碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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『さいしょのおはなし』より十何年か前、
イルアルティがまだ生まれていない頃のおはなしです


おまけのおはなし
カタカゴ


 

 

 

「水疱瘡ですねぇ」

 熱に喘いで横たわる子供の手をとって、そのヒトは家人を振り向いた。

「お祈りより熱冷ましですね。薬とたっぷりの湯冷まし、安静、清潔、風通し。村内の防疫は先程教えた通りに……ああ、それと幼子が居たら、この際伝染(うつ)して済ませて置くと良いですよ」

 

 一通りの説明を済ませ外に出ると、そのヒトはもう居なかった。

 そのヒトを呼んだ祈祷師だけが、平伏している。

 家人も習って、その方向に頭を下げた。

 

 

「人間がもう少しまとまって暮らしていた時代は、水疱瘡くらいで呼ばれなかった物ですがねぇ」

 蒼の長は草の馬で空を駆けながら、小さくなる集落を振り向いた。

 それでもたまに、本当に恐ろしい呪いや憑き物に出くわす事もあるので、人間の求めも無下に出来ない。

 

 妖精は……取り分け、蒼の長の血筋は、人間の何倍も長命だ。

 その分、完成された知識を受け継ぐ。

 それを行使するのは長命な者の摂理。

 人助けとか、積徳等の概念は無い。

 摂理なのだ。

 その信念の元に、長は代々風の末裔の一族を率いる。

 

 

「今日はここまででしょうかね」

 先代ならば、こんな些末な呼び出しは、やり過ごしていたかもしれない。

 

 先代は、『物事の流れを見据え、正しき方向に風を流す力』を完璧に行使出来ていた。

 長の血が継承する、『内なる目』と呼ばれる、預言者にも近い能力。

 それがあり、永々と実績を積み上げて来たからこそ、蒼の長は草原の人外種族から絶対的な信頼を集めている。

 

 自分にその『内なる目』が継承出来ているかというと…………多分、出来ている……筈……

 それは天啓のようにピシャンと閃く物ではなく、先代いわく『当たり前のように思考の中にあり、当たり前に身体が動く』らしいのだ。

 自分も確かに、これがそうかな? と感じる時はある。

 が、まだあやふやなのだ。

 だから里に舞い込む依頼のすべてが『必要な事』に思えてしまい、こうしててんてこ舞いな日々が続いている。

 

 先代……自分の父親なのだが……は厳しくて、お前は未熟者だから、とても何も任せられないと、連れ回してはくれたが実践はあまりさせてくれなかった。

 見せて目で盗ませて、太くゆっくり育てる方針だったのだと思う。

 

 その父が、人間の戦の流れ矢で呆気なく逝ってしまった。

 いや、彼の名誉の為に補足すると、交流のあった人間の首領の危機に、突発的に飛び込んだのだ。

 息子の癖に、父にそんな感情的な面があったなんて知らなかった。

 

 茫然としている暇も無く、遺されたのは、能力があやふやな若い長。

 おまけにその人間の首領も共に散ってしまったので、人間社会とのパイプも切れてしまった。

 

 人間界の戦は治まらないし、人外界にも悪影響が出る。

 暗黒の時代を苦労して潜り抜け、最近ようやく安定して来た所なのだ。

 

「あの子を行かせてしまいましたからねぇ」

 彼と同じ血を持つ妹が居たのだが、十何年も前に里を飛び出したきり。

 それなりの目的があったから自分も許したのだが、こうも忙しいと愚痴ってみたくもなる。

 

 今の所頼りになるのは、本業の傍ら長の補佐をしてくれている、オタネお婆さんという里の医療師。

 その彼女が今は、他の用件に掛かりきりなのだ。

 

 長は溜め息ひとつ吐いて、草原の真ん中の、結界で守られた蒼の里へ帰還する。

 

 

 

「長さま、長さま――!」

 

 里の馬繋ぎ場で係の者に馬を預けていると、淡い髪色の子供が数人駆け寄って来た。

 

 蒼の妖精は白に近い髪で生まれ、成長するにつれ青い色が付いて来るのだが、術力の高い者ほど色が濃くなる。

 長の髪は里で一番濃い群青色だ。父はほとんど黒に近かった。

 

「長さま、先日の試験で約束通り一番を取りました。僕、早く名前が欲しいです!」

「今度、沼地の蟲を退治に行くの、俺も行っていいですよね。兵長さんが長さまに許可を貰えって!」

 

「ああ、よくやりましたね、でも名前はもうちょっと先ですよ。あと百回は一番を取って下さい。

蟲退治? あ――・・勇敢なのは結構ですが、あと百回は剣の稽古を……」

 そんな話、なんで兵長の所で止めて置けなかったのだ? 

