碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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ふたつめのおはなし
ノスリが主人公です


ふたつめのおはなし
迷子・Ⅰ


 

 ノスリは、最近のカワセミの変わり様に、かなり驚いている。

 相変わらず身なりに無頓着だが、以前みたいに『目を覆いたくなる惨状』ではなくなった。

 少なくとも靴は履くし、前髪だけでも整える。

 洗いざらした清潔な衣服を、きちんと表に返して着る。

 

 手足と首に巻き付く石の鎖は相変わらずだが、これは仕方がない。

 石の一つ一つに意味があり、彼に言わせると、どれか一つ欠けてもバランスが崩れて効果が無くなるらしい。

 まあ、以前のようなどよーんとしたオーラが消えて、道行く子供が逃げ出す、という事は無くなった。

 

「女の子一つでここまで変わるかねえ」

 ずっと彼の世話を焼いて来たノスリにしたら複雑だが、魔力至上主義だった相棒が、他の事にも興味が向くようになったのは、喜ばしいと言えるだろう。

 

 

 この日も仕事を割り振られ、三人揃って執務室を出た。

 

「また一人ずつ別々の任務だな。大丈夫か?」

「うん、長はちゃんとボクに合った仕事を選んでくれるから」

 

 以前ならゴネて皆を困らせたのに、何だこれ別人か?

 反対隣を歩くツバクロだって、目を丸くして音の出ない口笛を吹いている。

 

 馬繋ぎ場に到着すると、カワセミはカラ馬を一頭連れて、いそいそと飛び立って行った。

 湖の巫女を拾いに行くのだ。

 

「ホンット、分かりやすい奴。にしても、あいつが駄々をこねないだけで、こんなに平和だったんだな」

 ツバクロも自分の馬装を点検しながら苦笑いする。

「君はちょっと物足りないかい?」

 

「馬鹿言え、こちとらまだ修得出来ていない術がテンコ盛りなんだ。ヒトの心配している余裕なんかねぇんだよ。巫女殿が現れてくれたのは、俺にとっちゃ大歓迎なんだ」

 

 

 カワセミが一週間高熱に苛まれる羽目に遭って以来、長は彼の仕事に、なるべく巫女を同道させるよう指示していた。

 理由付けは巫女の勉強だが、皆の感覚は、カワセミがオーバーヒートした時の『保険』だ。

 

 この巫女殿、成りは小柄だが、なかなかタフで肝が据わっている。

 何より馬に乗るのが素晴らしく上手い。

 子供の頃から無意識に風に乗って馬を駆っていたらしく、草の馬に乗る術(すべ)も、あっと言う間に修得してしまった。

 

 今は長の裁量で、カワセミに付いて仕事の時だけ、草の馬が貸与(たいよ)されている。

 宛がわれるのは主持たずの予備の草の馬だが、最初は馬事係や古い大人から、そりゃもう抗議の嵐だった。

 草の馬と言えば蒼の一族、蒼の一族と言えば草の馬、というくらい並び称されているのだから、無理もない。

 

 が、カワセミがぶっ倒れて危なかった事を引き合いに出すと、大体の者は黙った。

 里で遠巻きに避けられがちなカワセミだが、『術力』という一番キモな部分で、蒼の長の大切な後継なのだ。

 

「二人乗り? トンでもない! 女のコがそんなに身体に密着したら術が逃げる!!」

 

 カワセミの一声で、長が嬉しそうに巫女の為の馬を選びに行った。

 膝枕の事を突っ込んでやろうかと思ったがやめた。

 

 まぁ、外の者で、あのカワセミがあんなにナツく……もとい、心を許す者が現れるなんて、誰も思っていなかった。

 だからこの現象は誰に取っても良い事の筈で、様々な掟も巫女に対しては黙認された。

 

 

 そういう訳で、最近すっかり世話係から解放されたノスリが、残ったツバクロと談笑していると、小柄な女の子がツツツィ、と寄ってきた。

 

「ツ~バクロ~!」

 

「げ! フィフィ!」

 

 頭の両側に丸いお団子髪を乗せた、こまっしゃくれた女の子。

 ツバクロの四つ年下の従姉妹(いとこ)、フィフィだ。

 今もそうだが、他の女の子達が遠巻きに見ている二人に話し掛けられる事を、ちょっとハナに掛けている。

 

