碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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『ふたつめのおはなし』最終話です


迷子・Ⅳ

 ノスリが長の執務室へ向かうと、今度はこちらでヒステリーの声がした。

 

「入ってください」

 困り気味の長の声。

 

 入り口をくぐると、カワセミが、長椅子で丸まってふてくされている。

「ヒドイんだよ、長がぁ。ボクに今日も休んでろって」

「ああ、いいんじゃないか。俺も、お前はもう少し休めばいいと思うぞ」

 

「湖の巫女に、今日は自分の用事を頼んだって言うの。ボクに断りもなく~~!」

「…………」

「巫女はボクが見つけたの! 使う時はボクを通して!」

 

 ノスリは困惑顔の長と顔を見合わせた。

「カワセミ、巫女殿は物じゃないぞ。お前の持ち物じゃないんだ」

 

 カワセミは起き上がって二人を睨んだ。

「何処に居るか常に把握していなきゃ、危ない目に遭った時すぐに気付いてやれないじゃないか! 昨日のツバクロだって、ボクがもっと気にしていれば、早くに予知出来たんだ!」

 

 長がハッとなった。

 カワセミは昨日『たまたま』、仲間の危険に気付いたんじゃない。

 自分よりも危ない任務を別の所でこなす仲間の為に……いつからなんだろう……常にアンテナを巡らせていたんだ。

 

「そうだったのですね。分かりました、これからはあらかじめ、巫女殿の事も貴方に伝えるようにしましょうね」

「はいっ!」

 カワセミはゲンキンに良い返事をした。

 

 ノスリはまだカワセミ見つめていた。

 これから能力が強くなる度に、こいつはこうやって、自分で自分の責任を増やして行くんだ……

 

 

 

 

 夕暮れ。

 この日の仕事を掛け持ちでこなしたノスリは、里へ向かう途中で長と合流した。

 

「棘の森の七本牙のイノシシ殿は、貴方の事ばかり聞くのですよ。一回しか会っていないのに、そんなに仲良しになったのですか?」

「はぁ、まぁ、根は悪い奴じゃないですし、あいつ」

 

 夕焼けを背景に、長は目を細め頷(うなず)いて、一人で何かを納得している。

 

「そうそう、オタネお婆さんに聞きました。昨日の長の代理としての采配、実に見事だったと」

 

「ええっ、オタネ婆さんが!? まさか! ああ、ツバクロやカワセミに比べて、俺はあんまり期待されていないから、ハードルが低いんだろうなぁ」

 

 長は何か言いかけたが、やめた。

 若者を育てる事の難儀さに、未だに暗中模索中・・という顔で、肩を竦める。

 

 

 シャン、シャン、シャン、と規則正しい鈴の音が近付いて来た。

 長い黒髪をリズミカルに揺らし、一頭の騎馬が夕陽の中を速足で駆けて来る。

 

「やっぱり長様、丁度ようございました。ノスリ殿、昨日は失礼致しました」

 

 

   ***

 

 

 馬繋ぎ場に一人で降り立った長に、カワセミが駆け寄った。

「お帰りなさーいっ。ノスリは?」

「ノスリはデートですって。湖の巫女殿と帰りがけに行き合って」

「~~! 聞いてないよ!」

「今言いましたよ。巫女殿に何か相談があるって言っていましたから、すぐに帰ると思いま……」

 

 長が話し終わる前に、カワセミは広場の向こうに敵を発見して、悲鳴を上げて逃げ出した。

 長の横を、お団子を振り乱したフィフィがドタドタと駆け抜けて行く。

「おやおや、こちらも仲良しさんですねぇ」

 

 

 診療所のベッドで、ツバクロが笑いながら説明する。

「朝方ノスリが、フィフィに説教くれたんです。カワセミの良い所を見付けて、そこだけ見るようにしろって」

「ほお」

 

「で、フィフィの奴、カワセミの頭に触って『フワフワで可愛いわね』って誉めてやるつもりで、一日中追っかけ回してんだ」

「……カワセミの良い所なんて、それ以外にも一杯あるのに!」

 

 診療所の外では、まだ追っ駆けっこの足音が続いている。

 

