碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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蛍火・Ⅱ

 魔のモノが動き出すのは、だいたい逢魔が刻、又は朝まづめ夕まづめの風が止まる時だ。

 真昼や真夜中はあまり無い。

 だから日の高い内に蒼の里に用事を済ませに行ったのに、妙な事で時間を喰って、夕まづめギリギリになってしまった。

 

「まったくあの二人、着る物なんてどうでもいいじゃないか、誰に見せる訳でもなし」

 

 これ迄、三日間監視を続けて、分かった事。

 向こうは『意図して』潜んでいる。

 ある程度の知性があって、こちらに対して良い感情を持っていない。

 ただし、そんなに利口ではない。そして臆病。

 自分の居なくなった隙、魔の物が力を発揮出来る夕まづめに、油断して捕食に動き出すだろう。

 今がチャンスなんだ。

 

 馬を最速で飛ばせて、夕まづめの風の止まる時間に湖に到着出来た。

「ほら、やっぱり」

 水中にうねりが見える。

 大きな魚にしては、水面は乱れていない。

 やはり、コトワリのズレたモノ。

 

 うねりの真上まで一気に飛んだ。

 こちらに気付いてうねりは消える。

「もう遅い。捉えた」

 カワセミは既に印を結んでその中に、湖の中のモノを掴まえていた。

 

 真実を見据える目!!

 やっと自分の本領だ。

 これさえ出来れば、女の子だの着る物だの、自分の人生には無くても良い。

 

 水面少し上で馬を停止させる。

 真下に『何か』が渦巻いてる。

 逃げたいのに動けず、苛立っているのが分かる。

 

 注意深く宜詞を唱えながら、その隙間から深く問い掛ける。

 ・・キミは、ナニモノ? さぁ、教えて・・

 

 相手の内面に踏み込もうとした、その瞬間! 

 水の中に巨大な二つ眼がカッと光った。

 同時に、垂直の水柱!

 

「いきなり襲うかっ!?」

 馬を斜めに飛ばして水柱を避ける。

 

 『それ』が再度襲って来る。

 臆病モノが暴れると厄介なんだ。ひとまず射程から離れて。

 カワセミは岸を目指して馬を駆った。

 

「あ、あのバカ・・!!」

 目指す岸に、女の子が風呂敷包みを抱えて、のこのこ歩いているのが見えた。

 

「あっちは駄目だ!」

 馬を急転回させたので、水柱の直撃を喰らってしまった。

 それでも馬は良く耐えて、傾きながらも、岸まで走り込んでくれた。

 

 水際で馬から転がり下りながら、叫ぶ。

「目的はこいつの正体だけ! 中身が分かり次第逃げるからね!」

 

 馬は素直に飛沫(しぶき)のかからない場所まで下がって、四肢を揃えて待機の姿勢を取った。

 

 カワセミは湖に向かってスクと立ち、水柱を上げて迫り来るモノに対峙した。

 印を結び、相手に意識を集中する。

 

 大分、我を忘れている。

 だけれど、怒りじゃない。

 怖れ、狼狽、錯乱・・

 大丈夫、入り込む余地はある。

 哀シィ、寂シィ…… えっ?

 

 不意に、斜め後ろから衝撃波が飛んで来た。

 自分の横を掠めて、湖に向かって放たれている。

 

「ツバクロ!?」

 違う、ツバクロのカマイタチより遥かに貧弱だし、第一ツバクロは正体を見極めてないモノを攻撃したりしない。

 

 今集中を切って振り返る訳に行かない。

「よせ!!」

 後ろに居る者に一喝する。

 が、遅かった。

 声より前に二発目の衝撃が放たれ、目の前のモノに命中してしまった。

 

 たちまちそれは猛り狂い、水面に踊り上がった。

「大ナマズ!!」

 

 瞬間カワセミは、ナマズの正体を読み切った。

 

 ナマズは怒りに目が眩んで、手当たり次第攻撃する勢いだ。

 カワセミが振り向くと、あの女の子が真っ青になって、両手を前に突き出していた。

 何で人間が術を使う!?

 

 ナマズは暴れて、女の子は手の中の風を再度投げようとしている。

「よせってば!!」

 カワセミは両手を広げて、ナマズを背に、女の子の真正面に立ちはだかった。

 術がカワセミの肩をかすめて、首の鎖が切れ、石がバラバラに飛び散った。

 

 ナマズはホンの一瞬怯んだ。

 その隙間に、最大限の力で飛ばした意識を捩じ込む。

 

 ――聞けよ、落ち着け!

