麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百二十一話

 

 

 

(攻撃が止んだ……?)

 

 たった一人で麻帆良大橋の戦線を支えていたタカミチは、相手の動きの変化に戸惑いと不審を感じていた。

 これまでは、方法にこそ差違はあれど常に何らかの攻撃が途切れることなくタカミチに飛んできていたからだ。

 攻撃の大半を迎撃という形で凌いできたため、一息つけるというのならそれはタカミチにしてもありがたいことではある。

 しかし、その一方でやはり急にパターンが変わったというのには不気味さが残る。

攻め手を、変えてくるのだろう。と当たりを付ける。少なくともこの状況、この相手で相手の打ってくる手が一時撤退や防戦への切り替えというのは楽観が過ぎる。あり得ない。

 

(仕掛けるか……いや)

 

一瞬思案し、タカミチはその案を放棄する。

これまで相手の“面”の攻撃に対して本来得意とする機動戦からの一点突破を行わず、迎撃に徹したのは自身が動けば背後の味方が無防備になるからだ。

それを踏まえた上で。味方の被害を無視して、殲滅を優先するべきか。

タカミチが思案したのは、それが可能かどうか。

 麻帆良の魔法使いとて弱くは無いのだ。それは同僚であるタカミチもよく知っているし、ここしばらくで追加された本国の魔法使い達とて麻帆良の魔法使いより弱いということは無い。

 だが、悲しいかな。同僚であるからこそ、最初の一発に耐えられたかどうかも大体検討がついてしまうのだ。

 しっかり容態を確認したわけではないが、動く者が少なかった時点で、どうせ戦力にはならない。

 

 瀕死になった味方が、回復するかどうかもわからないという状況でも復活を待つか。

 あるいは、どちらにしろ戦力として期待できないのだからと、切り捨てるか。

 

 結論は、結局の所現状の維持。少なくとも、自身一人であれば迎撃を捨てて突っ込んだとしても、防御面は何とかなりそうだというのが今までの戦いで判明している。

 それでもなお動かないのは、タカミチもまたも決め手に欠けているからだ。

 

一連の攻防で、相手の威力、タイムラグなどを確かめていたが、最強の鉾である七条大槍無音拳を曲がりなりにも相殺されたとなると、流石に攻め方を考えないといけない。

 

どうしたものか。短い思考を繰り返す中で、ふと違う物に意識が向いた。

 

(……【歪曲面の飾り盾】、か。どこでこんなもの見つけてきたのやら)

 

 視線は変わらず前に向けたまま、そして左手もポケットに突っ込んだままで、唯一空いた右手がネクタイをシャツ固定している、タイピンを撫でる。

 

 それは前日にタカミチがクルトと対峙した際に渡された物で、高位の魔法道具だと聞かされていた。

 直ぐ側にアスナがいて一触即発の空気だったにも関わらず、クルトが引いて更には投げて渡した魔法道具。疑いもしたが、効力だけは本物だったらしく、先ほどの炎も大半を退けた。

 

(せめて、もう一人……ガンドルフィーニ君がいないのが悔やまれるな)

 

 タカミチの目算では、七条大槍無音拳を相殺したあの光線のような攻撃さえどうにかできれば、七条大槍無音拳をたたき込めるはずなのだ。

 あれ以外なら、呑み込んでまとめて吹き飛ばせる。そう踏んでいる。結界とて、打ち破ることはできたのだ。ある程度の所まで持ち込んで、畳みかければ、崩せる。

 問題は、そこにたどり着くまでの道筋を描くことができていないこと。

 

最初と違い更に敵が増えた状況下で、せめて一発、欲を言って二発他にそらせたなら。

 

 悩みながらも、いつ攻撃が来てもいいように“究極技法”の維持もせねばならない。にらみ合っているだけでも、消耗は激しい。

 

 煙草の一本でも吸ってやろうか。思考が一周してそんなことを考え始めたタカミチに、僅かばかりの風が吹く。

 

『――高畑先生、瀬流彦です! 聞こえますか!?』

 

 念話で届いたのは、気絶しているはずの同僚の声で。

 

「瀬流彦君か! 今どうなってる」

 

『弐集院先生とクリスさんが来てくれてある程度持ち直しました。それで、障壁を敷きました。最初のあの光線を最悪三発までなら凌いで見せますから、その間にお願いします、高畑先生!』

 

「ああ、任されたよ」

 

 丁度、見計らったようにこちらを、より正確には背後の魔法使い達を狙ってか、符で構成された魔方陣の光が輝きを増していく。

 ゆっくりと、魔力を高め、威力を底上げして確実に潰しに来ようというのだろう。

 

「……頼んだ!」

 

そして、タカミチはついに大きく動いた。

 

 背後の味方へ伸びていく光の柱を眼下に上へ。そして、前へと。

 

 光の柱の根本では、さよと、狐耳の女性と、そして灰色の長髪を持つ少年がいる。急に動き出したことに、あちらも驚いているのだろう。

 狐耳の女性が寄り合わせるように大きくしていた炎が一瞬揺らいで見えた。

 

(それは、撃たせん!!)

 

「……七条大槍無音拳!」

 

 

 

 タカミチが、動く。

 

 

 

  ◆

 

 

 

(よりにもよってこのタイミングで動きよるか!?)

