ノスリが長の執務室へ向かうと、今度はこちらでヒステリーの声がした。
「入ってください」
困り気味の長の声。
入り口をくぐると、カワセミが、長椅子で丸まってふてくされている。
「ヒドイんだよ、長がぁ。ボクに今日も休んでろって」
「ああ、いいんじゃないか。俺も、お前はもう少し休めばいいと思うぞ」
「湖の巫女に、今日は自分の用事を頼んだって言うの。ボクに断りもなく~~!」
「…………」
「巫女はボクが見つけたの! 使う時はボクを通して!」
ノスリは困惑顔の長と顔を見合わせた。
「カワセミ、巫女殿は物じゃないぞ。お前の持ち物じゃないんだ」
カワセミは起き上がって二人を睨んだ。
「何処に居るか常に把握していなきゃ、危ない目に遭った時すぐに気付いてやれないじゃないか! 昨日のツバクロだって、ボクがもっと気にしていれば、早くに予知出来たんだ!」
長がハッとなった。
カワセミは昨日『たまたま』、仲間の危険に気付いたんじゃない。
自分よりも危ない任務を別の所でこなす仲間の為に……いつからなんだろう……常にアンテナを巡らせていたんだ。
「そうだったのですね。分かりました、これからはあらかじめ、巫女殿の事も貴方に伝えるようにしましょうね」
「はいっ!」
カワセミはゲンキンに良い返事をした。
ノスリはまだカワセミ見つめていた。
これから能力が強くなる度に、こいつはこうやって、自分で自分の責任を増やして行くんだ……
夕暮れ。
この日の仕事を掛け持ちでこなしたノスリは、里へ向かう途中で長と合流した。
「棘の森の七本牙のイノシシ殿は、貴方の事ばかり聞くのですよ。一回しか会っていないのに、そんなに仲良しになったのですか?」
「はぁ、まぁ、根は悪い奴じゃないですし、あいつ」
夕焼けを背景に、長は目を細め頷(うなず)いて、一人で何かを納得している。
「そうそう、オタネお婆さんに聞きました。昨日の長の代理としての采配、実に見事だったと」
「ええっ、オタネ婆さんが!? まさか! ああ、ツバクロやカワセミに比べて、俺はあんまり期待されていないから、ハードルが低いんだろうなぁ」
長は何か言いかけたが、やめた。
若者を育てる事の難儀さに、未だに暗中模索中・・という顔で、肩を竦める。
シャン、シャン、シャン、と規則正しい鈴の音が近付いて来た。
長い黒髪をリズミカルに揺らし、一頭の騎馬が夕陽の中を速足で駆けて来る。
「やっぱり長様、丁度ようございました。ノスリ殿、昨日は失礼致しました」
***
馬繋ぎ場に一人で降り立った長に、カワセミが駆け寄った。
「お帰りなさーいっ。ノスリは?」
「ノスリはデートですって。湖の巫女殿と帰りがけに行き合って」
「~~! 聞いてないよ!」
「今言いましたよ。巫女殿に何か相談があるって言っていましたから、すぐに帰ると思いま……」
長が話し終わる前に、カワセミは広場の向こうに敵を発見して、悲鳴を上げて逃げ出した。
長の横を、お団子を振り乱したフィフィがドタドタと駆け抜けて行く。
「おやおや、こちらも仲良しさんですねぇ」
診療所のベッドで、ツバクロが笑いながら説明する。
「朝方ノスリが、フィフィに説教くれたんです。カワセミの良い所を見付けて、そこだけ見るようにしろって」
「ほお」
「で、フィフィの奴、カワセミの頭に触って『フワフワで可愛いわね』って誉めてやるつもりで、一日中追っかけ回してんだ」
「……カワセミの良い所なんて、それ以外にも一杯あるのに!」
診療所の外では、まだ追っ駆けっこの足音が続いている。
長は、傍らに持っていた包みをツバクロに渡した。
