※ 捏造設定、先代×オロチのCP要素が含まれています。
じりじりと肌を焼く日差し、遠くで聞こえる蝉の合唱。たまにブロロ…と排気ガスを排出しながら車が後ろを通り過ぎる。川の向こう側には木造の校舎と田んぼ、街ではすっかり見なくなった茅葺きの屋根、と豊かな自然に囲まれた村だった。
「……見事な位に田舎だな」
人に化けたオロチと同じく変化中の影オロチがぼそりと呟く。口に出さずともオロチも彼と同じ感想を胸に抱く。長年対立していた本家と和解を果たし、人や妖怪を脅かしていた怪魔がほとんど姿を見せなくなった頃。元祖の大将である土蜘蛛から長年副将として働いてきた功績に、と休暇を提案されたオロチはこの時期で休暇なんてと断ろうとしたのを、他にも休暇を望んでいたらしい妖怪たちからの猛抗議に遭い、やむなく提案を受け入れる事となった。
そこへ、ぷかぷかと空中に頼りなく浮かぶ煙の妖怪が彼等の元へ現れ、ぺこりと行儀よくお辞儀する。
「はじめまして~、こえんらと申します~。お二人の事はえんら姐さんから伺ってます~」
オロチ達を出迎えに来たこえんらは元祖のえんらえんらの同族らしく、「じゃあ村を案内いたします~」と、間延びした口調で喋るところがどことなく彼女と似通っている節がある。
実のところ、オロチが数日間の休暇の予定を立て兼ねていた際、えんらえんらからケマモトという村の話を聞いて、連日の休暇は今回が初めてだという影武者を連れて、ひとまずその村で一日目を過ごすと決めたのだ。
変化を解き、妖怪の姿に戻った二人はこえんらに連れられて橋を渡ると、学校の方から子供達の元気な声が聞こえる側で道端の向日葵が黄色い花を太陽に向け、田んぼではすくすくと成長した稲がそよ風で揺れる隣でスイカなどの作物が畑で実り、収穫に来た人間がその出来に満足げに笑う。
「よぉ、こえんらじゃないか」
寺に続く橋を渡りかかったところで、橋の下から声がしたと思えば古典妖怪の河童が川の中ならオロチ達を見上げていた。
「あ~河童だ~、どうしたの~?」
「ちょいと元祖のお偉方が村にやって来るって小耳に挟んでな、収穫したばかりの野菜を用意してたのよ……で、アンタらがオロチと影オロチだな」
「私達を知っているのか?」
「おうよ、元祖の副将どのの話はこの辺でも有名さ。まあ、何もない田舎だがゆっくりしていってくれや」
と言って河童は川の中に潜るも、何か思い出したのかすぐに水面から顔を出す。
「この下で採った野菜を冷やしてっから良かったら食ってくれ、そんじゃな」
河童の言葉に従って下に降りると、川辺の木の下に隠される様に丸々としたスイカが流れる冷水に晒され、持ち上げてみれば良い具合に冷えている。
草履と足袋を脱ぎ、冷たく感じる清流に足を浸して腰を下ろし、影オロチがスイカを膝の上に乗せる。
「スイカおいしそ~、でもどうやって切り分けるんですか~?」
「我に任せろ」
影オロチが懐から短刀を取り出すと、さっと刃を光らせる。と、瞬く間にスイカがパカッと幾つかに分かれ、その見事な早業に「おお~」とこえんらの感心する声が上がる。
いただきますと(龍も含めて)人数分に分けたスイカをかじれば、よく冷えた果肉の瑞々しさと果汁の甘味が口の中に広がる。スイカを食べながら影オロチが口に残る種を出そうと口を手で覆う側で、ぷっ、ぷっ、とオロチとこえんらが種を飛ばすのに気付く。
「…何をしてるんだ」
「知らないのか、スイカの種はこうやって飛ばすんだ」
「そうなのか?」
オロチらに倣って影オロチも種を飛ばし始めるも、慣れていないせいか遠くにまで種が行かず、そこで手本とばかりにオロチの龍が口に含んでいた種を勢いよく飛ばし、影オロチの黒い龍も同じ様に種を飛ばす。ぷぷぷぷぷぷぷと機関銃みたいにスイカの種を連射する様がどこかおかしくて、こえんらだけでなく、影オロチも吹き出してしまう。
