碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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『さいしょのおはなし』最終話です


蛍火・Ⅲ

 まだ明けやらぬ早朝、フラフラのカワセミが蒼の里に降り立つ。

 

 馬繋ぎ場には何故か二人の仲間が待っていて、支えられながら長に任務の報告をした……

       ………………………………………………

                ……………所までは、記憶にある

 

 

 カワセミが目を開けると、自宅パォの天井があった。

 額に乗せられた手拭いがカピカピ。

 目も鼻も口もガラガラ。

 枕元には酸っぱい匂いの薬草や薬湯がズラリ。

 

 入り口が開いて、オタネ婆さんが入って来て、ゴシャゴシャ喋って、額の手拭いを変えてくれて、何か苦ーいのを飲まされた。

 

 …………………………

 ……次に気が付くと、二人の仲間が居た。

「よっ、眠り姫のお目覚めだぞ」

「大丈夫? まず、水分とって」

 

「……いま、いつ? ボク、どれ位寝ていた?」

 また苦い薬を飲まされながら、カワセミは目をキョロキョロさせた。

 

「一週間と半日。熱が下がんなくてね。……あ、これ、繋いで置いたよ」

 ツバクロは石の鎖を枕元に置いた。

 石が包まれていたハンカチについての言及は無い。

 

「やっぱり俺がフォローに行ってやれば良かったな」

 

 ノスリの言葉に返事せず、カワセミはうつ伏せになって枕に顔を埋めた。

「カワセミ?」

 

「ダメだ……どうしてこの身体、こんなにすぐイカれちゃうんだろ。キミ達に負担かけて、ちっとも長の役に立てていない」

 

 二人は困った顔を見合わせた。

 ままある事なのだが、今回は二重のダメージを喰らっている分、傷が深い。

 

 

 ***

 

 

「君が湖から帰ったその日、長は大ナマズの所へ行ったよ」

 

 カワセミは転がってこちらを向いた。

 

「一人で?」

「うん」

「それだけ?」

「ああ、うん、何回か通うみたい」

「えっ?」

「ナマズに会いに、だよ。説法を何回かに分けて授けなきゃいけないだろ」

「…………」

 

 二人とも、あの少女がどうしたのか知らない。

 湖から帰った長は、いつもと変わりが無かった。

 こちらから聞く訳にも行かないし。

 

 カワセミが黙ってしまい、微妙な空気になった所へ、ドカドカとオタネ婆さんが入って来た。

 

「小僧、起きたか!」

「わあああ! プライベート空間ですよ、ご婦人!」

 

「たわけ半人前の小わっぱどもが。特に小僧、働いている時とぶっ倒れている時が半々じゃないか。いつになったら、長様の片腕までに成長してくれるんじゃい」

 

 婆さんが歯に衣着せぬのはいつもの事だが、今のカワセミは塩を刷り込まれる傷口が大き過ぎた。

「そう……ボク……永遠に……長の役になんか立てないんだ……」

 

 ああっ! このモードに入っちまうと厄介なのにいぃぃ~~と、恨みがましい目で見る二人を尻目に、婆さんはツカツカと部屋を横切り、丸まってるカワセミの右手首をワシっと掴んだ。

 

「アダダダダ――!!」

 挫いた怪我がまだ癒えていないのに……

 

「それだけ元気があれば行けるな。長様がお呼びじゃ」

 婆さんは下げてきたカゴから膏薬を取り出し、手首にベッタリと塗って、目にも止まらぬ早業でテーピングしてくれた。

 

「ありゃりゃ?」

 カワセミが目を丸くしている。

 痛みが嘘みたいに引いたらしい。

「これ、寝ている間にやっといてくれりゃ良かったのに」

 

「目が覚めていつの間にか治ってましたじゃ、有り難みが無かろうが」

「ババァ!」

 

「ほれ、長様の御前に、そんな格好で行く気か。とっとと着替えんかい」

 婆さんは構わず、カワセミの寝巻きを引っぺがしに掛かった。

「分かった、自分でやるから、やーめーて――!」

 

 ノスリとツバクロは呆然と眺めていたが、やがて笑いが込み上げてきた。

 