「妹から、貴方に頼まれていた品です。用意出来たとの鷹の手紙が来たのですが、貴方が取りに行けない状態だったので、巫女殿に取りに行って貰ったのです」
「わあ、すみません。私事なのに、手数を掛けてしまって」
「いえいえ、巫女殿もあの子に会えて、喜んでいましたよ」
ツバクロは恐縮して包みを受け取った。
結び目を解くと、鮮やかなオレンジの上下揃えの衣装。裾に丁寧な刺繍が施されている。
「わわ! 反物だけで良かったのに。あの方が縫って下さったなんて、勿体ない」
「好きでやっているんですよ。あの子も楽しかったって」
外で騒がしい物音がする。
「ちょっと触るだけって言ってるじゃない!」
「よ、寄るな……術が逃げるぅぅ……・・・う・あ・あ・・」
「追い詰められたようですね」
またひとしきり騒ぎが響いて、入り口の御簾が大きく開いた。
ノスリが、右手にフィフィ、左手に身体中の毛を逆立てたカワセミを捕まえて、大股で入って来た。
「ただいま、こいつら、いつの間にこんなに仲良くなったんだ?」
「仲良くなんかなってない!」
カワセミはノスリを振りほどいて、長の脇まで走って行って隠れた。
「何っ、それ何っ? ねぇ何? 綺麗っ!!」
フィフィはツバクロの手元のオレンジの絹を目敏く見付けた。
「ああこれ、君のだよ、この間の約束の……」
「きゃぁぁあ――!!」
天井まで突き抜ける絶叫に、全員が耳を塞ぎ、ノスリはビビって手を離した。
「ウソうそウソのウソ! これ、あたしのなの? え、ホント? 本当なの――っ!?」
更なる絶叫。皆はまた耳を塞ぐ。
なんだよこれ、叫ばなきゃシんじゃう病か?
「ドラ猫に金貨だ……」
小さい声で呟くカワセミの頭はツバクロが押さえ、娘はやっと別室へ着替えに行ってくれた。
「女の子って簡単だなあ」(小声)
「そう思うか? ツバクロ」(小声)
カワセミがベッドの下からヌッと顔を出し、ノスリを睨んだ。
「巫女をデートに誘うんなら、ボクを通してっ!」
「おう、話しながら湖の畔まで送った。ほい、今言ったぞ」
「う゛~~」
「誰をデートに誘ったんですって?」
仕切り布を開けて、着替えたフィフィが勢いよく入って来た。
かなりびっくりな一同。
「フィフィ目茶苦茶似合ってる」
ツバクロが目を丸くして、
「金魚みたい……」と呟くカワセミの頭を押さえた。
「でも凄いわ、サイズも丈もピッタリ。どうして分かったの?」
ここで長が誇らしげに言った。
「寸法を聞かれて、カワセミが以前に貴女の服を着ていた事を思い出しましてね。で、カワセミの寸法を測って教えました」
・・・・・・
・・・・・・・・
凍り付いた空気に、長も何となーく察して、
「胸もお尻もペッタンコだもんね!」と叫ぶ地雷の手を引いて、
「ではツバクロお大事にっ」と、そそくさと退散した。
「アタアタアタシに! カワセミの寸法で、服を仕立てたってぇ!?」
ツバクロがベッドの隅に追い詰められる。昨日から受難続きな男。
「フィフィ」
天の声が彼女を止まらせる。
「むっちゃ似合ってるな。さあ、もう汚さんように、家に帰って大事に仕舞って置け」
その声は呪文のように彼女の耳たぶまで真っ赤に染め上げ、おごそかに退散させた。
残ったノスリとツバクロ。
「ノスリ……あいつ……」
「うん、困ってる」
二人、フィフィの出て行った出口を見つめる。
「困ったから、巫女殿に相談したんだ」
「巫女ちゃんに? それで?」
「女の子の正しいフリ方なんて存在しないし、あっても教えられません、だってさ」
