女王陛下の護衛戦隊   作:ターレットファイター

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第6話。ようやく護衛任務が始まりました。

そして船団を第一の悲劇が襲います。


6.水曜日

 

 ゆるやかに薄れていく闇の中を、輪郭のおぼろげな藍色の影となって輸送船団MP五四と〈大瀬〉は進んでいた。輸送船団MP五四は十三隻の大型輸送船、二隻の大型高速油槽船の合計十五隻からなる大船団で、そこに加入している船はすべて十二ノット以上の速度で巡航が可能な優秀貨物船であった。南西洋(南西洋はその名の通り王国の南西、共和国との間に広がる大洋で、王国にとって重要な海上交通路の集まる海であった。そのため、戦争中は深海棲艦による通商破壊が盛んであった)での相次ぐ商船の喪失にあえぐ王国にとっては、一隻一隻がどのような船とも比べようがないほど貴重な存在であり、またその積み荷―陸棲型の深海棲艦と戦うための戦車、装甲車、それらの燃料となる油、そして艦娘の建造・維持に必要とされるさまざまな特殊資材は連邦にとってそれと同質量の黄金にも負けない価値を有していた。しかしこの船団も、共和国北岸、フライッシュマンの沖合で王国本土行きの輸送船団と合流したときからすでに一隻が姿を消していた。南西洋の中ほどで敵潜水艦の雷撃を受け、二つの船となって海底へとその目的地を変えることとなったのである。残った十五隻にしても、当初の目的地へと無事到着できるものがそのうちの何隻になるか、これは神にさえもわからないことであった。

 共和国の護衛艦艇は少数であった――艦娘搭載型の大型駆逐艦一、駆逐艦一、沿岸警備隊型フリゲート二に加えて護衛空母艦娘が一人、護衛駆逐艦娘が二人だった。少数ではあり、けして十分であるとは言えなかったが、とても足りないというほどでもなかった。深海棲艦の航空母艦は南西洋には現れていなかったし、陸上から発進する哨戒機も最近では南西洋まで足を延ばすこともほとんどなかった。そして護衛空母が提供する空からの目と艦上爆撃機による潜航した潜水艦からは直前までほとんど探知できない不意の一撃は滅多なことでは船団に潜水艦を寄せ付けなかった。夜間だけはその護りの力もいくぶんか弱まったが、それでも最近になって開発された艦上夜間攻撃機による哨戒によっていくらかの護りを得られるようになっていた。

 由良は共和国の旗艦を務める艦娘、ガンビア・ベイと至近距離で並走しながら挨拶を交わす。南西洋を渡るおよそ一週間の間、旗艦として、また船団を空から護衛する空母として飛行機が飛べる間は昼夜問わず船団に張り付いていたことによる疲労は隠しようがなく全身に現れていたが、ほっとした表情がその印象をいくらかやわらげていた。

「貴艦隊と船団の良い航海を祈ります」

 王国のそれよりもわずかに活発な印象を与える共和国のイントネーションでガンビア・ベイがそう言うと、由良は病気であることを全く感じさせない、よく通るはっきりした声で応える。

「あなたたちの艦隊にも良い航海を」

 ガンビア・ベイは挙手の礼でそれに応じる。

「ありがとうございます。幸運を」

「ありがとう。正直なところ、たっぷりと必要ですから。あなた方にも」

 由良がそう応じると、ガンビア・ベイはもう一度「ありがとうございます」と言って今度は頭を下げた。それから針路を変え、自らの母艦へと向かう。肩の荷がだいぶん下りたらしいその後ろ姿に由良はわずかに羨ましさを感じる。どうせならばこのまま彼女らもついてきてくれないかという考えが頭に浮かんだが、すぐにその考えは打ち消された。それが実現することはない。王国本土にはこれから共和国に向かう、彼女らの護衛が必要な船団が待っているのだ。結局、彼女たちが今後、輸送船団MP五四の航海のためにできることは、幸運を祈ることくらいしかなかった。

 

 