 

 ――アァアア、イタイ、イタイイタイ、ニクイ、コワイ、アッチイケ、キエロ。

 

 ――もう何もしない。怖い事はしない。キミと話をしたい。

 

 ――ウソ、ウソウソウソ。

 

 ――・・・・

 ――――・・・・・

 ――――……………

 

 何十回か意識を飛ばして、ナマズは聞く耳を持ってくれた。

 元々穏やかなモノだったのだろう。一度通じると、後はちゃんとやり取りが成立した。

 

 カワセミはナマズにきちんと正面向いて、印を結ぶ。

 背後に女の子の視線を感じるが無視して、ナマズとの交流に専念した。

 

 こういう相手に、うわべの言葉は意味がない。

 真摯な心をさらけるのみだ。

 多分、一番カワセミ向けの仕事。

 

 やがて、ナマズは波一つ立てず、静かに水底に沈んで行った。

 

 

(さてと……)

 背後にはまだ女の子の気配がする。

 カワセミは湖の方を見たまま言った。

「帰りなさい」

 

「あっ……あのあの……あれ、何なの?」

「人間は知らなくていいです。帰りなさい」

「あの、ごめんなさい、貴方を助けたくて」

 

「ボクの言う事を聞く気があるのなら、二度と術なんて使っちゃダメです。帰りなさい」

「……………」

 

 後ろに、馬で駆け去る気配。

 

 数分その場に立ち尽くした後、カワセミはヘナヘナとしゃがみ込んだ。

「はあ・・疲れた・・・」

 

 あれは湖の主だ。

 元々ただの大きなナマズだったのが、水辺を荒らす人間への憎しみが、たまたま居合わせた精霊と同調(シンクロ)して、エネルギーを貰って、魔のモノへと変化してしまった。

 人間が水への慈しみを忘れて傲慢になるのは、何時の世も同じ事。

 

 あのナマズは導き次第で湖の守り神になれる。

 後は長に任せよう。

 

「……………」

 足元に飛び散った護り石に目をやると、脱力と落ち込みが一気に来た。

 

 あの女の子も所詮人間だ。

 武器を手にすると訳も分からず攻撃する。

 何で術を使える様になったかは不思議だが……後で長に聞いてみよう……

 

 今は、取り敢えず……そう……帰って……報告……でも…………ね……む……い……………

 

 波打ち際の濡れた砂の上に、両手を前に投げ出して、横向きに倒れてしまった妖精がいた。

 あまり体力の無いカワセミが度を越えて頑張りすぎるとこうなる。

 ペース配分って事が出来ない。いつだって一杯一杯なんだから。

 

 

 

 あったかい…………

 岸辺で寝ちゃってた筈だ。

 ノスリが来てくれたのかな?

 

 だんだんに意識が戻って、近くで焚き火が燃えているのが分かった。

 温かいのは、自分の頭の下にある誰かの体温だという事も。

 

 ノスリ……? ・・違!!

 意識が飛び起きた。

 上半身を跳ね上げると、目の前にびっくりした女の子の顔があった。

 

「ぇ……ぁ………」

 目の前真っ暗。

 

「急に起き上がるから貧血起こすんです」

 十本の細い指に頭を掬(すく)われて、膝に戻された。

 何が何だか分からない……

 

「貴方の馬が呼びに来てくれたんです。ただならない声で鳴いて騒いで。着いて戻ったら貴方が倒れていて」

 

 草の馬が人間に助けを? ちょっと信じられない。

 目を閉じた状態で自分の馬の気配を手繰ると、林の奥で、彼女の尾花栗毛と仲良さそうに並んでいる。

(ちゃっかりしてる……)

 

 女の子は小さなハンカチ包みをカワセミの手に乗せた。

「石、大事なものですか? 一応拾って置きました」

 

 屈辱だ。

 ぶっ倒れた上に、無知な人間の世話になって。

 長に知られる前に地べたに溶けてしまいたい。

 

「心配しちゃ、ダメですか?」

「…………」

「人間は、貴方を心配しちゃダメですか? 初めて逢った時から心配で、心配で、放って置けなかったけれど、何をすれば貴方の助けになれるのか分からなくて……すみません」

 

「……今は助けになっています。少し寝かせて下さい」

 

 カワセミは顔を腕で覆って丸くなった。

 何だか色々言われるのが面倒くさくなった。

 何も考えるのを止めたら…………この場所は、心地良かった。

 安心して眠れた。

 

 

 

