女王陛下の護衛戦隊   作:ターレットファイター

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第10話。
原作(女王陛下のユリシーズ号)を読んでる方はどの艦娘が原作ではどのポジションに当たるのか察せると思います。

つまりそういう話です。


10.金曜の夜

 

 

 由良が艦橋に駆けつけたとき、船団を覆っていた霧は消え去っていた。すでに日は没し、連星の柔らかな光のみが船団を照らしている時間のはずであったが、辺りは奇妙に明るい。奇妙なまでにまぶしい光が〈大瀬〉の左舷で光り輝いていた。船団の船はその光に照らされて、暗闇のなかからその様々な輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。〈大瀬〉は速力を落とし、その光源とほぼ並走し始めていた。

「〈黒潮〉がやられた」 艦橋にたどり着いた由良に対し、枕崎はそう簡潔に状況を説明した。上中村がその後を引きとる。「あの様子では船体にツァイタマ・フライヤー号(訳注:連邦の特急列車。車両のサイズが大きく、ゆったりとした車内空間で有名だった)も通り抜けられるような大穴があいているはずだ。それでも航行可能だとは、さすがは北崎造船のタンカーだ」そう言ってから不快げに口元を歪めて付け足す。「おかげで敵は照明弾を節約できる」

「その通りだ」そう言って五島は頷くと、目を細めて太陽の如く光り輝いているタンカーを見つめた。「あれでは何十キロ先からでも船団の位置がわかってしまうだろう。……あの灯りは消さないといけないな」

 そうつぶやくと五島は目をしばたたかせ、上中村の方へ顔を向けた。

「艦長、あのタンカーには沈んでもらわねばならない」

「そうですね。沈んでもらわねばなりません」上中村はおうむ返しに言って頷いた。暗い表情で続ける。「雷撃処分が適当でしょう。〈幸風〉は敵潜の頭上で追尾を続けていますから、本艦の魚雷を使うのが良いと思います」

「そうか。そうだな」五島は上中村に言われて初めて気づいた様子でそうつぶやくと、首を巡らせて伝令に命じた。

「〈黒潮〉に発信、〈貴船ハ船団ヲ危機ニ陥レツツアリ 雷撃処分スル 退船セヨ〉」

「水雷長、雷撃戦用意だ」

「左弦の発射管を使います」上中村の指示に、のっそりと熊のような外見の遠軽水雷長はそう答えると伝声管にかがみこんだ。右舷の発射管は前後に二基あるうちの片方は重巡の砲撃で破壊され、もう一方は倒壊した後部マストの下敷きとなっていた。

「〈黒潮〉から返信! ハッキリとは読み取れませんが、船団から離脱、単独航行するというようなことを言っています!」

「それではどうにもならん」信号員の報告を上中村が即座に切って捨てた。「そうしたとしても、あと数時間は船団の位置を敵に教え続けることになる」そう言って五島の方をちらりと見る。五島はぼんやりと〈黒潮〉号の光を見つめていた。上中村が見張所へ呼びかける。「〈黒潮〉に返信だ、〈許可デキズ 直チニ総員退船セヨ〉」

「艦長」水雷長に声をかけられ、上中村は振り向いた。「どうした、水雷長。なにかあったか」

「左弦の魚雷発射管が動きません。二基とも旋回不能だそうです」

「氷結だろう。いつものことだ。どれだけ人を割いてもかまわん。使えるものはすべて使え。一基のみでいいから直ちに動かせるようにしろ」上中村は即座にそう答えた。遠軽は困ったような表情を浮かべた。「どうもそうではないようです」

「ではなんだ?」上中村は不快げに聞き返した。遠軽は申し訳なさそうに答える。

「船体が歪んで旋回不能になっているようです。左舷に受けた命中弾のせいでしょう」

「そうか、わかった」そう答えると上中村はむっつりと黙り込んだ。

「〈黒潮〉から返信、〈フザケルナ 体当タリシテヤル 本船ハ航行ニ支障ナシ 単独航海モ厭ワズ〉」

「まったくたいしたものだ」〈黒潮〉号からの返信を聞いた上中村はため息をついた。「あの船の船長は何百回も自分を吹き飛ばせるほどの燃料の上にいるのに、船をあきらめるつもりはないらしい」苦り切った表情で加える。

「しかも単独航海も厭わず、だと? まったく、どこの船かは知らんが、本当に大した勇気だ」

「〈黒潮〉は海軍徴用の一万六千トン級タンカーだったはずです」枕崎が暗い表情でそれに応じた。「リストを確認しなければ断言はできませんが」

「そうか、では後であの船の船長の名前も調べておいてくれ」上中村はそう言って再び〈黒潮〉号に目を向けた。黒潮号が燃える強烈な光がひくひくと小刻みに震える目元にはっきりとした強い影を落としている。

