碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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風花・Ⅵ

 帰りの馬上でカタカゴは、本当に一言も喋らなくなった。

 ツバクロは後悔に押し潰されそうだった。

 

 巫女がそら恐ろしい。

 こんな娘だっけ?

 自分が知らなかっただけで、元々こういう暗黒面を隠し持っていたのだろうか。

 

 

 里にはまだ暗い内に到着し、目立たないように里裏の放牧地の方に馬を降ろした。

 カワセミのパォは灌木帯を挟んだすぐそこだ。

 

 巫女は馬を下りるや、銀の羽根を胸に抱いて走り出した。

 ツバクロが慌てて追い掛け、パォの入り口を潜(くぐ)ると、彼女は息を突きながら、眠れるカワセミに銀の羽根をかざそうとしていた。

 

 本当にやらせてもいいのか?

 でも、でも、今ここでカワセミが目を開いてくれたら……

 

 羽根の一本一本の被毛が小刻みに震え、何らかの魔法が発動しているのは分かる。

(このまま僕が目を逸らして見過ごしていれば・・)

 

 突然後ろから肩を掴まれ、押し退けられた。

 入って来た者が飛ぶように部屋を横切り、巫女の手首を掴む。

 

「長・・!」

 

 顔色を蒼白にした長が、両手でカタカゴの腕を引き上げていた。

 巫女は痛みに顔を歪めているが、無言だ。

 

「お、長、あの、あの……」

 

「風出流山の神殿ですね」

 

 経験の無い険しい言われように、ツバクロは声を震わせた。

「は、はぃ……」

 

「貴方に教えて置かなかったのは私の失態でした。彼処に飛べる能力はあったのに」

「あ、あの、すみません……」

 

「どうしてあんな連中などの所に! どうして・・!!」

 

 ツバクロは頭の先から串刺しされたように硬直した。

 そこまで取り乱す程、駄目な事だったのか。

 今日この時まで、このヒトに背いた事など一度も無かったのに。

 

 対して、冷静な声が響いた。

「そうですね、何であんなヒト達に頼ってしまったのでしょう」

 巫女の乾いた声に、ツバクロは顔を上げた。

 え? 何、それ!?

 

「騙されました、何の効果も無かったわ、こんなモノ」

 言葉と同時に、持っていた銀の羽根を地面に叩き付ける。

 

(ええええ――っ!!)

 それが跳ね返って開いた戸口から放り出されるのを唖然と見やりながら、ツバクロは心の中で大絶叫した。

 僕に長を裏切らせておいて、それって何なんだよ――っ!!

 

「長様、私はツバクロ殿を騙しました。簡単に嘘に乗って頂いて、素直な方で助かりました」

 

 ツバクロの首筋は怒りを通り越して、ヒュッと冷たくなった。

 

「カワセミ殿にも必要でなくなった事だし、もう私はお払い箱ですよね。何というか、せいせいしました。どうぞ追放して下さい。主殿にも宜しくお伝え下さい。さようなら」

 読み上げるように訥々と喋って、巫女は出て行こうとする。

 確かに蒼の里は、入るのは空からのみだが、出るだけなら容易なのだ。

 そのまま歩いて、誰も知らない何処へでも行けるのだろう。

 

 

 ***

 

 

 凍て付いて動けないツバクロを避けて、長が素早く巫女の正面に回って、奥のベッドの方まで押し戻した。

「二重の魔法……ですね」

「…………」

 

「代償を払って始めて発動する魔法。連中は貴女に何を払えと言いました? 外で羽根を拾って里を出て、何をするつもりです?」

 

 ツバクロは更に凍り付く。

 巫女は動揺を隠すように押し黙ったままだ。

 

「連中の考えている事などひとつです。カワセミの目覚めと引き換えに、生け贄を要求されましたね。この子の息を含ませた羽根で、自らの喉を突けば良いと言われたのでしょう」

 

 巫女が、サッとしゃがんで長の脇を低い姿勢で駆け抜けようとした。

 衝撃を受けている場合じゃないと、ツバクロは慌てて立ち塞がる。

 が、長もツバクロも触れないのに、巫女は止まった。

 

 まっすぐ後ろに伸びた、彼女のひと房の黒髪に、骨張った指が引っ掛かっていた。

 ベッドのカワセミは睫毛を閉じて眠ったままだ。

 ずり落ちたのか偶然か、何でか指が、一本の指先だけが、巫女の髪の裾を絡ませていた。

 

「…………」

 巫女は動けずにいた。

 指一本など振り払うのは容易い筈だが。

 

「貴女はカワセミの事など少しも考えていない。そんな方法で目覚めたとして、その後この子がどんな一生を送るというのです?」

 

