麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百二十六話

 

 

 何の予備動作も無く、右腕一本で、跳ね上がるような逆袈裟に振り抜かれた妖刀ひな。

その剣閃は、黒い残光を伴って行く手を遮る物全てを斬り裂いた。

 

 右脇腹から入り。

 

左肩から抜けて。

 

 刃先が通ったのは、背の向こう。確かな手応えもあった。

 

 思い描いた通りに刀を振り、想定と寸分違わぬ軌跡を描いたのだ。結果もそれと変わらぬ物が得られるはずだった。

 

 

 

 だが、瞠目する。刀子だけでなく、“さよ”までも

 

眼前で二つに分かたれた、少女を見て。

 

 笑みを浮かべた、少女を見て。

 

 そして、その少女の向こうから、新しい顔が現れる。

 

断たれた身体を、間の隙間から押しのけるようにして。

 

 素材のままの白い髪と白い肌に、機械油の黒い斑を付けて。

 

 オカルトを廃し生み出された赤い人工光を、槍の穂先と眼光に灯して。

 

 そこにあるのは、二つに断たれた少女と、寸分違わぬ同じ顔。

 

 それは刀子の知らぬ相手。しかし確かに知った顔。

 

「エヴァン、ジェリン!?」

 

「え、白エヴァちゃん!? きゃあああ!?」

 

 そのままであれば、両断されていたのはその場に居たさよだっただろう。

 だがそうはならず、斬り裂かれたのは白エヴァで、その白エヴァを押しのけるようにして更に別の白エヴァが刀子へと向かう。

 

 一方、刀子に両断された一人目の白エヴァ。彼女はそのまま残った上半身と一度はさよを横へ押しのけた右腕でさよの頭を抱え込み水の中へとダイブした。

 刀子にも若干の混乱が生じるが、それ以上にわけがわからないのは水に突っ込んださよの方だ。

 さよは、“何も命じてはいない”のだから。

 

 話のタネは明かしてしまえば簡単で、これを命じたのはさよと話していた開発班の現場責任者の男の独断である。

 さよが岸に上がってくる前に機動準備の指示を出しておいた白エヴァを、さよと刀子の会話を聞いてタイミングを計りつつカタパルトで打ち出したのだ。

 射出されたのは修理に回されたエナを除く残りの八機全て。

本部は別として武器弾薬に限りのあるこの場の開発班にすれば乾坤一擲の大博打だが、勝ちを拾ったと見て良いだろう。

 もし、あとほんのわずかな一瞬でも逡巡していたのなら、斬り裂かれたのは白エヴァでは無くさよであったはずだから。

 

 ただ誤算もあり、できれば空を飛んだままさよを回収できればよかったのだが結果として水に突っ込む形になってしまい、水柱が高々と上がってしまったのだ。AIの咄嗟の判断だったのだろうが、おそらくは相当な衝撃が襲っていることだろう。

 霧状になって降りてくる水しぶきがある程度目くらましにもなるので悪いことばかりでも無いが、やはり問題ではある。こちらの岸に上がってくるまでは安心はできないのだ。

 それでも、まぁ、急場は脱したとは言えるのだろうが。

 

「単機駆け……違う、一列縦隊での特攻!?」

 

 無論、戦場で一つの動きに対して誰もかれもが得をする、なんてことはそうそうないわけで、この場合泡を食ったのは刀子である。

 

 色が違うとはいえ、向かってくる少女のその顔は紛うことなき闇の福音の物である。おまけに複数。

 偽物だとは一目でわかるが、無心で流せるような物でも無い。闇の福音の名には、それだけの力がある。

 

 「……それが」

 

 それでも、結局の所。何が来ようが起ころうが、右手にわざわざ式をつけてまで、無理矢理にでも“ひな”を理性を持って使役しようとしたときから、取り得る選択肢は決まっている。

 使うために求めた力であるのだから、行うべきはただ一つ。

 

「どうしたっ!!」

 

 斬り伏せること。ただそれのみ。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「ズィが胴体分断されました! 着水、信号に乱れ!」

 

「絶対にリンクを落とすな! 出力上げ、5秒ごとに2%だ!」

 

