自重が一番必要なのは私自身です。ええわかってますとも。
「くっ、くっくくくくくく……くふふふふ……ふ」
夜半。夜と言えども光の消えぬ開発班の牙城、天乃五環は第四層で、不気味というか気色悪い笑い声が低く響いていた。
周りには、珍しく誰もいない。普段であれば誰かしかデータ取りの当直か、突発的に閃いたネタをレポートに書き殴っているのだが、今日に限っては誰もいない。
というのも、今日この日、麻帆良奪還作戦の成功を祝い盛大に打ち上げが一層で行われているからなのだ。
今宵ばかりは無礼講。幾らか貧弱になってしまった東の頭領、セイを筆頭に、さよや春香、煌や千草のような親族枠に、朴木、七守衣子、神里空里のような幹部格。西の面子は当然として、そこに開発班の下っ端から普段は本部に顔を出すことも無いような地方の中堅までが一堂に会し、呑めや歌えとまるで関東呪術協会結成時のようなどんちゃん騒ぎを繰り広げており、本来であればこの四層に人は居ないはずなのだ。
本来で、あれば。
「まったく、嘆かわしい! 何故誰も彼も、今だからこそ、今この時だからこそ! 全ての目が逸れ、真に自由な“開発”ができるということに気づかんのだ!!」
男はそう言いながら、コンソールにすがりつくように前のめりになって、凄まじい速度で流れるようにコードを打ち込んでいく。
元々この部屋にある物では無く、男が隠れて持ち込んだ半私物の個人用情報端末。それをこの部屋のコンソールに繋いで、そこから間接的に情報を処理しているのだ。
机の上には数字が殴り書きにされたメモ用紙が雑然と並べられているが、男からすれば問題はないらしく、作業をしながらこちらにも目を走らせる。
時折、宴会上から皿ごとがめてきた料理をつまんで飢えを凌ぎ、決して手を止めることは無い。
これは男に訪れた、千載一遇のチャンスなのだ。
「ふふ、麻帆良奪還作戦、か。良い具合に事を運んでくれた。機動兵器群が吹き飛ばされたのには胃をきりきりとされたが、悪くない」
男は、モニターに映る自分の顔に笑みが浮かんでいることに気づき、心の中でコードを打ち込む自分に更に発破をかけた。
開発班には開発するにあたって、内規とも言うべき三重の壁がある。
まず一つ目は、突発的に発生し、ヘタを打てば壊滅的な被害をもたらす関東呪術協会本部駐留幹部による抜き打ちの“査察”。
次に、常時、というかその都度本当にまずいと思われる研究に対して開発班の同僚、あるいは上司によってその開発を行おうとすること自体を検討の段階で止められる“自重”。
そして、最後。天乃五環の莫大でありながらも有限である設備などの開発キャパシティの配分を開発班の中で争い奪い合う“競争”だ。
「長かった。ああ長かったぞ! データの絶望的な不足、資料の散逸と閲覧制限……至るまでに、どれだけの労力を費やしたことか!」
若干ハイになっているのか、男の表情は笑顔で固定されている。夢の、野望の実現に高揚しきっているのだ。
男が行おうとし、提言したそれは、同僚のとのコンペティションに企画段階で惜しくも破れ、さらには上司からもストップをかけられるという二重苦を味わった。
だが、男にはそれを諦めることなどできなかった。
なぜならそれは、きっとスバラシイ研究だった。
しかし、危険を孕んだ研究だった。
一方から見れば、極めて有益な研究だった。
他方からみれば、無意味の極地と言うべき研究だった。
少なからぬ賛同と同志を得た研究だった。
同時に、それ以上の敵がいる研究だった。
夢と浪漫の詰まった研究だった。
だからこそ理解されない研究だった。
実現させるのは、困難極まりない研究だった。
だが、何よりもやりがいのある研究だった。
故に、男の頭の中のウィンドウに諦めるなどという選択肢(コマンド)は存在しなかった。それを安易に選ぶのは、開発班たる存在の根幹にも関わる。心折れかけ、それを選びそうになっても、無限ループによって再び立ち上がらせるだけの魅力がこの研究にはあったのだ。智の探求、科学の地平を目指さんとするものたち。果てなき知識欲の具現。空想を己が手によって現界させる。それが全ての開発班を突き動かすのだ。