 分かっている……前の長が何にでも完璧な判断が出来たので、みんな長に頼る習慣が抜けていないのだ。

 

「おさたま、おさたま」

 こんな小さな者まで何の用事が?

 うんざりしてそちらを向くと、鼻先に薄桃色の花を突き付けられた。

 

「今年いちばんのカタカゴの花が咲いたの。おさたまに見てイタタキたくて」

 

「あ、ああ……ありがとうございます」

 幼い手に握られた小さな花を受け取り、多少穏やかな気持ちになる。

 

「あ――! ずるい! それなら俺は今年一番のゲジゲジを」

「僕、カマキリのタマゴを」

 

 長は群がる子供達を何とか振り切って、里の中央の坂を登った。

 坂上には石造りの執務室があるが、それを通り越して、里の裏側へ向かう。

 

 人家の無い寂れた場所に山茶花(さざんか)林があり、その奥にポツリと小さなパォがあった。

 外から声を掛けて入ると、淡い明かり取りの下で、女性が半身を起こそうとしていた。

 

「ああ、そのままで良いですよ、無理しないで下さい」

 オタネお婆さんは何の用事か、外しているようだ。

「今日はお顔の色が宜しいようですね」

 

「はい、今とても気分が良いのです。風の具合で修練所の方から子供達の元気な声が聞こえて来たせいかしら」

 女性は長い黒髪を滑らせて身を起こした。

 ふっくらしたお腹が重そうだ。

 

「オタネお婆さんが、長様は気が付いたら子供達の輪の中に居られると言っていました。慕われていらっしゃいますのね」

「いや、特に機嫌を取っている訳でもないのですが……何でなんでしょうね」

「子供ってそういうの、分かるんです。自分を子供扱いしないヒトを信頼するんです」

 

 最初に比べたら随分喋ってくれるようになった。

 初めは何を聞いてもダンマリだった。

 

 

 まだ冬の最中の何ヵ月か前。

 草原の外れに、十数年音沙汰のなかった妹の馬が現れた。

 背には妹でなく、凍えた人間の娘が乗っていて、これが酷い怪我と病で、おまけに身重だった。

 蒼の里で保護し、オタネお婆さんが付ききりで看病しているのだが、容態は芳しくない。

 

 そして、名前もここへ来た経緯も、一切喋らないのだ。

 

「では、こちらの聞く事は何も答えてくれなくて結構。貴女の話したい事を話してください。特に妹に関して」

 そういう言い方をしてみたら、ポツポツと断片的に喋ってくれた。

 

「乗馬ズボン……」

「は? 乗馬ズボン(ウムドゥ)、ですか?」

「はい、妹君が、私の為に縫ってくださいました。私が馬に乗った事がないと言うと、教えてあげると仰ってくれて」

「裁縫ですか、あの子が……」

「ヒトの物を繕う機会が多かったので、段々と縫えるようになったとか」

 少しでも周りの状況が見える話になると、彼女は聡く話を切った。

 

「あの乗馬ズボン、履かないうちにお別れしてしまった。一度くらい履いてみたかったわ」

「どんな乗馬ズボンだったんです?」

「明るい青の、彼女の髪と目の色に合うと、ある方に頂いた絹だって。私なんかに使ってくれなくてもよかったのに」

 

 核心に触れずとも、そうした言葉の端々に、妹があの王君にそこそこ大切にされているのが垣間見れて、長は彼女と雑談するのが好きになった。

 

 

 

「あ、カタカゴ」

 