「げっ、て何よ。ノスリには話していないの。ね、ツバクロ、この間の『借り』を早く返してよね!」

 後ろ手を組み、精一杯爪先立って、背の高い従兄弟に顔を近付ける。

 

「ああ、アレね……ちょっと待ってて。ここの所忙しくて」

 

「え――っ! この前もそう言った! 絶対悪いと思ってないんでしょ! 私にとっては……」

 

「分かった分かった! 取って置きのとっときの、一度も袖を通した事のない一張羅のよそ行き衣装を、お古と勘違いしたバカな従兄弟(いとこ)が勝手に持ち出して、背中に大穴を開けた上、ドロドロのボロンボロンにしちまったんだよなっ」

 ツバクロはもう何十回も聞かされて暗記してしまった台詞を繰り返した。

 

「埋め合わせは必ずするから、今は勘弁して」

「じゃあ、利息ちょうだい」

「り……?」

 

「行ってきますのキッス!」

 イタズラっぽい目をして、また背伸びして顔を突き出す。

 

「いい加減にしろ。ツバクロのはこれから仕事なんだぞ」

 ノスリが脇から叱ると、小娘はフンッと息を吐いて踵を降ろした。

 

「ジョーダン、冗談よ。本当はこれを渡しに来たの。はいどうぞ」

 斜め掛けの鞄から、油紙の包みを取り出す。

 

「なに?」

「揚げ団子。ツバクロ好きでしょ。行動食にして」

「あ、普通に嬉しい」

 

「ふふん、ついでだからノスリにもあげるわ」

 勿体ぶってもう一つの包み登場。

 

「ついでかよ」

「嫌ならあげない」

「へいへい、謹んでおし頂きますっ」

 

「カワセミにもあげればよかったのに」

 

 ああっ、このバカ! って顔でノスリがツバクロを睨んだが遅かった。

 

「ガッワゼビ~~!? 冗っ談っ!!」

 

 あーあ、地雷踏んじゃった。

 

 あの日、ヨレヨレのドロドロで帰還したカワセミが、仕舞っておいた筈の一張羅を着ているのを見て、彼女の上げた悲鳴は、決してカワセミを心配しての物では無かった。

 

 メラメラと火の付いてしまった彼女を置き去りに、二人は素早く馬に跨がった。

 

「じゃ、じゃあね、フィフィ、団子、サンキュ」

「キッスが欲しけりゃ早くおっきくなりな! 特に胸と尻!」

 

 

 下で何か叫ぶフィフィの声はもう届かない。

 二人は笑いながら途中まで一緒に飛んだ。

 

「来週には時間が出来る。人間の王都まで行って来ようと思うんだ」

「へえ?」

 

「実は長の妹君にお願いしてあるんだ。女の子の喜びそうな服地を一反分けて下さいって」

「ほお、あの方の見立てなら間違いなさそうだな。しかしお前、ホントにそういうの、ソツが無いな」

「だって、どう考えてもこちらが悪かったんだし。まぁ喜んで欲しいじゃん、一番年の近い従姉妹だもの」

 

 そんな事を話しながら各々の持ち場に別れた。

 

 

   ***

 

 

「ふぃ~~」

 

 頬に向かい傷を作ったノスリが、でっかい二刀を肩に担いで、ドッカと座り込む。

 尻の下には完全に伸びている大イノシシ。

 水牛程の大きさがあり、全身棘(とげ)だらけ、口には左右七本の牙。まぁ並のイノシシとは違う。

 

「なぁお前さん、分かってくれたか? このまま乱暴を働いても住み処の山が崩れるだけだって」

 

 ――ウウ、ウルサイ。身ジロギヒトツデ周囲ヲ傷付ケル身トナッタ今更、ドウ生キロト。

 

「そうだな、その辺は俺より詳しい者が後から来るから、そう悲観しないで、大人しく待っていろ」

 

 ――ドウニカ、ナルノカ?

 

「なる。蒼の長なら良き道を作ってくれる」

 

 ――蒼ノ長? アノ高名ナ?

