女王陛下の護衛戦隊   作:ターレットファイター

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第9話。
いよいよもって深海棲艦との本格的な戦闘です……が(そうはいかないんです)


9.金曜の午後

 

 

 由良と野分が〈大瀬〉に帰りついたとき、輸送船団MP五四は海面まで低く立ち込めた、一寸先もうかがえぬほど濃厚な霧に包まれていた。速力をそれまでの半分に落とした船団の全船は霧中浮標を曳航し、先行する船が曳航するブイの波を目標として船団の陣形を維持している。由良と野分は船団に近づいたところで先導役の〈明星〉と別れ、由良が搭載しているレーダーの像を頼りに〈大瀬〉へ帰投した。格納庫で艤装を外し、防寒着を着込むと由良はその足で艦橋に向かう。

「防空巡洋艦由良、帰投しました」五島の席のそばまで行くと由良は姿勢をただし、素早く敬礼をしながらそう告げた。

「ご苦労さま。報告は公室で聞こう」五島はそう言って頷くと座席から降りた。由良と連れ立って艦橋の外に出ると不意に足を止め、見張りに従事していた司令部従兵の内鋸に声をかけた。

「内鋸君、公室に熱い黒茶を持ってきてくれ」

「わかりました。すぐに取りに行きます」

 そう応えると見張長が頷いたのを確認して、前部調理室へ向かおうとした内鋸の肩に五島が手を置いて引きとめた。わずかにかがむようにして内鋸と目の高さを合わせる。

「君の眼を少し見たくてね」そう言って五島は髭だらけの顔に微笑みを浮かべた。「君の眼が船団を救ったんだ……ありがとう」五島は内鋸の赤銅色の眼に、初めは戸惑いが、次いで隠しようのない喜びの色が浮かぶのを見て取った。

「歳はいくつだ」内心にこみ上げてくる罪悪感を押し隠すように、不意に五島は尋ねた。

「次の日曜日で、十八になります」内鋸の声には、隠しようがないほど昂然たる様子が現れていた。五島は力強く頷くと、内鋸の肩を離した。内鋸は一礼すると、兎のように前部調理室へと走って行った。

五島と由良がゆっくりとラッタルを降り、一つ下の層へ降りたとき不意に霧が薄れ、船団の姿が一瞬だけ現れた。それを一瞥すると、五島と由良は扉を開け艦橋構造物内に再び入る。短い通路を進み、再び扉を開けて司令公室に入ると、五島は崩れるようにして椅子に座りこんだ。

「十八になる……あと二日か」呆然とした様子で五島はつぶやいた。「若いな。まだたっぷりと若い。ほとんど子供ばかりだ」そこまで言って、五島は由良の方に目を向けた。「そういえば、君はいくつだったかね……妙齢の女性に聞くべき質問ではないな、これは」

「私は二十一歳です。艦娘になったときは十七でした」

 由良の答えに五島はため息をついた。

「二十一か。私はまだ士官学校にいたころだよ。まったく、これではまるで、ハイスクールではないか」五島はその後に続けようとした「商船の方もそうなのだろうな」という言葉は飲み込んだ。不快そうに身動ぎし、椅子に座り直してから五島は由良に向き直る。

「六隻がやられた。たった十分間でだ。タンカー一隻に高速輸送船四隻、それに加えて護衛艦一隻が沈没。手負いの船は勘定に入れていない。少し前に一隻を放棄した。機関室が水没していた」五島は早口でそう由良に告げた。五島の説明に、由良は小さく頷いた。〈大瀬〉への帰投の際に由良のレーダーが捉えた像もそれを裏付けていた。由良の反応には構わず、五島は言葉を続ける。「敵三機の空襲を受け船団を転針、敵潜水艦群の真っただ中に突入せしむ。七隻を午前中で失う。しかもどれ一つとして失わずに済んだものなのだ。通常艦艇二十四隻で編成したのが今や十二隻、まったく、大したことをしたものだよ」

五島はがっくりと肩を落とし、視線を床に落とすと、ぽつりとつぶやいた。「十人の魔法使い(訳注:逆数え歌の童謡。十人の魔法使い、書架が崩れて九人になった、屋根が落っこち……と続いてだんだん減っていき、最後には一人残してみな消えた、で終わる)……ちくしょう、もうたくさんだ」

 由良の気遣わしげな眼差しに気付くと、五島は顔を上げた。

「まずはこれから先の話だ」そう言って、五島は微笑みを浮かべる。「それで、君は何を見てきた?」

「敵は――いえ、敵艦隊は重巡洋艦一隻、駆逐艦五隻から構成されていました」由良の簡潔な答えに、五島の表情が固まる。重巡洋艦一隻に駆逐艦五隻―通常の、輸送船団が航行する海域ではまずありえない敵の編成だった。

「間違いはないのだね?」

「はい」

 由良が頷くと、五島は大きくため息をついた。

「つまり、われわれは戦闘海域 (原注)にいるということか」

 そう言うと五島は天井を仰いだ。「それも、イベント海域……」一度に疲労が吹き出したような声で呟く。イベント海域は、通常の戦闘海域より強力な敵艦隊が出現しやすいとされていた。

