麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百二十話

 

 瀬流彦が弐集院に覚悟を迫られていた一方で、そのやりとりを知ってか知らずか。タカミチは一人奮戦していた。

 

 相手はさよだけでなく、さよが召喚を行ったため二人が追加され三対一。召喚された白露が攻撃し、さよが牽制。そしてもう一人がさよの防御と状況は更にタカミチが不利になったが、戦線は膠着と言ったところ。

 

 今は、白露が放った狐の形を模した炎にタカミチが追い立てられている。

 

「そらそら、どうした英雄殿よ。足が止まって居っては食いつかれるぞ! 牙が届けば生半な火傷では済まぬぞ?」

 

「亜人、じゃないか。妖狐の類か!」

 

 橋の天辺に立つ白露は、全体を俯瞰しながら狐火に指示を出す。

この狐火自体はそれぞれ勝手に動くが、そこまで高等な知能を持っているわけではないので、ちょいちょいと指示を出さないとすぐに高畑に潰されてしまうのだ。

 

本来は本質が火、実体が無いので死にはしないのだが、タカミチクラスに残滓も残らず消し飛ばされると流石にどうしようもない。

 

事実、今タカミチの周りにいるのは二度全滅させられた後に出した三回目の狐火だ。常に動き続けて牽制するのに二匹。視野の端ぎりぎりをうろついて集中を阻害させる目的に二匹。そして常にい死角を取って食いつけるように動いているのが二匹の計六匹。

 

 そこにタカミチだけでなく魔法使い全体を牽制するさよと上から指示を出しながら攻撃したり消された狐火の追加を行う白露がいて、それに対するのが魔法使いサイドがタカミチ一人という状況が構築されている。

 

 これで未だに状況が“膠着”、もしくは“拮抗”だというのだから、タカミチ一人で一体魔法使い何人分の働きをしているのか。

 

「ほっほう、まだそんな減らず口を叩く余裕があるか、昨今の英雄殿は」

 

「調子に、乗るな!」

 

「おうとと! ……怖や怖や、人の子は加減を知らぬわ」

 

 拳圧による風を伴った無音拳を躱した白露が軽口を叩くが、タカミチが集中を切らせる様子は無い。その辺りは流石に場慣れしているからだろう。

 

 小刻みに瞬動を繰り返し炎の狐をかわすタカミチと、見下ろす白露。両者の表情は対極的だが、内心まではわからない。

そもそも本来はセイの式神である白露だが、今はさよが仮の主となってこの場に呼び出されていることもあり、普段と比べればさほどではないにしろ出力は三割程減じている。

 

 鉄紺に銀の入った振り袖を揺らし、不安定な足場で飛び回る白露はそのことを感じさせないよう笑みを貼り付けてはいるが、一方でタカミチの表情はさよと最初にかち合った時よりもいささか険しく、より据わっていると言えばいいのか。ほんの僅かでも隙が在れば即座に首を取るというような目をしている。

 

 それを見ても、手の内の扇子を振るう白露はなお笑う。

 

 白露がさよによって召喚されたのはタカミチがさよの術式を打ち破り、それがさよに直撃する寸前のこと。大技をその身でもって防いだのは白露ではないが、白露であっても対応することは可能だった。

 

「どれ、お返しをくれてやらねばなるまいな。たんと受け取るがよいわ」

 

 言葉と共に、白露が跳ねる。いささか傾き、幾らかコンクリが剥がれた不安定な足場を物ともせず、くるりくるりと回る内に扇子の先が描いた軌跡に火球が生まれて数を増やした。

火球は空気を喰らって嵩を増し、人の頭ほどに育ってからは練り上げられることでその密度を増して青に変じ、真っ逆さまに落ちていく。

 無論、落ちていく先にあるのはタカミチである。

 

 落ちた火球は残り少なくなった足場の上を舐めるように一瞬で広がった。周囲にいた狐火も呑み込んで、熱風による爆発を伴って一体を蹂躙する。

しかし勢いが収まれば、赤に戻ってなお未だ燃え続ける炎の中から先ほどと何ら変わらぬままのタカミチの姿がそこにある。

 酸素なども炎に取られて一瞬で消し炭になっていてもおかしくは無いはずなのだが、スーツの裾が焦げることすらもなく、全く保って健在で在る。

 赤く燃える炎よりもなお赤い光を放って輝くネクタイピンが、否応にも目に付く。おそらく結界系の高位の魔法道具なのだろう。

 

「……難儀よの。面倒このうえない」

 

 まだまだ長丁場になりそうな状況に、白露は嫌な顔をする。白露が放ったのは、規模こそ違えど二十年前にリョウメンスクナに仕掛けた術と同じ物。それを防がれるとなると……と、ついと目線だけタカミチとは逆の方へ向ける。

 白露自身が突き崩すのが難しいのなら、何も自分一人でやる必要は無い、というよりか現状既に数人かがり、他の誰かが出来ればいい、のだが……

 

「さて、先ほどから機を窺って居る伴侶殿にもそろそろ決して欲しいのじゃが……京の小娘どもをこちらに連れてきておいた方が楽だったか、さて……」

 

 白露が期待を寄せて見たさよは、沈黙を続けていた。

 思いの外、タカミチが“硬い”のだ。

 