 〈大瀬〉が合流したとき、第一四護衛戦隊もキス島の沖でと別れたときに比べてその艦艇の数を二隻減じていた。キス島の風下側とはいえ波は荒く、激しい波浪で駆逐艦〈彗星〉の外板に致命的な亀裂が発生、二つある機関のうちその片方が水浸しになって運転不能になるに至り、五島司令から一時的に指揮を委ねられた艦娘母艦〈越後〉艦長、谷本大佐は天候の回復後ただちに彼女を母港へと返すこととしたのであった。その際、波浪で高角砲の砲座に致命的な歪みが生じ、発砲不能となった第六十二号護衛艦が〈彗星〉を母港まで護衛してくこととなった。合流時にそのことを知らされた五島は怒りの表情で谷本を口汚くののしったが、流石にそのことは発信されず、ただ、〈了解シタ〉とだけ越後には伝えられた。

 十五隻の輸送船は横三列の陣形を組み、その周囲を第一四護衛戦隊が取り囲んだ隊列で北東へと進んでいた。船団の左側に〈大瀬〉、右側に〈越後〉が陣取りいつでも艦娘を発進可能な状態で待機している。空は黒々と晴れ渡り、風は微風、気温は氷点前後で、昨日〈大瀬〉が乗り切った荒天が嘘のように海はおだやかなうねりを見せていた。

 黎明総員配置は何事もなく―敵と接触することさえもなく終了した。

 黎明総員配置が解除されたきっかり五分後、第七十五号護衛艦が船団左舷側三十度の水中に反響音を捉えた。上中村はためらうことなく総員戦闘配置を発令し、五島は艦娘二人を第七十五号護衛艦と共に捜索へ向かわせた。艦娘待機室で由良が今まさに飲もうとしていた黒茶を放り出して艦橋へ向かおうとしたとき、部屋に備え付けられた電話のベルが鳴った。

「美唄中佐ですか? ああ、よかった」

 由良が受話器をとると、電話員がほっとした様子でそう言った。その直後、鈍くくぐもった爆発音が室内に響いた。

「あ、畜生っ……あいえ、こちらのことです。美唄中佐は直ちに残りの全艦娘を率いて船団左舷側へ向かうようにとのことです。少なくとも二隻の潜水艦が探知されています」

「了解。由良、全艦娘を率いて船団右舷に向かい、敵潜水艦の制圧を行います。……ところで、何があったのですか?」

「越後が、被雷しました」

「了解しました。直ちに向かいます。交信終わり」

 そう言って由良は受話器を戻すと、さりげなくこちらを注視している部下たちに対し、表情を変えないようにしながら「全員出撃、直ちに船団右舷へ向かいます」と静かに告げた。それだけ告げると、由良は待機室を飛び出す。

待機室のすぐ外に設けられた下の甲板へ続くラッタルを駆けおり、格納庫へ飛び込む。格納庫ではすでにすべての艦娘の機関が始動しており、排気装置の能力を超えた排煙のせいで室内の空気はわずかに煙の香りを帯びていた。由良が整備用の台座に据え付けられた背部艤装の前に立つと整備員がレバーを倒す。架台に載せられたまま前にせり出した艤装は、由良の背中に吸いつくようにして、初めからそこにあったかのように背負われる。さらに、整備員たちの手を借りて、様々な艤装を体中に纏っていく。最後の仕上げに、整備員に両肩を支えられながら甲板に縦横に敷かれたレール上の台車に据えられた、左右一対の脚部艤装へ両足を差し込んだ。その間に艦尾のゲートが開かれ、零下の斬り付けるような寒風が格納庫に吹き込みだす。整備員たちの手で滑走台の前まで台車に乗って由良が移される。整備員が由良の足元にかがみこむと、脚部艤装の固定を解除、台車の底に設けられた金具をワイヤーに繋いだ。整備員が一斉に由良から離れた。

「発進準備良し!」

「発進!」

 兵曹長が指示を下すと壁際に控えていたウインチの操作を担当する水兵がハンドルを倒す。下の甲板に据え付けられたウインチが回転し、艦尾付近で海中に消えるレールの間のところどころに設けられた滑車を通るワイヤーが動き出した。同時に、由良が台車ごとゆっくりと傾斜路を滑り降りていく。最後に、傾斜路の端で台車が停止し、由良は脚部艤装から展開される力場に支えられて海面上に浮かび上がった。同時に、艦橋左右の張り出しとはまた違った風が吹き付けてきて由良のポニーテールを左右へもてあそぶ。すぐさま、艤装から後方へ力場が展開され、由良は前方へ進み始める。由良が後方をちらりと振り返ると、電が二番艦となってすでに発進しているのが見えた。〈大瀬〉の艦尾波を乗り越えながら左へ鋭くカーブをすると、由良は速力を大きく上げる。〈越後〉の姿は見えない。文字通り海面に立っている艦娘の見通し距離外にいるためだ。

