碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

25 / 30
ここだけの花・Ⅱ

「ユユったら、今日も居残り罰なんだ!」

 白い枝の輪っかの掛かった入り口を跳ね上げて、男の子が駆け込んで来た。

 

「まず、『ただいま帰りました』でしょ。ナナ」

 

 四つ上のノスリ家の五女が、したり顔でいさめる。

「それより今日は何を習ったの? お勉強を見てあげるわ」

「あらウガイが先よ。足の泥も落とさなくっちゃね」

「オヤツあるわよ。甘茶の方がいいかしら?」

 たちまち数人の年上の娘達に取り囲まれ、ナナは身動きが取れなくなる。

 

「ぼ、僕、勉強したいから失礼します!」

 そう言ってカバンを抱え直し、世話を焼きたがる十数本の手を掻い潜って、ノスリ家を飛び出した。

 

 

 双子が蒼の里へ来て一ヶ月。

 山の神殿で母と妹と三人きりで育ったナナは、環境の変化に大いに戸惑っていた。

 まず家にこんなに大勢居るのに慣れていない。

 家だけでなく、外にもワチャワチャとヒトが居て、もれなく声を掛けられる。

 

 子供ってどこでもこんなにチヤホヤされる物なのか? どうやら違う。

 修練所の同級生達は、好き勝手に放って置かれている。

 

 他所から来た新参の子供が珍しい? 違う。

 双子の妹はあまり構われていない

 

 山を下りて同い年の子達の中に入ると、もうグループが出来ていて、ナナの知らない言葉を交じえた会話をしている。

 声は掛けてくれるけれど、何となく一線引かれている。

 

 でもそんな中にユユは思いっきりダイブして、馴れ馴れしく割り込んでは掴み合いの喧嘩になったりしている。

 今日の居残り罰はそれが原因だ。

 

「構いたいなら、ユユをしつけて欲しい。あいつのせいで僕まで恥ずかしいんだ」

 

 さすがに修練所の教官達は他の子と同じに扱ってくれるが、敏感なナナは逆にピリピリした物を感じ取っていた。

 

 そうしてナナなりに一つの結論を出す。

 ――僕は、大切な存在なんだ――

 

 山で母から、『草原を統べる蒼の長』の偉大さ大切さを、繰り返し説かれた。

 ユユが遊んでいる時も、何で僕だけって感じで。

 

 里に来たら、今まで知らなかった情報が耳に入る。

 蒼の長って本来、そのおうちの子供にしかなれないんだって。

 今は当てはまるヒトが居ないから、別の家系のヒトが三人がかりで長をやっている。

 でも、本当の蒼の長は、そのおうちの血を引く子供だけ……

 

 僕じゃん。

 

 母が前の長様の妹なのは聞いていたけれど、里に来て初めてその重みを知った。

 

(・・なあんだ、言ってくれれば良かったのに)

 

 ――ならば、

 僕は優秀で居なくちゃならない。

 誰から見ても恥ずかしくない、皆が誇れる一番の子供に。

 

 父は、修練所をずっと首席で、それも半分の年数で卒業したっていう。

 さすが血筋じゃないのに長になれるだけある。

 僕もそれくらい当たり前に出来なくちゃいけないって事なんだ。

 

 

 カバンを抱えて駆ける。

 すれ違う誰かが話し掛けて来るが、無視無視。

 僕はヒトより一杯勉強して、皆の期待に応えなきゃならないんだ。

 

 向かう先は里の奥、放牧地の手前の、少し広めの馬具置き場。

 

 里へ来た翌日、迷子の妹を探していて、たまたま見つけた。

 小さい窓の下の大きい鞍が、机の高さに丁度良い。

 教科書と石板も置けて、まるで僕だけの勉強部屋。

 しかも、ほぼ誰も来ない、誰からも見られない。

 稀に誰か来ても、大人しく本を読んでいる感じを出せば、放って置いてくれた。

 逆光になるから、向こうからはナナだと分からないのだ。

 

「本当に、ナイスな場所、見付けちゃったな」

 

 干し草に座って鉄筆を持ち、数式の問題に集中する。

 さっき修練所で途中までやっていた奴。

 ユユが喧嘩を始めたから邪魔されてしまった。

 そう思うと、またイラッとした。

 

