「急にごめんね、木乃香」
「ええんよ明日菜、特に用事もあらへんかったし」
夜の麻帆良湖畔。湖畔と言っても土がむき出しになっている訳でもなく、煉瓦で舗装され、転落防止の為の鉄の柵がきちんと設けられている。
遠くに見える麻帆良大橋では、丁度仮装パレードの一団がその上を通過している所だった。暗い橋の上でも、投光器によって遠くからでもよく見える。
幾ら麻帆良祭と言えども、出店も遠く、近くに何も無い上主立った通りからも外れている場所となると人通りは全くと言って良いほどに少なくなる。
そんな静かな麻帆良湖畔に、三人の少女が佇んでいる。
神楽坂明日菜。近衛木乃香。そして桜咲刹那の三人。
二人を呼び出した明日菜には、普段のような快活な笑みが消えている。能面のような無表情、と言うわけでは無いが、口元に小さく笑みをつくる程度に留まってしまっている。
「それで、いったいどないしたん? 明日菜」
一方で、二人の方にはそれほどの変化は無い。いつもと同じ自然体だ。
刹那は竹刀袋を後ろに担ぎ、努めて表情を消しているであろう無表情で木乃香の少し後ろに立っているが、そこに少し前までの周りを威嚇しつつ警戒するような険はない。抜き身だった刀が、きちんと鞘に収まった、とでも言えばいいのか。
木乃香の方は服装こそ所属が占いを研究しているサークルということで魔法使いじみたローブとつばひろのとんがり帽子を着ているが、普段と変わらぬ優しい笑みを浮かべている。
「……なんかね、わかんなくなっちゃったの」
木乃香に促されて、明日菜は訥々と話し始める。
「京都でのこともあるの。助けるなんて大見栄きってさ、なんだかんだで気づいたら布団の中で、寝てる間に全部終わってたって聞かされて」
「そやな」
「それから怖い夢も見るようになったの。京都で気を失う前に見た幻の続き。小さな私が鎖に繋がれて、冷たい石の床に直に座ってて」
「うん」
「私さ、あんまり言わなかったけど、小さい頃のこと、あんまり覚えてないんだ。どんなに思い出そうとしても、小学校の途中くらいまでが限界なの」
「…………」
「だからさ、時々思っちゃうんだ。あの冷たい石の床と鉄の鎖。忘れてるだけで、本当にあったことなんじゃないかって」
「……ネギ君は? いつも一緒におらへんの?」
明日菜は、黙って首を横に振る。小さくだが浮かんでいた笑みがより小さな物へとなっていく。
「あんまり。最近は超ちゃんやエヴァちゃんとよく一緒にいるみたい。夜帰ってきてもすぐに寝ちゃって、ベッドに潜り込んでくることも無いよ」
「そっか……」
「ここしばらく、なんだかんだでネギに振り回されたりして忙しかったじゃない。時間ができて、怖い夢も見て、何もできなくて……ふっと考えちゃったの。私って、何なのかなぁ、って」
こころなしか、近場の街灯の明かりが遠くなった気がした。
「……ごめんね。ぐちばっかりで」
「ええよ、京都のは半分ウチが巻き込んだようなもんやし。いくらでも付き合う」
「ううん。首を突っ込んだのは私」
「それでも、や」
「……ありがと。うん、何かちょっと元気でたかもしれない」
明日菜はパッと顔を上げて、大きな笑顔を作って見せた。
しかし。
その笑顔には、木乃香の知る明日菜の、輝きはカケラもなかった。当然、無理をしているのだ。それをわからない木乃香ではないし、今の明日菜であれば本来の明日菜を知る3―Aのメンバーであれば誰だってわかる。
「明日菜……」
「変な話してごめんね! まだやってる屋台もあると思うし、二人で楽しんできてよ!!」
「あ、明日菜!」
言うが速いか、二人から離れていく。それを、二人は追うとも出来ずに、ただ見ていた。
「……せっちゃん」
「はい。あんな明日菜さんを見るのは……耐えられません」
「うちもや。……明日菜が巻き込まれそうになったら、助けに入るえ」
「は……いや、しかし……それは」
「そやな。……西の基本方針とは、相容れんやろな……」
◆
――少女達から、少し離れた森の中。
「――そこをどきなさい。タカミチ」
「それはできないよ、クルト。行かせるわけにはいかないんだ」
人知れず、男たちは対峙していた。
これにて麻帆良祭一日目終了です。すいません中途半端なうえに短くて。やっつけ感が漂っています。
なおこれが今年最後の更新になります。できれば今年中に二日目まで行く予定でしたが、年末に合わせて予定がつまってしまい時間がとれません。
それではみなさん良い年末を。