えきった白い頬。

 遅過ぎたのか? 駄目……なのか?

 

 ふ・・と、空気が震えるのが分かった。

 ――!?

 

 目の前の真っ暗な空間に……黒髪豊かな女性が、幻のように現れた。

 呆気に取られるのみで、驚きも怖さも無い。

 それ程自然に当たり前に、半透明でそこに座っている。

 

「カタカゴ?」

 違う、似ているけれど別人だ。

 その女性は、両手を伸ばして、仰向けに横たわるカワセミの頭の側から頬を包んだ。

 そして何か呟く。

 

 

 すぅ……と、カワセミに息が戻った。

 

 

 その直後、外の風がパォを揺らして、長が到着した。

 

 黒髪の女性は消えていた。

 何だったんだ……?

 

 長が、カワセミの額と胸に手を当てて呼吸を安定させている間に、巫女とノスリも到着した。

 

 

 

 馬具置き場を片付けるのはゆっくり少しづつやる予定だったのが、その夜の内に突貫でやる羽目になった。

 なんせ、怖くて試せないが、此処から出すとカワセミの息が止まってしまう気がするのだ。

 

 巫女殿はカワセミにすがって感涙にむせぶ時間を少しだけ貰って、その後はツバクロやノスリと一緒に、せっせと馬具を外へ運び出した。

 

 ツバクロは長に、カワセミの親について聞いてみた。

 一瞬、あの女性はカワセミの母親ではないかと思ってしまったのだ。

 だがやはりカワセミは混血でもなく、両親とも普通に蒼の妖精だった。

 では、あの女性は? 動揺した自分の幻覚だったのか? だけれどあまりに……

 

 キビタキの元に鷹の手紙を送ったら、すぐに返事を付けて戻って来た。

 何だか麓の集落の救世主に祭り上げられて面倒な事になっているらしい。

 カワセミが息を吹き返したのを知って大喜びしていたが、人間の用事を片付けるまで来られないとの事だ。

 

 

 朝になって、里の中が騒がしくなり、オタネ婆さんも飛んで来た。

 驚いた事にフィフィが、パォの内壁の掃除を手伝った。

 巫女とは会話しなかったが、あからさまに目を反らすような真似はしなかった。

 

 巫女はカワセミが目を開くのを見届けて、湖に帰るつもりだった。

 その時は……カワセミは、回復すれば目を覚ますと、誰もが思っていた。

 

 

 

 

 




***腹違いの姉***
イルアルティの実のお父さんはテムジン王です
お母さんは、お腹に彼女がいるのを隠して、王の前から姿を消しました
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