 落ち着いて落ち着いて、時間が勿体ない。

 キチンと答えの出る計算問題に集中しよう。

 もうすぐ一年目の教科書を終える。

 ノスリ家の兄姉から先の教科書は借りられるし、どんどん先に進めよう。

 半分よりも早い年数で卒業出来たら、父様誉めてくれるかな。

 そうしたら、父様の家で一人で留守番させて貰えるかもしれない。

 

 答えが閃きかけ、鉄筆を持ち直した所で、誰かが入って来る音がした。

 見つかったら挨拶すればいい。

 気にせず、もう一度集中しようとしたら、いきなり大声が降って来た。

 

「そ、そこで何を! 何を・・!」

 

 金切り声の主は、黒髪の老婦人だった。

 目を丸くする男の子を見て、大きく波打つ胸を撫で下ろす。

「あ、ああ……ごめんなさい、大声を出してしまって」

 

「ううん、僕こそごめんなさい。でもそんなに驚く?」

 集中を邪魔されたナナは、不機嫌に石板から顔を上げた。

 見た事のあるヒトだ。

 何処で会ったっけ?

 

「私、怖がりなのよ。その筆記具が尖った針に見えてしまったの。弱虫よね」

 婦人は棚の上の道具箱を手に取った。

「これを取りに来たの。じゃあね」

 

 ナナは子供の好奇心から、素直に聞いた。

「ねえ、貴女、何だか他のヒトと違う。蒼の妖精じゃないの?」

 

 出て行こうとしていた婦人は、立ち止まって振り返る。

「そうよ、人間なの。カタカゴっていいます」

 ツバクロは不在が多くて、まだナナをカワセミに紹介出来ないでいた。

 

「僕は……ナナです」

「そう、目がお父様とおんなじね、凛々しくて」

「…………」

 ここへ来て何十回も言われた台詞なので、ナナはウンザリした。

 人間って、数が多くて、色んな種族の中のちょっと特殊な存在って教わったけれど、里の大人と一緒じゃん、つまんない。

 

「蒼の里って人間も住んでいるの? 妖精だけの里じゃないの?」

「私一人だけよ。カワセミ長様の依り代としてここに居るの」

 

「へえすごいや! 長様ともなると、人間の家来を従えているんだ」

 

 婦人が目を丸くした所で、ノスリが入って来た。

「ナナ、失礼を言うんじゃない!」

 

「ああ、ノスリ殿、何てコトないんですよ。子供だからまだ言葉選びがあやふやなだけだわ」

 

「いや、この子の為に良くない!」

 

 ナナは頬を膨らませて立ち上がった。

「……ごめんなさい」

 早く終わらせて数式をやりたい。

 

「ナナ、この方は、我々の大切な仲間だ。家来と言うのは……」

 

「謝ったからもういいじゃない!」

 ああ、もうこの秘密の場所も失ってしまった。

 そちらの腹立たしい気持ちの方が強かった。

「人間なんか何も出来ないじゃない、それで仲間なんてウソばっかり。偉大なる蒼の長は草原を統治する一番偉いヒトなんでしょ。僕が必死で目指しているのに、変な事言わないで!」

 ナナは一気に喋って、反対方向から駆け出て行ってしまった。

 

 二人は怒る気持ちも通り越して唖然としていた。

 あのツバクロに生き写しの目であんな事を言い切られたら……シュールだ。

 

「……あの方は、一体、どんな風にあの子を育てたんだ……」

 

「少し、変、ですわ。あの子、一人であの考えになったのかしら?」

 婦人は、子供時代の自分を身体を張って救ってくれたナナの母親を思い浮かべた。

 時は流れたけれど、あの方が子供にああいう風に教えるとは思えない。

 

「言葉使いは同い年の子供に感化されているんだろう。だが長に対する考え方がな。ツバクロが今晩帰るから、注進しておくよ」

 

「カワセミ殿に早く会って貰いたかったのに」

「あんな事を言うようじゃ、あの子の方はまだ会わせる訳にはいかんなあ」

 

 

 ***

 

 

 腹立ち紛れに闇雲に駆け出したナナだが、突然フッと景色が歪んだ。

「あっ!」

 遅かった。

 

 目の前に丈の高い草の壁。

 結界を出ちゃったんだ……

 

「あ――あ・・」

 里に来た時に注意されたのに。

 

 蒼の里は草原の真中にあるが、結界で覆われていて、地上からは見えない、入れない。

 例えば人間の騎馬が走り込んだとしても、スルリと反対側に抜けてしまう。

 人間にしたら、何だか景色が飛んだな位にしか感じない。

 入り口は、上空からのみ。

 