 

 さよの術式をめくらましに、炎を練り上げていた白露は、その術式を越えてきたタカミチに愕然とする。こちらの動きに合わせてというなら、なぜ今までしてこなかったのか。いよいよ後ろの味方を見捨てることにしたのか。

何にせよ目くらましの役割はもはや果たせず、賭の幾らかも不利になったと見ていい。

 

賽の目はまだ出ていないが、目が出る前に賽を手で押さえて止めてしまえばそれまでだ。現にタカミチの手が一瞬ぶれる。

 

 白露の火は、未だ練り上げられては居らず、完成していない。

 

「坊!」

 

 タカミチの手から放たれた一撃。距離は今までよりもさらに短く有余もない。さよの術式も放出中の今はそれをキャンセルして射角を変えて符の布陣を再構成、そして迎撃という一連の流れは行えない。結界も術式をキャンセルしてからでは間に合わない。

 

 だからこそ、二人を庇うようにして、タカミチの射線上に飛び込んだのは時雨だ。

 

 タカミチの放った一撃を、腕を交差して空中で受け止める。至近距離からの攻撃による余波が周囲に暴風をまき散らし、受け止めた時雨の周りにも中空にひび割れのような物が走るが、時雨は一ミリも後退はしていない。

 

(不完全だが、やるしかないかのう!)

 

 円錐状に練り上げられた炎の切っ先が、タカミチに向けられた。

 

「下がれ、坊!……“うねりび”!」

 

 放たれたのは、赤い光。ただしさよの術式とは真逆。糸車から伸びる糸のように、細く繊細で、そして鋭い一筋の炎の軌跡。それが時雨の腋のぎりぎりのところを通り抜けた。そのまま七条大槍無音拳を貫き、タカミチに迫る。

 

「っ!!」

 

 自身が放った一撃が目隠しとなり、気づいた時には目前で光る光の線。

 その危険度は初見であっても、初見だからこそ、出張という建前の元、戦い続きの中で嫌が応にも磨かれた“勘”が、致命的な物だと警鐘を鳴らしているのを理解できてしまう。

 

(ま、ずっ……!)

 

「行けい!」

 

 

 不完全とは言え、妖狐である白露が妖気と霊力を練り上げた“うねりび”がタカミチを貫くか。

 

 それとも、クルトがタカミチに手渡した【歪曲面の飾り盾】が防ぎきるか。

 

 

 

 果たして――

 

 

 

 ――バチチチチチチチィィ……!!

 

 “うねりび”は、タカミチの前で弾かれ、波紋を伴いながら放射状に散っていた。

 

 炎の放出は今も続いているが、練り上げた炎の元の部分が減り続けており、遠からず撃ち止めになるのは、誰の目にも明らかだった。

 

 そのことに、タカミチは眉間に皺をよせたままではあるが、口元を緩め笑みを浮かべた。

 

「は、はは。これでいい加減、沈んでもらうよ……!」

 

「……ふくく」

 

「……!」

 

 しかし、その笑みもまたすぐに消えることになる。

 

 対峙する白露も、同じように笑みを浮かべていたことで。

 

 時を置かず、炎の勢いがいよいよ弱くなってきても、その笑みは消えない。

 

「……何がおかしい」

 

「何がおかしいと思う? 何がおかしゅうて笑うておるのだと思う?」

 

 この答えに、タカミチは炎が完全に消えるのを待つことなく、とどめとなる一発を放とうとして――

 

 

 

「――“お主の間抜け加減によ”」

 

 

 

それまでの女の声とは違う、人の形をしたものから出たとは思えない耳障りな声に。

 

一瞬、動きを止めてしまった。そしてこのタイミングで、炎は完全に尽き消えた。

 

「ははは、まさか、この期に及んで真正面から力比べする“だけ”だと思うてはおるまいな? 狙っておったのは、これよ」

 

 言葉と共に、どこからか取り出した扇子を勢いよく“ぱん”と開く。

 

それと同時。聞こえたのは軽い金属が擦れる澄んだ音。

 

聞こえたのは、自身の胸のあたり。

 

視線の先で見えたのは、一本のネクタイピンが飛んでいく光景。

 

 

 

 胸元にしかととめていたはずの、【歪曲面の飾り盾】。それが、ひとりでに!

 

 

 

「……な」

 

「騒霊とか、ポルターガイストと言うらしいの。確かに懐に飛び込まれて不利になるのはこちらよ。しかし、伴侶殿に迂闊に近づいたのは失策だった」

 

 白く輝く銀の下地に、宝玉の赤い光を引いて。

 

【歪曲面の飾り盾】は、一直線にさよの手の内へと収まった。

 

「くくく、引っかかったの。伴侶殿や時雨の坊だけならともかく、“狐”がまともに力比べなどするわけがなかろうて」

 

 つまりは、囮だったのだ。

 

 自身が命の危機を感じた攻撃すらも。

 

目の前の相手にとっては、“盾”を奪うための囮に過ぎなかったのだ。

 

「……狐がっ!!」

 

 激昂。タカミチの、七条大槍無音拳。盾を奪われた以上、タカミチは矛を振るうしかない。

 その挙動の細部まで見据えて、なお白露は笑い続けた。

 

「そうとも! 狐じゃとも! 狐が人を騙し誑かす伝承など幾らでもあるじゃろうに! 騙くらかされたお主の負けよ」

 

 視界全てを埋め突くす極光。それを前にして。

 

「……くく、今、時雨の坊がどこにいるか、気づけぬようでは――」

 

 そして、白露は光にのまれた。

 

 

 

 







 さよのターン? お狐様のターンさ!

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