碧い羽根のおはなし   作:西風 そら

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金鈴花・Ⅱ

 翌日も朝から雨だった。

 草原育ちのツバクロには、こんなに蕭々(しょうしょう)と降り続く雨はおかしな感覚だった。

 

「親父殿の見立てでは、もう何日か続くって」

 キビタキは嬉しそうに石板を並べながら言う。

「君、そんなに座学好きだっけ?」

「だって雨が上がったらツバクロ行っちゃうし」

 

 里に居る間から続けて学んでいるのは、魔法に関する文字や力の法則。

 変化する自然や環境の中で、自分の力をいかに有効に使うかって話だ。

 それが分かっていないと、濃霧の中で雷なんか起こして、エライ目に遭ったりする。

 それぞれ別の力を持つ妖精には学んでおくべき事だけれど、人間の間で生きて行くキビタキにはあまり必要無いように思える。

 だがキビタキは、法則の内容より、ツバクロに物を教わるって事に価値を感じているようだ。

 

 

 王は到着するや、処々に指令を発し、今朝から雨をついて近隣の属郷を巡っている。

 地元の郷主の怪しげな動き等は、予め蒼の狼が調べあげ、報告してある。

 後は王本人が出向き、楔を打って置くという、鮮やかな連携。

 良からぬ事を企んでいた者は、本国から来たその日に知り得ぬ情報を知っている王に、畏れを成して考えを引っ込める。

 

 大陸の深部にはなかなか入り込めない。

 今はそれぞれの範囲を守りつつ、使者を送り牽制し合っている状態だ。

 

「そんなに無理して領土を広げなくていいのに」

 これがツバクロの率直な感想だ。勿論口にはしない。

 人間には人間の法則があるんだろうし、何が正しいかは誰にも決められない。

 決められるのはずっとずっと後世に、その土地に暮らす子孫達だろう。

 

 ただ、人間と妖精の中間で翻弄されそうなキビタキの事は気掛かりだ。

 生まれた時に人間だったから、人間の人生を歩む事に決められたのだが、後から出現した妖精の資質が、長にも予想外だったらしい。

 

 今は父親に付いて皇子としての道を進むつもりだろうが、将来状況が変わって人間社会から弾かれるようなら、無理を通してでも力になってやりたい。

 ツバクロはそれ程、この赤毛の子供に肩入れをしていた。

 

 

 

 そんな折り、それは起きた。

 雨があがった朝、暇乞いの伺いを立てようかと窓から空を見ていたツバクロの部屋を、妹君が訪れた。

「こちらに、皇子は来ていませんか?」

「いえ、どうしたんですか?」

「見えないのです、今朝から」

 

 キビタキとは夕べ部屋でおやすみなさいを言って別れたきりだ。

 明日には雨が上がりそうなので、勉強は休んで、子供の頃の話なんかをしていた。

 

「王は?」

「居ないと気付いてすぐ、私の馬で飛び立ちました」

 

「え……」

 人間の王が当たり前みたいに草の馬を使役する事に、違和感を感じた。

 いや、このヒトは里の掟をハナから破っているんだ。

 今更気にもしないのだろう……

 

「咄嗟の勘が働いたようで。ここは入るものには水も漏らしませんが、出るのは意外と安易なのです。それに……」

 女性の顔は今までにない不安な危うさで一杯だ。

「王の勘は当たるのです」

 

「では僕も行きます」

 ツバクロは帯剣して外に出た。

 

 自分の馬に手を掛けた所で、後から来た女性が声をあげ、王がキビタキを乗せて降下して来た。

 

 皇子は無傷だった。

 自分が何をしでかしたかイマイチ自覚していないようだが、両親の沈痛な面持ちから察して、神妙にしている。

 

「森の中で、東の森人と居た」

「…………」

「連れ去られる所だった」

「すみません、そういう事を教えるの、後回しにしていました」

「ああ、頼んだよ」

 王はそれだけ言って去りかけた。

 

「母さんは悪くないよ! 俺が、言われなくても分かっていなくちゃいけなかったんだ」

 言葉の最後の方は力が無くなった。

 母親が肩に手を置いたからだ。

 

 王は振り向いて優しい声で言った。

「ああ、そうだな。今度からは自覚するんだ。ここは本国とは違うのだよ」

 

 

 本来ならビンタを喰らう所なんだろうが、王の優しい言葉の方がキビタキには堪えたようで、母親もそれ以上は責めなかった。

「先に貴方に教えて置かなかった私の責任です。砦の外は皇子にとって危険な事だらけなのですよ」

 

「ごめんなさい」

 キビタキは素直に謝った。

「人間だけでなく、人外の森人も危ないって思わなかった。もっと沢山生えてる場所を教えてくれるって言うから」

「??」

 

 いぶかる二人の前で、ポケットから何か掴み出し、ツバクロの前に突き出した。

「??」

 掌にポロポロと落とされたのは、朝露に濡れた植物の種。

 