プロジェクトとして動かせない以上、使用できる資材、設備空間は限られる。それでも少しずつ資材をごまかし、睡眠時間を削って作業に当て、かつて同志であった同僚に頼み込んで資料を集めて貰ったりと、牛歩戦術の如き遅々とした歩みであろうとも、確実に一歩一歩研究を進めてきたのだ。
そして、今宵。それが成就する。
関東呪術協会の悲願を果たし、熱に浮かれた今ならば。
一寸に満たない僅かな隙をついて、己が研究を完成させられる。
「さぁ、これで完成だ! 起動せよ! ■■■■■■■よ!」
男は叫びと共に、震える指でエンターキーに触れる。
薄暗い部屋の中で、赤い光がそっと灯り始めた瞬間だった。
◆
天乃五環一層。セイは私室でもってたまりに溜まった書類を処理していた。
宴会明けの翌日であるが、そう休んでもいられない。何せ麻帆良侵攻作戦決行にあたって数日から人によっては数週間かかりきりだったせいで、後回しにされていた物や判断待ちだった物がそこらじゅうに溢れていたのだ。諸処の遅れは巡り巡って、セイのところに集約される。それが今天井高くまで積まれた書類の山だった。ちなみに書類を載せた机は畳に直接座ったときに用いる文机であるため、書類だけでセイの身長を越えてしまっているほどだ。
そして、それだけではすまない。突発的な案件は、書類ではなく電話で直接もたらされるのだ。
「セイさーん、電話ですー」
「はーいー。誰からですかねー」
実に緩い感じだが、今動いているのはセイの他に、電話番を受け持っているさよと他数名だ。内線含め部屋には電話が四つある。ちなみに、この場に居るのは比較的二日酔いが浅かった部類で、肉体が弱体化したためかセイにもいささか酒が残っている。
「衣子ちゃんからです。話の要領がよくわからないんですけど、“数字が刻印された菱形の髙魔力結晶拾ったら魔法少女が二人で髙機動戦闘してる”ですって」
「なんですかそのカオス」
「わかんないです。とにかく手に負えないんで人を回して欲しいって」
「空里君をヘリにでも乗せて送ってやりなさい。今なら酔っぱらって寝てるでしょうからできるはずです。開発班ならヘリの一機や二機くらい持ってるでしょう」
「はーい」
指示を終えると、さよが古き良き黒電話に向かう。
「長ー、東京に詰めてる連中からです。「情勢に変化有り」と「祭り前の空気がする」、「支部レベルでの進退」です。詳細は別口で送ってきました。(面倒事は勘弁。派遣されたらどうするか)」
「あー、霊脈にやりすぎるくらいいろいろしちゃいましたから、その余波のせいかもしれませんね。魔法協会もいよいよ潰しちゃいましたし……動きが無いと考えるのも不自然か。どこです?」
「どこもかしこもだそうで。政府筋の連中も何か動いているようですけど、とりあえず一番何かやらかしそうなのは××社らしいですが……(大企業じゃねーか。あそこ裏があったのか)」
「……あそこですか」
「? 何か懸念がお有りで?(おいおい何かあるのか?)」
「あそこは会社がどうと言うよりも、人材が凄いんですよ。どこから集めたのか開発班(マッド)にひけを取りませんし、社長が変人です。実力も一流の関わりたくないタイプの奴ですかね」
「はぁ……(どんだけだよ……)」
「空里君をそちらに回すべきか……いえ、まぁいいでしょう。とりあえず全支部撤退準備だけはしておくように。準一級秘匿指定以上の資料を破棄するように伝えて下さい。くれぐれも訳あり風な女の子とか拾ってこないように念を押して」
「了解しました(フラグか? フラグだよな? まぁ俺が派遣される訳じゃねーからいーか)」
言いながらも、書類にサインする手は止めない。そうしていると、またさよがぱたぱたと近寄ってきた。
「セイさーん」
「はいはい」
「内線で、「本編より閑話の方が反応が良かったような気がする。どうすればいいだろうか」ってかかって来たんですけど、発信場所がわからないんです」
「“面白い本編書けよ”とでも言い返して切りなさい」