滅多に見せない笑顔の影武者を、傍らのオロチが穏やかな笑みで見守っていた。
夜、村の妖怪たちと酒を呑み交わした後、寺を一晩の寝床に決めた二人は堂の北側の壁にもたれ、休息の時を過ごしていた。昼間の暑さは影を潜め、夜風が心地よく肌を撫でる。
ぷうぷうと犬みたいにくるまって眠るこえんらの側で、影オロチは欄から見える川を眺める。夜の川は変わらず穏やかな流れであるものの、その傍らで幾つもの蛍が空中を漂い、街ではすっかり見なくなった光景に目を奪われていたら、隣からオロチが声をかけてくる。
「…良い村だな、ケマモトは」
「そうだな」
「閻魔が生きていた頃を思い出したよ。よくあいつに人里へ連れてかれたものだ」
オロチが言うには、悪い妖怪に脅かされた里もあれば、人と妖怪が仲良く共存する里もあり、その里に訪れた時の先代閻魔は、ちょうど今日の自分達みたいによく里の妖怪たちと酒を呑み交わしては親睦を深めていたらしい。
「当時の私はそれが馬鹿馬鹿しく見えてな…暴れ大蛇としての私の悪名も広く知れ渡ってるのもあって、閻魔からの誘いを無視して、その光景を遠くから眺めていたよ」
まさか私もあいつと同じ真似をするとは。
懐かしさと少しばかりの後悔を中性的な顔に浮かべて昔の話をするオロチに、影オロチはちくりと胸を刺すものを感じるも、それを表に出そうとせずに静かに語るオロチの話を聞いていた。
二日目。
ケマモトを発ち、また人の姿に化けて桜町へ戻ったのは昼頃で、ケマモトではある程度涼しく感じられた空気も駅を出た途端にむわ…と蒸す様な熱を含み、早くも肌に汗が滲み出す。
何でも昔からの馴染みに会いに行くようだが、それには夜に着くある汽車に乗らないといけないらしく、夜までに時間を潰そうと主君や仲間への土産にとおつかい横丁へ立ち寄った。
「やはりここは元祖のドクロ屋か…商店街の和菓子店で売ってあるのも悪くはないな」
元祖のドクロ屋の看板を掲げた和菓子屋と、商店街を幾度も往復しては(無論、本家のには一切も目もくれず)土産の品を吟味するオロチに、影オロチは呆れる風に彼を見やると声をかける。
「どうせ帰りも寄るのだから買う必要はないのでは…それに、他の所もあるだろうに」
「土蜘蛛殿は此所の和菓子を大変気に入っておられるのだ、わざわざ人に化けて単身街へ来る程にな。
それに、こし餡入りの菓子をうっかり買ってみろ。どういう事になるか、お前にも分かるだろう」
かつては対立していた本家が推すこし餡。それを使った菓子を間違って買ってきてしまった場合の修羅場を想像するまでもなく、影オロチは手に持ったラムネを飲みつつ、「確かに」と相槌を打つ。
「おまちどおさま」
団々坂の銭湯で汗を流した後、オロチ達は近くの駄菓子屋で買ったかき氷を手に店前のベンチに腰をかける。
涼しげなガラスの容器に盛られた、細かく砕かれた氷の山にそれぞれとイチゴ風味とメロン風味のシロップがかけられ、初めてかき氷を見る影オロチは理解できないとばかりに眉をひそめた。
「人間は何故こんな風に砕いて色の付いた砂糖水もかけたりと、わざわざ手をかけるんだ? 涼を得たいのなら氷を舐めていればいいのに」
「それだと味気なく感じるのが人間なんだよ。それに砂糖水じゃなくて、“しろっぷ”って言うんだ」
と、オロチがかき氷を食べ始め、影オロチもかき氷をスプーンで掬って口に含めば、氷の冷たさとシロップの甘ったるい味と共に、すうと口の中が冷えていき、溶けかけの氷を噛むとしゃくしゃくと小気味の良い音がした。
ちりぃんと耳に涼しく聞こえる音を鳴らして風鈴が揺れる中、突如にオロチが影オロチの方を向いて、「影、舌を出してみろ」とやたらと赤い舌を見せ、愉しげな調子で声をかけてくる。
「????」