「ここへ来た時、上空から見たでしょ、見事に黄色い花畑。ツバクロ、すっごい感動して、あんな花、里でも咲かせたいって言ったじゃないか」

「それを……採りに行ったの?」

 ツバクロは唖然として、赤毛の子供を見た。仔犬のような、澄んだ銀の眼。

 

 女性が何か言いかけたが、ツバクロは聞いていなかった。

 踵を返して駆け出していたのだ。

 

 

 ***

 

 

 自分でもどうしてそんな事をやらかしたのか分からない。

 そして自分の何処にそんな大それた度胸が潜んでいたのかも。

 

 とにかくツバクロは王を追った。

 王は既に自分の執務室に戻っていた。

 いきなり扉を開けると、王と話し合っていた何人かの人間が、驚いて振り向いた。

 彼らにツバクロは見えない。

 

「風だ」

 王は立ち上がり、決め付けるように言った。

「風が俺に用事らしい。軍義は後にしてくれ」

 

 将らしき人間達は素直に従った。

 戦神が憑いているという噂の主君は、時々そういう事を言う。

 そして戦神が教えたかと思う位、戦場の知識を知り得ている。

 

 扉が閉められ、ツバクロは王と対峙した。

 今の自分の状況を冷静に考えたらクラクラする。

 しかし持って来た言葉を飲み込む訳に行かない。

 王は射るような眼差しでこちらを見ている。

 

「あの皇子は……戦場に向かないと思います!」

 

 王は、何とも言いようのない顔でツバクロを見た。

 怒っている風でもない。

 むしろ、何らかの感慨が入り交じった顔だ。

 

「戦場に向く子供なんて、いないよ」

 王は返した。至極当然の答え。

 

「あ、あの子は特に向きません。父親なら分かっているでしょう」

 

「だけれど俺の息子だ。俺と戦神の子供だから」

 王は執務室の机の向こうから出て、窓辺に歩を運んだ。

 

「俺の親父を知っているか? イェスゲィ・バァトルって、ちょっとした勇者だった。俺が子供の頃、草原を統治していた」

 名前くらいは知っている。でも、何で今、そんな過去の者を持ち出す?

 

「親父も人外を見て、通じ合う事が出来た。多分、その親父も、その親父も。遠い先祖の何処かで、蒼の妖精の血が入っていたんだ」

「…………」

「解るかい? この世のハーンと成る為には、人外と通ずる事が必要だ。しかし、血が薄くなっちまったんだろうな。俺と人間の正妃の間に出来た子供は、誰もその資質を引き継いでいなかった」

 

 ツバクロは背筋がざわついた。

 その先は聞きたくない。

 聞いてしまったら引き下がれなくなってしまう。

 

「だから、血を入れ直す必要があった。まだ、世界の全部を手に入れるには、足りないんだ」

 

 夕べの、燭台の灯りのもと、静かに微笑んだ女性の顔を思い出す。

 ツバクロはよろめいた。

 背中が石壁にぶつかる。

 

「長と……約束しているって……皇子は平凡に草原の領主になるって……」

「後々な。小狼の希望でもあるし。でも、何時(いつ)とは、約束していない」

 

 ここで王は、蒼の妖精の青年を鋭く睨んだ。

 ヒトの目とは思えない光を放ち、開いた口の中が血の色に見えた。

「それ迄は、その資質を存分に生かして、この王の為に働いて貰う!」

 

「己が為に利用していると!? 長の妹君とその息子を」

 ツバクロは思わず剣に手を掛けた。

 自分でも驚く行為だった。

 

「ふうん、斬るのか? うん、まぁ、お前なら斬れるかもしれない。でも、蒼の妖精が人間を斬るって、どういう事なのか解っているな」

 

 解っている。一番やってはいけない事だ。

 術の使える妖精の方が、当然有利だ。

 だからこそ、それをやってしまうと全てのバランスが壊れる。

 この世の理(コトワリ)から外れたモノに、身を墜す事となる。

 

「お前が、あの子の為にそこまでやる覚悟があるのなら、斬られてやってもいい。でも無いだろう。全てを捨てる事になるんだ、優等生の人生も、長の一番弟子の地位も」

 

 ツバクロは固まった。

 その通り過ぎて、何も言い返せない。

 

「トルイに色々教えてくれた事、感謝している。お前さんが居る間に妖精の知識、出来るだけ詰め込んで置いて欲しかったからな」

 

 もうツバクロに言い返す気力はなかった。

 棒立ちになっている所に扉が開き、凍った表情の女性が居た。

 

 彼女はそのままの表情で室内に入り、王の横に立った。

 

「小狼はお前さんと違って、全てを捨てて俺の所へ来てくれた。全て承知の上で、俺と居てくれるんだ」

 

 ツバクロは乾いた表情で女性を見る。

 彼女は静かに頭を下げた。

「皇子を、有難うございました。兄様と皆々様の健勝をお祈りしております」

 

 ツバクロは後退りして扉を出た。

 

