夜闇の中に、目指す山が近付く。
不意に、中腹で翡翠色の光が広がった。
光に追われて、何体かの黒い影が翼を広げて飛び上がって来る。
「南の砂漠で見た事のある『飛び蜥蜴(とかげ)』!!」
定住地を持たぬ流浪者で、タチの悪い奴だ。
良い土地を見付けて食い潰しては移動する習癖を持つ。
刈り取るばかりで生産はしない。知性もあるが、向いている理(コトワリ)が違う。
魔性になりかけのイノシシの方が、まだ何十倍も話が通じる。
でかい個体の数匹が、真っ直ぐこちらに向かって来た。
「あれは囮だ、奥の逃がそうとしている塊を叩け!」
空中の蜥蜴は後陣に任せて、ノスリは地上の光った所を目指した。
崩れた瓦礫の上で、長とツバクロが背中合わせで剣を構えていた。
ツバクロは片膝地面に着けて苦しそうだが、とにかく生きている。
喉から心臓が飛び出る程嬉しかった。
ノスリは素早く周辺を観察した。
蜥蜴の残ったのが三、五……六匹。
逃げる素振りは無く、ツバクロに的を絞っている。
「セイッ!!」
両手に二刀を抜いて、真上から飛び降りる。
不意を付いて二匹、返す刀で二匹、
ラスト、真正面と真後ろ!! 後ろの奴は長が引き受けてくれた。
・・
・・・
「長、これでしまいですか?」
上空も片が付いたようで、三々五々、騎馬が降りて来る。
「はい、おおむね倒したようです」
長は剣を収めながら、後ろのツバクロを振り向いた。
ツバクロは切り傷だらけで肩で息をしていたが、顔を上げて安堵の色を浮かべた。
「よく堪(こら)えました。ノスリ、ツバクロを頼みます。里に戻らせて手当てを」
「はい、長は?」
「山の民の所へ話をしに行かねばなりません」
長は堅い表情だ。
「あの、長、連れて行って下さい!」
ツバクロが顔を上げて叫んだ。
「お、おい、お前、手当てを先に……」
「ノスリごめん、目立つ所だけ縛ってくれ」
蒼の長はゆっくり振り向いて目を細めた。
「そうですか……ではおいでなさい。しゃんと立てますか?」
「問題ありません!」
青年は顔をしかめながらも背筋を伸ばした。
ノスリは小隊を引き受けて、周辺を警らし、残党は居ないと確かめてから、里へ戻らせた。
自身は、長とツバクロが訪れている、中腹の集落へ向かう。
中央の大きな建物から、二人が出て来た所だった。
「長、ツバクロ!」
「ああ、ノスリもお疲れ様でしたね」
建物の玄関で、幾人かが膝を付いて頭を下げている。
長は軽く目礼し、二人の若者を率いて飛び立った。
蒼の里だって完全に平和じゃない。
草原を我が物にしたい者や、外からの侵入者は幾らだっている。
だから武装は必要不可欠。兵士は兼業だが訓練を欠かさない。
ノスリは頭では分かっていたが、現実に大勢を動かして事に挑んだのは初めてだった。
前を行く長の後ろで、並んで飛びながら、ツバクロが馬を寄せて来た。
「僕のミスだ、情けない……」
山の民が、『一見、見分の深そうな、南方から来た一団』に唆(そそのか)され、この地を統括する蒼の長の大切な後継者が来る日時を漏らし、手引きをした。
理由は、傍から聞いたら『何故それで騙される?』というような、有り得ない捏造と美味し過ぎる儲け話。
「最初に定例報告を交わした時に、気付けなきゃいけなかった。幾らでもボロは出していたのに。そうしたら、こんな大業な事にならずに済んだんだ」
悔しそうに拳を握る腕の切り傷が開いて、縛った布に血が滲む。
「おい、今は安静にしていろよ、そういう事考えるのは明日で……」
「すぐに考えて行動に移さなきゃいけなかったんだ」
こんな事で山の民との関係を絶ってはいけない。