 やや離れた草むら。

 潜む、二つの影。

「すんげぇ、ずっと膝枕してんぞ」

「凄いの?」

「膝枕ってのは愛情のバロメーターだ。頭って重いんだぞ」

「ふうん」

 

 蒼の妖精の青年二人がこっそり様子見に訪れた時には、すべて終わって、カワセミが女の子の膝枕スヤァの真っ最中だった。

 これは……手を出すのは野暮ってもんだろ。

 

「いやあいつめっちゃ寝るな。いつ知り合ったんだ? あんな超絶可愛い娘(コ)」

「複雑かい?」

「は、何が?」

「相方を奪われた気分? とか」

 

「バカ言うな。あいつはもうちょっと、色んな事に気が行く余裕が出来りゃいいと思っていたんだ。まぁ、あいつが色々大変なのは分かってたんだが」

「うん」

 

「あいつの頭、洗って置いてやって良かったな」

「はは……」

 

 

 ***

 

 

 ・・・・

 ・・・・・・

 

 枕が揺れて覚醒した。

 えっと……?

 

「すみません、起こしちゃいましたか」

 女の子が目の前の焚き火に薪を放り込んだ所だった。

 

 カワセミは努めてゆるゆると起き上がった。

 今度は貧血を起こさずに済んだ。

 無言で女の子から離れて、焚き火の反対側に這って行く。

 

 辺りは靄(もや)が覆っていて、林の奥でブッポウソウが鳴いている。

 しばらくその声と焚き火のはぜる音を聞いていた。

 

「……ボク、もう大丈夫。キミ、家族が心配するんじゃないの」

 

「ウチは平気です。家族も慣れているし」

「…………」

「あ、別に苛められてるとかじゃなくて。みんな優しいけれど……血縁じゃないし、肌の色が違うし、多分民族も違うし」

 

 女の子は立ち上がって、辺りの落ち枝を集め始めた。

 手慣れた感じだ。

 

「小さい時はそうでも無かったんだけれど、兄弟みんな年頃になると、何かこう気を使われて……一人で焚き火を眺めてボーとしている方が落ち着けるっていうか」

「…………」

「ごめんなさい。つまんないですよね、こんな話」

 

「キミが話したいんなら聞いているよ」

 

 枝が投入されて、焚き火はパチパチとはぜて大きくなった。

 

「家族も、何となく分かっているから、好きにさせてくれているの。私が『見えざるモノ』を見て、『聞こえない声』を聞くの」

 

「……風も使えるのか」

 

 女の子は罰悪そうに頷いた。

 

「子供の頃ね、私、この辺りの競馬(くらべうま)で敵無しだったんですよ。神童とか持て囃されて。でも蒼の長様が、それは風の魔法を使っているからだって教えて下さった。本当の私はただの平凡な女の子。長様は、私を生んだお母さんに死に際に頼まれたから、たまに様子を見に来てくれていただけだって。何だかなぁ、衝撃だったな、色々」

「…………」

 

「長様が仰るには、私の本当のお父さんもお母さんも、薄ぅく蒼の妖精の血が入っていたんだって。そんな二人が巡り合って私が生まれて、そしたら先祖返りな力が現れちゃった。でもね、人間だから、人間としてまっとうな人生を送りなさいって」

 

「長が正しい。ボクもそう思う」

 

 女の子は棒で焚き火を弄くった。

 オレンジの火の粉が上がり、靄(もや)の中に吸い込まれる。

 

「貴方もそう言うのね。妖精が見えるのも、風に乗って馬で駆けるのが大好きなのも、皆私なのに。それが嘘だって言うのなら、本当の私って何処に在るのかしら」

 

 火の粉は闇に吸い込まれ続ける。

 カワセミは返事出来なかった。

 正直、何と言っていいのか分からなかった。

 人間で、家族もいて、人間の人生をまっとうに生きる事の何が不満なのか。

 

「ね、貴方は、長様のお手伝いをしているのですか?」

 いきなり話題を変えられた。

 

「……ボクは長の弟子だから。長の補佐は任務だ」

 

「お仕事なの? 長様のお弟子さんは、いつもあんな危なそうな事をやっているの? 私、貴方がシンじゃうかと思ったわ」

 女の子は棒で炭を叩いた。

 火の粉が飛び、危うげな表情ががオレンジに照らされる。

 

「さあ、他の弟子達は分からないけれど、ボクはそれでもいいと思っている」

 

「……いいなあ」

 

 カワセミは女の子を二度見した。

 今、羨ましがられた?

