麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百二話 「エナ」

 

 

 

 炎の赤。水の青。その他属性事に色の違う魔法の射手が、魔法使い達の手のひらから、あるいは杖の先から飛んで行く。

 

 その向かう先にいるのは、少女と男。

 

 少女は白で、男は緑。少女はただ迫り来る魔法の矢。少女の目にも迫ってくるそれは映っているはずだが、薄く笑みを浮かべたまま微動だにしない。

 一方で、男の方は石畳に赤い剣、見方によっては杭にも見えるそれの切っ先を押しつけている。カケラも沈んでいないが、なぜか敷かれた石材に波が立っている。

 

 少女……白エヴァが前で、男……セイが後ろ。少女が男を庇うというなんともいえないかたちだが、そんなことはお構いなしに一本でも人を殺せる光の矢が鈴なりになって二人に迫る。

 

 しかし、光の矢――魔法の射手が少女まで届くことは無かった。

 

より正確には、オレンジ色の八角形の障壁に、弾き飛ばされた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 眼前まで迫った魔法の射手が、白エヴァの障壁に弾き飛ばされた。当然と言えば当然です。

何せ白エヴァは爪の先から髪一本に至るまでが開発班による特注品。造った彼らからすれば心血を注ぎ機能美と造形美両面にこだわった芸術品。

かつて一度暴走して破壊したそうですが、それ以降もバージョンアップが重ねられてちょっとやそっとでは壊れないようにしてあるのです。

 障壁も特殊な物で、複層式の障壁の各層の力場にそれぞれ異なる指向性を持たせつつそれらを重ねることで一定方向からの力に対して抵抗性を云々……ということだそうです。

ややこしい理論があるそうですが、専門外なので詳しいことはわかりません。

 しかしそれが何であったとして、実に頼もしい盾であることに変わりはありません。

 

 なぜなら、今の私に普段であれば常時張り巡らしている全天障壁は“使えない”のですから。

 

 機械頼りの結界とは違い、世界樹を中心に据えた地脈を利用する結界はほぼ恒久的に動いているため、世界樹に影響をなるべく与えないように破壊するのは結構な難事です。

 ほぼ永続的に霊力を供給する役割を果たしているのは世界樹そのものであるため元を破壊するという手段はとれない。

 故に麻帆良に、より正確には麻帆良の中央部、昨日投下した“柱”で囲った範囲に流入する地脈の量を“制限”して、そこから範囲内を掌握、結界を基点から何から全ての破壊を行う。

 

 それら複数の処理の同時進行を可能にしようとした結果が、全天結界の破棄。一応他にも可能な限り保険はかけていますが、近右衛門に効くかどうかは微妙なところ。なんだかんだで奴も充分な化け物です。十何年ぶりかというくらいひやひやしていますが、悪くはないですね、この緊張感は。

 

術式の完了まで、おおよそあと……

 

 

「あと六十秒……!」

 

 

 六十秒。短いようだが、瞬きの間のように一瞬の差でも勝負がつく世界においては余りに長すぎる時間。

 

 しのぎきれなければその時点で作戦は失敗。たった六十秒で、二十年分の全てが決まる。

 

 しのぎきっても、まだまだ幾つかある行程の一つが終わるだけ。それでもここまで来たのだ。今更苦痛とは思いません。

 

 

「いけますか?」

 

「うん、まかせて!」

 

「頼みますよ、“エナ”」

 

「たのまれたよー!」

 

 

 白エヴァ、改め『エナ』。

 

 ギリシャ語の1を表すその名前。……決してアーウェルンクスシリーズをマネした訳ではありません。

 

 私が決めたわけでもありませんし、あちらはラテン語だったはずですし。

 

 どんどん強くなる攻勢魔法にも、エナの障壁は破られません。早朝とは言え、即席の人払いの結界程度でこの時期に大魔法は使えないでしょうから心配はありません。問題は、障壁の弱点にいつ気づかれるか。

 

 その懸念を見透かしたように、魔法使い達に動きがあった。

 

