麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第百二十八話

 

 

 

少年の顔には、笑みが浮かんでいた。ネギ・スプリングフィールドではない。クルトの小姓に化けるに合わせて背丈を調整して小さくなっているフェイト・アーウェルンクスに、だ。

 

 本来、フェイトには。否フェイトに限らずアーウェルンクスシリーズには感情と言う物は無い。彼らの創造主たる造物主が敢えて個別に付与した物を除けば、存在し得ないはずなのだ。もし仮にフェイトにも戯れに“それ”が付与されていたならば、彼は喜劇的であり、悲劇的でもあり、高慢で、あるいは冷徹であったのかもしれない。

だが、フェイトはそのいずれにも当てはまらない。“無”だ。何も付与されることなく、また成長の過程を経ていないが故に感情を失ったのではなくそもそも獲得していない。だからこそ、フェイトが、アーウェルンクスシリーズは感情を面に出さないのではなく、出せない。

 そして、そのことを本人達も理解している。だから、彼らはそのことを理解できない。

 

 なぜ、自身の顔の筋肉が演技でもないのに意図せずして動いているのか。

 

 頬の引きつりは。つり上がる唇は。それが何を意味するのか。

 

(……僕は期待しているのか)

 

 きっとそうだ。この意図せぬ高揚が、静かな気の高ぶりが。要素を煮詰めて導き出される統計と確率の結果を座して待つのとは違う書物や映画に見るような、誰かに答えを求めて託す“期待”と言う物なのだろう。

 いまだ知らぬ答え。かつてなら排除すべきとしか思わなかった不確定要素を待つ自分。

 目の前のネギが、自分が今からする誘いに対してだけではなく、この内の疑問にも答えを見せてくれるのではないか。そんな思考。きっとこれが期待なのだろう。

 浮かんだ笑みが、そんな期待を待つ自分自身にたいする自嘲なのかもしれないと思い、そしてまたそんな感情があるのかどうかを自問する。

 

「難しい話じゃ無いよ」

 

 背丈に合わせた特注のスーツを纏うネギ。既に杖は彼の手の内に収まっていていつでも攻撃に移れるのだろうが、動きを見て呪紋詠唱が始まってからでも対処はできるだろうし、それほど危機感は無い。姿を現しただけで目を剥いた彼に何か出来るか。それよりも視界の隅のクルトの方が遙かに危ないくらいだ。

 

「僕は、そこの彼女に用があってね。これから彼女を連れて行く。君は黙って手を出さず、ただ見ていてくれればいい。そうすれば、少なくとも僕は君の邪魔はしない。君たちの邪魔、と言い換えても良いよ」

 

 この問いかけに、ネギがどう答えるか。その答え次第で、フェイトは自身が取る行動が大きく左右されることを理解している。この誘いは、フェイトの独断であるからだ。

 

 フェイトはセイからアスナの事は聞かされていない。与えられた情報ではなく、フェイトが京都でアスナを見かけ、魔法世界に帰ってからしばらく考えてやっと気づいたことだ。だからセイに許可を取っていないし、取る必要も無いと考えている。彼女がフェイトにとって、“完全なる世界”にとって必要不可欠であることは、二十年前に“完全なる世界”の側で戦ったセイは知っているはずだろうから、文句は言われないはずだ。

 

 それと同時に、フェイトはこのことをデュナミスにも伝えていない。極めて重要な情報であるにも関わらず伝えなかったのは、この問いかけの為だ。

元から最高幹部であるし、組織自体ももう随分前から組織の体をなしていないので裁量自体はほぼ思うがまま、だ。が、やはりよろしくはない。本来は四の五の言わせずネギを打ち倒した後でアスナの身柄をかっ攫うのが悪の組織の大幹部らしくて良いのだろうが、それでは身の内に生まれた疑問の解を満たすことができない。それゆえの独断専行なのだ。

 

 ネギ・スプリングフィールド。英雄の子。次代の英雄たる資格を持つ彼は、どんな答えを見せるのか。

 現実と不確かな確実性の下にパートナーを斬り捨てるか、それとも幼い理想の下に両方をその手に収めようと無茶を通そうとするのか。

 前者を取るならば、それはそれで良い。クルトを適当にいなして、アスナを連れて行くだけだ。しかし、何の条件も無くただこの誘いを受けただけなら落第だ。何の接点も無い見ず知らずの自分が約束を守る保証は無い。にも関わらずそれを当てにするのは、この場においては評価できない。

 後者でも、それだけでは評価には値しない。余りに無謀だからだ。力があるならば良い。相手の力量、この場合はフェイト自身のことになるが、その力量差にもよる。だが、既にクルトと軽くぶつかった為に、実力の差は理解出来ているはずなのだ。それでもなお向かってくるならば、余程の物が無い限り無謀に過ぎる。落第だ。

 どちらにせよ、選んだだけでは駄目なのだ。期待する物では無い。なぜ選び、更にそこから何を求めるか、どう動くか、どんな結果をつかみ取って見せるのか。そこが重要なのだ。

 

 あるいは父のように「知るか!」と言って何も考えずまずは殴るのか。殴った後で総取りしていく。二十年前はそうだった。できるとは思えないが、それもまた興味の一つではある。できるものならやってみろ。そんな心持ちなのだ。

 

 英雄の可能性。その片鱗。京都では見ることができなかった“それ”。期待値では計れないをそれを、フェイトは見てみたいのだ。

 

「君だってわかっているはずだよ。このタイミングで彼女が出てきたのは、君の邪魔をするために来たはずだということを。彼女は君にとっての障害となる。それを除いてあげようと言うんだ。悪い話ではないと思うな」