 

 

 気が付いたら、城壁の自分の馬の前で、帰り仕度をしていた。

 

 キビタキがびっくりした目で見上げている。

「ツバクロ? どうしたの? 顔が真っ青」

 

「キビタキ!」

 ツバクロは思わず子供の両方の肩を掴んだ。

 子供は仰天して兄弟子を見上げる。

 

 しかしツバクロは放心したようにその手を緩めて放した。

 この混血の子供に、自分はどれだけの責任を持てるのだろう。

 この子は人間として定められた人生を送るしかないのだ。

 

「ツバクロ……なんで泣いてんの? 俺が勝手な事をしたから?」

 

「い、いや……」

 ツバクロは乱暴に目をこすって、馬を引き寄せた。

 

「もう行っちゃうの?」

「ああ」

 早く一人になりたい。

 もっと情けない醜態を見せてしまいそうだ。

 

「俺、習った事、毎日復習するよ。次に逢う時は、もっとちゃんとしているから」

「ああ」

 

 ツバクロはそれ以上聞いていられなくて、生返事で目を逸らし、強引に馬を舞い上がらせた。

 子供が何か言ってるが、すぐ聞こえなくなった。

 

 

 

 高く……うんと高く。

 風を捉えて舞い上がり、限界まで高度を上げた。

 耳がキンキンして、空中の水分が氷の粒になる。

 馬はさすがに嫌がって抵抗した。

「ああ、すまない……」

 

 ツバクロは静かに高空気流を読んだ。

 故郷の草原に一直線に吹き抜ける、音速の風。

「来た……!!」

 風の帯に乗り、草の馬は一瞬で運ばれる。

 

 何も考えたくない。

 早く里に帰って妖精の日常に戻ろう。

 

 

 眼下、西方に王都が霞んで見え、母国へ戻ったのが分かった。

 いい加減凍えた馬を労って、一度下降する。

 里へはまだ距離がある。

 白い森で休もう……

 

「……?」

 白い森の手前の岩山で、知った顔が手を振っている。

 デジャヴ……な感覚に襲われた。

 

「ノスリ! カワセミ!」

 

「お帰り、ツバクロ」

 久し振りの仲間だ。

 ツバクロは心からホッとした。

 

「もしかして出迎え?」

 

「そんな暇あるか、お前がなかなか帰って来ないから、こっちはてんてこ舞いなんだ。なのにこいつが……」

 ノスリは、枯れ枝みたいな相方の腕を掴んで引っ張り上げた。

 いつにも増してフラフラ感一杯だ。

 

「う゛う゛……ギモヂワルイ……」

 予知だの透視だのをした後は、いつもこうなる。

 水色のカワセミはフラ付きながら、ツバクロの腕を掴んだ。

「キビタキ、どうだった?」

 

「どうって……」

「笑ってた? 不安顔だった? もしも君と別れた時に笑っていたなら、ボクの予知は外れてる。不安顔なら……キビタキは危ない目に遭う、物凄く!」

「えぇえっ!!」

 

「長には鷹を飛ばした。どっちにしてもこっちからじゃ遠過ぎる。一番早く行けるのは、高速気流を読めるお前だけだ」

 

「…………」

 しかしツバクロは下を向いて目を逸らした。

「どうした? 戻ったばかりで疲れているのは分かるが」

 

「僕なんかが行ったって」

 

「??」

 

「妹君もいるし、勘の良い王も付いているし……第一、人間の問題じゃないか!」

 

 ノスリもカワセミも困った顔を見合わせた。

 キビタキが不安顔で見送ったって時点で、何かあったのは察しが付いたが。

 

「ねぇ、ツバクロ」

 カワセミがノスリに支えられながら身体を起こした。

「ボク達、あの夜ここで、キビタキに名前を授けた。もうその時から、ボク達には繋がりが出来ているんだ。それは一時の境遇で切れてしまう物じゃない。ボク達それが分かった上で、『人間に名前を授けた』筈だよ」

 

 ツバクロはマジマジとカワセミを見た。

 

「周囲が何をどう決め付けようと、ボク達は切れない。この世の未来を生きるのはボク達だから。そうだろ?」

 

 黙っているツバクロの両手を掴んで、カワセミは目を閉じる。

「待って、今、ビジョンを……送るから……」

 

 ツバクロの頭にいきなりハッキリした映像が閃いた。初めての体験だった。

 

 こちらも初めての事をやらかしたカワセミは、ノスリの懐に倒れ込む。

「ふにゃあ……」

 

 ツバクロは馬を引き寄せた。

「ノスリ、カワセミを頼む!」

「おう、お前はキビタキを頼んだぞ!」

 

 二人の仲間に見送られて、ツバクロは今一度高空まで舞い上がった。

 

「すまない、後で埋め合わせは目一杯する」

 主の無茶な頼みに、忘れないでョ、という視線を送り、夏草色の馬は再度風に乗った。

 

 

 

 

 

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