女王陛下の護衛戦隊   作:ターレットファイター

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第8話です。もうなんかみんな疲れてますが、ようやく本命の深海棲艦が出てきます。


8.金曜の朝

 

 

 艦橋へ続くラッタルの半ばで由良が振り返ると、激しく降りしきる雪の向こうで水平線がぼんやりと明るくなりつつなっているのが見えた。〈大瀬〉の前方を行く駆逐艦〈明星〉の艦尾波が暗闇の中で白く浮き上がっている。二隻の周囲に輸送船の姿はない。ただ、夜目が効いてなおかつ視界が良ければ〈大瀬〉のはるか前方の水平線の辺りに船団最後尾の船の姿を認めることができただろう。〈大瀬〉と〈明星〉は夜明け前に一度、敵潜水艦を捕捉、それを制圧するために一時間ほどを費やしていた。そのため、今は船団の後方をおよそ二〇ノットで走っている。由良は息を整えると、ほとんど垂直に感じられるラッタルの最後の数段を登り、艦橋左右の見張所に上がった。

「やあ、おはよう、特任参謀」

「おはようございます」

 挨拶をかわすと由良は五島の傍らに立った。ちらりと腕時計を確認すると、黎明総員配置開始の時間まであと十分ほどを残している。どす黒い血の色に染められ、もともとの色合いを完全に失ってしまっているタオルに口を押し当てて二、三回激しく咳き込んでから由良は目を細め、前方の雪を透かし見ようとしたが暗闇と雪で何も見ることができなかった。前方を見透かすのを諦めた由良が艦橋内に視線を戻すと、航海長の枕崎が近づいてきた。

「特任参謀に報告があります」

「どうしました?」階級差を崩さないよう、しかし可能な限り丁寧に由良が聞き返すと枕崎がコートのポケットからメモ書きを取り出した。由良よりも二〇センチは高い、一八〇センチの長身を折るようにして由良に手渡す。

「最新の艦の現在位置です。先ほど、なんとか天測ができました」

「ありがとう。……だいぶずれているわね」

「ええ。まあ、まるまる二日間推測航法でしたから」

「それにしても、」由良は薄明かりの中で手もとのメモに書かれた緯度経度と、昨日自室に下がる前に確かめた船団の推測位置を頭の中で比較しながら呟いた。「そうとう南にいるのね」

「ええ。最後に天測で取った値が間違っていたのかもしれません」

「なるほど。ありがとう」

 由良がそう言って頭を軽く下げると枕崎も軽く頭を下げ、それから艦橋後方の闇の中に戻っていった。

「船団はすでに修正針路をとるよう発令済みだ」枕崎と入れ替わりに五島が由良に話しかけた。「とはいえ、その前に一悶着あるだろう。そうなったら君たちの出番だ」

「了解しました」

 由良がそう言って頷いたとき、天井の隅に取り付けられたスピーカーがスイッチの入るかすかな音をたてた。照明の落とされた艦橋の薄明の中で蹲るようにじっと配置についていた男たちの影が一斉に顔を上げ天井を仰ぐ。

「レーダー室より艦橋、レーダー室より艦橋」

 後部の壁際に控えていた電話員が受話器をとり、上中村にその内容を告げた。上中村は伝えられた内容をそのまま五島に話す。

「司令、南方に不明小型水上艦一探知、およそ一時間後に船団と交差する針路をとっているそうです」

「だそうだ。特任参謀、ようやく君達を海のはてまで連れてきた甲斐あったということらしい」

 上中村から報告を聞いた五島はそう言って由良にニヤリと笑いかけた。それと同時に総員戦闘配置のけたたましいベルが全艦に鳴り響く。とぼけた口調で五島が由良に問いかける。

「レ級かな?」

「おそらく、深海棲艦の巡洋艦――重巡洋艦でしょう。ひょっとしたら、小型戦艦かもしれませんが」由良はそう言ってかぶりを振った。

「そうだろうね。レ級が出てきたのだったら本国艦隊も含めて大騒ぎだ」

 五島はそう言って頷くと、よく響く声で命令を発した。

「船団嚮導船に発信、船団全船方位三四〇へ一斉転針」

「レーダー室より艦橋、レーダー室より艦橋。敵艦との距離、約一五キロ。針路変わらず。速力およそ二〇ノット」天井のスピーカーが、レーダー室の主、谷田大尉のすこし鼻にかかった声を拡大して艦橋に響かせた。

「航海長、船団との距離は?」

「前方一二キロ」枕崎はそう即答してから、少し間を置いた後訂正した。「――いえ、一一キロです」

「もはやすらりと出ないか――まあいい、それだけ離れていれば十分だ」

「ええ、まずつかまらないでしょう。おそらく、敵のレーダー覆域内にも入っていません」

 上中村はそう言って頷いてから、すこし疑わしげな口調で付け加えた。「まあ、外洋水軍本部の言を信じるならの話ですが」

「ようやく検証の機会が得られたというわけだ。とはいえ、実際に試してみるというわけにもいかん。この艦も転針し、船団の後を追う。針路は任せる」

「了解」上中村は再び頷くと、航海長に針路を割り出すよう命じた。

「だが、放っておくというわけにもいかん」

 そう呟くと、五島は由良の方を向く。五島の呟きを聞いた由良は五島の顔を見上げていた。由良の顔には、わずかに何かを期待するような表情が浮かんでいる。

「あの敵艦には手を出している暇はないよ。この先の空襲に備えなければならない」それを聞いて、由良の顔にわずかながら不満げな様子が現れた。五島はそれを無視して言葉を続ける。

「ただ、しばらくの間敵のレーダー覆域外から監視させようと思う。一番優秀なレーダーを搭載しているのは誰だ?」

「私です」由良は即答した。その顔には何の表情も浮かんでいない。

「そうか。ならば君ともう一人、誰か適当な者を選んで数時間ほど見張っていてくれ。〈明星〉を付ける。なにか動きがあったらすぐに伝えてくれ」

「了解しました。野分を連れて行きます」

 そう言って頷くと、由良は伸ばした指先を耳付き帽子の縁に当てるようにして敬礼を行った。

「防空巡洋艦由良、出撃します」(訳注:王国水軍では正式な艦種として「防空巡洋艦」が制定されている。本来由良は軽巡洋艦であるが、防空艦としての改装を受けた後、王国水軍では防空巡洋艦へと類別変更がされているものと考えられる。)

 




話の中身がかなり繋がっているうえに中途半端な状態なので、次の話は30分後に投稿します。
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