碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

21 / 30
風花・Ⅶ

「あっ! あ、あ、あ・・!!」

 

 背中を向けてカワセミの手を握っていた巫女が、いきなり叫んだ。

 三人、慌ててカワセミを覗きに行く。しかし水色の妖精は何も変わりない。

 目を見開いて恐ろしいモノを見た顔をしているのは、巫女だ。

 両手はまだカワセミの手に繋がれている。

 

「カタカゴ、どうしました?」

 

「……馬具置き場! 新しい方の馬具置き場です、あそこは!」

 叫んで巫女は、手を離してフラフラと、出口に向けて歩き出した。

 

「長、行きます!」

 ツバクロが判断早く飛び出した。

 キビタキも後に続く。

 

 長は転びそうなカタカゴを支えて座らせた。

「落ち着いて、落ち着いて……何を見たんです?」

 自分も経験があるが、カワセミの手を通して、彼の透視したビジョンを見る事がある。

 見せられた後は、少なからずのダメージを受ける。

 しかし今、カワセミは……?

 

 長は、巫女の頭を撫でながら、今一度ベッドの妖精を覗き見た。

 カワセミはやはり静かに眠っている。

 

 

 ツバクロとキビタキはとにかく放牧地の馬具置き場へ走った。

 

「うわっ!」

 角で、ノスリと鉢合わせする。

「おぅ? 起きたらお前おらんし」

 

「ごめん!」

 二人、駆け抜ける。

 

「おおい!」

 分からないまま、ノスリも追い掛けた。

 

 朝陽が昇りかけている。

 薄い光に照らされる馬具置き場の入り口を思いきり跳ね上げた。

 

 ――!!

 オレンジの細い光の中、オレンジ色のリボンで髪を結った娘が、銀の羽根を握りしめてガクガク震えている。

 錐(きり)のような柄が喉に押し当てられていた。

 

「うあああ――――!!」

 後ろから飛び込んだノスリが、二人を突き飛ばして娘に飛び付いた。

 鋭い柄先がノスリの腕をかすめる。

 

「何やってる! 何を・・!」

 押さえ付けたノスリの手の下で、娘は目の焦点も合わずただ震えている。

 

 長も来て、その有り様に顔色を変えた。

「フィフィ……」

 

 ノスリが手を緩めて、リボンが解けてざんばら頭になった娘を抱え起こした。

 長が屈み、額に手を当てる。

「落ち着いて、ゆっくり息を吐きなさい……ゆっくり……」

 

 フィフィはまだ目を見開いたまま、まばたきもしない。

「長、こいつ、こんな事するタマじゃありません! 悪い呪いか、魔物に憑かれたか」

 

 ツバクロがノスリの肩を触って首を振る。

「おい、どういう事なんだ。お前ら知っているのか?」

 

「……はあ、ふぅう……」

 フィフィの痙攣がやっと解けた。

 

 長は優しい口調で話し掛ける。

「パォの外で、話を聞いてしまったのですね?」

 フィフィは声の出し方も忘れてしまったように、たどたどしく答える。

「ごめ、なさ……カワセミ、目覚めさせる……って……から……つい……」

 

 その後キビタキが馬で飛んで来るのを見て、急いで羽根だけ拾ってここまで走ったのだろう。

 ノスリ以外の皆、凍り付く思いだ。カタカゴならともかく、この娘が何でこんな真似をする?

 

「だ、だって……ノスリ……昨日、死にそうな顔で、長の所から出て来て……ノスリのあんな顔、見た事なくて……」

 ビー玉のような目から涙がボロボロこぼれる。

「昨日から、そればっかり考えてて……どうしたらノスリ元気になるかな、また笑えるようになるかな……そしたら、羽根が喋ったの。『カンタンダヨ』って……」

 

「ノスリは二度と笑えなくなりますよ」

 長は羽根を睨み付け、手の中でメラメラと燃しながら言った。感情を抑えているが、声の震えは抑え切れない。

 

「長、どういう事なんです!? ツバクロ、教えてくれ!!」

 一人事情の分からないノスリが叫ぶ。

 

 キビタキが口を開く前に、フィフィが口走った。

「誰かの命でカワセミを目覚めさせる事が出来るって。巫女がやろうとして長様に叱られているのを外で聞いたの。だから……」

 

 ノスリも唖然とした。

「そりゃ……そりゃ、また……」

 長は頭に手をやって首を振る。

「もう沢山です。ツバクロ、解ったでしょう、何で禁忌なのか。誰かの犠牲で誰かを助けられる便利な術。そんな物があったら皆が皆、自分勝手な自己犠牲に走るに決まっています。そしてその次には、知識の無い者をたぶらかして生け贄にするのが常習になる。それが我々の祖先の正体です」

 

 ツバクロはやっと解した。

 何で長が自分達には話してくれなかったか。

 話せなかったんだ、まだこれから真っ直ぐ上に伸びねばならない自分達には。

 背筋か凍る。何という代物を里に入り込ませてしまったのか。

 