「フるつもりなんだ。……まぁフィフィは、『恋に恋してる状態』だと思うよ。窓に鈴なりの女の子達と一緒でね」
ノスリは目を丸くしてツバクロを見た。
「お前、分かってたのか?」
「水面下で結構手痛い目にも遭っているんだぜ、これでも」
「何だよ、聞かせろよ!」
ツバクロが復帰した。
「暫く二人一組制で試してみようと思うんです。効率は良くないのですが」
長は二枚の書類をノスリとツバクロに渡しながら言った。
「俺はそれでいいと思います。もうあんな思いは御免だ」
「ボクは巫女と一緒だから、変わりないもんね」
のほほんと言うカワセミに、ノスリが意地悪く提案してみる。
「長、いっその事、巫女殿も入れて四人でシャッフルしませんか?」
「だぁめえぇ~~!!」
「巫女殿は、自分が役立てる位置でないと、我々の側には居ないと思いますよ」
長がサクッと収めてくれて、カワセミの駄々っ子は不発に終わった。
「行く行くは、今修行中の小さい弟子達と、ノスリやツバクロを組ませるようになりましょう」
「女の子も弟子入りしてくれればいいのに」
「それは貴方方次第ですねぇ」
長に送り出され、二人はいつものダラ話をしながら、馬繋ぎ場へ向かう。
「真面目な話、一回ぐらいは巫女ちゃんと仕事に行ってみたいなぁ」
「……俺はいいわ」
「いいの? 意外。ど真ん中タイプって言ってなかった?」
「いや、それはそうなんだけれど……ど真ん中タイプな女の子の口から、話してもいないこっちの心情を、ズバズバ見透かされてみ? トラウマになるわ」
「…………フリ方を聞きに行って、他に何を言われたんだ……」
「そういえば、ノスリは何を巫女に相談したんだろ?」
今日の仕事が午後からのカワセミは、長の事務仕事を手伝っている。
「さあね」
長はすまして、書類の選り分け作業を続ける。
「巫女はボクらよりずっと子供だよ」
「そうですね。貴方といる時はどんな話をしているんです?」
「この間は、海老料理のレシピ百選!」
カワセミは未処理の書類から一枚を引っ張り出して、長に差し出した。
「ふふ、それは是非私も仲間入りしたいですねぇ。おぉこれは最優先だ。ご苦労さまカワセミ」
「オトコとオンナのお話なんて、大勢いるお姉ちゃん達の受け売りなだけだって、自分で言っていたよ」
「俺は反省した、やっぱり女の子に謎と神秘なんか求めちゃいかん」
「でも、フィフィは御免だろ……おっと、噂をすれば」
馬繋ぎ場に、従姉妹(いとこ)殿が仁王立ちしている。
「おはよう、ツバクロ、ノスリ」
お団子娘はいきなり両手をツバクロの鼻先に突き出して、片手に一つづつ持っている石を、カチカチと打ち鳴らした。
「受難避けだって。こっちの緑の石が『心の難』、紫の石が『物の難』……だったかな、逆かもしんない」
「へえ?」
「カワセミがくれた、昨日」
「へえ~~!!」
「進歩じゃないか! いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
フィフィは首を横に振る。
「これあげるから、もう、追っ掛け回さないでって」
二人は、追い詰められたネズミが、猫に宝物を差し出す図を想像した。
「じゃ、フィフィ、俺には?」
「…………」
「カチカチやってくれよ、ついでに」
「……うん」
娘は背伸びして、腕を伸ばして石を打つ。
さっきよりもハッキリした音が出た。
それにしても、何で俺なんだろな、ツバクロでなく……
「じゃ、行ってくる」
「フィフィ、ちゃんと勉強しろよ。」
二人の舞い上がった空は抜けるように青い。
もうじき秋の気配だ。
~迷子・了~