 言われて長は、手の中の花を思い出した。

 小さな皿に水を張り、花弁を浮かべて枕元の小机に置く。

 

「私、この花、一番好き。春が来るって教えてくれるの」

 女性は嬉しそうに淡い薄桃を見つめる。

 

「では、カタカゴにしましょう」

「は?」

「貴女は名前を教えてくれる気がないし、カタカゴでいいでしょう。不便だし」

「…………」

 

「一応、祝福しましょうか?」

 

 

 ***

 

 

 その頃、山沿いの沼地に、巨大な蟲が異常繁殖していた。

 何処まで成り行きに任せて、何処から手を出すべきなのか、判断するのも蒼の長の役割りだ。

 

 害を成すモノは排除! で済ませていては、必ず破綻する。

 広く遠くまで見渡す必要があるのだ。

 理由も無しにそれまでの理が崩れたりしない。

 流れを見据える蒼の長の目が頼られる由縁だ。

 

 

 昨日から蕭々(しょうしょう)降っていた雨が本降りになり、空が暗くなる夕方。

 沼の周囲に住まう部族に話を聞きに行った兵士が、渋い顔で帰って来た。

「一番古く生きている翁も、初めて見る繁殖ぶりだそうで。平常なら成虫は二、三匹しか見られないのに、今は目に付くだけで十数匹、しかも倍の大きさです」

 厩横の詰め所で、馬の雨養生を外しながら、長に報告をする。

 

「そこまで異常な繁殖ぶりとは、何か理由があるのかもしれない。翁は、他に何か言っていませんでしたか? 例えば最近のこの悪天候についてとか」

「あ、えっと……聞いて来いと言われたのは蟲の事だけでしたので」

「…………」

 

「長!!」

 慌ただしく飛び込んで来たのは、修練所の若い教官だった。

 

「どうしました?」

 

 教官の後ろから、足元のおぼつかない幼い女の子が着いて来た。

「イトコのお兄ちゃんたち三人が、夕方、ムシの沼に行くって……止めたんだけれど勝手にお馬で飛んでって、帰って来ないの」

「な、なんですって!?」

 

「先月馬に乗り始めたばかりの子供達です。気の大きくなる年頃で……」

「解説は要りません!」

 

 長は雨衣をはおって、外に飛び出した。

「闘牙の馬を引け! 雨に強い馬の班を招集、準備次第沼へ! 私は先に行きます!」

 

 伝令が飛び、各所から兵士達が走って来た。

 まさに飛び立とうとする長に、教官が、私も行くべきでしょうか? と尋ねる。

 当然でしょう! と喉まで出掛かるのを呑み込み、お願いしますと叫んで飛び立つ。

 

 

 

 雨脚は強くなり、普通の草の馬の脚力は宛てにならない。

 闘牙の馬は雨を突いて一騎、矢のように飛んだ。

 

 沼の畔に近寄る頃には辺りは真っ暗で、どうどうという水の音だけが響いていた。

 

 闇の中、馬を空中で停止し、長は両手を回して印を結ぶ。

 ――蒼の一族の血を持つ者・・

 ――血に応えよ・・

 

 即座に眉間に三つの反応がよぎった。

 よかった、生きている。

 

 反応のあった方向に目を凝らすと、茅草に覆われた中洲が見えた。

 暗闇の中、長は更に、同族の血をかぎ分ける。

 折り重なった草の間、抱き合う三人の子供が見え、長は胸を撫で下ろした。

 

「長さまっ、長さまぁっ」

 馬から飛び降りた長に、子供達が駆け寄った。

 

「怪我は無いようですね。貴方達の馬は?」

 三人が泣きべそで指し示す先に、ずぶ濡れになった三頭の草の馬が半分泥に埋もれていた。

 

「う……わあ……」

 子供って、何で一番やっちゃイケナイ事をやらかしてくれるんだろう……

 

「沼地に馬を降ろしちゃ駄目って習いませんでしたか? まぁ、説教は後です」

 

 長は空中で待たせていた闘牙の馬に術を飛ばし、高く舞い上がらせた。

 上空で馬は白く明滅する。

 

