碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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薄雪・Ⅲ

 

 朝……

 一番に見つけたのは、ユユだった。

 

 初雪が降った。

 故郷のお山と同じ、真白な世界!

 

 カワセミ長サマは雪が大好きだと聞いた。

 この一番の綺麗な真っ白い風景を持って行ってあげよう。

 

 里の奥の小さなパォに行くと、もう足跡が付いていた。

 あらぁ、巫女サマ、早起きだこと。

 この分だと、一番の雪をあげる楽しみは、巫女サマに先を越されたかもしれない。

 

「お早うございます!」

 外で叫んだが、返事がない。

 

 よく見ると、入り口の足跡は出て行ったきりで、戻った後がなかった。

「お留守にしているのかしら。こんなに朝早く」

 

 御簾を細く開けて覗くと、いつもの揺り椅子に巫女サマが座っている。

「??」

 ユユは御簾の隙間から、そっと滑り込んだ。

 巫女サマは眠っているようで、胸から下に羊の毛布が掛かっている。

 昨日ベッドの冬支度で力仕事をなさったのでお疲れなのね……

 

「あっ!!」

 

 ベッドが空だった。

 

 巫女サマが昨日変えたばかりの敷布の中央が人型にへこんで、掛布が捲り上げられたまま。

 

「……??……」

 この事実に驚愕するには、ユユは物を知らない子供過ぎた。

 取りあえず眠っている巫女サマは起こさないように、抜き足差し足で外に出る。

 足跡はよく見ると裸足だった。

 

「こんな雪の中で?」

 ユユは足跡を辿った。

 

 少し行くと、今度は馬の足跡に行き会った。

 まるで呼んだように、厩からこの足跡の主の所にまっすぐに馬が来たのだ。

「ここで馬に乗って飛んで行ったっていうの?」

 

 その時また雪が降り出した。

 視界が悪くなる。

 

 ユユが辺りを見回すと、修練所の馬が数頭、小さな厩に繋がれているのが見えた。

 今まで散々ユユを振り落としてきた奴だ。

 

 意を決して駆け寄る。

「ねえ、今ここから飛んだ馬が何処(どちら)へ行ったか見ていた? お願い、教えて!」

 

 何の気紛れか、馬は前に進み出て首を振った。

「乗っていいの?」

 綱を解いて慌ててよじ登る。

 

 子供を乗せた裸馬は、今日は振り落とさないで、自ら厩を出た。

 そして、さっきの痩せた馬が飛び去った方向へ、音もなく上昇した。

 

 

 ユユはひたすら馬のタテガミにしがみ着いて、凍える風に耐えた。

 そんなに距離は飛ばなくて、馬はすぐ降下してくれた。

 

「ここ……どこ?」

 降り立ったのは、曲がりくねった低い木が覆う、小高い丘。

 里へ来てから外に出たのは初めてなので、方向感覚が分からない。

 

 丘の周囲は一面の草原で、今は初冬の鈍い金色。

 それに白い雪が花のように降り注いでいた。

 

 下馬して辺りを見回していると、乗ってきた馬は丘の裏側へ駆けて行った。

 もう一頭の馬がそこに居る。

 ユユも付いて、そちらへ歩いた。

 

 ――!!!

 

 そのヒトが……居た……

 

 丘の下に向いて、すっと立って、水色の長い髪を雪風になびかせて。

 この寒空に薄い寝間着一枚に、裸足。

 

 しかしユユが驚いたのはそれだけじゃなかった。

 

 丘の斜面一面にカタカゴの花が咲き乱れていたのだ。

 白い薄雪の降り積もる中、その薄桃色の群落は、明らかに違和感があった。

 

 この花は確かに春一番に雪をついて咲くのだが、こんなに咲き揃うのは、すっかり雪が消えてからだ。

「しかも今は冬の初めなのに」

 

 ユユの呟きに、そのヒトが振り返った。

 

 吸い込まれるような水色の瞳。

 薄い唇が動く。

 

「……綺麗でしょう……」

 

「…………」

 

「巫女の為に、咲いてくれたんだ」

 

 

 程無く、丘に三頭の馬が降り立つ。

 大長と、二人の長。

 

 水色の目で真っ直ぐ見つめる妖精に、大長が歩み寄って静かに言った。

 

「……おかえりなさい」

 

「……ただいま」

 

 それから離れた二人に視線を移す。

 

「……やあ」

「……おぉ」

 

「……うん」

 

 

 この人達も言葉は要らないんだ。

 ユユは黙って居た。

 自分の喋る隙間が見えなかったので。

 

 後から来た三人は赤い目をしていた。

 鼻の頭も赤いのは、雪の中馬を飛ばして来たせいとは違う感じだ。

 

「見事ですね」

 大長は、上衣をそのヒトに掛けながら、丘の斜面を眺めて上ずった声で言う。

「貴方が咲かせたのですか?」

 

「いいえ、あのヒトが」

 水色の妖精は、丘の上の二つ玉石を視線で示した。

「ボクはちょっと手助けしただけ」

 

「そうか、巫女殿のお袋さんが……」

 ノスリが鼻をグジュグジュ言わせている。

 

「そう、巫女サマ! 巫女サマは!?」

 ユユがついに声を出した。

「カワセミ長サマが起きたって知ったら、きっと大喜びだよ!」

 

 しかしユユのテンションとは逆に、三人の大人は目に暗い影を落として黙っている。

 ツバクロが歩み寄って、ユユを抱き上げた。

 

「ユユ、巫女様はね、たいそう頑張り過ぎて、お疲れなんだよ」

 

「そう? 昨日も大仕事してらしたもんね。そっか……」

 ツバクロはあどけない娘をぎゅっと抱き締めた。

 

 大長は顔を背け、ノスリはただ俯いている。

 

 カワセミは雪をきしませて丘を登った。

 其処は何十年も前、巫女が名前を授かった場所だった。

 

「巫女はここに居るよ」

 

 見上げる一同に、カワセミは正面向けてすくと立ち、目を閉じる。

 両の腕を後ろに回して、うなじから髪をかき上げた。

 

 空中の雪を舞い散らせて、翡翠色の光がその身の両側に広がる。

 

 皆茫然として、鷹のように真直(ます)ぐに伸びた翡翠色の羽根を見つめる。

 ただ見つめる。

 

「巫女はずっとボクと在る。こんなに嬉しい事はないよ」

 

 

 

 

 

 

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