 

「そそ。ていうか、俺最初に名乗ったろ? あぁ、いきなりのし掛かって来たもんな、聞く耳持って無かったか」

 

 ――面目ナイ・・

 

 

 任務を無事に終え、ノスリは棘の森を飛び立った。

 

 後は長の管轄だ。もしかしたら、もうカワセミにやらせるかもしれない。

 

 ひと昔前は、こんな前振りから、あれもこれも全部、蒼の長一人でやっていたんだなぁ。

 そりゃ大変だった筈だ。

 

 自分らが長を補佐出来るようになって良かった。

 もっともっとやれる幅を広げなくちゃな。

 

 

 

 

 棘の森を後にして、ノスリは谷あいの『水車岩』の上に馬を降ろした。

 ここでツバクロと待ち合わせている。

 

 二人とも里では目立つ存在だし、長の弟子としての振る舞いを要求される。

 だけれど、まだ子供っ気の抜けない成人の成り立て、人目を気にせずバカ話だってしたい。

 仕事場所が近い時は、こうして落ち合って一緒に帰ったりする。

 カワセミみたいに、誰がどう見ていようと無頓着なのが、たまには羨ましい。

 

 しばらく待ったがツバクロは来なかった。

 今日はたいした任務じゃなかった筈。

 確か、山の民の幾つかの集落との定例報告と、山の見回り……

 

 

 里へ戻ると、やはり繋ぎ場にツバクロの馬はいない。

「……ちょっと何かに手間取っているだけだ。後になったら笑えるような」

 不安を打ち消しながら、執務室への坂を登る。

 

 ――ピィイ――――

 

 上空で鷹の声が響いた。

 里の周囲を巡回している特別な鷹だ。

 空を見上げると、二騎の馬影。

 しかし空中で止まって、降りて来る気配が無い。

「巫女殿?」

 

 片方は湖の巫女だが、もう片方はカラ馬だ。

 ノスリは胸をザワつかせながら、繋ぎ場に取って返して、馬に跨がり上昇した。

 

 近付くと、巫女がたすき掛けでカワセミを背負って二人乗りしている。

「すみません、お呼び立てして」

 

 彼女は蒼の里に入らない。

 長も特に禁じてはいないのだが、自分の中で頑なに線引きをしている。

 

「力を尽くされたようで、一人で馬にお乗せするのは危なかったので。でもどうしてもすぐに里に戻ると仰って」

 

「ご、ご苦労でした」

 ノスリが慌てて馬を横付けし、ぐったりと意識のない相棒を引き取った。

 

 ノスリが触れるとカワセミはいきなり覚醒し、腕をガッと掴んで来た。

「ノスリ! 長の所へ連れてって。早く、早く!」

「ど、どうした?」

 

「ツ、ツバクロ、ツバクロは、里に居る?」

「まだ、戻らん」

「!! 早く、早く長の所に!!」

 

 ノスリはカワセミを抱えながら、巫女を振り向く。

 巫女は、自分の事は一切構わず結構、という目をして頷いた。

 

「御免!」

 ノスリはカワセミの馬も連れて、急下降した。

 

 馬繋ぎ場でなく、長の執務室前に直接降りる。

 長は既に屋外に出て来ていた。

「ノスリ、カワセミ! どうしたんです!」

 

「長ァ、ツバクロがぁ・・」

 カワセミは長の胸に倒れ込み、片手を握った。

「・・!!」

 

 多分、自分の遠視(とおみ)した映像を、長に直接見せているのだ。

 

 何も出来ないノスリは、端(はた)で喉を絞められるような思いで待った。

 

 カワセミはぐったりと脱力し、長が緊張の顔を上げた。

「兵士を招集して下さい。各地区に通達を」

 集まって来た里人に指令を飛ばし、その内の一人にカワセミを託す。

「この子を中へ寝かせて。……ノスリ!」

「は、はいっ」

 

「ツバクロが山で危険な状態です。私が行きますから、貴方はカワセミと待機していて下さい」

「!! お、俺も行く、行きます!」

 

「指揮を出す者が必要です。貴方に頼みます」

「えっ? そっ、俺っ!?」

「追って鷹を飛ばします。とにかく今は、私の速さと『眼』が必要です」

 