「さあ、後は後発部隊を待ちましょう。こちらへいらっしゃい」

 屈んで三人を抱き寄せ、自分の雨衣を、被せる。

 三人とも冷えきっているが、顔色は大丈夫だ。

 

「何だってこんな日に蟲の沼に来ようと思ったんです?」

「こいつが……」

「お前だろ……」

「自分のする事に責任を持たない者は、立派な草の馬の乗り手になれませんよ」

 

 二人は項垂れ、三人目の一番背の小さい子が告白する。

「ボクが言い出したんです。トモダチを助けに行こうって」

 

「友達?」

 

「中州にトモダチが居るの」

「水が増えて怖いって」

「だから助けに来たのに、見つからないんだ」

 

「友達なのに……見つからないんですか?」

「だって、会った事ないんだもの」

「??」

「長さまお願い、トモダチを助けて」

 

 そんな無茶な……

 しかし三人は真剣な様子で、嘘を言っている風ではない。

 

「では、こちらへ手を」

 長の差し出された手の平に、三人の小さな手が重なる。

「友達の事を強く思って下さい」

 長も集中する。

 確かに一定のイメージが流れ込み、一つの場所を示す。

 

 長は立ち上がって、そちらへ歩いた。

「この辺り……?」

 中洲の少し高い所に薮があるばかりだ。

 

「あっ」

 ひとつ雨衣の下に六本足で動いていた子供達が、足元に何かを見つけた、

「キミ、こんな所に居たのか!」

 

 そこにはキビタキの巣があり、卵が二つ残っていた。

 まだ僅かに生きているが、親鳥は居ない。

 ギリギリまで護っていたのが増水で諦めたか、蟲に喰われたか……

 

「今晩中に水に沈んでいたでしょう」

 長は巣ごと持ち上げて子供達に渡した。

 一番大きい子が、大切に懐にしまう。

 

(卵の内の者の声を聞いていたのか。まったく子供って……)

 

「長さま、あの」

 真ん中の背丈の子が、遠慮がちに口を開いた。

 

「はいはい、今度は何ですか?」

「生物学で習ったのですが、蟲って」

「はい、蟲って?」

「点滅する光に寄って来るんじゃなかったですか?」

「!!!」

 わ・す・れ・て・た・・・!!!

 

 

 雨闇の中を見渡すと、大木程もある巨大蟲達が、鎌首をもたげて中洲を取り囲んでいる。

 トモダチ捜しに構けていて、気付けなかった。

(何たる失態!)

 

 腕を上げて、闘牙の馬を別方向に移動させるが、遅かった。

 何匹かは馬に着いて行ったが、既に大多数は中洲の四人の体温に執着している。

 

(倍の大きさドコロじゃない、ほぼ大型魔獣だろ、こんなの!)

 

「長さまぁ・・」

「三人、雨衣をしっかり被って、私の真後ろに、出来るだけ身を低くしていなさい」

 

 剣を抜いて、呪文を含ませる。

 真空術で薙ぎ払うしかないが、最初の一撃でどれだけ倒せるだろう?

 

 腰を落としたその時、上空がにわかに明るくなった。

 同時に火の付いた草の束が、中洲のあちこちに落ちて来る。

「うわっ」

「くっさ!!」

 

 蟲達は首を振って縮まりながら退散して行った。

 蟲避けのニガヨモギの煙。

 こんなに機転を効かせてくれるのは……

 

「オタネお婆さん!」

 

 上空に、兵士に指示を出している婆勇者のエンジの馬が見える。

 

「助かりました……」

 

 

 沼地の馬にロープを掛けて引き揚げ、子供達は兵士の馬に分乗させて、全員が飛び立った所で……

 山が唸り出した。

 

 どっどっどっ・・・

 どどどどどどどど!!!