彼の意図が掴めず、「いいから」と言われるがままにあっかんべーする様に舌を出すと、メロン風味のシロップのかかったかき氷を食べていた彼の舌はすっかり緑色に染まり、ぷっとオロチが吹き出す。「おい何だ」と気付いていない影オロチが訊ねても、オロチは良い笑顔で彼の肩を叩くだけで、影オロチは訳が分からないと疑問符を頭に浮かべた。
「ここで休むか」
正天寺の横のトンネルを抜けた先に本家軍との決戦地となった平原があるのだが、今は激戦の跡が何処にもなく、ただの草原となっている様だった。
変化を解いて、岩場の日陰になっている所でオロチの横に腰を下ろした影オロチは目の前の光景に思わず目を覆いそうになる。
どこまでも深い青を湛えた空に映える、もくもくと高くそびえる入道雲。青々とした草原は風に揺られ、その中を流れる川の水面が日光できらきらと輝き、夏の光景がそこにあった。
「……夏は苦手だ」
目を細めながら思っている事をつい口にしてしまう。苦手なのは夏の暑さではなく、その眩しさ。
春は命が芽生える季節なら、夏は命が太陽の様に燃えて輝く季節。それ故に闇の世界に身を置く自分には四季で一番命に満ち溢れた、この世界はあまりにも眩しい。
「私は好きだがな」
「そう思えるそなたが羨ましいよ、この季節は我には眩しすぎる……そなたにも言える事だが」
と言って、オロチの腰に腕を回し、自らの方へと引き寄せる。オロチは影武者の行動に嫌な顔をするどころか、自嘲気味な笑みを浮かべ、
「…私はお前の思っているような奴じゃないさ」
「それでも、そなたの存在は我には眩しい」
まだ何かを言いたげなオロチの唇を、自身のそれで塞ぐ。青みのかかった髪や陶器の様に白く滑らかな肌から石鹸の匂いが鼻をくすぐり、それなりの柔らかさもある薄い唇と、咥内に残るシロップの味が口に甘く感じる。
ぎゅ、と首に回された白い腕が力を込めてくる。少女の様に華奢な身体を更に抱き寄せると、影オロチは主の唇を更に深く貪り始めた。
日が暮れ、町が夜闇に包まれた頃。
駅に戻った二人はホームで汽車を待つが、通常の汽車が来ても乗らずに過ごすだけで、汽笛を鳴らして駅を去る黒い汽車を幾度も見送る。
「ご子息に会わなくていいのか」
暗闇の中へ消えていく汽車を眺めていたオロチに、影オロチが声をかける。
ご子息が誰を指すのか、考えなくても分かる。
「動きが落ち着いているとは言え、奴等の手先がいつ何処で目を光らせているか分からない以上は、居所を悟られる訳にはいかない……力と記憶がないにしても」
「それならば尚更、此処に置いていても大丈夫なのか」
「……心配ない。正直癪に障るが、この地はあの狐が護っている。連中も迂闊に手を出せないさ」
と、汽笛を鳴らして次の汽車が駅に近付いてきたが、いつもの黒々としたものではなくて、車体も後方の車両も黄金に輝くそれで。車体の横には『福』の一文字が記されている。
目を引く外装だというのに、ホーム内の人間達は至って平静なままだが、それはその筈だろう。この汽車は人間界のものではない為か、彼等の目には映っていないのだ。
「やっと来たか」
待ちわびたとごちるオロチについていく形で影オロチも車両の中に入ると、外装と同じ様に椅子や内装も金色で、窓の横に『福』の字の提灯が付けられ、自分らの他にも乗客の姿がちらほらと見える。豪華に見える内装に落ち着けないでいると、車掌に切符を見せたオロチは空いた席に腰を下ろし、影オロチを手招きする。
席に座った途端、車両の外で汽笛の音が響くと同時に外の光景がゆっくりと横へ動き出した。
がた、がたと心地よく揺れる車両の振動を感じながら、窓から移りゆく光景を眺めていたら肩に柔らかいものが当たり、そこへ目を向けるとオロチが影オロチの肩に寄りかかる形で目を閉じている。疲れが溜まっていたのだろう、静かに寝息を立てる主に頬を緩めると影オロチ自身も目を閉じ、一時の眠りに就いた。
「終点、満腹おたふく駅~、満腹おたふく駅~」
