ノスリは馬を全速力で駆った。
巫女はのんびり速足で駆けていた。追い付ける筈だ。
しかし思いもかけず、星空の中で停止している草の馬が見えた。
「巫女殿?」
「貴方が凄い早さで迫って来るのに気が付いて。どうなさったのですか?」
「巫女殿、今晩ずっとあそこに居たろ。長が飛び立った後、小隊が出る迄の間、他に飛び立った馬を見なかったか?」
巫女は即座に答えた。
「はい、小振りな馬が。でも長様とは反対方向だったので、関係ないのかと」
「どこへ飛んだか、見ていなかったか? その子が迷子で、身内が心配しているのだ」
巫女は額に指を当て、一生懸命思い出そうとする。
「飛んだ方向に……オリオンの三つ星。ああ、ギザギザになった山影があるでしょ、あれの真ん中くらいだったわ」
「分かった。有り難う!」
それだけ分かれば何とかなる。
確かにそっちには、尖った崖が多数そびえる岩山があって、常に落石を起こしている。
多分そこだと決め付けて向かったんだ。
「あの、私もお手伝い致しましょうか?」
「いや、一人で大丈夫」
巫女の申し出を断って、ノスリは一人岩山を目指した。
まったく、巫女殿みたいに落ち着いた女性もいる側で、あの跳ねっ返りが。
尖った岩山が見える。
ふもとに帯状の森林があり、大きな木も幾つかある。
「トネリコ、トネリコ……、暗くて判別がし辛いな」
――!!!
地上に集中していて、気付くのが一拍遅れた。
肩口を何かが掠める!
振り向く肩越しに・・
爪を振り上げる飛び蜥蜴! 取り逃がしがあったか!?
剣! 間に合うか!?
――キュ、キュン!
風きり音?
一匹の蜥蜴が腕を弾かれて、空中でのけぞっている。
抜いた大刀で、両断に切り伏せた。
落ちて行くトカゲの血飛沫の向こうに……
「巫女殿??」
「よ、よかったです……間に合って……」
「じゃあ、カワセミは、俺の危険も予知していたのか?」
空中で馬を横付けし、巫女はノスリの傷を縛る。
「はっきりと確信は無かったのです。背負ってお連れした時にうわ言で、『ツバクロが危ない』の他に、『ノスリもまだ安心しちゃダメ』と、一度だけ混じっていて。余りにあいまいで、予知かどうかも分からなくて」
「…………」
それが心配で、一晩あそこで待ち、更に後を付いて来たのか?
「私のヘボな風ツブテでも、たまには役に立つのですね」
傷の手当てを終えた巫女は、蜥蜴の落ちて行った方向を見て、目を閉じて黙祷をした。
あの蜥蜴は、一匹で逃げ延びた者が、たまたま敵のノスリを見付けて、襲って来たのだろう。
複数で居るのなら群れで動く習性だし、今度こそあれで最後の筈。
「あ、ノスリ殿、あれ!」
地上に何か見つけた巫女が、声を上げた。
見ると、地表すれすれを、ふわふわ歩く草の馬。
頭のオレンジのポンポンルージュは、間違いなくフィフィの馬だ。
「魔物に何かされたのでしょうか」
「いや、馬が全然怯えていないし、襲われた感じじゃないな。考えられるとしたら……」
空に、爪と羽根のある一匹のトカゲを見掛けて、ツバクロがこの近くに居ると確信を持ったか?
二人は地上に降りて、辺りを見回した。
「そこの岩山が崩れたばかりみたいだ。真下へ行こうと、森に入ったか」
確かに、最近踏み入ったらしい新しい折れ跡がある。
「フィフィ!」
呼んでみたが反応は無い。
声の届かない奥へ行ってしまったか、カワセミの言うように眠ってしまっているのか。
目の前は密度の濃い森で、枝の張り出しが多く、乗馬して入って行くのは困難だ。
「歩きか。思ったより大変だ。あ、巫女殿、ここでもう……」
「目が四つあった方が見付けやすいと思いますよ。夜目は妖精さんにひけを取りません」
この気遣い、フィフィに爪のアカでも飲ませてやりたい。
二人は左右を手分けして捜しながら、森に分け入った。
踏み跡は一直線でなく、厄介に行きつ戻りつしている。
「その方、ツバクロ殿を心配して飛び出したのですか?」
「ああ、それもこんな見当違いの方向へ。全く短絡的な奴で。好きな男が心配なのは分かるが」
「あらら、恋人さんなんですか?」
「いやいやいや、そんなのじゃなくて。ツバクロ見たら分かるでしょ? 如何(いか)にも女の子が好きそうな容姿で。里の女の子は大半があいつに憧れて、いつもキャアキャア騒いでいる」
「…………」
「ああ、巫女殿は大人だから、そういうのに興味は無いか」
巫女は下を向いて口角を上げた。
「ふふ、ふふふふ……」
「な、何だ?」
「ああ、ごめんなさい。あのですね、私が蒼の里の女の子に生まれていたら、やっぱり一緒になって、ツバクロ殿にキャアキャア言っていると思いますよ」
「?? 何で?」
「楽だから、そして安全だから」
「何だそりゃ」
巫女は不敵な笑いを含ませながら続ける。
「女の子ってね、偽装するんです。手頃な、如何にも誰もが好きそうな、無害なヒトをカモフラージュにして。ああ、確かにツバクロ殿はそんな感じだわ。王子サマタイプで人当たりが良くて」
「…………」
いつの間にか巫女の方が先を歩いていた。
慣れた感じで枝や灌木を掻き分けて進む。
「女の子は男のヒトが思っている程純粋じゃない。遥かに狡猾で、そして、擬態が上手いの」
「擬態?」
「男のヒトや、ライバルの女の子を油断させる擬態。皆で王子サマにキャアキャア言っている振りをして、水面下では凄い駆け引きが行われてるんですよ」