 オタネ婆さんは、身寄りのない小僧っ子が、放っとけなくてしようがないんだ。

 ノスリもツバクロも血縁は多いが、カワセミは早くに両親を無くして親族もいない。

 だから彼らの何倍も長ベッタリなのだが。

 

(それでもこうやって構ってくれるヒトがいて、何だかんだで幸福者じゃないか、こいつ)

 

 すったもんだの末、身支度を整える頃には、カワセミはしゃんと立って表情もはっきりしていた。

 オタネ婆さんも正確に回復する頃を読み切っていたんだろう。

 

「早よう行かんかい!」

 

 蹴飛ばすようにカワセミを追い出してから、婆さんは残った二人に向き直る。

「!??」

「お主ら、あの子がどうしようもなく身体が脆弱なのは知っておろうが」

「は、はい……」

 

「弱いのに、過分に頑張り過ぎて、しょっちゅうオーバーヒートしては動けなくなるのも知っておろう」

「……はぃ」

「じゃったらしゃんとフォローせんか!! あの子を殺す気かあぁ~~!!」

 

 とばっちりがブッ飛んで来た。

 

 

 

 カワセミは執務室の入り口で、一度躊躇した。

 いつもは長に会えるのはワクワクするのに、今はちょっと不安だ。

 

「カワセミですか? どうぞお入りなさい」

 いつもと変わらぬ長の声。

 恐る恐る御簾を開けて入ると、長は大机の向こうで立ち上がっていた。

 

「身体の方はどうですか? 不調なら気にせず言うんですよ」

「はい、もう大丈夫です。オタネ婆さんのお薬のお陰。心配かけてごめんなさい」

 

「構いませんよ、元気になって何よりです」

 長は仕事の顔になって、報告書を取り上げた。

「湖の件、ご苦労様でした。主殿が予想外に喧嘩っ早くて、貴方に負担をかけてしまいました。よく治めましたね。さすがは貴方です」

 

 カワセミは口をキュッと結んで下を向いた。

 こういう瞬間に、何時如何なる時もこのヒトの為に全力を尽くそうと、決意を新たに出来るのだ。

 

「件の主殿ですが、後何度か説法を授けて、水神となって頂く事になりました。その役目、貴方にお願いします」

「ぇ……ええっ!!」

 

「大自然の繋がりを説く基本の説法です。貴方ならもう出来ます。第一先方が貴方を気に入っているのです」

「は……ぁ……」

 

「今晩が新月だからお願いします。後、忘れずに毎回、新月の時に通って下さいね」

「は、はい」

 

 カワセミには遥か彼方の事と思えた重大な役割だ。

 その他の心配事なんか吹っ飛んでしまった。

 

 長は他に何も言わなかった。

 カワセミも当然聞かない。

 

 あの女の子が勇気を出して思いの丈を打ち明けたとしても、長にしたら沢山の出来事の中の一つに過ぎない。

 生きている舞台が違うのだ。

 

 ただ、長の事だから、きちんと最後まで聞いて、丁寧に応えてあげただろう。

 あの子は、それで自分に自信を持てて、人間の人生を生きて行ければいいんじゃないか……と思う。

 

 

 

 カワセミは夜空に馬を走らせる。

 新月なので真っ暗だが、星が地上に映っている所が湖だ。

 

 ――!?

 湖畔に火が見える。

「あの女の子、また家出しているのか?」

 そうだったら、可哀想だけれど、ちょっと遠慮して貰わなきゃ。

 

 しかし馬を降下させるにつれ、それが焚き火ではなく、二つの火が地上より高い所で燃えているのが分かった。

「篝火(かがりび)?」

 

 湖畔は以前と雰囲気が違った。

 篝火は、あの寂れたお堂の前で焚かれていたが、お堂は新しい板が張られ、小綺麗に修繕されていた。

 灯りの間に立つヒトが居る。

 

「……キミ……?」

 

 墨で線を引いたような黒髪が、腰まで流れる女の子。

 神木の枝を両手で持ち、あの絹のズボン(ウムドゥ)を履いているが、今日は上もお揃いの、カタカゴの花の刺繍の入った長衣をまとっている。

 カワセミを見ると、神木を掲げて一礼した。

 