 長は、傍らに持っていた包みをツバクロに渡した。

「妹から、貴方に頼まれていた品です。用意出来たとの鷹の手紙が来たのですが、貴方が取りに行けない状態だったので、巫女殿に取りに行って貰ったのです」

 

「わあ、すみません。私事なのに、手数を掛けてしまって」

「いえいえ、巫女殿もあの子に会えて、喜んでいましたよ」

 

 ツバクロは恐縮して包みを受け取った。

 

 結び目を解くと、鮮やかなオレンジの上下揃えの衣装。裾に丁寧な刺繍が施されている。

「わわ! 反物だけで良かったのに。あの方が縫って下さったなんて、勿体ない」

「好きでやっているんですよ。あの子も楽しかったって」

 

 

 外で騒がしい物音がする。

「ちょっと触るだけって言ってるじゃない!」

「よ、寄るな……術が逃げるぅぅ……・・・う・あ・あ・・」

 

「追い詰められたようですね」

 

 またひとしきり騒ぎが響いて、入り口の御簾が大きく開いた。

 ノスリが、右手にフィフィ、左手に身体中の毛を逆立てたカワセミを捕まえて、大股で入って来た。

「ただいま、こいつら、いつの間にこんなに仲良くなったんだ?」

 

「仲良くなんかなってない!」

 カワセミはノスリを振りほどいて、長の脇まで走って行って隠れた。

 

「何っ、それ何っ? ねぇ何? 綺麗っ!!」

 フィフィはツバクロの手元のオレンジの絹を目敏く見付けた。

「ああこれ、君のだよ、この間の約束の……」

 

「きゃぁぁあ――!!」

 

 天井まで突き抜ける絶叫に、全員が耳を塞ぎ、ノスリはビビって手を離した。

 

「ウソうそウソのウソ! これ、あたしのなの? え、ホント? 本当なの――っ!?」

 

 更なる絶叫。皆はまた耳を塞ぐ。

 なんだよこれ、叫ばなきゃシんじゃう病か?

 

「ドラ猫に金貨だ……」

 小さい声で呟くカワセミの頭はツバクロが押さえ、娘はやっと別室へ着替えに行ってくれた。

 

「女の子って簡単だなあ」(小声)

「そう思うか? ツバクロ」(小声)

 

 カワセミがベッドの下からヌッと顔を出し、ノスリを睨んだ。

「巫女をデートに誘うんなら、ボクを通してっ!」

「おう、話しながら湖の畔まで送った。ほい、今言ったぞ」

「う゛~~」

 

「誰をデートに誘ったんですって?」

 仕切り布を開けて、着替えたフィフィが勢いよく入って来た。

 

 かなりびっくりな一同。

 

「フィフィ目茶苦茶似合ってる」

 ツバクロが目を丸くして、

「金魚みたい……」と呟くカワセミの頭を押さえた。

 

「でも凄いわ、サイズも丈もピッタリ。どうして分かったの?」

 

 ここで長が誇らしげに言った。

「寸法を聞かれて、カワセミが以前に貴女の服を着ていた事を思い出しましてね。で、カワセミの寸法を測って教えました」

 

 ・・・・・・

  ・・・・・・・・

 凍り付いた空気に、長も何となーく察して、

「胸もお尻もペッタンコだもんね!」と叫ぶ地雷の手を引いて、

「ではツバクロお大事にっ」と、そそくさと退散した。

 

「アタアタアタシに! カワセミの寸法で、服を仕立てたってぇ!?」

 ツバクロがベッドの隅に追い詰められる。昨日から受難続きな男。

 

「フィフィ」

 天の声が彼女を止まらせる。

「むっちゃ似合ってるな。さあ、もう汚さんように、家に帰って大事に仕舞って置け」

 その声は呪文のように彼女の耳たぶまで真っ赤に染め上げ、おごそかに退散させた。

 

 

 残ったノスリとツバクロ。

 

「ノスリ……あいつ……」

「うん、困ってる」

 二人、フィフィの出て行った出口を見つめる。

 

「困ったから、巫女殿に相談したんだ」

「巫女ちゃんに? それで?」

「女の子の正しいフリ方なんて存在しないし、あっても教えられません、だってさ」

 