 最初の対艦攻撃用の術式がタカミチに無音拳の奥義で相殺されたことは、まだ予想の範囲内だった。

上級悪魔などを相手にしても平気で立ち回り、スーツ姿で戦場を闊歩できる、“現役”クラスとしては魔法世界トップレベルの人間。しかし裏を返せば戦闘で活躍している分だけ戦場に行けば情報収集が他の相手よりも比較的容易であったため、躱すことができない状況になれば大魔法級でも常識を越えて潰してくる。そう最初から考えられていた。だから、相殺されたこと自体は問題ではあるが、想定通りととれば収集した情報の分析が正確だったとプラスにもとれる。

 

問題なのは、詠唱魔法が使えないタカミチに予想以上の防御力があったということだ。それも、こちらのデータに無いような強力な魔法道具による、だ。

そのせいで、迎撃されない範囲攻撃まで通らないのだ。

あるいは職人が手間暇かけて丹精込めたワンオフの一点物であれば、あるいは危険な遺跡の奥深くから出てきたオーパーツじみた貴重な品であれば、まだいい。

最悪なのは、転移符のような高級品でありつつ、金に物をいわせればある程度の量をそろえられるような品だった場合だ。

 

 もしそうなら、一つ当たりどの程度の防御力があるのか。耐久力はどの程度か。幾つ用意してあるのか。

 わからない。ここに来ての隠しダネだ。おそらくはネクタイピンがそうなのだろうが、他に無いとも言い切れない。ただし日用品に擬装しているあたり、遺跡からの出物という可能性は捨てるべきだろう。あるいはタイピンはデコイで、本物はどこかポケットにでも隠している、ということもありえるが。

 

 この場において望ましいのは、コントロールできた遅延戦闘であって、打開困難な膠着状態ではないのだ。

 

『白露さん』

 

「なんじゃろうか、打開策でも見えたかの」

 

『いえ……白露さんで、高畑先生をやれますか』

 

「さて、先ほどから割かし真面目にやっておるがな。どうにも英雄殿というのは伊達ではないらしい。埒があかん」

 

『そうですか……』

 

「何かあったのかの?」

 

『魔法使いの陣地で動きがあります。どうということは無いと思いますけど、絶対は無いので』

 

「早く潰して起きたいと?」

 

『はい』

 

「そうは言っても隙を見せるとこちらが喉元に食いつかれかねん。そちらで何とかならんのか?」

 

『無理です。私が動いても、さっきみたいに撃ち合いで相殺されるのが関の山です』

 

「……困ったの」

 

 白露もタカミチに気をはらいつつ少し離れた所にいる魔法使い達を見る。

 確かにさよの言うとおり、一部が何か動きを見せている。中心になっているのは、鎧姿の女のようだ。

 

「ふぅむ。あれは何をしているのやら」

 

 どうも、何かの規則性をもって陣の様な物を敷こうとしている、と白露はあたりをつける。だがそれは白露の知らないものだ。

 幾ら妖狐の分類では並外れた長生きと言っても、有名でないところからも推して知るべしであるし、何もかもをしっているわけではない。それこそ専門であるセイにでも訊くべきなのだ。

 しかし……

 

(もうそろそろ、始めとる頃か)

 

 視線の先には、薄煙の向こうの世界樹がある。その下に、本来の自らの主がいるはず。

 だが、セイはリタイアだ。頼ることはできない。頼っても、応えてはもらえない。

ここからが正念場、最大戦力がいなくなり、彼の復活が全ての勝利条件に繋がっている。

 

「……時に、変人どもが造っておった絡繰はもう動かせるのか? あの闇の福音を模した奴は。それに、貨車に大筒を乗せた奴らもおったろう? やっと日の目を見れると喜んで居ったろうに」

 

『エヴァちゃん達は今は下がらせてます。多分、今出しても撃ち落とされるだけですから。それと、千岳さんとは連絡がとれないんです』

 

「それはやられたな」

 

『縁起でも無いこと言わないで下さい!』

 

「そうは言っても、奴らお手製の無線機とやらが通じんのなら、そういうことじゃろう」

 

『それは……』

 

「……さて、そうこう言っている内にも時間は過ぎていくか」

 

 言いながら、大きく後ろへと飛ぶ。足場もちろん無いため、そのまま下へと落ちていく。

 着地したのは、さよの直ぐ側。見上げれば、それまでいた足場が完全に抉り取られて消えていた。残っているのは綺麗な曲面の跡。言うまでも無くタカミチの無音拳だ。

 

「いよいよ手詰まり、といったところかの?」

 

「どうしましょうか……」

 

「くっふふ、若いの。そう難しい話でもなかろうに」

 

白露は、困り顔のさよを尻目に余裕ありげに笑う。

 

こういうときは、年長者が笑わなくてはいけないのだ。そうしないと、気づかないうちに“駄目”になる。

 

「昔から決まっておろう。正攻法が駄目なら、絡め手を使えば良い。“時雨”の坊、動けるの?」

 

「うん。広域攻撃はマスターに禁止されてるけど、それ以外は大丈夫」

 

「良し。それでは伴侶殿、方々に連絡を取ってくだされ。あの変人どもにも合図を頼みますぞ」

 

「ええと、何の?」

 

 ただし、白露のそれは、セイのとは似て非なる人を食ったような笑みだった。

 

 

 

「博打よな。それも、一瞬で片の付く。上手く決まれば良し。いかなんだらその時はその時のこと」

 

 

 

 





 思うように進まない……都合三年目に突入しました。初期から付き合ってくれてる方、長々と終わらせられず申し訳ない。

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