「まさか……巫女殿みたいに賢い女性だけだろ」
「さあ、どうでしょう。例えば私だったら、王子サマにまとわり付く振りをして、その側に居る本命のヒトに近付くわ」
「……はは……」
「王子サマにちょっかい出して、そのヒトの反応を見るの」
「…………」
「王子サマに手作りのお菓子をあげて、ついでの振りして、ちゃっかり本命の彼にも渡したり」
「・・・・」
巫女は森をどんどん歩いて行く。
森の精気のせいか、清廉潔白だと思っていた巫女が、何だか妖女に見えて来た。
「あの、巫女殿」
「はい?」
「その、擬態……って奴を、見破る手だては無いのか? 今の話だと、ツバクロがえらく可哀想だ」
「ふ、ふ……簡単ですよ」
巫女は、木の幹を掴んで、クルリと身体の向きを変え、ノスリを正面から見た。
「頭ごなしに強い命令を下してみるんです。無茶な事では無く、その子にだけピンポイントで苦手な事。カモフラージュな娘は怒って離れて行きます。本気な娘は、それが出来るよう努力します」
「…………」
「……ノスリ殿?」
「ああ、すまない」
ノスリは巫女がそら恐ろしくなった。
一瞬フィフィとつるんでいるのかとさえ勘ぐった。
ツバクロの安否も分からないあの状況下で、さすがにそれは無いだろうが……
「ノスリ殿」
「あ、ああ?」
「だからってその方が誰を好きだとか、簡単に分かったつもりにならない方がいいと思いますよ」
「……そうなのか?」
巫女は疲れを知らないように、藪をかき分ける。
「だってね、分からないんです。女の子ってね、擬態に擬態を重ねて、分からなくなっちゃうんです。自分でも……」
藪を抜ける。
大きな木の根元に出る。
「迷子になっちゃうんです」
トネリコの木の下に、歩き疲れて眠ってしまったオレンジのリボンの娘が、呑気に丸まってスヤスヤしていた。
***
「まったく、なんだって、あんなアサッテな場所に行ったんだよ」
診療所のツバクロのベッドの横で、ノスリは椅子にふんぞり返る。
「だって、落石って聞いて、真っ先にあの岩山が思い浮かんだんだもん。第一、朝そっち方向に飛んでったじゃない。そしたら爪のある魔物も飛んでたしっ」
夕べ遅くなった上に両親にこってり絞られた娘は、それでも朝はきっちり髪を二つ団子に結って来た。
かいがいしくツバクロの世話を焼いているつもりが、怪我人は落ち着けなくて困り顔だ。
「湖の巫女殿が見ていてくれなかったら、見付けようが無かったぞ」
「ふん、あの人間の娘、じーっと里の外に立っていたっていうの? ストーカーじゃない!」
「フィフィ!!」
ノスリは本気でひっぱたいてやろうかと思った。
彼女がヒントをくれなかったら、先にトカゲに見付かっていたかもしれないのに。
トネリコの木の下のフィフィを見付けるや、私が居た事は言わない方が宜しいですと、巫女はあっと言う間に駆け去ってしまった。
呆気に取られて、礼を言う間も無かった。
彼女は、自分達よりも遥かに敏感に、里人の気持ちを察していたのだ。
「長様は、里の女の子は弟子に取らないのに、何であの人間の娘だけ」
「フィフィ、長は女の子でもやる気があれば弟子に取るよ。たまたまやる気のある女の子がいないだけじゃないか」
「やりたいって娘は一杯居るわよぉ!」
「口先だけじゃ駄目なんだよ」
「何よ、何時(いつ)何処の誰が口先だけだったっていうの!?」
正論では歯が立たない……ツバクロは目を閉じてしまった。
この娘と喋っていると治る物も治らんな。
診療所の入り口が細く開いた。
水色の大きな目だけがキョロンと覗く。
「カワセミ!」
「ノスリィ、長が呼んでる……」
それだけ言うと、砂漠のスナネズミの早さで水色の髪は消えた。
原因は分かっているのだが……
「フィフィ、そんな仁王立ちで睨んでいたら、カワセミでなくとも逃げ出すよ。僕に命の恩人に礼も言わせない気かい?」
「だって」
「だってじゃない。一張羅の件は、僕が悪くてカワセミには何の罪もないって、何べん言ったら分かってくれるの」
「だって、だって、生理的に受け付けないんだもの。あんなのがツバクロやノスリの周りをチョロチョロしているなんて。存在自体が、イ・ヤ・な・の・っ!」
今度はヒステリーだ、手に負えない。
「じゃあ、俺、行くわ」
立ち上がるノスリを、ツバクロは置き去りにされる仔犬のような目で見つめる。
入り口でノスリは振り向いた。
あんまり気は進まないが……ひとつ試して見るか。
「フィフィ」
「なに?」
「カワセミは俺とツバクロの大切な仲間だ。多分一生そうだ。だから俺達と居たいんなら、お前もあいつを受け入れねばならん」
フィフィは白目の部分一杯に瞳を広げて驚いたが、後ろでツバクロもびっくり眼(まなこ)だ。
「いきなり好きになれとは言わん。そうだな、あいつの良い所を捜して、そこだけを見るようにしてみろ」
「あいつの良い所って、ドコ?」
「…………」
え――――とぉ・・・・
「…………分かった……」
フィフィは俯いて、小さい声で呟いた。
「努力、して、みる。良い所、探して、みる」
説き伏せた筈なのにノスリは、頭の中で割れ鐘を叩かれたような顔になった。
ツバクロは、訳分からん? とばかりに、病床から双方を見比べている。