 

「鉄砲水じゃ!」

「もっと上空へ!」

 

 間一髪だった。

 山から一気に流れ落ちた土砂が、みるみる沼の形を変えて行く。

 皆口を閉ざして、どうしようもない大地の力を茫然と眺めていた。

 子供達は、衣の上からキビタキの巣をさすり、口を一直線に結んでいる。

 

「あ!?」

 若い教官が叫んだ。

 松明で照らされた先の方、水に押し流された巨大蟲が、沼の流れ口に引っ掛かる。

 蟲は段々に重なり、水の流れを緩く塞き止めてしまった。

 彼らはこのまま死んで石になり、天然の堤となる。

 これにより、下流の森や集落は、大きな被害を免れるだろう。

 

「蟲の増殖は、これを予見していたのでしょうか?」

 長はオタネお婆さんに尋ねる。

 

「奴等は何も考えとりませぬ。在るのは何らかの意思、それだけですじゃ。下流の者達は、まだ滅ぶべきでなかったという事」

 

「蟲を切り刻んでいたら……」

 

「長様、わしら小さい者は、その場その場で精一杯をやるだけなのですじゃ」

 

 長は雨に打たれながら、一匹また一匹と折り重なる蟲を見つめていた。

 

 

 ***

 

 

 群青の髪を垂らして、長が小机に突っ伏している。

 

「どうされたのですか?」

 ベッドのカタカゴの君が、小首を傾ける。

 

「昨日の己の無能ッ振りに、落ち込んでいるのです」

 

「そうなのですか? オタネお婆さんのお話しでは、三人の子供も草の馬も、長様の素早い行動があったからこそ助けられたと」

 

「それは結果です、たまたまです。もっと的確な方法があった筈なのです。あんなギリギリになるようじゃダメなんだ」

 スルスルと弱音が出る不思議。

 何でだろう、この女性(ヒト)が里の者ではないからだろうか?

「先代は偉大だったのですよ。あの方なら、もっと完璧な判断が出来ていたでしょうに。そう、もっと、あの方なら……」

 

 

 

 オタネお婆さんは、薬師の所で、わざとゆっくり四方山話をしていた。

 先程、今日の外回りを済ませて帰還した長が、カタカゴのパォに向かうのを見たからだ。

 

 子供の頃から長を知っている婆も、彼があんなにストレートに弱音を溢(こぼ)すのを見たことがない。

 彼女が聞き上手という理由だけでは無かろう。

 カタカゴの君には、何か、ヒトを無防備にさせる空気がある。

 

 あの長は、偉大な先代のプレッシャーにいつも押し潰されていた。幼い頃から己に厳しく、誰にも弱味を見せない。あれではいつか疲れて折れてしまうのではと、案じていた。

 だから、あの娘と話している時の長のほどけた表情を見ると、婆もほっとするのだった。

 

「できれば持ち直して欲しい物だが……」

 日を追う毎に、枕から離れられなくなる娘の先行きを想うと、気持ちが沈む。

 

「お腹のお子に障るので、あまり強い薬は使えないんですよね」

 薬師は独り言のようにぼやきながら、慎重に薬を量って調合する。

「何にしても、病の進行を少し遅らせるだけで」

 

 

 

「先代様は……」

 カタカゴがぽつんと話し始めて、長は顔を上げた。

「本当に完璧だったのでしょうか?」

「!??」

 

 長はカタカゴに向き直る。

「ええ、あの方には間違いがありませんでした。全てにおいてソツ無く抜け目無く」

 

「それは……さぞかし大変だったでしょうね」

「??」

「皆に完璧だと思われ、頼られるのでは、ひとときも気が抜けなくて」

 

 長はムキになって反論した。

「いえ、あの方は大変だなんて思わないですよ。豊富な知識と力量があって、いつでも余裕たっぷりで。私はいつもそんな背中を見て憧れて……」

 

 カタカゴは口を閉じた。

 少し間が悪くなる。

「すみません。私、良く知りもしないのに」

「あ……いえ」

 

「でも私は……」

 カタカゴは言葉を選びながらゆっくりと言う。

 

「迷ったり落ち込んだりなさる長様の方が好きですわ」

「え・・!?」

 

 長はよっぽど言われつけていない言葉を聞いたのか、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になった。

 

 言葉の選び方をしくじったかと、カタカゴは慌てて言い直した。

「完璧で間違いのない方の下では、つい頼ってしまって自分が成長出来ません。私が里の民だったら、迷って、悩んで、失敗しては反省する長様と、一緒に成長して歩んで行きたいです」