 事前に定められた船団速度で航行を続ける商船の前方を、由良は左右に目を配りながら速力を緩めることなく横断する。

 由良たちが船団の反対側にたどり着いたとき、〈越後〉は右に大きく傾斜し、半円を描く消えかけの航跡を残して海上に停止していた。すでに船体後半部は激しく燃え、立ち上る黒煙が朝の陽射しを遮っている。

およそ六〇メートル余りの距離をとって由良は〈越後〉の船尾を回り、速力を下げるよう妖精さんに指示を出す。妖精さんが了解の意を伝えてテレグラフのベルを鳴らす。いつの間にか定位置より進み、〈越後〉の前に出ていた第七十三号護衛艦が転舵した。前方で船団右側面の警戒に当たっていた〈明星〉の艦橋で発光信号が瞬く。

『敵接触、右六十度、接近中。敵接触、右六十度、接近中』

 由良は「了解、と発信」と呟き、それを受けて妖精さんが由良の肩に装備された信号灯を明滅させる。それにかぶせるように、船団後ろ寄りの海面付近でチカチカと灯りが瞬いた。それが野分からの発光信号であることを識別した妖精さんが翻訳して由良の頭の中で声を上げる。

『野分より発信、敵接触、目標複数、右一〇〇度、接近中、目標至近。反復、目標複数、極メテ接近ス』

「了解、増援を送る、以上を発信」由良はそう応え、妖精さんが信号を発信する。同じ信号を読み取った夕立が「群狼第一陣のお出ましってわけね」とつぶやいた。

 由良が反転を終え、野分の方へと針路をとったとき大音響とともに〈越後〉の上部構造物で爆発が起こり、内部で片側に押し寄せられていた水上偵察機がそれによって生じた破孔からなだれ落ちる。他艦への補給用に蓄えていた重油に加え、航空用燃料タンクにまで火が回った〈越後〉は船上くまなく燃える松明と化し、白み始めた空を圧して周囲が全き暗闇であるようにさえ感じさせる光量であたりを照らしていた。破孔から漏れ出した重油は周囲の海面に広がり、その部分だけ奇妙に波のない、平坦な沼地のような水面を作り上げていた。

 その平坦な海面にわずかなざわめきがあることを由良は認めた。次の瞬間、たとえようのない悪寒と共にその正体を悟った。ひとにぎりとか数十人といった規模ではなく、文字通り何百人もの人間が重油の海の中を漂っているのであった。その正確な数を由良は数えることができなかった。数が多すぎただけではない、刻一刻とその数は変化を続けていたのである。あまりに冷たい水温に体力を奪われての衰弱死するもの、重油に燃え移った焔によって焼かれ、焼死と溺死を同時に経験するもの、それらによって次々と集団から生者が脱落して海面下へと消えていっていたのである。重油に燃え移った焔は今や漂流者の集団をほとんど包囲せんばかりとなって、彼らを生きたまま火葬に処そうとその距離を詰めつつあった。

『野分から発信』異常といえるほどに落ち着いた声で妖精さんは由良に発光信号を読み上げた。

『敵潜三、ワレ爆雷投射中、至急救援求ム。反復、敵潜三、至急救援求ム』

 その報告が終わるか終らないかのうちに、妖精さんが『電から発信』と由良にささやきかけた。『艦隊旗艦ニ意見具申、溺者救助ノ実施ヲ提案ス』

「却下」由良は即座に答えた。「我等にその余裕なし」

 それだけ呟くと、由良は真正面を見据えた。すでに溺者の集団に由良たちは突っ込みつつあり、力場の働きによってあるものは脇へ押しのけられ、あるものは水面下へと沈められていた。針路上にいるもの達はそれを見て、地獄の苦悶の中でも未だ働きを失っていない、原始的な生存本能を働かせ必死の形相でその針路から逃れようともがいていた。燃え上がる重油はその姿を浮かび上がらせ、由良をぼんやりと見上げる顔、数秒の命を繋ごうともがく後頭部を照らし出した。あるものを圧し潰し、あるものはすばらしい忘却をもたらしてくれる溺死の底へと沈めながら由良は前進を続ける。