 魔法使い達の中の何人か、重装騎士が他数人の魔法使いを率いて左右に回り込もうとしている。正面からの攻勢も継続しているためにエナは動けない。

 

 エナの強固な障壁の弱点。それは出力の都合上、魔法使いの障壁のように一方向にしか展開できないということ。しかもエナの場合は向かって正面にしか展開できない。

 

 

「エナ!」

 

「みえてるよ。だいじょうぶ!」

 

 

 そう言うと、今まで棒立ちだったエナが、両手をそれぞれ回り込もうとしている魔法使いの一団の方へと向けた。

突き出された人差し指。上を向く親指、折りたたまれた残りの指。いわゆる鉄砲の形、大阪式のジャンケンでのチーの形の手の先から、光の線が奔った。

 レーザー砲である。収束式云々、やはり専門的な事はわからないので割愛するが、光は魔法使いの障壁を貫いた。

 どうやら重装騎士が盾で流したらしく損害は与えられていないようだが、動きを止めることは出来た。

 

 

「畳みかけるのじゃ!」

 

「っ!」

 

「多少の街の損害には目を瞑る。今此処で絶対に潰さねばならん!」

 

 

 近右衛門が号令をかけ、奴自身も再度姿勢を低くし飛び込む体勢を取ってくる。一点突破で突っ込んでくるつもりだろう。

 

 

「ええい……エナっ!」

 

「うん!」

 

 

 再びエナが腕を振るう。今度は拡げた腕を一度後ろへと振りかぶったあと、左右に大きく弧を描きながら前へと。

 それと同時に、爪の先から鋼線が射出される。腕の振りと合わせて、鋼線は魔法使いを薙ぎ払う。魔法先生であろうスーツを着ていた何人かはそのまま吹き飛ばされ、重装騎士はまたも防ぎきったが、今度は先ほどレーザーを防いだ盾が鋼線で随分と削ぎ落とされ歪な形になっていた。

 鋼線は止まること無く、さらに進む。両手が交差し、左右から放たれた鋼線が前で合流し、鋼線同士の合流点が前へ、近右衛門と進んでいく。

 目に見える死線。鋼線同士が互いを削って生まれた火花が走る。挟まれれば真っ二つになるだろうが、馬鹿正直にやられてくれるような老爺ではない。

 

 瞬動で加速しつつ魔法の射手の中を縫うようにかいくぐり跳躍し、鋼線の丁度交差する場所を雪駄で踏んでさらにこちらへと迫る。着地した後障壁を避け、分け身を使い左右から同時に抜けてくる。

 

 右から抜けてきた近右衛門は鋼線をパージして放ったレーザーで迎撃したが、貫かれると同時に煙を噴いて紙のヒトガタに戻るが、左から抜けてきた本物の近右衛門はエナの懐に入り込み、掌を打ち付けた。

 

 

「ぬっ!?」

 

 

 しかし腹部に掌底を叩きつけられたにも関わらず、エナは揺るがない。ダメージを確認しているのか、障壁を維持しつつも表情は険しく、忌々しそうに近右衛門を至近距離から睨め付ける。

 

 

「けふっ……こ、のぉ!」

 

「エナ。もう良いです! 一端引きます!」

 

「でもますたー!」

 

「間に合いました! 次に進む準備が出来るまではここにいるだけ障害になります!」

 

 

 石材に突き立てていた赤い剣は、消えていた。既にセイの手にもない。

 

 

「ここまで来て逃がすと思うてか!」

 

「今の私をどうこうできるとでも!?」

 

 

 エナの襟をひっつかみ、後方へ大きく飛ぶ。近右衛門もそのまま距離を詰めようとするが、それを遮るように石畳に“銃弾”が打ち込まれた。

 

それを避けるために、一瞬。ほんの一瞬近右衛門が身を引いた内に。

 

セイとエナは、その姿を消していた。

 

 

 

 




 体調が思わしくないです。次回投稿は一週間以内をめどに行います。

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