 馬繋ぎ場から、鷹と共に闘牙の馬が一足飛びに到着し、長は跨がるが早いか、一瞬で見えなくなった。

 確かにあのヒトに着いて行ける者なんていない。

 

 

「……指揮って……」

 

 ヒトが集まる。

 皆、不安そうだ。

 

「ノスリィ――!!」

 人垣からフィフィが飛び出して来た。

 

「何、どうしたの? ツバクロ何かあったの!?」

 甲高い声を上げて、両腕を揺さぶって来る。

 集まった皆々がザワ付く。

 これじゃ、ダメだ。

 

「フィフィ!」

 腰を屈めて、真っ赤な顔をしている娘の肩を掴んだ。

「ツバクロは大丈夫だ。あいつは強い、知ってるだろ? 一人が騒ぐと不安が広がる。不安は良くない気を招く」

 

「ん……」

 フィフィは唇を噛み締めた。

 

 ノスリは顔を上げる。

「長の留守は俺が預かる。兵士は馬装して待機。篝火を一杯まで増やして松明の用意。診療所は湯を沸かして人手を集めて置いて下さい」

 

 皆、それぞれの持ち場に散った。馬事係は二頭の馬を引いて行く。

 ノスリはフィフィを伴って執務室に入った。

 カワセミが長椅子に寝かされている。

 

「フィフィ、手当してあげて」

「えっ、アタシがぁ!?」

「ツバクロの急を知らせに来てぶっ倒れたんだ。あいつを大事に思っているのはお前だけじゃないぞ」

 

 娘はぐっと唾を飲み込んで、大人しく桶に水を汲み、手拭いを絞って熱を冷やし始めた。

 その間にノスリは、次々入って来る問い掛けに対応し、指示を出し続ける。

 

「ノスリ、カワセミが目を覚ましたみたい」

 フィフィが後ろに下がり、ノスリは枕元に屈んだ。

 

「カワセミ、どうだ、話せるか?」

「ふにゃぁ……長は?」

「行かれたよ。お前、何を見たんだ? 予知か、透視か?」

「透視、今現在の事が見えた。ツバクロが山で何かに襲われてた。大勢のモノ……翼と爪がある。尖った崖が一杯そびえてる場所で、上の方を崩されて、岩が一杯落ちて来て」

 後ろのフィフィが凍り付く。

 

「ボク、岩を何個か弾いたんだけど、途中で見えなく……ノスリ、どうしてここに居るの!?」

「待機だ。指示を出す者が必要だから」

 

 カワセミは額の布を滑らせて起き上がった。

「行こうよ、ボク、ツバクロを探せる。まだ動けるから、こうして……」

 しかしそのままグニャリと二つ折りにうつ伏せてしまった。

「あぁぁぁぁ!! こんな時に……動け動け動け」

 

 ノスリは立ち上がって太い声で叫んだ。

「長の代理としての命令だ。カワセミ、お前も待機だ! 必要な時まで一秒でも長く休んでろ。余分な体力使うな!」

 

 カワセミは仰向けに転がって、ずり落ちた手拭いを額に戻しながら頷いた。

「……了解……」

 

 

「鷹です!」

 兵士の声で外に飛び出す。

 夜目の効く特別な鷹は、一直線にノスリの腕に降りる。

 

《ツバクロは無事です。兵士が必要。皆を率いて、鷹に道案内させて来るよう》

 手紙ではなく、鷹が長の口伝えをそのまま喋った。

 余裕の無い状態って事だ。

 

「行くぞ、各個乗馬!」

 

 叫んでから執務室に戻る。

「カワセミ、後を頼む」

「へ? ボクも行く」

 

「ちゃんと考えろ、真剣に! 俺達、共倒れちゃダメなんだ。長と俺ら三人は一つ場所に闘いに出てはいけない。誰かが里に残って居なくちゃダメなんだ」

「ノ、ノスリィ……」

 

「しっかりしろ! 俺はお前を尊敬しているぞ」

 

 ノスリは馬繋ぎ場へ走り、二十数騎の小隊を伴って、矢の様に飛ぶ鷹の後を追った。

 

 

 

 

 

 




挿し絵:三人 
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