麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第九十五話 真昼の狂気

 

 

 

 ――麻帆良学園祭。凄いですよね。関東圏で最大規模、入場者数は今日から三日間で四十万人でしたか? いやはや私の時代では考えられないことです。ええ、こんな景色は夢にも見ませんでしたとも。

 

四十万人。これだけの人混みにも納得ですよねえ。右を見ても人。左を見ても人。まさしく雑踏というのでしょう。いや、盛況で何よりです。

 

ところで、あのパレード。見えますか? 私にはね、あの長く連なったパレードが昼間だというのにさながら百鬼夜行のようにも見えますよ。

 

 怪獣の着ぐるみに身を包んだ者がいる。

 

 道化の仮装を纏った者もいる。

 

 大きなカボチャのバルーンに繋がる綱を持つ者がいる。

 

 あるいはカボチャ頭を実際にかぶる者もいる。

 

 甲冑を着込んで騎馬にまたがり突撃槍を携えた者がいる。

 

 像の背に乗るターバンを巻いた男もいる。

 

 露出の多い妖精のようなコスプレをした者が居る。

 

 宙に浮く小さな人型、本物の妖精にしか見えない者もいる。

 

他に戦車に自走砲。恐竜型の巨大ロボット、果てはよくわからないものまで。

 

 ……私はですね。実は私自身は初めの立ち位置から一歩も動いていなくて、この麻帆良そのものが、ひとりでに遠くに離れていってしまったんじゃないかとも思うんですよ。

 

 精霊の溜まり場であった森は開かれ街になり、静謐と平穏を是とした里は、今のような享楽と混沌の坩堝と言って良いでしょう。

 

 

――私なら、決してこんな麻帆良にはしなかった。

 

 

 

「――貴様、わざわざ私を呼びつけておいて、何の話をしている?」

 

「――昔語りですよ、エヴァ。あるいは貴女からすれば、存外既知の物語であるのかもしれませんがね」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 麻帆良学園祭。多くの人の努力の結晶。夢を現実にする宴の場。そして私がこれからゆっくりと壊していく大舞台。

 

 なんの余興もなく、語りも無く、前奏もなく、ただただ淡々と進めていくのは余りにももったいないなどと……ほんの数ヶ月前までの私なら言わなかったでしょうね。

 

 ですが、今の私は……

 

 

「いやはや、年甲斐も無く高揚していましてね? 少しばかり色々と語りたい気分なんですよ」

 

「気色の悪いテンションだな……酔っているのか」

 

「いや、酒は飲んではいませんよ? しかし酔っていると言えば酔っているのでしょうね。強いて言うなら、祭りの空気にと麻帆良の熱に」

 

 

 祭は祭事、祀事に直結する。人がいて、場が整えられ、騒ぎ、歌い、熱がねじれて夢と現が入り乱れる。

 

「さて、エヴァ。私の昔話を聞いてくれますか?」

 

「断る。何が悲しくて男の苦労話など祭りの最中に聞かねばならんのだ」

 

「これはまた手厳しい」

 

 

 つっけんどんに返されます。まさしく取り付く島もないというのでしょうねぇ。

 

 

「しかし、貴女はそうであったとしても、貴女の協力者はそうでもないんじゃないですかねぇ?」

 

 

私とエヴァがいるこの場は、超包子の移動屋台の一席。端の方に覗くシニヨンは、いつかどこかで見たもので。

 

 彼女の方は、些細な情報でも手に入るなら手に入れようとするでしょう。

 

 しかしエヴァは机の上に並べられた皿の一つから箸で点心をひょいとつまみ、私に視線の一つもくれずに言葉を紡ぐ。

 

 

「かまわんさ。若い奴らに何でもかんでもすぐに答えをやろうとするな。考えさせて苦労させねば良い芽は育たん」

 

「おや、あるいは芽が出る前に潰れてしまうかもしれませんが?」

 

「そうだとしても、所詮そこまでの器だったということだ」

 

「…………」

 

「……オイ。どうした、突然黙り込みおって」

 

「単に、エヴァが若くないということでは――」

 

「キサマと言う奴はこの期に及んでっ……何だ? この姿に対する皮肉か? 皮肉なのか? ええ!?」

 

 

くっく、やはりエヴァはこうでなくては。ああ、やはり今日の私はどこかおかしい。

 

 

「……ふん。まあいい。どうせ貴様の言いたいことは概ねわかっている。“ここ”の末裔か何かだと言うのだろう?」

 

「残念。概ね正解ですが、厳密には不正解です」

 

 

 聞いている人間が居るとわかっていて、ぼかしてくれる辺りが流石、と持ち上げておきましょう。

 

