朝……
一番に見つけたのは、ユユだった。
初雪が降った。
故郷のお山と同じ、真白な世界!
カワセミ長サマは雪が大好きだと聞いた。
この一番の綺麗な真っ白い風景を持って行ってあげよう。
里の奥の小さなパォに行くと、もう足跡が付いていた。
あらぁ、巫女サマ、早起きだこと。
この分だと、一番の雪をあげる楽しみは、巫女サマに先を越されたかもしれない。
「お早うございます!」
外で叫んだが、返事がない。
よく見ると、入り口の足跡は出て行ったきりで、戻った後がなかった。
「お留守にしているのかしら。こんなに朝早く」
御簾を細く開けて覗くと、いつもの揺り椅子に巫女サマが座っている。
「??」
ユユは御簾の隙間から、そっと滑り込んだ。
巫女サマは眠っているようで、胸から下に羊の毛布が掛かっている。
昨日ベッドの冬支度で力仕事をなさったのでお疲れなのね……
「あっ!!」
ベッドが空だった。
巫女サマが昨日変えたばかりの敷布の中央が人型にへこんで、掛布が捲り上げられたまま。
「……??……」
この事実に驚愕するには、ユユは物を知らない子供過ぎた。
取りあえず眠っている巫女サマは起こさないように、抜き足差し足で外に出る。
足跡はよく見ると裸足だった。
「こんな雪の中で?」
ユユは足跡を辿った。
少し行くと、今度は馬の足跡に行き会った。
まるで呼んだように、厩からこの足跡の主の所にまっすぐに馬が来たのだ。
「ここで馬に乗って飛んで行ったっていうの?」
その時また雪が降り出した。
視界が悪くなる。
ユユが辺りを見回すと、修練所の馬が数頭、小さな厩に繋がれているのが見えた。
今まで散々ユユを振り落としてきた奴だ。
意を決して駆け寄る。
「ねえ、今ここから飛んだ馬が何処(どちら)へ行ったか見ていた? お願い、教えて!」
何の気紛れか、馬は前に進み出て首を振った。
「乗っていいの?」
綱を解いて慌ててよじ登る。
子供を乗せた裸馬は、今日は振り落とさないで、自ら厩を出た。
そして、さっきの痩せた馬が飛び去った方向へ、音もなく上昇した。
ユユはひたすら馬のタテガミにしがみ着いて、凍える風に耐えた。
そんなに距離は飛ばなくて、馬はすぐ降下してくれた。
「ここ……どこ?」
降り立ったのは、曲がりくねった低い木が覆う、小高い丘。
里へ来てから外に出たのは初めてなので、方向感覚が分からない。
丘の周囲は一面の草原で、今は初冬の鈍い金色。
それに白い雪が花のように降り注いでいた。
下馬して辺りを見回していると、乗ってきた馬は丘の裏側へ駆けて行った。
もう一頭の馬がそこに居る。
ユユも付いて、そちらへ歩いた。
――!!!
そのヒトが……居た……
丘の下に向いて、すっと立って、水色の長い髪を雪風になびかせて。
この寒空に薄い寝間着一枚に、裸足。
しかしユユが驚いたのはそれだけじゃなかった。
丘の斜面一面にカタカゴの花が咲き乱れていたのだ。
白い薄雪の降り積もる中、その薄桃色の群落は、明らかに違和感があった。
この花は確かに春一番に雪をついて咲くのだが、こんなに咲き揃うのは、すっかり雪が消えてからだ。
「しかも今は冬の初めなのに」
ユユの呟きに、そのヒトが振り返った。
吸い込まれるような水色の瞳。
薄い唇が動く。
「……綺麗でしょう……」
「…………」
「巫女の為に、咲いてくれたんだ」
程無く、丘に三頭の馬が降り立つ。
大長と、二人の長。
水色の目で真っ直ぐ見つめる妖精に、大長が歩み寄って静かに言った。
「……おかえりなさい」
「……ただいま」
それから離れた二人に視線を移す。
「……やあ」
「……おぉ」
「……うん」
この人達も言葉は要らないんだ。
ユユは黙って居た。
自分の喋る隙間が見えなかったので。
後から来た三人は赤い目をしていた。
鼻の頭も赤いのは、雪の中馬を飛ばして来たせいとは違う感じだ。
「見事ですね」
大長は、上衣をそのヒトに掛けながら、丘の斜面を眺めて上ずった声で言う。
「貴方が咲かせたのですか?」
「いいえ、あのヒトが」
水色の妖精は、丘の上の二つ玉石を視線で示した。
「ボクはちょっと手助けしただけ」
「そうか、巫女殿のお袋さんが……」
ノスリが鼻をグジュグジュ言わせている。
「そう、巫女サマ! 巫女サマは!?」
ユユがついに声を出した。
「カワセミ長サマが起きたって知ったら、きっと大喜びだよ!」
しかしユユのテンションとは逆に、三人の大人は目に暗い影を落として黙っている。
ツバクロが歩み寄って、ユユを抱き上げた。
「ユユ、巫女様はね、たいそう頑張り過ぎて、お疲れなんだよ」
「そう? 昨日も大仕事してらしたもんね。そっか……」
ツバクロはあどけない娘をぎゅっと抱き締めた。
大長は顔を背け、ノスリはただ俯いている。
カワセミは雪をきしませて丘を登った。
其処は何十年も前、巫女が名前を授かった場所だった。
「巫女はここに居るよ」
見上げる一同に、カワセミは正面向けてすくと立ち、目を閉じる。
両の腕を後ろに回して、うなじから髪をかき上げた。
空中の雪を舞い散らせて、翡翠色の光がその身の両側に広がる。
皆茫然として、鷹のように真直(ます)ぐに伸びた翡翠色の羽根を見つめる。
ただ見つめる。
「巫女はずっとボクと在る。こんなに嬉しい事はないよ」