そのタイミングでドアがノックされる。姿勢を戻した五島が「入れ」と応えると内鋸がポットとカップが二つ、それに白液糖の入ったカップの載せられた盆を持って入ってきた。

「ありがとう。……ああそうだ、少し待ってくれ」

 そう言うと五島は椅子から立ち上がり、歩いて一歩のところにある執務机で紙切れに何か書いて内鋸に渡した。「これを発信するよう艦橋に伝えてくれ」

「外洋水軍統帥部宛の報告だ」内鋸が退出すると五島は由良の方を向いて

「こうなったら、本国艦隊と合同して守りを固めるしかない」そう言うと五島は腰をおろし、まぶたの上から疲労に霞む両目を揉んだ。

「もし護衛部隊のみ反転するよう命令が出たらどうします?」黒茶をカップに注ぎながら由良は平坦な声で問うた。「SK八六のように?」

「君ならどうする?」

「そうですね……私は疲れました」五島の切り返しに、由良はそう言って目を閉じ、両手で自分の首筋の辺りを揉む仕草をしてみせた。「実のところ、立っているのさえつらい時もあります。目もだいぶ霞んでいます」そう言うと由良は軽く首を左右に振った。「よって命令が来ても読むことができません」

「なるほど」そう言って頷くと五島は力ない笑みを漏らした。「もしそのような命令が来たらこの老いぼれもその手を使うこととしよう」それから五島は自分の黒茶にたっぷりと白液糖を注ぐ。色が変わるほどの白液糖を注がれ、苦みより甘みが勝るようになった黒茶を一口味わう。

「もっとも、そのようなことはないだろう。王国外洋水軍にSK八六を再演するつもりはあるまい」

「そうでしょうね」そう応えて、由良はなにも入れない黒茶を啜った。内鋸が大急ぎで持ってきてくれたためか、まだ熱いと言っていい温度を保っている。由良が二口目を味わおうとしたとき、総員戦闘配置のベルがすべてを引き裂いた。

 五島は艦橋へと続くラッタルを駆けのぼった。その後に由良が続く。相も変わらず霧は〈大瀬〉を外界と切り離し続けている。

「艦長、何があったのだ」ゲートをくぐって艦橋に入るなり五島は上上中村に質問を発した。「敵は何者だ」

「わかりません。砲弾が飛んできました。船団の後方からです」艦長は五島の方をちらりと見てそう答えた。「しかし、疑いようもありません。今朝の巡洋艦でしょう」

「巡洋艦戦隊だ」五島は上中村の言葉を訂正した。「由良のレーダーが捉えていた」

 上中村は一瞬、唖然とした表情を浮かべたがどうにか口元に不敵な笑みを浮かべた。「つまり我々はこのイベント海域の一番槍というわけですな」

「そういうことになるな。しかし谷田大尉は何をやっているのだ」五島はニコリともせず厳しい目を艦橋の後方に向けた。「彼ご自慢のレーダーは一体何をしている」ゲートの外から砲弾の飛び去る音が響いた。

「捕捉できないそうです。先ほど放棄した〈フリーゲンター・トゥユーター〉とちょうど方位が一致しているのか、識別できないとのことで。しかもかなり近接しているようです」上中村の答えを聞きながら五島の眼は窓の外に注がれていた。五百メートルと離れていない場所に水柱があった。〈大瀬〉のすぐ前方だ。

「そんな莫迦なことがあるか。敵はすでにかなり正確な諸元を得ているのだぞ」五島は目を怒らせ、怒りさえ感じられる口調でまくしたてた。「たまたま敵艦がわれわれのレーダーから遮蔽される針路をとり、しかもそれを維持して正確な諸元で撃ち続けるなど―」

 そこまで言って五島ははたと口をつぐんだ。目を固く閉じて数度、首を左右に振る。「いや艦長、すまなかった。じゅうぶんありうることだ。あの潜水艦群が浮上して、船団の針路を打電したに違いない」再び砲弾が落下し、〈大瀬〉を揺さぶった。今度はそうとう近く、左舷から艦橋に海水が降り注いだ。五島はその水柱をぼんやりと見つめると、上中村に疑わしげな口調で問いかけた。

「しかし艦長、〈フリーゲンター・トゥユーター〉はすでに十五キロ近く後方のはずだぞ」

「ええ。その点、変化がないか谷田大尉に聞いてみましょう」そう言うと上中村は送話器を口に当てた。「谷田大尉、敵の位置に変化はないか」

「ありません」天井のスピーカーを通しての声にはわずかに疲労の色が帯びていた。

「〈フリーゲンター・トゥユーター〉に近いのか?」

「はい。きわめて近く……おそらく、トュユーター号のこちら側にいるものと思われます」

「十五キロ近くも後方にあるのだぞ」

「そうです、それはわかっています」

「ではどうやって諸元を得ているというのだ」

「レーダー射撃でしょう」谷田の声はどこか投げやりにさえ聞こえた。「敵はレーダー射撃をしてきています。おそらく、水平線上に出ている艦橋の像を目標にしているのでしょう。おそろしく正確なデータを得ているはずです。……司令、敵艦のレーダーは本艦のそれと並び立つほどの能力はあるようです」

