蒼の里のいつもの朝。
「起っきろ――ーっっ!!」
ノスリとツバクロは甲高い声に起こされる。
大きなカゴを抱えたフィフィが無遠慮にドカドカと入って来る。
「朝は一日の要よ!」
真ん中のテーブルに自宅から運んで来た朝食をグイグイ並べる。
「朝っぱらからそんなに食べられないって……」
ツバクロは寝床でうつ伏せながらゴニョゴニョ。
「おーい、フィフィ」
ノスリもまだ寝床で転がりながら、開け放たれた窓に目をシバシバ。
「俺はともかくツバクロが可哀想だろが。年頃のオトコノコだぞ。朝の襲撃はやっちゃイカンだろ、やっちゃ」
「ノスリ、君が言うと何か卑猥に聞こえるから、やめてくれ」
寝床で粘る二人のオトコノコは敢えなく寝具を引っぺがされて。食欲の無い食卓に追い立てられる。
フィフィはバタバタと洗濯物をかき集めたり寝具を干したり、女房気取りに余念が無い。
お団子娘を眺めて心底困り果てている相棒に、サジをクルクル回しながら、
「ねえ、ノスリ」
「あん?」
「今から思うとさ、カワセミの魔除けグッズって、ちゃんと効いていたんだよな」
「は、は、そうだな」
そうして二人、奥のガランとした空間を見やる。
他は手狭なのに、そこに物を置く気にならない。
フィフィだって置かない。
馬具置き場でのフィフィの大いなる勘違いを、ノスリは正さなかった。
「カワセミに頼んでさ、前日の記憶まで消して貰っちまおうぜ」
冗談めかして言うツバクロに、真顔で、「いや、いいんだ」と返して、拍子抜けさせた。
オレンジの細い光の中、羽根を握り締めて震えていたフィフィの姿が目に焼き付いて離れない。
このしょっちゅう迷子になる娘を捜して歩く人生も、そう悪くないな、と思い始めている。
パォを出るとうっすら雪が積もっていた。
昨日の夕方の初雪から降ったりやんだりで、低い雲が長い冬の訪れを知らせている。
執務室の入り口で声を掛けるが、最近長の返事がワンテンポ遅れる事がある。
そういう時は、机に向かって膝に片手を置き、ぼぅっとしている。
ツバクロとノスリが執務室を出ると、外で頬を紅潮させた幼い面々が待っている。
それぞれに指導する小さな弟子達と、別方面に仕事に向かうようになった。
下の道を山ほどの書物を抱えたフィフィが、手を振りながら駆けて行く。
修練所の修士を学んで、来年から教官補佐になるらしい。
「あいつに指導されるガキどもが可哀想だよな」
とぼやくノスリにツバクロは笑いを返すが、
「ノスリに相応しい女性にならなきゃ」
と、従姉妹(いとこ)が張り切っていたのはナイショだ。
皆、未来に向けて動き出している。
里の裏、山茶花(さざんか)林の奥の小さなパォは、時間の流れから取り残されたように静かだ。
一通りの雑務を済ませた長がそこを訪れるのは、いつも午前も遅い頃。
薄暗い室内の両脇に大小のベッド、奥に鳥の止まり木、真ん中に揺り椅子が一つ。
揺り椅子の人物が立ち上がる。
「ご機嫌宜しゅう、長様」
空色の衣装をきっちりと纏ったカタカゴが、天井からの少しの明かりに微笑む。
大きいベッドに睫毛を閉じたカワセミ。
生真面目な巫女殿に丁寧に整えられて、水色の妖精は以前よりも小ざっぱりしている。
「カワセミ、外は雪ですよ」
「はい、嬉しそうにしていらっしゃいました。雪がお好きなんですか?」
「子供の頃からそうですね」
二人、少しの会話をしてから、静櫃な時を過ごす。
水色の妖精は言葉が要らないので、この場所もあまり言葉で埋まる事は無い。
執務室に戻る長を見送ってから、カタカゴは奥の止まり木から小柄な隼(はやぶさ)を腕に乗せる。
カワセミの声を報せる手紙を運ばせる訓練をしているのだ。
灰色の翼を広げ、隼は合図と共に舞い上がる。
……あのヒトも、また空を飛びたいだろうな。
巫女は想う。
貴方は言いましたよね。妖精から見たら人間の一生なんて本当に短い、って。
では待っていて下さい。
私がその短い一生を終えるまで。
その時こそ、貴方の本当の目覚めの羽根となれましょう。
見上げる灰色の空からまた白い物が降ちて来る。
ふわふわと所在無く漂う初冬の儚い雪。
「風花って言うのよ」
――ふ・う・ん・・
巫女は物知りなんだね・・・
頭に響いた声は風花と一緒に空に溶けて行った。
~風花・了~