麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百十二話 今様の橋姫

 

 

 ――セイさんは、覚えていますか?

 

 ――私とあなたが、初めて会ったのは、この麻帆良だって。

 

 

 

 

 

 

 スクラップの壁の上に描かれた一つの円。その輪郭が指の動きに合わせて歪み、滑るように変化する。四方が内側へ向かい、中央で重なると交点から千切れ四つの円に。回転しながら円は同じ動きで数を増やし、四つから十六、十六から六十四、さらに二百五十六まで数を増やす。数珠つなぎになっていた円はそこで動きを変え、重なり列び、多重円や複合円となって配置され、人の背丈と変わらない大きさの華のような陣になった。

 そこから生まれるのは、光の柱。

 エヴァの魔法球での戦闘で用いられたのと同じ物だが、その大きさは比べものにならない程大きく、光の奔流となって、遮る物全てを薙ぎ払いながら進んでいく。

視界を遮る壁と鳴っていた鋼材の壁を蒸発させ、道路に敷かれたアスファルトを溶かし、その下の基礎を築くコンクリートを砕き、橋全体を支えるケーブルを焼き切って1秒とかからず、橋を越えて対岸、魔法使い達がいたはずの場所へと着弾した。

「さぁ行きますよ!」

 

「はい!」

 

 背後を振り返る事無く声をかけても、きちんと返事は返ってきた。そのことに頼もしさを覚えつつ、視線はぶれる事無く前を見据え、虚空瞬動で空を駆ける。

 おそらく、今ので並の魔法使いは倒せたとしても、タカミチ・T・高畑その人は倒せていないだろうから。

 橋はかろうじて原型を留めぎりぎり落ちていないという風だし、着弾点から派手に噴煙が上がってはいる。が、幾ら威力が大きくとも単発かつ直線に撃ったというだけでは大砲の延長と変わらない。大分裂戦争をくぐり抜けたということは、当時の巡洋艦の精霊砲や、魔法地雷を越えてきたということだ。さらにタカミチといえばその後も紛争地帯で戦い続け、今も現役なのだ。この程度でやられているはずがない。

 

「聞こえていますね!? 千嶽さん!」

 

『聞こえているとも! そちらも随分とご機嫌なようで何より』

 

「支援砲撃、二発分こちらへ。タイミングはさよさんにおまかせで」

 

『あいわかった。心待ちにしておくよ』

 

 端末や携帯を弄っている余裕は無くなるだろうと、あらかじめ用意したインカムで指示を送る。

 この間も進み続けているが、問題は無い。

 

「セイさん、前!」

 

「わかっていますよ」

 

 前方の空間を埋め尽くす砂煙。その何カ所かが鋭い刃物で切り取られたように丸く穿たれ、そしてその数は常に増えつづけていく。音に聞こえた無音拳。その余波で吹き飛ばされたのだ。

 それを認識して、すぐに障壁に負荷がかかる。抜かれることはないが、真正面から受けたため虚空瞬動の勢いを押し込められてしまい、足を止めてしまった。そこに無音拳に加えて、雨のように魔法が降ってくる。

 後ろから来ていたさよさんも私の後ろに入り、一旦足を止めた。今度はこちらの周囲が砂煙に包まれる。全天結界のおかげで直接触れることは無いが、視界は悪く、攻撃は継続している。

 

 ここに来て初めて振り向くと、そこにはちゃんとさよさんがいる。こちらをじっと見る瞳に、不安の色は見て取れない。ただ、どうするのかと問いかけてきているのだ。

 

「この程度なら問題ありません。押し通ります。……タカミチを任せて良いですか?」

「大丈夫ですよ。私だって戦ってきたんですから。ちょちょいと倒して、すぐに後を追います!」

「では、おねがいします。どうか無事であってください」

「セイさんこそ。ちゃんと連れて帰ってきて下さいね」

「それこそ、もちろん」

 

 結界を前面のみの障壁にシフトし、すぐには壊れぬよう袖から取り出した数本の短刀で今なお熱を持つアスファルトに符を縫い付ける。

 今までは出していなかった不定形の翼を開放し、空へ。角は今なお広がり続け、今は横へと広がっているが、樹の葉に当たる物は無いため、視界が暗くなったりはしない。

 その視界が一瞬、暗くなる。二式大艇の内の一機が編隊を解いて単機で通過していったからだ。寒色系三色で彩られた機体の後部、機銃が据えられている位置から、光の点滅による発光信号のおまけ付きで。

 

「“露払い”とは……まったく、落とされないで下さいよ?」

 

 風を受け、絶えず形を変える翼は飛ぶための物では無く、ある種の力の塊であるため実際に動かす必要はない。しかし、あえて大きくはためかせ、二式大艇の後を追う。世界樹の元へと。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……やりましたか?」