 それを聞いて、唖然とした表情を五島は浮かべた。五島はうつむきながら艦橋を横断し、自分の椅子へ己の身を委ねる。そしてただ一言苦々しい口調で、阿房めが、とつぶやいた。敵のレーダーが〈大瀬〉のそれを上回る性能を持っている―その可能性を全く考えていなかった。龍翼軍空軍のことと外洋水軍が先年発表した通り、深海棲艦は初歩的な性能のレーダーしか装備していないということを盲信していた。ただでさえ深海棲艦は通常艦船に対し電波を反射する面積が小さく、捉えにくい一方、こちらの反射面積は大きく深海棲艦に有利な状態であることを失念していた。世界に並び立つもののないほど優秀なレーダー―この世界の人類の作り出した軍艦の中でこれほど優秀なレーダーを持つものは確かにいないかもしれない。しかし、深海棲艦の参照元である異世界の人類も同じくらい優秀なレーダーを作り出すことはできたかもしれないのだ。そして、同じ性能のレーダーを装備している場合深海棲艦の方が有利な状況にある。深海棲艦は追尾のため出撃した由良の姿も深海棲艦は十分承知だったに違いない。だから監視に気付いていないように振る舞い、その間に敵潜水艦群と爆撃機へ針路を打電したのであろう。だからこそ爆撃機は哨戒途上で出会ったように単機で飛来したのではなく、三機まとめてやってきたに違いない。そして今や敵艦は〈大瀬〉へ砲火を浴びせている。もともとは軽巡であるとはいえ特殊艦艇母艦としてあらざるべきことだ。このような事態に陥れているのは五島、彼自身の判断の誤り、彼自身の錯誤なのであった。

「司令官」いつの間にか五島の傍らに来ていた由良が気遣わしげに声をかけた。

「どうした」五島がのっそりとそちらを向くと、由良はげほげほと苦しげに咳き込んでから口を開いた。「出撃の許可を」

「ああ、そうだった」五島はようやくそのことを思い出した様子で頷いた。「もう誰か発進しているのか?」

「秋月と夕立がすでに発進したそうです」

「そうか」五島が頷いたとき、〈大瀬〉の右舷十数メートルの海面に唸りを上げて砲弾が落下し、艦橋を揺さぶった。「君はどうする?」

「第一〇一二航空戦隊は全艦で出撃します」げっそりと頬がこけ、ほとんど灰色に近い色合いになった由良の顔の中で眼だけが輝きを帯びていた。その眼を見て、五島はわずかに羨ましさを感じた。

「よろしい」どうにか口元に笑みを浮かべて五島は大きく頷く。「出撃しなさい」

「ありがとうございます」由良はそう言って敬礼すると踵を返し、ゲートの外へ姿を消した。

 

 

 数分と経たないうちに、由良を先頭として五人の艦娘は船団の右舷側を単縦陣となって進んでいた。由良と後続の艦娘は絶えず無線通信を介して連絡を取り続けている。第一〇一二航空戦隊の中でレーダー装備の艦は由良と秋月のみであり、秋月が夕立を連れて先行している現時点では由良のマスト上に装備されたレーダーが艦隊の目となっていた。由良はレーダーに映る〈フリーゲンター・トゥューター〉号のまだ水上に残っている船体の像を目標として艦隊の針路をとっている。秋月との間でも絶えず交信を行っていた。

 しかし、由良たちが船団の後方にたどり着いたとき、敵艦隊はすでに姿を消していた。複数の敵駆逐艦と交戦していた秋月は砲弾の破片で足を折り、夕立に支えられて〈大瀬〉へと帰還した。

 

原注:戦闘海域とは、深海棲艦の艦隊が出現する海域。深海棲艦は「はぐれ」と呼ばれる単艦で行動するものと艦隊を組んで行動するものの二つに大別され、「はぐれ」は非常に広い範囲に出没したのに対し、艦隊を組んだものは主に拠点から一定の範囲内に出没していた。そのため、そういった海域は「戦闘海域」として指定され、沈静化までは輸送船団の航路からは外されていた。こういった戦闘海域には大きく類別して二つの種類があり、地脈の強い海域で深海棲艦が多く出現する「常設戦闘海域」と、深海棲艦が設けた拠点からの魔力場圏内である「イベント海域」に分けられる。どちらの海域においても地磁気異常などが発生しやすい。

通常、輸送船団の航路は戦闘海域外に設定され、随伴する護衛隊も「はぐれ」の深海棲艦、あるいは陸棲型の飛行場種が発進させる爆撃機・雷撃機に対応するものとして編成されている。

 

 




残念ながら、深海棲艦は由良たちと真っ向からやり合う気はありません。あくまで、護衛されている船団のほうが狙いです。
なので、この先もなかなか深海棲艦の艦隊との決戦はやって来ません……
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