 少女の、黒髪を顔に掛けた能面みたいな表情が崩れて、大粒の雫がホトホトと落ちた。

 

 長は厳しい(当たり前だが)、自分が何か慰めてやらなきゃと、口を開きかけたツバクロが、また後ろから突き飛ばされた。

 

「だあ゛――――っ」

 

 凄い勢いで駆け込んで来た赤い塊(かたまり)が巫女に飛び付き、尻餅を付かせた。

「この馬鹿っ お前、何処に行ったんだっ!」

 赤毛の皇子が、巫女の両肩を掴んで凄い勢いでガクガクと揺さぶっている。

「母さんが夜中に山の方に飛ぶ草の馬を見て、慌てて知らせてくれたんだ。あんな連中に頼るなんて、何でそんな事考え付く? アホ! あいつら、俺とかお前を利用して、蒼の里に干渉する事しか考えちゃいないんだよ。一番頼っちゃいけない相手だろうが!」

 

 長はちょっとたじろいだ。

 この子にそんな話をした覚えは無いのだが…………妹か。

 

「あ、あのっ」

 ツバクロはやっと口を挟めた。

「聞かない方がいい事柄なら、外しますがっ」

 

 長もやっと彼が蚊帳の外になっている事に気が行った。

 

「何? ツバクロに話してないの? 一番高く飛べるのに。長も大概だな」

「キ、キビタキ……」

「あのね、あそこに巣食ってんのは、風の民の先祖の亡霊。モーシュー? ザンリューソーネンだっけ、何かそんなの」

 

「先祖? 我々の祖先……ですか?」

 

「そうですけれど、ツバクロ……」

 

「悪い方のご先祖サマ。その悪いヒト達と決別して山を下りた良い方のご先祖サマが、蒼の一族になったの」

 

 長は肩を下ろして脱力した。

 弟子にどう伝えようかと悩んでいた事を、この少年は一瞬でまとめてしまった。

 

 キビタキはへたりこんだままの巫女に、髪に絡んでいたカワセミの手を握らせた。

「俺達がどんだけ言ってもイルはアホだから。カワセミに誓え。二度とこんな事しませんって誓えよ、ほら」

 

 皇子の勢いで、泣きべそだった巫女は、骨張った手を両手で挟んだ。

 そのまま目を閉じて、ヘナヘナとうずくまる。

 

 残った三人も床に車座になって、肩を下ろした。

 長が改まって、ツバクロに説明を始めた。

「何年か前に、伝承でしかなかった風の民の神殿を見付けて、封印を解いてしまったヤンチャな子供達がいましてね」

 

「ワザとじゃないよ、母さんの病気の治し方を調べていたら、たまたま行き当たっただけだもん」

 

「あ、あそこまで飛んだの、キビタキが?」

 

「子供達に闘牙の馬を盗まれた、ボンクラな蒼の長がいましてね」

 

「…………」

 

「人聞きが悪いなあ、ちょっと借りただけじゃん」

 

 長が言うには、二人の人間の子供達は、今は落ち着いたが、幼少時はかなりピーキーに能力を炸裂させていたらしい。

 だからキビタキには妖精の教育をほどこし、イルアルティからも目を離さなかった。

 

「彼らに神殿の中身を聞きまして、一度だけ覗きに行きました」

 

「あ、それ聞いてない。長、あそこ行ったんだ。罠は大丈夫だった? 嫌味な奴らだったろ」

 

「結論から言うとね、関わってはいけないモノ達です、ツバクロ」

 

「……はい」

 返事はしたが、ツバクロは釈然としない。

 自分達よりもキビタキや巫女の方が詳しいなんて。

「では銀の羽根も悪しき物ですか」

 

「ああ、そう、キビタキ、回収して来て下さい。焚き上げなくては」

 言われて皇子は外に出て行った。

 

「僕には見えませんでした、神殿とやら」

 

「それは凄く良かった。あんな物、認識出来ない方がいいんですよ」

 

 凄い嫌い様だな。

 長への信用は揺るがないし従うつもりだが、このヒトにここまで嫌われる『悪いご先祖』とやらに、興味が湧いてしまったではないか。

 

 戸口の御簾の隙間から、キビタキが顔を出した。

「えっと、銀の羽根? 無いよ。俺が来た時だって、それらしき物は落ちていなかったし」

 

 ――!!??

 

 

 

 

 




***トルイとイルの冒険***
少年少女が神殿を冒険するおはなしは、『金銀砂子』というタイトルで、ホムペの方で公開していますが、きちんと書き直してからこちらでも公開したいと思っております。
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