 

「……そんなはずは、ないと思う。まだ来るよ」

 

麻帆良大橋の付け根。学園側の防衛陣地では、即席で組まれたバリケードの上に、タカミチはいた。

 背後には同僚の魔法教師や、本国派遣の魔法使いもいて、それなりに強固な陣ができあがっていた。バリケードはあくまで簡易的な物で、その目的もセイ達の攻撃を直接防ぐことではなく、個人で扱うよりも強力な設置方の障壁、結界の陣を隠し、守る為の物だ。

 その甲斐あって……というべきか、この場に居る魔法使い達は全員が五体満足で生き残っていた。しかし、周囲の建造物はその範疇に含まれない。一歩結界の範囲から出れば、衝撃で石畳は粉々で土の面が露出しているし、建物のガラスもすべて割れて残っていない。

 防ぎきれたからこそ良かった物の、失敗していたら全滅していたと、タカミチは表情をより険しくして前を見据える。

 防ぎ切れたと言っても、次がどうなるかはわからない。既に障壁担当の魔法使いの中には、“なぜか”急に麻帆良の地脈から魔力を引けなくなったせいでフィードバックをもろに食らい倒れた物もいるほどだ。

 

 そんな時、ふっと太陽の日が隠れ、それと同時に大きな魔力が上へ移動したのを感じた。見れば、飛行艇の背後に距離を取りつつ付いて飛ぶ影が見えた。

 人と言うにはもはや異形。茶褐色の装束と、それ以外の緑の角や尾のせいで遠目には飛び梅が如く樹が空を飛んでいるようにしか見えない。

 

「っ、あれは!!」

 

 かなり見た目が変わっていて、尚かつ遠いといってもそこはタカミチである。気で身体能力を強化しているため視力も上がっているし、何より直接相対したことが何度とあるのだ。

――クロト・セイ。倒せばこの騒動にケリがつく。何より、これ以上先へ行かせる訳にはいかない。

 無音拳で撃ち落とすには少し遠い……が、タカミチが扱う無音拳には普段は使わない奥義とも呼べる技が幾つもある。先に侵攻してきた戦車を蹴散らしたのもその一つ。ほぼ直上というのは撃ちにくい位置取りではあるが、今回ばかりは出し惜しみなどしていられない。はっきり言って、もはやここは学舎などではなく、正真正銘の鉄火場なのだから。

 

「七条大槍……」

 

 戦車の群を根こそぎにしたのと同じ技。それを撃とうとして。

 

「無おっ!?」

 

 真正面、砂煙の向こうから“二度目”の光線が飛んできた。さらに一度目は受け止めた結界がこの二度目を受けて嫌な音を立てたのを見て、慌てて正面へと軌道修正し、相殺する。三度巻き上がる砂煙。風が出てきたのか直ぐに吹き散らされ、視界は回復した。

 

 タカミチの視界に移るのは、一人の女性。その姿は、手配書で見た記憶もある。ゆるりとした意匠のローブに、朱で隈取られた白の狐面。青みを帯びた白の長い髪。大分裂戦争中、各地の戦場で何度となく見られた賞金首。

タカミチ自身は直接会ったことは無い。タカミチが紅き翼に参加した頃には既に活動していた形跡は無く、当時は死んだものと思われていたクロト・セイの相方、狐の番。

 その袖口からぼとぼとと何か白い物が落ちたのを見て、タカミチは再びポケットの中の手に力をこめる。しかしすぐに撃ち抜きはしない。急がなくてはならないとはいえ過去の戦闘での情報が少ない以上、見極める必要があるからだ。

 と、白い仮面が外された。明かされた素顔は少女と女性の中間、整った目鼻立ちに、特徴的な赤に近い橙の瞳。

 

 その瞳に、タカミチは強烈な既視感を覚えた。

 

 誰かに似ている? 昔にあった知り合いの誰かか? 違う、そうではない。もっと最近、それも何度も見かけているはず――

 

「初めまして、高畑“先生”」

 

 そして、タカミチは逡巡の後、答えにたどり着く。

 

「まさか、君は……!」

 

「こうして直接お話しするのは初めてですね! そういえば、今も私の名前があるそうですね? ずっと昔からいないのに。見えないから、気づかなかったんですよね」

 

――そう……“出席簿”だ。

 

「旧姓、相坂。今は玄凪さよと言います。……学校に未練はありませんから、説得しようとしても無駄ですよ?」

 

 

 

 さよの足下。落とされた符の束の帯が千切れ、紙吹雪が宙を舞った。

 

 

 

 

 






 これがほんとに今月ラストです。次回は多分三月中旬以降、それでは。

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