「無電室より艦橋、無電室より艦橋。〈幸風〉からの信号を受信。〈失探ス。引キ続キ捜索ヲ行ウ〉」

「失探した?」スピーカーを通して伝えられた、無電室からの報告を聞いた上中村の表情がこわばった。失探したということはつまり、敵潜水艦が再び辺りに解き放たれたことを意味する。そして、MP五四の全船は〈黒潮〉号の燃える炎に明々と照らしだされている。もし、敵潜が未だ十分な戦意を保っていれば―おそらくその可能性が高いだろう―暗闇の中にくっきりと浮かび上がる船団を攻撃しようとかかるはずだ。

「ちくしょう、なんとしてでもあの火は消さねばならないな」

 上中村がぼそりと呟いた。誰一人それに答えない。

 不意に由良は、自分に視線が集まっていることを感じた。由良はこっそりと辺りを見回す。上中村と一瞬、目が合った。そののち、上中村がふっと視線をそらす。

 由良はぼんやりと外を眺めつづけている五島に近づくと背筋を伸ばし、精一杯声を張り上げた。

「司令、意見具申があります」

 五島は平板な声で応じる。

「どうした」強烈な光を背に浴びて、振り返った五島の顔はほとんどが真っ暗な影になっていた。由良はその顔をじっと見つめる。

「艦娘の魚雷による雷撃処分です」

「そうだな」

 由良の具申に、五島は頷いた。「許可する」

「ありがとうございます」由良は頭を下げると壁際に歩み寄り、送話器を手に取った。「艦橋より無電室。無線電話を繋いで」当直中の鹿島と野分がすでに海に出ているはずであった。

「旗艦より鹿島、野分へ。〈黒潮〉の雷撃処分命令が出ました」電話がつながると同時に、由良は二人にそう告げた。

「何かほかの方法はないのですか」電波への変換を途中に挟んでいるせいか、少々歪んではいたが、紛れもない野分の声がすぐに応えた。

「ありません」由良は即座に切って捨てた。「直ちに雷撃戦準備をしなさい」

 由良の言葉の語尾を断ち切るように、衝撃波が〈大瀬〉の艦橋を左から右へと駆け抜けていった。轟然たる爆発音が一瞬、すべての物音を奪い去る。〈黒潮〉号の未だ無事であった後半部、そこに魚雷が命中したのだ。送話器を一旦置いてそのことを確かめた由良はわずかに唇を噛み、再び送話器を手に取った。強い口調で命令を下す。

「旗艦より野分、雷撃戦用意。すぐにでもあの船を沈めなさい」

「しかし」

「あの船は船団を危機に陥れているのよ」

「〈大瀬〉の魚雷など、そういった手段はとれないのでしょうか」野分の声は無線電話を通じてもはっきりと悲痛な調子を帯びている。由良がさらに何か言おうとしたとき、左舷の見張りが声を上げた。

「〈黒潮〉が速力を落としています! ボートを下ろしているようです」

「ありがたい」上中村がほっと呟いた。それから、信号員へ指示を飛ばす。「〈黒潮〉へ最終通告を発信、〈マモナク雷撃スル 直チニ退船サレタシ〉」それから五島の方に目をやり、「司令、明星に救難艇を拾い上げさせるのはどうでしょう」と言った。その言葉に、五島はようやく〈黒潮〉号から視線を外し、上中村の顔をまじまじと見てから頷く。「そうだな。救命艇いっぱいの勇敢な船乗りを凍死させるのはあまりにも忍びない」

「雷撃戦準備をしなさい」野分に対し、由良はもう一度強い口調で言った。「乗員は退船しています」

「わかりました」野分はようやくあきらめたような口調となった。「雷撃戦用意します」

「雷撃戦用意」数秒の後、野分の声が再び無線電話に入った。「照準良し。発射」

「〈黒潮〉から発光信号!〈ヤルガイイ 外洋水軍クタバレ 船長ヨリ愛ノ限リヲ込メテ〉」

 野分の発射報告と同時に信号員が読み上げた内容を聞いて、由良は送話器を取り落した。黒潮号の船長は退船していなかったのだ。厳しい寒さのせいであろう、滅多なことでは壊れない受話器が床に落ちてバラバラに砕けた。

「愛の限りを込めて……」上中村はそうつぶやいたきり絶句した。その数秒後、野分の発射した魚雷は〈黒潮〉号の中央部に命中した。爆発はなかった。〈黒潮〉号は中央部に二本の魚雷が命中すると船橋が炎の中に崩れ落ち、それから未練がましく、緩慢に傾きを増して横倒しとなって海面から姿を消す。海面に広がって燃え続ける炎だけが後には残された。

 数分後、野分と鹿島は〈大瀬〉に帰還した。野分が艤装を外し、防寒具を着込んで格納庫を出ると、通路で待っていたらしい電が気遣わしげな表情を浮かべた。電はすでに〈黒潮〉号の雷撃処分を知っていた。

「野分さん……」

「わかっている」野分の顔には、すべての感情を押し殺したような無表情が浮かんでいた。「あそこにいたのは、父さんだ」

 

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