「……………」

 長は言葉という物を忘れたように、黒髪の娘を見つめていた。

 

 

 ***

 

 

 風が少し強い。

 

 丈の高い草がうねる中に、ハイマツと苔が覆う小さな丘があり、その天辺に、あの日自分の人生を変えてくれた女性(ヒト)が眠る。

 

 大きな馬から助け下ろしたのは、彼女が命と引き替えにこの世に遺した少女。

 母に近い年になり、やっと初めて母の名を知り、墓に訪れる。

 

「稚(いとけな)いお墓ですね……」

 玉石がふたつ積まれただけの、言われなければ分からないような小さな墓。

 石を撫でる少女の背で、母と同じ真っ黒い髪が波打つ。

 

「こちらへ来てごらんなさい」

 蒼の長が丘の反対側で呼ぶ。

 

「……わあっ!!」

「少し季節を外してしまいましたが、まだ残っていますね」

 丘の反対斜面は、一面のカタカゴの群落だった。

 

「雪の溶ける頃、この辺りで一番に咲くんですよ。」

 

 

 

 

 一族を離れた妹は、父と共に散った人間の首領の息子の元へ行き、共に戦場を駆けていた。

 暗黒の時代を潜り抜ける事が出来たのは、遠い所で、彼女も彼女なりの役割を果たしてくれていたからだった。

 その妹が戦火の中、兄を頼って逃がした娘が、図らずも兄を救ってくれた。

 ヒトの縁(えにし)は不思議な物。

 

 今現在、里では長に着いて修行する若者が何人か居て、その中の有望株が、あの日の中洲の三人組だ。

 遭難の翌日、三人伴って、弟子入りを志願して来た。

 キビタキの巣を見つけ出した長を見て『カッコイイ』と思ったのが動機らしい。

 

 その時はあしらうつもりで、キビタキの卵を孵したらね、と答えたのだが、何とあんなに冷えきっていた卵を見事に孵化させた。

 ピイピイ言う雛を眺めながら思案に暮れている長に、血に関係なくやりたい事を伸ばしてあげればいいじゃありませんか、と後押ししてくれたのも、カタカゴだった。

 蒼の里の者からは決して出ない意見。

 

 勿論、反対はあった。

「あの子達の血では修行する価値があるかどうか。それ以前にやるべき基本の勉強が山積みです。まあ、長様がそう決められるのなら、仕方がありませんが」

 

 気が進まない素振りの教官に、長は書き物机から顔を上げて、シレッと言った。

「そうですね。貴方の言う通りです」

「へ? はあ……」

 

「私が間違っているかもしれません。しかし子供達の将来を『仕方がない』で済ませてはいけません。子供達と、どのような時間割りを組めば可能か、話し合って下さい。その上で出来るかどうかを判断して下さい。貴方が」

 

「え? そんな、私には……」

「楽しみですよね、あの子達は気骨がある」

 

 そんな感じで責任を少しづつ分散したら、自分なりの長のやり方が見えて来た。

 

 三人の子供は寝食惜しんで勉強し、修練所の基本勉強を半分の年数で終わらせた。

 弟子入りしてからも、出来る事出来ない事に差があるが、それぞれに頑張ってくれている。

 お陰で去年辺りから、長はかなり楽になった。

 

 

 

 

「もうあまり、会えなくなるんですよね」

 黒髪が顔を隠して表情の分からない少女が言った。

 母に似て、本当に敏(さと)い。

 こうして話をするのは今日までにしようと思っていた。

 

「貴方はもう寂しい子供ではありません。これから成長して、大人になって、人間として素晴らしい人生を送るんですよ。今までのように見守る必要はもう無いのです」

 

 それでもこの先、彼女が何かに窮したら、必ず助けに行くだろう。

 でもそうでなければ……関わらない方がいいのだ、そういうものなのだ。

 

「さあ、今宵は一番の天の川が見られる星回りです。最後にひと飛び参りましょう」

 

 空色の乗馬ズボンの少女は、長に助けられて馬に乗る。

 二人を乗せた馬は、白鳥座の翼に包まれるように、星々の間に飛び立った。

 

 

 

 

      ~カタカゴ・了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵・カタカゴ:
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