 しかし出るのは簡単。

 これは不本意な侵入者を追い出すのに便利なシステムなのだ。

 里のメインの住居部分は柵で区切られているが、奥の広い放牧地は境目が分かりにくい。

 ナナはうっかりそこを越えてしまったのだ。

 

「サイッテ――……」

 

 ダメもとで真後ろに下がってみたが、もっと丈の高い草に埋もれてしまった。

「う~~」

 

 仕方がない。

 誰かが自分が居ないのに気が付いて、探しに来てくれるのを待つしかない。

 ノスリ家の姉達があれだけ大事にしてくれているんだもの、すぐに気付いて貰えるだろう。

 

「さっきオヤツ食べとけばよかった」

 

 草の間の狭い空には何も来る気配がない。

 待っている時間は何倍にも長く感じる。

 

「こんな草の中に居たら見付けて貰えないかも……」

 ピョンピョン飛んで見回すと、離れた所に小高い丘が見えた。

 草を掻き分け近付くと、丘は曲がりくねったハイマツに覆われている。

「の、登れるかな」

 山だと上昇気流で遊べたが、ここではそんな強い風は吹かない。

 地道にハイマツの間をくぐって登り、ほうほうの体で頂上に辿り着いた。

 あちこち引っ掛けてボロボロ。

「何でこんな苦労を……」

 

 思いの外時間を食って、頂上から見える遠くの山脈に夕陽が掛かっていた。

 あれが沈むと真っ暗だ。

 

「早く早く早く、捜しに来なきゃ、見つけられなくなっちゃうよぉ」

 

 それより何より、こんな身動きの取れない場所で真っ暗なんて冗談じゃない。

 思わずその場にしゃがみ込む。

「僕は大切な子じゃなかったのぉ?」

 

 ――ソウダ……お前は大切なコドモ……

 

 不意な声に、ナナは仰天して辺りを見回した。

 里のヒトが話すのと全然違う、背筋を這い登って来るような気持ちの悪い声。

 

「だだだ、だれ?」

 

 ――ダレって……オマエとずっとイタではないか……

 

 背筋が凍る。

 絶対にマトモなモノの声じゃない。

 生まれて初めて心の底からの恐怖が湧いた。

 

 夕陽は沈みきり、辺りに闇が降って来る。

 枝がこすれる音は、ただの風か、それとも・・?

 

 

「やぁっと結界を出てくれた!!」

 

 夜闇を裂く軽快な声と共に、シュッと音がして火花が飛んだ。

 そこから炎の帯が走り、硬直するナナの前で渦巻いて、ひとつの獣の形になった。

 

「よぉ、はじめまして。お前さんと話が出来るのを待ちわびていたぜ!」

 

 目の前に四つ足をすぼめてすっと立つ、赤い炎をまとった、牛程もあろう巨大な狼。

 

「は・・わ!」

 後退りしようとして、ナナは尻餅を付いた。

 

「心配すんな、痛いコトはしないしない」

 赤い獣は、長い尾を振りながら空中を歩いて、地べたで震えている子供に鼻面を近付けた。

 

「のんびりしてる暇はねぇから、単刀直入に言うぞ。俺様と組まねぇ? お前さん、根性無しな他の蒼の妖精どもと違って、ギラギラ欲望に溢れてる。俺様はそういう奴が大っ好きなのさぁ」

 

 狼は軽口でよく喋るが、最初の背後のゾッとする声とは違う気がした。

「く、組むって……?」

 

「簡単簡単、ちょいと形式的に、誓いの言葉をな」

 獣はいつの間にか男の子に目を突き合わせていた。

 銀色にギラギラ光る眼にねめつけられ、頭がくらくらする。

「さあ、俺様の後の続いて、同じ宣詞を繰り返……」

 

 

 ――ピシ! ピシ!

 

 暗闇に青く走る、細い二つの光。

 

 狼は既に飛び上がって後退している。

 彼の居た場所の瓦礫の地面が、踵で引っ掻いた程度にえぐれていた。

 

「へっ、お前かよ! 相変わらずショボい風つぶてだなぁ!」

 

 ナナの後ろ上空から駆け下りて来るのは、黒髪の婦人の騎馬。

 

(えっ、人間が草の馬に乗っていいの?)