 そして不意に、あたりからすべてがかき消えた。ただ、数秒前まで由良がいた空間の名残のように人肉と衣服と重油がいっしょくたになって中途半端に焼けるむかつくにおいだけが少しの間残っていたが、それもほどなくして吹き消される。海面上にさらけ出されたびっしりと壺虫や貝類を貼り付けた艦首部の横を通り過ぎたとき、〈越後〉の船体中央部で大爆発が起こった。爆炎を割って内部から黒煙が湧きあがり、かつて〈越後〉の船体だった鉄片が宙に舞い上がる。爆発で吹き上げられた海水が由良たちの周囲に降り注ぐ。その間に〈越後〉の船体は艦尾から海面下へと引きずり込まれるようにして姿を消し、海面上には急速な死を迎えた死者と、緩慢に死にゆく生存者だけが残された。燃え続ける重油が生み出した濃密な煙幕は風に吹かれて船団の姿を海面下にいるであろう潜水艦から隠し続けていた。

 数分後には由良たちは野分に合流し、敵潜への攻撃を開始していた。数度の爆雷投下で海面に油が浮きあがるのを確認したが、敵潜を確実に沈めたという確証は得られなかった。いずれにせよ、それを得られるまでとどまることは許されなかった。

 

 

 艦橋を出ると、止むことなく吹き続ける寒風が五島の耳を刺した。

 一昼夜の間、〈大瀬〉をひどく傷つけてきた低温とうねりは、だいぶんその威力を弱めながらも〈大瀬〉と第一四航空戦隊、そして輸送船団MP五四を苦しめ続けている。この二者は北方航路を行く船にとっては常に離れることのない厄介な友であり、深海棲艦の空襲、雷撃、通商破壊艦による砲撃以上に危険な敵でもあった。

 五島はラッタルを降りながら、本国へ発信したばかりの電信を思い出して陰鬱な笑みを浮かべた。護衛にあたる在来型艦船は三分の二に減少、さらに航空機による対潜哨戒も不能となっている。〈越後〉は沈没時にその胎内で出撃準備を整えていた少女だけでなく、出撃直後の艦娘一人も旅路の伴として連れて行った。そのため特殊軍艦による護衛はほぼ半減。奪い去られたものの中には防空を担当するはずであった航空母艦型の艦娘も含まれていた。電文の最後には後方から間接護衛を行う本国艦隊分遣部隊との合同、護衛艦艇の分派、ないし任務の中止を付け加えておいたがおそらくその実現はならないであろう。南西洋での輸送船団護衛・対潜哨戒任務のため護衛艦艇は常に多数が必要とされており、本国艦隊であっても慢性的に不足しているのだ。そのうえ、北方洋に潜むレ級艦の排除はもはや外洋水軍の悲願とさえ言える状態になっている。そのためであれば、外洋水軍は貴重な大規模輸送船団であっても生贄に差し出すであろう。仮に輸送船団一つ失ったとしてもそれでレ級艦を排除できればそれ以降は護衛のため主力艦隊を大規模に貼り付けずとも対潜用の艦艇による護衛のみで十分となる。そうなれば浮いた主力艦をより緊急度の高い海域―サーモン海などへ振り向けることができる。

 この電文を深海棲艦が解読したとしたら、MP五四の上空に直衛戦闘機がないことを知り、小躍りして攻撃隊を差し向けてくるであろう。むろん、もしそのような存在がいるとすれば、という家庭の上での話ではあった。しかし、五島は深海棲艦が備える知性や戦術状況での判断能力について疑いを抱いていなかった。暗号が解読されていたとしても何ら不思議ではない。

 五島はラッタルを降り終えると最後に輸送船団を一瞥し、ハッチをくぐって船内へもぐりこんだ。ゆっくりと慎重な足取りで上甲板へ降り、タービンの振動を足裏で踏みしめながら船尾へと歩を進める。

