麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百二十七話

 

 

 どこから歪んでしまったのか。

 

その理由は本人には決してわからない。

 

似たような立場に立った他の者達とは、余りにも多くの点で“足りない”から、それさえも、わからない。

 

 

 

 始まりに願った事は、そう大きな事ではなかったはずだ。

 

“立派な魔法使い”になる。少年の知る世間一般で言われるそれは、少年があこがれたそれは。その道を志し、歩み続けたなら、いずれは自ずと手に入ったはずだ。

 

 ――それが己の努力のみによる物でなく、誰かの悪意と打算が手を組んで、敷かれたレールだと、気づかなければ。

 

 

 

莫大な魔力に、精霊達との親和性。魔法使いになるために生まれてきたとも言える、身に宿る過剰なまでの才能は、神に恵まれたと言っても過言ではないほどの物だった。自覚はせずとも、凡百な魔法使いが同じだけのものを得ようとすれば、どれだけの時間が必要となることか。

 

 ――その才に、選びようもない血と宿命が付随していると知らなければ。

 

 

 

 初めての試練と、そこから繋がる一連の出来事。常識からは有りえざる多くの体験と刺激は、その分だけの成長と糧を与えるはずだった。

 

 ――あるいは対等だと信じていた関係の本質が、用意された生贄と知らされなければ。

 

 

 

 少年は、どこから違和感を感じ始めたのだったか。

 

 修学旅行での、京都からだったろうか。それとも、闇の福音と対峙し、相手にされなかった時か。

 

 誰が悪かったのか。

 

 以前にも、一度考えたことがある。

 

 自身にも問題があったことは、他ならぬ少年も理解している。

 

 誰かを本気で疑ったことはなかった。疑われたことも、無かったからだ。

 

 悪意を向けられたことはある。地獄の淵に立ったことも。

 

 けれどそれは剝き出しの悪意。言い換えれば、純然たる悪意。嘘を振りまく謀略ともまた違う。

初めて触れた悪意は自分を救い出した“あこがれ”である光を引き立てた。自分以外のその時の犠牲を影を見失う程に。

 

 

 

 この時から、きっと歪みはあったのだろう。

 

 あるいは、知らないうちに最初から。それが大きくなっていっただけのことだったのか。

 

 

 

 それでも。

 

 

 

それでも、敷かれたレールと気づいても、はじめに目指した物を見据えて愚直に進み続けたならば。僅かばかりの、しかし真理とも言えるそのヒントを理解できていたなら。あるいはレールを敷いた者達の思惑を外れ、レールの先とは違う所へたどり着いたのかも知れないが――

 

 

 

――多くを知らずに歩んできた少年に、“結末”を知る少女が聞かせた過去と未来は。

 

 少年を、一歩先へと進むための覚悟を促す薬とならず――

 

 

 

 ――少年のこれまで。その多くを否定するには充分な。余りに強い……変質を強いる毒となった。

 

 

 

 だから、少年は選んだのだ。超鈴音。彼女の提示したプランに乗ることを選んだのだ。たとえたった一人、自分が無理をしてパートナーになってもらった少女を置き去りにしても。その身勝手さをわかりつつも。それが最後には正しかったと言えると信じて。

 

 しかし、あるいは運命はそんなことは気にもかけず、さらなる選択肢を少年へと突きつける。

 

 それを強いるのは、自分の行く手を遮るためか、それとも諫めるためだったのか。そこまではわからない。神楽坂明日菜。自身のパートナーである少女、では無い。

 

 突然、彼女との間に割って入るように現れた、鎧甲冑完全装備の重装騎士隊を引き連れて。先頭に佇みコートをなびかせるクルト・ゲーデルその人……でも無い。

 

 神楽坂明日菜が凝視し、クルトが見下ろし、ネギにさらなる決断を強いる“それ”は。

 

 

 

 クルトの腹部から突き出た、血を吸ってなお凛と輝く鋼の銀光。

他でもない、クルト自身が小姓に預けていたはずの、己が刀の刃だった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「やれやれ、わざわざ潜り込んでみたら同じ穴のムジナと言うんだから笑えない。まぁ、厄介なのをついでに一人始末できると思えば結果的に良い方かな」

 