 と驚くナナの前に、馬は砕石を散らして着地し、狼に向いて立ち塞がった。

「お久しぶりです、狼さん」

 

「蒼の里は人材不足か? 何でよりによってお前が来る!?」

 狼は心底嫌そうに眉間にシワを入れ、ヘッと炎の息を吐いた。

 

 ナナは顎をガクガク言わせながら、後ろから婦人を見上げた。

 こんな細くて弱そうなヒトがあんな大きな狼に敵う訳がない。

 

 しかし婦人は馬を下りて、砂利の上を狼の前に進み出た。

「この子は貴方の糧にはなりません。どうかお引き取り願えませんか」

 

 言いながら婦人は、後ろ手で馬を指差し、ナナに乗って逃げろと合図している。

(け、けど、取り残されたこのヒトはどうなるの?)

 

「俺様にお願いするんじゃねぇええ!!」

 突然、狼がブチキレた。

 口の端から炎の息を吹きながら、今にも飛び掛からんばかりに頭を低くする。

「逃げられると思ってんてかよ! 俺様の物をにならねぇんなら、そのガキここで噛み砕いてやらぁ!」

 次の瞬間炎を上げて跳躍し、婦人と馬を飛び越えた。

 刃物みたいな牙と爪が、ナナに向かって一直線に振って来る。

 

「ひ、ひぃ・・!!」

 ウソ嘘ウソ! 僕、こんな所で死んでもいいの!?

 でもでも、死は誰にでもこんな簡単にやって来るん……だ…………

 背筋が一気に冷たくなった。

 

 と思ったら、本当に冷たい何かが、背中から首筋に向けて駆け上がって行った。

 

 ギィィイイイ――!!

 空気を引き裂くおぞましい悲鳴。

 ナナの背を抜けて後ろに跳ね上がった恐ろしく細長い生き物を、いつの間に上空に居たノスリが、小間切れにした瞬間だった。

 

 老婦人が走って来て、ナナの頭を抱えるように覆い被さる。

 バラバラと液体が降ったが、ナナには当たらなかった。

 

 何? 何が起こったの? と疑問を吐く暇もなく

 

 バキバキ、ガザザ!!

 パキパキパキザザザザ!!

 

 四方のハイマツから、一斉に大勢のモノが飛び立った。

 い、いつの間に居たの!?

 

 ナナは、盾になってくれている婦人の肩越しに、空中で襲い掛かる異形のモノを、ノスリ長の二刀が薙ぎ払うのを見た。

 めっちゃ早い、強い、容赦ない。

 

 山では母が剣技を教えてくれていた。

 だが母の美しい型を真似るのみで、実際に生き物を斬るなど、想像した事も無かった。

 

 飛沫が飛ぶビシャビシャという音。

 破片が落下して枝を折る音。

 それが止むと、嫌な臭いと荒い息づかいが残った。

 

「へへ――ん! 取り零(こぼ)してやんの!」

 狼の声。

 一体がハイマツの中を遠去かって行く音。

 

「必要だろう、手を出すとこうなるぞと証言する者が」

 ノスリの野太い声。

 いつもの穏やかなノスリ家のお父さんと全然違う声……

 

 ナナを抱いていた腕が緩んだ。

 老婦人が脱力して、ふぅと身を起こすと、背中からズリズリドスンと何かが落ちた。

 大きな鉤爪の付いた毛むくじゃらの腕。

 

「巫女殿! 大丈夫か!?」

 ノスリが、自分の馬と共に降りて来た。

 

「はい、大事ありません。ナナ、貴方は?」

 

「はっ、あぁうっ」

 ナナは止まったいた息がやっと喉を通った。口が強張って喋れない。

 

「大事あるだろよぉ、俺様との楽しいお喋りをぶった斬られてぇ」

 狼が離れたハイマツの中からヒョイと顔を出した。

「折角仲良くなれそうだったのになぁ」

 

 婦人が再びナナを抱いて、狼をキッと睨んだ。

 その前にノスリが立ち塞がる。

「初対面だが話には聞いている。多分お前さんとは誰も仲良くなれない。去れ」

 腰を落として二刀に手を掛ける。

 

「ジョーダン!」

 狼はクルリと宙返って離れた。

「俺様は誰にも命令されない。そうさな、今回は、老骨に鞭打って頑張ったそこのお婆ちゃんに免じて退いてやらぁ。だけれど覚えて置けよ、俺様はいつだってお前さんの隣に居る!!」

 

 赤い獣は最後までナナから目を逸らさず、シュッと音をさせて暗闇に消えた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。