終点を告げる車掌の言葉を背に車両から降りると、人間界とも妖魔界ともつかない、きらびやかな世界が視界いっぱいに広がった。
金色に見える空の下、向こう側のホームでは、巨大なオカメのお面を中心に あらゆる縁起物がこれでもかと紅白ののれんの向こうに飾られ、同じ汽車に乗っていた妖怪達が幸福に満ちた表情を浮かべるのが見える。
「この地は、以前は宿場でな。客の送り迎えで船でやっていたんだ」
あまりにも自分には場違いな、キラキラとした世界に困惑していたら、オロチが懐かしそうに語りだし、船でどうやって迎えていたのかと疑問を舌の上に乗せかけたところで、「よくきたなッ!!」と勢いの良い、自分達と良く似た声が鼓膜を攻撃する。
振り返ると驚く事に自分達と酷似した、しかし金色の光で輝く金髪碧眼の少年が立っており、首に巻かれた金色の双頭の龍に彼が同種だとすぐに理解できた。
「久しぶりだなヒカリ」
「おうッ、元気そうで安心したぜ!」
快活にオロチと話す同種はヒカリオロチといい、昔からこの地に住まう妖怪だというのだ。と、ヒカリオロチが影オロチの方に気付き、興味の眼差しを向ける。
「ん? お前は何だ? オレたちの同種か」
「……我は影オロチ、元祖軍の内でオロチの影武者を務めている」
ずいっと無遠慮なまでに顔を近付けられ、まじまじと見つめてくるヒカリオロチに怪訝そうに顔をしかめると、突如ヒカリオロチがにかっと人懐っこい笑顔を影オロチに向ける。
「お前は良い奴みたいだなッ!」
「は……?」
顔を見ただけでその人となりが分かるというのか。意味が分からないと眉をひそめる影オロチに背を向け、「じゃ、宿に案内するぜ!」と、ヒカリオロチは二人の荷物を持つと先立って、駅の外にある宿へ向かった。
三日目。
駅の近くの宿で遅めの朝を迎えた二人は同行したがっていたヒカリオロチを伴い、ひとまず人間界へ戻ってから桜町に隣接する町のある駅で妖魔界行きの汽車を待った。
「人間の格好もだいぶ変わったな、前 はまだ着物とか袴姿だったんじゃないか」
「いつ頃の話なんだ…」
食堂車内で台を挟んで軽食を取る中、せわしなく話すヒカリオロチに押され気味な影オロチだが、オロチは慣れているようで普通にヒカリオロチと会話できている。
これまで会ってきた同種は側の主や、自分に暗殺術を叩き込んだ師匠と、どちらも物静かで何処か陰を匂わせる雰囲気を持っていたが、この金色は馬鹿が付く程に元気な上に喧しく、その姿に陰を感じるどころか、その名の通りの“光”で、その為か彼に対して反射的に苦手意識を感じてしまう。
「で、次は何処へ行くんだ?」
「きっとお前達も楽しめる所だ」
「「????」」
いつになく秘密めいた笑みを浮かべるオロチを前に、影オロチとヒカリオロチは互いに顔を見合わせて首を傾げる。
「……温泉?」
汽車から降り、駅のホームの階段を上がった先には、金の雲海の上にかかる橋の向こう側でえっけん回廊の門のそれに似た外装の建物があり、看板には“ごくらく温泉”とある。
「暑いし、温泉で汗を流そうと言うんだなっ?」
「…いや、此処には他に娯楽があるんだ」
「娯楽?」
「入れば分かるさ」
オロチに連れられて来たのは、宴会場と言うには広い部屋で、この歌舞伎座は他の施設と繋がっているらしく、各所から入場した観客で賑わっていた。
「建物の奥に歌舞伎座があるとは…」
「開演に間に合った様だな」
空いている席がないので後方へ移動した直後に演目が始まり、三人は幕が上がった舞台に集中する。
場が盛り上がったところで、舞台の床のある部分が左右に開いたと思えば、和楽器の音と共に下から現れるのは、この歌舞伎座で人気の高い花形役者のカブキロイド。
カラクリ仕掛けとは思えない程の滑らかな動作で髪を振り上げ、威風堂々と見栄を切るカブキロイドの姿に観客席から歓声が上がり、舞台に多数のおひねりが投げ込まれる。