「トゥリア、テッセラ損傷! 稼働率13%減!」

 

「無理に攻撃させなくて良い! 攻撃しうるというモーションだけで良いんだ! 回避が難しければ最悪パーツを損壊してでも撃墜だけはさけろ、そうすれば最低限目を引いて他が生きる! 近づけすぎるな、距離を取りつつの牽制でいいんだ。五分……四分半はもたせろ!」

 

「パワードスーツの無人設定できました!」

 

「突っ込ませろ! データリンクを忘れるな!」

 

 一度は火の消えたはずの開発班側の陣地。それが、再び慌ただしくなっていた。悪い予感は良く当たるというか、さよ救出の為である。

 その方法は至極単純で、できることを“全て”するというもの。全てである。例を挙げれば真正面から無人機設定にしたがらんどうのパワードスーツを突っ込ませて自爆させる、などである。

 開発班からすれば自分の作品にも等しいものだが、変えられない物はある。

 それが今だと割り切って、半ばヤケになりつつやっているのだ。

 

「……駄目か」

 

 この麻帆良大橋の戦線においてのみ、今は全体よりもこの場を優先すると決めた。報告も既に回し、了承も得た。

 資源を湯水の如く使い、稼ぎ出そうという目標は二分半。余力を考えず、全力投入である。周囲からの予備兵力の引き抜きも考えた。

妖刀ひな、というよりは、彼らからすれば怖いのは神鳴流。

 

双眼鏡を覗く男の表情は渋い。損耗率が急場の予想だったとは言え、それよりもなお酷いからだ。

 思い出されるのは、いつぞやの琵琶湖でのこと。嫌な思い出だ。

西の長近衛詠春がLRC(リニアレールカノン)から射出された弾頭を斬り捨てほぼ無傷だった事件は天ヶ崎千草の負傷と列び衝撃を与えた。

 術式弾だったとは言え、そんな軽いもので済むはずが無かったのに、それをされた敗北の記憶。

 

 そして、今もまたそれが起きつつある。

 

 消耗速度を鑑みて、五分は絶対にもたない。四分も怪しい。これ以上の隠し球があれば三分すら切るかもしれない。

 現状、真っ二つにされた白エヴァ2号機、ズィからの信号は捉えられているが、移動速度は半身を失ったせいで四分半でもギリギリである。

 損傷がなければ、ほんの数秒だというのに、余りに歯がゆくもどかしい。

 

 どうすれば、時間が稼げるか。悩む間にも、パワードスーツが水中で爆散し白エヴァのどこかしらに損傷が出る。

 負けて失う物がプライドと実機だけなら良い。取り戻すことも、より改良し作り直すこともできる。

 

 しかし、ここでさよを失えば、取り返しがつかないことになる。

 

「エクシィ四肢パーツ全損! 着水させます!」

 

「っ……!!」

 

 遂に来た凶報。現場責任者として。それ以上に予期せぬ重責を背負った男は、決断する。

 

「……シールド、予備回路接続」

 

「え?」

 

「防御機器の予備回路を接続しろと言ったんだ。急げ」

 

「はっ、はい!」

 

動かすことのできないシールド発生機の起動。直近にいた班員が聞き返すが、班長である男の何時になく強ばった顔に急いで作業を実行していく。

 それと同時に、男は自身の端末であるリストが載ったファイルを開きつつ、その端末とはまた別の通信機を起動させる。緊急時専用のある種のホットラインとして渡されていた、通信機だ。

 

『はい』

 

 相手とは、すぐに繋がった。

 

 そして男は、ごく限られた時間の中で強いられた選択を下した。端末に映し出されたファイルのリストの上から三番目。数ある項の中で、赤字で書かれたたった五つの内の一つ。

 

 

 

 

 

 

「天峰補佐、ケース0003-Cです。……天乃五環、主砲投射を要請します」

 

 

 

 

 

 

 






 開発班の出番も色々あったがこれでラスト。

 それと白エヴァシリーズの名前はおもにギリシャ語の数字から。ただし一部はもじりだから正確ではないです。
 

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