そしてそれは、明日を待ってはいけなかった。
事がしくじったと分かった気弱な民達が取る行動は、おしなべてロクな事じゃない。
蒼の長は即座に族長を訪れて、冷静に訥々(とつとつ)と説得した。
目先の欲に一時的に流されて、この地の未来がどうなるか、子々孫々がどうなるか。
「後ろで聞いていて気が遠くなったよ。本当にこのヒトを継げるんだろうかって」
ノスリは、呆けて呟く相棒を見た。
その現場に立ち会う事の大切さを、こいつはしっかり認識していたんだ。
二歩も三歩も、先を行かれている気がした。
***
里の火が見える頃には、もう夜半だった。
いつもは寝静まっている時刻だが、今は篝火を燃やし続けてくれている。
ノスリは斜め後ろから長を伺った。
じっと黙って張りつめた面持ちだ。
弟子や兵士を危険に晒してしまった事を重く受け止めているようだ。
歴代の長は、何でも独りで判断してこなしていたらしい。
その代わり、切り捨てる物が多かった。兵士の死傷者数も段違いだったと聞く。
長ははっきりとは言わないが、なるべく切り捨てず、取り零さない統治を目指しているんだと思う。
それをやるのは独りでは無理だから、周囲を育てて皆で協力する体制を作った。
(俺は、今の形にした長を支持するし尊敬している。だからもっともっとしっかりせにゃ)
「はぁ、蜥蜴くらい軽くあしらえなきゃ……」
ツバクロが下を向いてブツブツ言っている。
「蜥蜴百匹をか? 俺でもかなり無理だぞ。落石にもやられたんだろ?」
「石はヤバかったな。当たらなかったのが嘘みたい。風で防御したんだけれど、とても無理だと思ったから」
「カワセミが、自分で幾つか弾いたって言っていたな」
「ひぇ、なんだそれ?」
「あ? あぁ、当たり前みたいに言っていたけれど、よく考えたら凄いな」
「僕のピンチを透視で察して、遠くから岩も弾いたって? よく考えなくても凄くない? 長、ねぇ、長、凄いですよね」
声を掛けられた長は振り向いて、穏やかな顔で答えた。
「ああ、そうですね。私にも出来るかどうか分かりませんね」
「うわぁ」
二人の青年は顔を見合わせた。
「あのまま成長したら、僕ら要らなくなっちゃうじゃん」
「・・」
喉元まで何か言いかけて、長は飲み込んだ。
「でもあいつ、今またオーバーヒートして寝込んでいるんだ」
「あぁ……」
「俺らは要るだろ。今回みたいな事があった時、術でブッ飛ばすだけじゃ解決しない訳だし。まぁ、熱を出す位で丁度いいんじゃないか? でないと、俺ら多分、あいつに頼りきりになっちまう」
「そうだな、ぶっ倒れる方はたまったモンじゃないだろうけれど」
「大丈夫、今、フィフィが看病してるっ」
「マジ!?」
「マジマジ!!」
二人は顔を見合わせて笑った。
長は後ろで仲良さそうに笑い合う二人の声を聞き、前を向いて心解(ほぐ)れた表情になった。
「あ!!」
ノスリが驚きの声を上げた。
里の外の草原の上。黒髪の娘が、草の馬と共に立っている。
「まさか、ずっとあそこに?」
昨日の夕方から、日をまたがって既に夜明けの方が近い。
長とツバクロもそちらを見て驚いている。
「俺、ちょっと行ってきます」
ノスリは二人から離れて、こちらを見上げる巫女の所へ飛んだ。
巫女は、空にツバクロの姿を確認したのだろう。
ホッコリ微笑みながら、ノスリに手を振った。
「巫女殿、ずっとここに居たのか? 帰っても良かったのに」
娘はノスリをじっと見つめ、首を小さく傾げた。
「あ、そうですね、帰るというのは思い付きませんでした。何せ心配心配しか頭になくて」