 また一つ、エヴァが料理を摘んでいきます。

 

 

「それはそうと、貴様わざと監視を引き連れてきたな?」

 

「わかりますかね?」

 

「わからいでか。覚えのある匂いがするからすぐにわかる。そこそこの手練れからひよっこの魔法生徒までぞろぞろと引き連れてきおって。まったく、数だけの粗雑な殺気が煩わしくてかなわん。一体どんな方法で入ってきた」

 

「真っ正面から、歩いてです。必ず来ると予想されているこの期に及んで、わざわざ隠れる道理がない」

 

「ふん……やはり、本気と言うわけだな?」

 

「ええ、もちろん。でなければ、わざわざこうしてここまで来たりはしませんとも」

 

 

 エヴァが残っていた料理をかき込み、箸をすっと置きました。

 

 そして、今日初めてしっかりと私の方を見ています。

 

 

 

 

 

 

「今日はね、少しばかり宣戦布告をしに来たんですよ」

 

 

 

 

 

 

 ふっと周囲が暗くなる。見上げれば、直ぐにその理由がわかることでしょう。

 

 空を征く巨影。その数、六。

 

 双胴の巨体を持つ飛行船。若草色に船体を染め上げられ、白いラインが引かれた其れが、悠々と学園側の飛行船や気球、複葉機の側を進行していく。

 

 

「ふっ、くくく……貴様は、いや、お前はこれを、宣戦布告で済ませるのか?」

 

「ええ、そうですとも。少なくとも誰かを傷つける代物じゃないですし。秘匿の観点からも、この麻帆良においてはあれを見て魔法という言葉を思い浮かべたりはしないでしょう。せいぜい柱を何に使うか疑問に思う程度です」

 

 

 私が関東呪術協会の長として取ってきた今までの方針は、なるべく一般人を巻き込むことなく、欺き、遠ざけ、何も知らせず、そうと気づかぬうちに終わらせる。昔から変わらぬ方法です。

しかしですね、私はもうまどろっこしいことはしません。

 

 

「わかりますか、エヴァンジェリン。あの飛行船は一つの例です。“どこからかやって来た飛行船”が“ただ柱を立てて”帰って行った。“飛行船は他にも飛んでる” 。少なくともそこに“オカルトが入り込む隙間は存在しない”。これが何を意味するか」

 

「さて、なんだろうな?」

 

「“科学で説明できることは、もはや世界は神秘と認めてはくれない”。いやはや、世知辛い世の中になったものです。ですが、そもからそれを前提におけば、取れる手段も変わってくる」

 

 

 私とエヴァが話している間に。あるいは周りの魔法使い達が慌ただしく動き出そうとしている間に、はたまた麻帆良の頭脳が幾つものウィンドウを空中に投影する間にも。

 

 若草色の巨影は動き続け、その役目を果たしていく。

 

船体中央部に縦に並べられた巨大な柱。一隻につき三本搭載されたそれらを、飛行船は世界樹を中心に据えて円を描くように順に下ろしていく。

 

 

 広場の中央に。湖の中に。場所を気にすることなく、作業を終えれば、何ごとも無かったように悠々と元来た方へと引き上げていく。

 

 

これで、最後の下準備が整いましたか。

 

 

「さて、エヴァ。いいえ、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。次に逢うときは敵で良いのですね?」

 

「ああそうだとも。クロト・セイ。私はお前の敵として立ち塞がるつもりだ。坊や達も私が手ずから鍛えた。魔法球の中のような勝負はできんだろうが、楽しませてくれるんだろう?」

 

「ええ、せいぜいご期待に添えるように踊らせていただきましょうか。ですが、その前に一つだけ言っておくことがあります」

 

「言ってみろ。今度は聞いてやる」

 

「何、一言で済みますよ。ああ、それとこれは他に言ってくれてもかまいません」

 

「ほう?」

 

 

 

 ――この日の為に。

 

 ――これから始まることのために。

 

 ――再び春香と逢うために。

 

 ――そして、あの昔日の約束を果たすために。

 

 

 

「――明日からは、総力戦です。卑怯に奸計、覚悟さえあれば大いに結構。こちらも手段は選びません」

 

「――そうか。では楽しみに明日を待つとしよう」

 

「――ええ、それでは、また明日」

 

 

 

 




 オマケ③

 朴木・ホオノキ
 女性。ぼんきゅっぼん。マッド。開発班の首魁。
 旧版を知っている人は名前が変わったことにきづく。変えた理由は大人の事情。

 本日はこの一話だけです。明日も投稿めざします。
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