「フるつもりなんだ。……まぁフィフィは、『恋に恋してる状態』だと思うよ。窓に鈴なりの女の子達と一緒でね」

 ノスリは目を丸くしてツバクロを見た。

「お前、分かってたのか?」

「水面下で結構手痛い目にも遭っているんだぜ、これでも」

「何だよ、聞かせろよ!」

 

 

 

 

 ツバクロが復帰した。

 

「暫く二人一組制で試してみようと思うんです。効率は良くないのですが」

 長は二枚の書類をノスリとツバクロに渡しながら言った。

 

「俺はそれでいいと思います。もうあんな思いは御免だ」

 

「ボクは巫女と一緒だから、変わりないもんね」

 のほほんと言うカワセミに、ノスリが意地悪く提案してみる。

「長、いっその事、巫女殿も入れて四人でシャッフルしませんか?」

 

「だぁめえぇ~~!!」

 

「巫女殿は、自分が役立てる位置でないと、我々の側には居ないと思いますよ」

 長がサクッと収めてくれて、カワセミの駄々っ子は不発に終わった。

 

「行く行くは、今修行中の小さい弟子達と、ノスリやツバクロを組ませるようになりましょう」

「女の子も弟子入りしてくれればいいのに」

「それは貴方方次第ですねぇ」

 

 

 長に送り出され、二人はいつものダラ話をしながら、馬繋ぎ場へ向かう。

「真面目な話、一回ぐらいは巫女ちゃんと仕事に行ってみたいなぁ」

 

「……俺はいいわ」

 

「いいの? 意外。ど真ん中タイプって言ってなかった?」

 

「いや、それはそうなんだけれど……ど真ん中タイプな女の子の口から、話してもいないこっちの心情を、ズバズバ見透かされてみ? トラウマになるわ」

 

「…………フリ方を聞きに行って、他に何を言われたんだ……」

 

 

 

 

「そういえば、ノスリは何を巫女に相談したんだろ?」

 今日の仕事が午後からのカワセミは、長の事務仕事を手伝っている。

 

「さあね」

 長はすまして、書類の選り分け作業を続ける。

 

「巫女はボクらよりずっと子供だよ」

 

「そうですね。貴方といる時はどんな話をしているんです?」

 

「この間は、海老料理のレシピ百選!」

 カワセミは未処理の書類から一枚を引っ張り出して、長に差し出した。

 

「ふふ、それは是非私も仲間入りしたいですねぇ。おぉこれは最優先だ。ご苦労さまカワセミ」

 

「オトコとオンナのお話なんて、大勢いるお姉ちゃん達の受け売りなだけだって、自分で言っていたよ」

 

 

 

 

「俺は反省した、やっぱり女の子に謎と神秘なんか求めちゃいかん」

「でも、フィフィは御免だろ……おっと、噂をすれば」

 

 馬繋ぎ場に、従姉妹(いとこ)殿が仁王立ちしている。

「おはよう、ツバクロ、ノスリ」

 

 お団子娘はいきなり両手をツバクロの鼻先に突き出して、片手に一つづつ持っている石を、カチカチと打ち鳴らした。

 

「受難避けだって。こっちの緑の石が『心の難』、紫の石が『物の難』……だったかな、逆かもしんない」

「へえ?」

 

「カワセミがくれた、昨日」

「へえ~~!!」

「進歩じゃないか! いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

 

 フィフィは首を横に振る。

「これあげるから、もう、追っ掛け回さないでって」

 

 二人は、追い詰められたネズミが、猫に宝物を差し出す図を想像した。

 

「じゃ、フィフィ、俺には?」

「…………」

「カチカチやってくれよ、ついでに」

「……うん」

 

 娘は背伸びして、腕を伸ばして石を打つ。

 さっきよりもハッキリした音が出た。

 

 それにしても、何で俺なんだろな、ツバクロでなく……

 

「じゃ、行ってくる」

「フィフィ、ちゃんと勉強しろよ。」

 

 

 二人の舞い上がった空は抜けるように青い。

 もうじき秋の気配だ。

 

 

 

 

     ~迷子・了~

 

 

 

 

 




挿し絵:四コマ・カワセミさん2 
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