「輝いてるぜッ!!」と興奮をあらわに鼻息を荒くさせるヒカリオロチに、オロチが懐紙に包んだ小銭を与え、ヒカリオロチが舞台に向かっておひねりを投げる側で、お前もやるかとおひねりを差し出すオロチに、影オロチは首を振って辞退する。
「いい湯だったな~!」
「こういうのも悪くないだろ」
「…………ん」
演目の後で温泉でゆったりとした時間を過ごした三人は鉄道できもだ飯に着くと、あらかじめ予約していた個室で寛いでいたら、従業員が料理を運んで部屋に入る。
「豪華海の幸料理の特盛り、お待たせしました~」
「おお~ッ!」
次々と運ばれる料理は数種の刺身の舟盛りに網焼き用の貝や海老、山ほどのカニなど新鮮な魚介類をふんだんにつかったもので、食べきれないんじゃないかという量の大好物にヒカリオロチだけでなく、影オロチすらも目を輝かせた。
「ああ、ジュース類は除いておいてくれと言ったのに…変えてもらってくるから先に食べてろ」
「主、我が行くぞ」
「いいから座ってろ。ヒカリの相手をしててくれ」
茶の入ったビンや酒を置いておくと、オロチはジュースを持って部屋を出る。
軽快な足音を耳に、ヒカリオロチと二人っきりになった影オロチはどことなく気まずい気分になるが、悲しい事に気の利いた話題を切り出せない。黙っていようかと思っていたものの、自分でも思わぬ言葉が口を突いて出た。
「その…先代も、満腹おたふく駅に来ていたのか?」
きょとんとするヒカリオロチに、しまったと口を手で覆う。人の過去をこそこそと聞くなんて真似はしたくはなかったが、胸の奥でこびりついたモヤモヤとした感情が彼に口を開かせてしまったのだ。
早々に自己嫌悪に苛まれかけた影オロチの心情をよそに、ヒカリオロチはあっさりと答える。
「ああ、よく来ていたな。オロチと一緒に小さな一人息子も連れて」
「………ご子息も一緒に?」
「大人しいが人懐っこい子供でな、よく一緒に遊んでたぜ。
先代とオロチは遠巻きで眺めてたが、二人のあの様子……オレ達に何か隠してた、いや二人だけの秘密を共有してた様に見えたな」
「そうか…」
自然と表情が暗くなる。
彼自身に聞かずとも、どことなく分かっていた。
思い出を懐かしむ目、過去を語る声、故人を偲ぶ表情。それら全てにオロチの先代に対する思いが友情とは別のものだと悟るのに時間はかからなかった。
そして、彼の心に未だに先代閻魔がいるというのも。
嫉妬や自己嫌悪、オロチへの想い。
自分でも制御できない程の感情に沈み込む影オロチだが、
「……だが、お前も大事に思われてるぜ?」
「え…」
「なかなか他人に心開かない奴だからな、あいつが人を連れてオレの元にやって来るなんて滅多にないんだぜ?
お前らの事は分からないが、きっと大丈夫さ!」
「………ありがとう」
気休めかもしれないが、太陽の様に眩しい笑顔で励ますヒカリオロチに影オロチが口元を緩めると、オロチが部屋に戻ってきた。
「………ん? 何の音だ」
食事の途中に、遠くで爆弾か何かが弾ける様な音がこの辺当たりで響き渡り、何事かと窓を開けてみると、妖魔界の空に見事な花火が打ち上がっているではないか。
「街で祭りをやっているらしいな」
墨を流し込んだ様な空に大輪の花を咲かせては散っていく花火に、他の部屋の客も見物しているらしく、所々から歓声が上がる。
ふと側を見ると、一番騒いでいる筈のヒカリオロチの姿はなく、気が付くと今度はオロチと二人っきりになっていた。
(気を利かせたつもりか)
「どうだ、初めての休暇は?」
オロチの声に向くと、花火に照らされた中性的な顔は優しげな笑みを湛えていて、冷徹な暗殺者の顔を持つ影オロチでさえも美しい、と胸を打たれる程に綺麗に見える。
「悪くない」
そう答えた影オロチの表情も、穏やかな笑みで。
妖魔界の空を彩る花火を、二人はいつまでも眺めていた。