「どういう……コト?」

 カワセミは馬から降りてよろめいた。

 また熱が出そうだ。

 

 女の子はカワセミの前に進み出て、もう一度形式通りの礼をした。

「この湖の守り神の、巫女を務めさせて頂く事になりました。イルアルティと申します」

「…………」

「蒼の長様に任命頂き、主様にお許しを頂きました」

 

「……長が……」

 聞いてないよ……

 

 

 蒼の長が大ナマズと話をしに来た日、女の子は確かに湖を訪れていた。

 しかし長が来る前に、浮上したナマズに先に会ってしまった。

 ナマズは身構えたが、女の子は駆け寄って、先日の事を正直に謝ったのだった。

 

 そして……長が訪れた時には、何だか両者打ち解けて、和やかな雰囲気になっていた。

 ナマズが長に「チョット、コノ娘ノ話ヲ聞イテヤレ」と促した程だ。

 

 さて、ナマズは己の言葉を人間に伝える架け橋が欲しい、女の子は自分の在るべき場所が欲しい。

 長がポンと手を叩いて、こういう形になった。

 

(それでいいのか? 長……)

 まぁ、あのヒトらしいっちゃ、あのヒトらしいけれど。

 

「家族にそう言ったら、お父さんとお兄ちゃん達がお堂をキレイにしてくれたんです。お父さん、お前らしい道が見付かったなって、喜んでくれた。バカみたいですね、私。『お父さん』は今のお父さん以外の誰でもなかったのに」

 

「そうか、うん」

 

「暫くは、羊番もやりながらの通いの巫女だけれど、これから主様と共にしっかり勉強して行きます」

 イルアルティはそう言って微笑み、湖に神木を掲げて一礼した。

 水面が盛り上がり、大ナマズが厳(おごそ)かに現れる。

 

 カワセミは背筋を伸ばして息を吸った。

 自分のやるべき一番の仕事を長はお膳立てしてくれた。

 精一杯努めるだけだ。

 

 右手に大地の精気を集める。

 ぽぅと光る。

 左手に風の精気を集める。

 ぽぅと光る。

 両手を前に伸ばして二つの光を併せる。

 そうしてその場に集った全ての者に、この世の理(ことわり)を説いてゆく。

 

 林の奥から光を慕って蛍が漂い出る。

 薄緑の明滅の中、静かに祝詞(のりと)が流れる。

 

 

 主殿は水底へ戻り、帰りがけ、形式的に見送る女の子に、カワセミは振り向かずに聞いてみた。

「長には気持ちを伝えられたの?」

「いいんです。伝えなくとも分かって下さっていたから」

「そう?」

「人間の身にして、こうしてお役に立てている。これ以上は望みようもありません」

「うん、そうか」

「貴方様に感謝します」

「……うん」

 

 不意に、離れた藪でバサバサと音がした。

 あまりに焦れた二人がつんのめった音だ。

 

「ノスリ、ツバクロ」

 

 二人は、目を丸くするカワセミに悪びれもなく、ニコニコしながら寄って来た。

 

「遅かったからさ。またオタネ婆さんに説教食らいたくないし。具合、どうだ?」

「……うん、平気」

 

「じゃあ、この巫女ちゃんに僕らを紹介してくれる?」

 ツバクロが、里の女の子百発百中の流し目を発動する。

 カワセミは慌ててその前に立ち塞がった。

 

 イルアルティは目を丸くしながらも笑顔。

 ようやく自分の在るべき場所に落ち付けたようだ。

 

 

 

 ヒトの縁(えにし)は不思議な物。

 このイルアルティの母親が居てこそ、この三人の弟子は在る。

 それを四人が知るのは、まだしばらく先の事。

 

 中天の天の川は丁度湖の真上に在り、新月の漆黒の中、天と地に二本の星の河を描いていた。

 その二本は遠くの地平で交わる。

 

 

 

 

 

          ~蛍火・了~

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵:四コマカワセミさん1 
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