そうだ、この娘は『あの』カワセミとず~~っと一緒に居られるんだった。
脳内時計が違うんだ。
「ツバクロはもう大丈夫だ。カワセミも意識が戻って喋ったりしていたし」
「良うございました。もう安心なのですか?」
「ああそう、もう安心だ」
「……そうですか。ではお暇(いとま)致します。草の馬はカラ馬でお戻ししますので」
巫女はふわりと馬上の人となり、空を速足で駆け去って行った。
ノスリは彼女が安定した風に乗るのを見届けてから、里へ戻った。
里は緊張が解かれて、半分は寝静まっている。
執務室の御簾をくぐると、長が丸椅子に腰掛け、横たわるカワセミの額に手を当てていた。
「戻りました。ツバクロは?」
「診療所です。毒を少し貰っていたので、二、三日安静です。オタネお婆さんが着いています」
カワセミは、ノスリが発った後、律儀に留守を預かろうと気を張っていたらしい。
そして帰還した二人の顔を見てまたぶっ倒れた。
「巫女殿は帰りましたか?」
「ええ、一晩待ちぼうけていたのを当たり前みたいに。呑気というか頑固というか。不思議なヒトですね」
「ふふ、頑固は母親譲りなんでしょうかねぇ」
「……どういう縁(えにし)の方なんです?」
「ん――、端的に言うと、妹の、親友の、忘れ形見、かな」
「はぁ」
「あともう一つ、明確な肩書きがありますが、それは本人の口から出るまで待ってやって下さいね」
御簾の外に複数のヒトの気配がした。
「長様、宜しいか」
オタネ婆さんの声だ。
「どうぞ、入って下さい」
婆さんと、一人の年配女性が入って来た。
ツバクロの親族の一人……確か、フィフィの母親だ。
「あの、ノスリ殿、フィフィをご存知ないでしょうか?」
「フィフィ?」
「ずっと見えないらしいんじゃよ」
婆さんも、どうしてこう次々……と、困った顔だ。
「……確か、カワセミの手当てを頼んで……」
ノスリはこめかみに手を当てて、一生懸命思い出す。
「カワセミが目を覚まして、ツバクロが山で落石に遭った話をしたんだ。尖った岩が一杯そそり立つ場所で、上が崩されて……」
その辺りまではフィフィが居たのを覚えている。
「!!」
母親は口を覆った。
確かに、フィフィの性格なら、その時点でツバクロの元へ飛び出してしまった可能性大だ。
婆さんは頭を押さえて首を振った。
長が立ち上がる。
「待って下さい、長、フィフィは蜥蜴の居た山には行っていないです」
――!?
皆、ノスリに注目する。
「俺達今朝、彼女の前で、反対方向へ飛び立ちました。一度任務地へフィフィが着いて来ちゃった事があって、彼女が居る時は用心して、真っ直ぐ飛ばないようにしていたんです」
フィフィの母親は口に手を当てて申し訳なさそうな顔をする。
「多分、ぜんぜん違う場所に行っている。万が一、蜥蜴の居た山に向かったのなら、兵士だって大勢居たんだし、あの後見回りもした。誰も見ていないって事はないでしょう」
「成程、案じるには及ばんと言う事か?」
オタネ婆さんは取り敢えず肩を下ろした。
危険な飛び蜥蜴のいる山でなければ、草の馬を持つ妖精の娘だ。そう心配する程でもない。
「はい、でも、俺、一応捜しに行きます。ひとつ宛てがあるし」
ノスリは身軽く外套を羽織った。
長だって百匹近くの蜥蜴を相手にしているし、今動くべきなのは自分だ。
「木の根元に居るよ……」
皆ビクッと揺れて振り向いた。
カワセミは目を閉じて眠ったままだ。
「大きなトネリコの根元で、スヤスヤしてる……」
寝言か? 寝言なのか? にしてはやけにハッキリ……
「信用していいと思いますよ」
長が額の手拭いを取り替えてやりながら言った。