 五島がゆっくりと旗艦私室に足を踏み入れると、由良は純白のシーツにくるまって寝台に身を横たえていた。枕元に置かれたタオルの赤い鮮血とシーツの白が際立った対照を見せている。五島がそっと顔を覗き込むと、由良は関節と青い静脈の浮き出た白い手を挙げて力なく挨拶をした。五島が音をたてぬよう慎重にドアを閉めている間に、寝台に両手をついて由良は体を起こしていた。丸みを帯びていた頬はこけ、青白い肌の下に頬骨が浮き出、血走った目は落ち窪んだ眼窩の底でわずかに輝きを見せている。かつては繰り返しクロスするリボンで固められていた桜色の髪は根元が簡単に留められているだけで、ばらばらと散りながら寝台の外へ垂れていた。部屋の中の様子を確かめるふりをして五島はゆっくりとあたりを見回し、顔に浮かんだ憐みの表情を消す時間をかけた。

「気分はどうかね?」

 部屋に備え付けられている椅子に腰かけながら五島がそう尋ねると、由良は口元を釣り上げて感情の読み取れない笑みを浮かべた。

「気分ですか。そうですね、悪くはありません。確かに疲れてはいますが、今までととくだん違いはありません」

 そう言って由良は枕元からタオルを取り上げ、口の端に浮いた血をぬぐった。「体の調子もいくぶんよくなりました」

「そうか」五島はしみじみとそう言って、わずかに体を揺らした。「軍医長はいい仕事をしてくれたようだな」

「そうですね」由良は身動きひとつせずに同意を示すと、再び口元に笑みを浮かべた。「けれど、今は医者や薬いがいのものが必要かもしれません」細い声でそう言うと、由良はわずかに尻の位置をずらした。

「と言うと?」聞き返しながら、五島は無力感が這い上がってくるのを感じた。思いがけず鋭い口調となってしまったが、由良がそれに動じた様子はなかった。

「朝のことです」落ち窪んだ眼窩の底にある由良の目はどこを見ているか判然としなかった。

「今日ほど自分が艦娘であることを恨めしく思ったことはありません。これが通常艦船なら救い上げることもできたかもしれません。いえ、その方がひどいことになっていたかもしれませんが」

 それだけ言うと、由良は猛烈に咳き込んだ。口元にあてがったタオルは鮮血でたちまちぐずぐずになり、わずかに血しぶきがシーツに散る。

「そこまでは君の任務ではなかった」五島は何とか言葉を絞り出した。「まず第一に、君に求められていたことは潜水艦を押さえることだった」何とか言葉を発しながらも、五島はそれらすべてがどこかへ滑って消えてゆき、無意味なもののように感じられた。

「そうかもしれません。けれど、あれではまるで―」由良は相槌こそ打ったものの、五島の話は聞いていないようだった。「地獄と言うものがあるとすれば、あれがそうでしょう」

 それだけ言うと、再び由良は口を閉ざした。五島はためらいがちに何か口にしようとしたが、結局何事も発することはできなかった。

「すまない」五島はそう言って詫びると腰を浮かせた。「長居すべきでなかったかもしれない」五島は椅子を机の下に押し込み、ドアノブに手をかける。わずかに逡巡した後、由良の方を振り返って付け足した。「少なくとも、それは君の罪ではない。そういった状況を生み出した責任はこの老いぼれにある。おやすみなさい、美唄中佐」そう言い残して部屋を出ると、五島はそっと扉を閉めた。

「少し休ませてやってくれ」ちょうど部屋の外にいた秋月に五島は告げた。「彼女には安らぎが必要だ。ところで、何か用事でも?」

「そうかもしれません」秋月は目を細めて頷いた。「我藤少尉―野分のことです」

「越後の生き残りは彼女だけか。つくづく天は彼女にひどいことをする」五島はそう答えてから、自分の言い草に顔をしかめた。

「ええ。とりあえず電が付き添っていますが今は何も言ってこないそうです」

「電か」五島は意外そうな表情を浮かべた。

「ええ。彼女は白澤で同期でしたので。それに、いま彼女に必要なのは、電のように踏み込んではこないが寄り添ってくれる相手でしょう」秋月はそう答えてから、思い出したように付け加えた。

「安らぎといえば、この海のどこにそのようなものがあるのでしょうか」

 




タイトルを見た時点で察しの良い方とハヤカワ文庫に慣れ親しんでる方にはバレバレだし、概要でも書いていますがこの作品は艦これと「女王陛下のユリシーズ号」のパロディ作品です。

つまり、だいたいずっとこんな感じで話が続きます。
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