 背後から聞こえた小姓の声に、クルトは耳を疑う。声そのものは間違いなく自身が雇っている小姓のもの。しかし、普段のように落ち着いた声音、というのではなく、淡々とした抑揚のない、それこそ人工精霊のほうがまだ人間味があるのではないかというようなもので、内容も聞き捨てならないもの。

 それを問いただそうとしたところに、衝撃。腹を突き通して現れた刀は自分の物。小姓に預けていたはずのそれだ。問い正すまでもない。裏切りだ。

 

 そのことに気づいた瞬間、クルトは振り向きざまに気を乗せた裏拳を繰り出した。そのせいで刀が動き傷が広がるが、背中を取られたままというのは死活問題であり、どちらを優先すべきかなど決まっている。

 

「おっと。そういえば神鳴流は得物を選ばず、だったかな。徒手でも技を繰り出せるんだね、忘れていたよ」

 

しかし子どもであり元から身長の低かった小姓はそれを屈んでかわし、それどころかクルトの懐に入り、丁度刀が突き出た部分の真横に拳を押し当て、そのまま数メートル吹き飛ばした。

 

「かっ……!?」

 

 吹き飛ばされながらも、クルトは倒れ込むことなく足をすりながらも無事着地した。背中から倒れ込もうものなら、刺さったままの刀が無理矢理に押し込まれて酷いことになっていただろう。

 

「ク、クルト様!? おのれ小僧血迷ったか!!」

 

「悪いけど、君たちの相手までするつもりはない」

 

「ぬぉっ!? こ、これはっ、強制転移……!」

 

 ここでようやくクルトが連れてきていた重装騎士達が動き出したが、彼らは足下から薄れて消え失せた。

 彼らの隊列の隅に、クルトが刺された隙を見てアーティファクトを取り出した者がいたからなのだが、一体何人が気づいただろう?

 

「……さて、それじゃそろそろ、お姫様は頂いていこうかな」

 

 小姓は、色のない瞳を明日菜へと向ける。突然の事態と、矛先が自分に向いたことに明日菜は未だ動けない。

 

「させるものか!」

 

 それを遮るように、クルトが声を上げた。腹部を貫いた刀から血がつたい、地面に赤を拡げているが、かまう様子は無い。

 

「必要以上に殺すつもりはないけど、無理に動けばしぬんじゃないかな? 僕が手を下すまでもなく」

 

「……この程度でどうにかなるなら、政争などできませんよ」

 

 クルトは左手を背中へ回し、無理矢理に、刀を引き抜いた。傷が更に広がった上、刀を抜いたことで出血が一気に酷くなったが、懐から掌に収まるサイズの瓶を取り出すと中身を飲み干した。その直後から、目に見えて出血が収まっていく。

 

「エリクシル……流石総督、と言っておこうか。良い物を持っているね」

 

「黙りなさい。関東呪術協会とやらもえげつない手を使う。小姓はどうしました」

 

「さあ? 殺してはいないから、生きてはいるんじゃないかな。……もうこれもいらないね」

 

 血で滑らないか確認しているのか、何度も握りを確かめるクルト。それを薄ら笑みを浮かべて眺める小姓。否、小姓に化けていた相手、“フェイト・アーウェルンクス”は酷薄に笑う。

 

「さぁ、僕もそろそろ仕事を始めようか。驚くべき程に、今のこの麻帆良には多くのファクターが揃っている。時さえ満ちてさえいれば、今すぐ始められそうな程だ。“彼”も、“彼女”も、敵も、味方も。そして、君までもがここにいる。ネギ・スプリングフィールド」

 

 

 

 クルトが何かを察し刀を振るい止めに入るが、遅い。

 

 

 

 

 

 

「さぁ取引だ。君はそこにいる彼女と、君の理想のどちらを取る?」

 

 

 

 

 

 

 






ほぼ一か月ぶりの更新です。わたしゃ生きてるよー。
しかし書けない。忙しいのもあるけど書けない。
それもあって、大学三年でそろそろもっと忙しくなるからしばらく更新止めようかとも思った。
しかし、ここで一つ思い出した。
先達たちは、テストがーとか就職がーとか言いながらもなんだかんだ更新してたな、と。
というわけで更新です。短いのは勘弁願います。

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