「そもそも亡霊どもが、何でカタカゴに簡単に羽根を与えたか。自分達を封印した者の末裔が、結局欲に駆られて神殿に戻るのを、手ぐすね引いて待っているんですよ。羽根ひとつ野に降ろせばそれが起こり得ると、ほくそ笑んでいるんです」

 

 長は心底憤っていた。

 これは遠回りに里に忍び寄る侵略なのだ。

 ヒトがヒトを愛する心につけ込んで。

 

 フィフィは長の言う事の半分も理解出来ない風だが、下を向いて粛々と聞いている。

 その頭にノスリが手を置いた。

 

「馬鹿」

「うぅ、だって……」

「だって、なんだ?」

「巫女が犠牲になってカワセミを目覚めさせたら、私もう一生あのヒトに勝てないじゃないの」

「…………」

 

 

 ***

 

 

 朝陽が昇りきり、辺りはすっかり明るくなった。

 皆にコンコンと説教されたフィフィは、ノスリに支えられながら馬具置き場を出た。

「まったく、何だってこんな所で……お前、暗くて狭いの大嫌いだったろ」

 

「だって、一番の思い出の場所だもん」

「は?」

 新設されたばかりの馬具置き場が?

 

「告白して貰った。ノスリに昨日。凄い嬉しかった場所だから」

 

 ツバクロとキビタキと、長までもが、音もなく立ち止まって『え、今なんて?』という顔で振り向いた。

 当のノスリが一番びっくりしている。

 

「ノスリ、何つったの?」

 キビタキが単純に聞いた。

 ノスリだって知りたい。

 

「世界一好きだって。一生俺の好きなお前でいろって」

 

「…………」

 いや、何かそんな言葉は喋った気がするが、多分配置が違う。

 第一『お団子』が抜けている。

 

 後々ツバクロに、「女の子って自分に都合のいい単語しか聞いていないから」と教えられたけれど、後の祭りだ。

 

 

「長様」

 巫女が歩いて来て、ノスリは言い訳の機会を失した。

「フィフィさんに、カワセミ殿が、話したいそうです」

 

「えっ?」

 

 全員ほぼ同時に声をあげた。

 

 

 ***

 

 

 一同カワセミのパォに戻り、巫女がフィフィをベッドサイドに導く。

 カワセミは睫毛を閉じたままだ。

 その右手を取って、フィフィに促す。

「頭の中へ直接話されるそうです」

 

 あまりにいきなり過ぎて一同声も出せない中、フィフィは恐々とその手を自分の手に乗せる。

 

 時間にして数秒………

 

 ふ、と手を離して、どんな話をしたのか皆が戦々恐々視線を集わせる中。

 

「あれ?」

 フィフィは頓狂な声を上げた。

「私、いつ、中に入ったっけ?」

 そして、室内の人数が多いのにたじろいだ。

 

「そう、コレ、コレを貴女にあげようと思ったの」

 今初めて会ったように巫女に向いて、ポケットから小さな櫛を出した。

 

「ありがとうございます」

 巫女は両手で受け取り、目を細めてフィフィを見つめる。

 

「??……あ? え、きゃああっ、何私この頭っ!?」

 自分の髪がざんばらなのに気付いたフィフィは、真っ赤になってアワアワ言いながら、入り口から飛び出して行った。

 

「……どういうコト……?」

 

 一同の疑問を巫女が受ける。

「カワセミ殿の判断です。フィフィさんは、ここに近付いた後の事は覚えていません」

 

「…………」

 そんな術、いつの間に出来るように? いやその前に。

「起きてるの? カワセミ」

 

 フィフィの後すぐにカワセミに寄って手を握っていた長が、手を離して立ち上がった。

「もう眠ってしまいました」

 

「え――俺も話したかったぁ」

 キビタキが遠慮なしにぶぅたれた。

 

「生きる力がとても少ないので、最低限の事しか出来ないようです。ほんの僅かに覚醒した時に、握った手から意識のやり取りをする程度。それでも……」

 長は水色の髪をくしゃくしゃと撫でる。

「私達と一緒に歩む心持ちなようです」

 

 ツバクロは、大柄な相棒がここまで涙でぐしゃぐしゃになっているのを初めて見た。

 元より今の自分だってきっとそうだ。

 

 巫女が、すぅ……とカワセミの頭近くに歩み寄る。

「長様、お願いがございます」

 

「何です?」

 弟子達の様子に目を細めていた長は、ハッと彼女に向き直った。

 

「湖の巫女の任を解いて下さい」

「……何故です?」

 

 じっと見据える長に物怖じせずに、巫女は涼やかに答えた。

「この方の側に居て、依り代として言葉を受け取る者になりたいです。やっと見つけました。これが私の『在るべき場所』です」

 

 

 ***

 

 

「駄目なんですか? 長」

 

 キビタキを見送って、執務室で本日の仕事の準備をしながら、ノスリとツバクロは聞いた。

 カタカゴの要望への返事を、長が保留にしたからだ。

 