 

 ネギが苦々しげに顔をしかめる。年齢から考えれば不釣り合いな表情だが、聡いがゆえにそのこともわかっていたのだろう。邪魔が入ってなければ、彼はどうしていたのだろうか。

 

「迷うかい? そうだな……それじゃこうしようか。君が、僕が彼女を連れて行くのを邪魔しようというなら、僕も君のことを全力で邪魔しよう。何を考えているのかは知らないけど、目的の達成を出来る限り妨害させてもらうよ。無論、彼女は無理矢理にでも連れて行くけどね」

 

「なっ!」

 

「どうするんだい? 先に言っておくけど、君が僕をどうにかできると思わない方が良い。何せ、悪の組織の大幹部だからね」

 

 嫌な問だ。だからこそする意味がある。

 

(さぁ、なんと答える。ネギ・スプリングフィールド!!)

 

 それに、ネギは。

 

「僕は……どちらも選べません」

 

 フェイトから、表情が消える。厳密にはそうではない。本人は認めないだろうが、近しい者が見れば、些細な表情の差違からそこに侮蔑に近い物が浮かんでいるとわかるはずだ。期待が消えて、無感情が広がっていく。

 だが、続く言葉にそれも消える。消えたはずの期待も、興味を連れて戻ってくる。

 

「僕はまだ、明日菜さんが何をしに来たのか、聞いていません。明日菜さんが邪魔しに来たというのは、貴方の勝手な推測にすぎません」

 

(へぇ……)

 

 この間、クルトもまだ動いていない。フェイトがクルトを視界から外していない以上、迂闊には動けない。動けば、まずは手近なところから消しに来るのはわかっているからだ。

 

 しかし、とりあえずは合格だ、とフェイトは再び待ちの構えになる。悪くは無い。まずこちらの前提を崩そうというのだから。だが、そうなると問題になってくるのはアスナがどう出るかだ。

 

「なるほど……なら聞こうか、神楽坂明日菜! 君はへぶっ」

 

「……え」

 

「は?」

 

 上から順に、フェイト、ネギ、そしてクルトである。

 

 何が起きたか。言葉にすれば簡単である。明日菜がアーティファクトであるハマノツルギ、もといハリセンにしか見えないそれをぶん投げて、それがフェイトの障壁をぶち抜いて顔面に直撃した。それだけのことである。

 

 それだけのことだが、突然のことに誰もが虚を突かれた形になる。ネギも、クルトも、もちろん大きくのけぞったフェイトも。

 クルトは自分が情報で知る“姫”との違いに唖然としているし、フェイトも今は鼻を抑えるので必死だ。

 その間に、明日菜はアーティファクトを一度消してから再召喚し、その先をフェイトへと向ける。

 

「人を無視して話をすすめるな! それと、ネギっ!」

 

 今度は、ハリセンの切っ先(?)がネギに向けられる。今までの話の流れをぶった切った明日菜を前に、びくりと身をすくませたネギは悪くないはずである。

 

「アンタはアンタで小難しい理屈こねるな! アンタが考えて出した答えなら、それならそれでいいの!」

 

「認めてくれるんですか、明日菜さん!?」

 

「ハァ? それとこれとは話が別よ」

 

 一度二度、横薙ぎに両手でぶぅんぶぅんと素振りする。他二人はともかく、ネギならわかる。明日菜が本気だと。

 

「こうやって直接話してみて、腹が決まったわ。意地でも通さないんだから」

 

 もう一度、明日菜はハリセンの先をネギへと向ける。

 

「今のアンタには、主体性が無い! 超ちゃんと組んで何してるのか知らないけど、こんな一大事に友達や生徒よりも優先しないといけないようなことなら、どうせろくなことじゃない!!」

 

「……!」

 

「ついでにあとアンタ! えぇとクロト?」

 

「クルトです」

 

「ああそうクルトね……アンタもやっぱり気に入らない。だから、あの申し出は改めて断らせてもらうわ。変に関わらないで」

 

「これはこれは、また手厳しい……」

 

「また、君か……まったくどうしてネギ君よりも君がどんどん前に出てくるんだか……!」

 

 苛立たしげに、しかし笑みはそのままにフェイトが凄む。クルトの方は飄々としているが苦々しげな表情は取れず、抜いた刀も戻していない。

 そんな中で、いよいよフェイトが動き出す。

 

「でも、君に何が出来るかな? 京都でもたいしたことは出来なかったようだし、僕はネギ君がどう動こうと君の身柄を抑えてみせるよ」

 

 踏み出したのは、わずかに一歩。それだけで、ネギとクルトは警戒度を増す。一挙手一投足に神経をとがらせて、僅かな兆候も見逃すまいと。

 

 それでも、彼女は笑っていた。

 

 

 

「フフン。私だって、ちゃんと切り札を用意してきたんだから!!」

 

 

 

 そして、明日菜はそれを取り出した。親友から託された、たった一度きり、今この場でだけ使えるとびっきりの切り札を。

 

 見た目には、ただの白い封書。式辞か何かのように、薄い白紙で包まれたそれ。

 

 しかし、そこに書かれた闊達な文字がその真価を発揮する。

 

 それは、主にネギでは無く、クルトとフェイトの二人に対して。

 

 

 

 

 

 

「関西呪術協会会長からの、全権委任状……だと!?」

 

 

 

 

 

 

 







お久しぶりです。二三週間ぶりです。
試験をとりあえず乗り切り、幾多のチョコウエハースを喰らってついに目当ての物を引き当てました。イェア!
で、モチベがだいぶ持ち直したんで投稿です。

あれって大体一度に15個も喰うとウッと来ますね。

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