 彼女は膝を抱えて両腕の間に顎を埋め、夢見るような表情をしている。

 

「私もそんな風に、お父さ・・長様の役に立ちたい、命を掛けてみたい。なのにあのヒトの私に対する望みは、人間としてまっとうに生きる事だけだなんて」

 

 カワセミは唖然と口を開けて、女の子をマジマジ見つめた。

 この娘(こ)が長と会って話をしたのって、多分ホンの少しだろ?

 それで何でそこまで、潤んだ瞳で語れるんだ?

 

「ああ、ごめんなさい。こんな話されても困りますよね。ちょっと言ってみたかっただけです。そう、忘れて忘れて、ああ・・もぉお」

 女の子はいきなり真っ赤になって、背を向けて横になった。

「おやすみなさいっ」

 

 訳が分からない。

 これが、ノスリやツバクロがよく言っている、女の子の謎と神秘って奴か?

 

 ブッポウソウはもう鳴いていず、焚き火の音だけパチパチと響く。

 カワセミはその音越しに、ポツリと呟いた。

 

「独り言だけれどね」

 

 丸まったままの女の子がピクンと揺れた。

 

「昼間の大ナマズ、主だったのが過ぎた力を付けて、今、魔性の一歩手前。でも悪い心は持っていない。寂しくてひねくれているだけ。ちゃんと導けば湖の守り神になれる。その説得はボクじゃ無理だから、蒼の長が来られる」

 

 女の子は跳ね起きた。

「本当!? いつですか? 明日、あさって? 教えて下さい。邪魔をしないようこっそりお姿を見に来るだけだから」

 

「見るだけじゃなくて、話をすればいいじゃないか」

 

 女の子は黒い瞳を真ん丸に見開いて、カワセミを凝視した。

 

「勿論用事が終わってからだけれど。キミのそういう気持ち、みんなぶちまければ? 言ったって多分何も変わらないけれど。そうやってモヤモヤしているのに区切りは付けられるんじゃない?」

 

「お、長様、困るでしょう?」

 

「そんな無茶苦茶は困らないと思うよ、蒼の長だし。それよりキミにとって、『本当の自分』をさらけて踏ん切りを付けて、フラフラするのを止める方が大切なんじゃないの?」

 

 それからカワセミは、枝を手に取って赤い炭を細かくつついた。

 火の粉が渦を巻いて、今までと違って高く高く昇り、靄の中で乱反射しながら溶けて行く。

 

 女の子は黙ってそれを見ていた。

 

「ボク達妖精から見ると、人間の一生は本当に短い。その短い一生に、何で伝えたい気持ちの一つも伝えないんだ……って思う」

 

 見上げる火の粉の中に、消えないでいつまでも漂っている光がある。

 薄緑に明滅しながら飛ぶ蛍だった。

 よく見ると頭上の樹の中に、焚き火に惹かれた蛍が、星のように散らばってた。

 

 チラチラする光の樹を見上げながら、女の子は目をしばたかせた。

「心配していたヒトに心配されちゃった。……ありがとう」

 

 

 

 困ってしまった二人組が居た。

 カワセミに思う存分膝枕を堪能させてやってから連れ帰ろうと、登場するタイミングを伺っていたのだが……とてもじゃないけれど、割り込める状況ではなくなってしまった。

 二人、気配を殺して焚き火の側の藪を離れる。

 

「ありゃあ冷やかしようも無いぜ」

「カワセミがあそこまで『出来る奴』だったとは。今驚きの余り脳が痺れて何も考えられない」

 

「百点満点で何点だ? ツバクロ先生」

「九十六点」

「何だその微妙さ加減。足りない四点は何だよ」

「長が受け流さないで大真面目に悩む可能性を、軽視している」

「ああ、そいつぁ困る。あのヒト意外とそっち方面弱いからな、蒼の長のくせに」

「そうなったら僕らでフォローするしかない。カワセミの奴、長に全幅の信頼があり過ぎるから。あのヒトだって弱点はあるんだぞ、まったく……」

 

 遠くの焚き火のシルエットを見ると、片方は寝入り、片方は焚き火の世話をしながら起きている。

 慣れない焚き火番を朝までやるつもりなんだ。

 

「あいつ、気持ち気持ちって、自分の気持ちは?」

 二人、暗闇の中に染み入るような、蛍火を見つめる。

 

「ねぇノスリ、僕達、ここに来なかった。何も見てない、聞いてない」

「ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

 




挿し絵:カワセミ 
【挿絵表示】

挿し絵:蛍火 
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