「里の古い大人なんて強引に押し切っちまえばいいんだ。夢の中でも仕事する程健気な奴なんだから、好きな女の子に側に居て貰うくらいの特典、あったっていいじゃないか」

 ノスリの言い分は思いっ切りそのまんまで清々しい。

 

「あの、何ならフィフィとか僕の親族位なら手を回して、彼女が少しでも居やすいように……」

 

「そうじゃないんですよ」

 長は書きかけの回覧状から顔を上げた。

「そういう問題じゃないんです。貴方達、思い返してご覧なさい。カタカゴがキッパリ線を引いて、頑なに蒼の里へ足を踏み入れなかった事を」

 

 二人は顔を見合わせて、怪訝な面持ちで頷いた。

 

「あの子は、『妖精は人間の生業に手出ししない』という掟を、誰よりも理解している。妖精の力を持って生まれて、人間社会で悩みながら生きて来たからです。その彼女が今度はこちら側の住民になると言う。それは、あちら側とは切れると言う意味です。里から足を踏み出さず、人間の家族とも二度と逢わないと言う誓いなのですよ」

 

「は、何でそこまで?」

「そんな掟、無いですよね?」

 

「あの子はそういう娘です。岩塩のように頑固だ。誰に似たんだか……」

 

 ああ、頑なに口を閉ざして名前すら語ってくれなかったあの女性(ヒト)に

(そっくりですね……)

 

 長は回覧状を書き終わった。

 里の古い大人に回して、今晩説明の運びになる。

 やれやれ…………

 

 

 ***

 

 

 冬枯れの湖を訪れる一人の男性。

 馬を降りて、湖畔のお堂と庵に近寄る。

 庵は冬囲いの準備が途中だ。

 馬房は乾き、暖炉にはもう何日も火が入っていない。

 小さな器に花が活けてあるが、干らびてしまって何の花かも分からない。

 

「どうしてしまったんだ……」

 

 娘が、湖の水神を奉る巫女になると言い出した時は、驚いて反対もしたが、それまで何をやっても心此処に在らずだったのが、急に生き生きし出したので、これで良かったのだと安心していた矢先だ。

 

 庵には殆どの物が残されていた。

 もともと持ち物は少なかった子だが。

 

 男性は庵を出て湖に向いた。

 娘は水神が住むと言っていた。

 湖は波ひとつなく穏やかに凪いでいる。

 

 肩を落として、最後にお堂に向いた。

「娘を……戻して下さい……」

 

 ――プクン

 

 不意に背後の空気が動き、大きな泡が弾ける音がした。

 

 ――フリムクナ……

 

 水底から響くような声。

 動けない、背中に脂汗が滲む。

 

 ――フリムクト、コトワリガ、クズレル

 

 湖の水神なのか? まさか本当に今ここに?

 

 ――巫女ノ、シンゾクカ?

 

「は、はい……」

 

 ――アレハ、良イ子ダ。ワレモ、世話ニ、ナッタ

 

「い、今、何処に?」

 

 ――ココニハ、モウ、帰ラヌ。乞ワレテ、風ノ神ノ、側遣エニナッタ

 

「そ、それって……死んだって……事?」

 

 ――シンデハ、オラヌガ、オナジコト。現世ニ、モドラヌ。ダガ……

 

「は、はい?」

 

「シンゾクヘノ、礼ヲ、託ッタ。育テテイタダイテ、感謝シテイマス、ト……

 

 それきり静かになった。

 戒めの解けた男性が振り向いたが、湖面は凪いでいた。

 今さっきまであんなに水音がしていたのに。

 

 もう一度お堂に手を併せる。

「あの娘を宜しくお頼みします」

 ふと空目に、林の奥の低い枝に、視線を感じた。

 顔を上げて見たが誰も居なかった。

 

 庵の干らびた花を懐に入れる。

 娘が最後に活けた花だ、家族に持って帰ろう。

 

 灰色の低い空から白い物が落ちて来る。

 それはたちまち辺りを冬の匂いにし、湖畔を白くに染める。

 

「風花(かざはな)だ……」

 

 男性は馬に跨がって家路をたどる。

 風が運んで来たあの赤子は、家族に沢山の思い出をくれて……そしてまた風の元へ帰って行ったんだ。

 

 風花は空を森を湖を覆い、草原に冬が訪れる。

 

 

 

 

 

 




 
***風が運んで来た赤子***
お父さんは子供の頃、風の妖精の友達に命を助けられました
大人になって妖精も見えなくなって、家族が出来て普通に暮らしていた頃
ある夜、ふと、あの友達が来たような気がしました。
外に出てみると、生まれて間もない赤子が地面でスヤスヤ眠っておりました
あの友達が自分の事を忘れずに頼ってくれたのだと嬉しく思い、
赤子にイルアルティの名を付けて、他の兄弟と分け隔てなく大切に育てました
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。