この忙しい時に、わけのわからない内線。苛立ちも一瞬でMAXである。後で必ず誰からか特定してやる。セイは胸の中で決意した。
そんな時、セイの膝の上で身じろぎする存在に意識を向け、つい、笑みをこぼした。
「んー……」
セイの膝を枕にして横になる、春香である。身じろぐ春香の髪に手を伸ばせば、さらりとした髪の質感を確かな感触として掌で感じることができる。
追い求め、そして手にした幸せだ。意識せずに幻ではないことを確認してしまっているのかもしれなかった。
さらり、さらり。余り触りすぎては春香本人だけでなく、側にいるさよからも怒られてしまうとわかってはいる。わかってはいても、つい触ってしまうのだ。昨日の今日であるし
「―――はて?」
だが、好事魔多しとでも言うべきか、幸せは長くは続かない。というか波乱は向こうからやって来た。
鶯貼りの廊下を、そんなことはきにしないとばかりにどたどたとこちらに向かって走ってくる足音。
何事かと目を向けた瞬間、それは障子を突き破らんばかりの勢いで飛び込んできた。
そして、セイに飛びついた。勢いを押し殺すことは出来ず、壁際まで一気に吹き飛ばされる。杯の中の空気が押し出され、詠唱という手段は潰された。
誰かの悲鳴が、短く聞こえた。
◆
「がはっ……!」
「暮旗(くればた)大班長! “コア”をどこへやった!」
所変わって、四層の一室。そこで、昨夜作業をしていた暮旗と呼ばれた男は、同僚の男女数名に詰め寄られていた。
「二期ロットの“3番”“4番”“5番”のコアだ! あれにどれだけの価値があるか、企画段階から関わっているなら知らんお前じゃないだろう!?」
胸ぐらを掴まれ、半ば締め上げられるようにして壁に押しつけられているが、暮旗は笑みをくずさない。対照的に、相手の側には怒り以上に焦りが見える。確かに、アレは貴重な物だ。
だが、それがどうした。既に、彼自身の目的は達成されたのだ。なら、笑うべきだ。
「わからいでか? “この俺”と“コア”の組み合わせだぞ? それでコアが無くなったってんなら、答えはわかっているだろうよ。なぁ?」
「お前、まさか……!」
「そうとも! コアは移植させてもらった! とうの昔に起動も済ませた! 今頃、長の所へ向かっているだろうさ!!」
◆
「ぐらんどますたー?」
衝撃から立ち直り、最初に視界に入ったのは見覚えのある白すぎるほどに白い髪と、こちらを覗き込む赤い瞳。
自分を「グランドマスター」などと呼んだ声にも、聞き覚えがある。具体的には、つい一昨日あたりに。
「白エヴァ……?」
しかし、だというならこの腹に当たるふくよかな感触はなんなのか。ここで、気づいた。
――昔々、開発班でとある計画が持ち上がりました。
中心となったのは、三人の男達でした。
男達は、夢を語り合いました。三人は、同じ夢を持っていました。
“人とほとんど変わらず、それでいて人より優れたロボットを作ろう”。
SF小説にありがちな夢でした。しかし、多くの科学者が一度は夢見て、そして妥協する夢でした。
男達は、計画を一つ一つ詰めていきました。まず、メイドロボにしようということが何より先に決まりました。
一人目の科学者が言いました。せっかくだ、狐耳をつけよう。
二人目の科学者が言いました。すらりとした身長の、黒髪ロングのお姉さんタイプにしよう。
三人目の科学者が言いました。いやいや、やはりここは幼女にしよう。
男達は仲間と共に昼夜を問わず話し合い、そして一人目と二人目の科学者の案が採用されました。
三人目の科学者は、残念がりましたが、文句は言いませんでした。待っていれば、機会は巡ってくると知っていたからです。
そして、機会は巡ってきました。一人目と二人目の科学者が、メイド服のスカートを古式ゆかしいロングにするか、絶対領域を形成できるミニにするかで殴り合いになって両者退場になったのです。
三人目の男はどちらかというとロングでしたが、ここが好機と黙っていました。そして、チャンスを掴んだのです。
二人が居なくなり、男は早速部下とともにロリメイドロボを作ろうとしました。
しかし、そんな男に邪魔が入ります。同僚にして同志とも言える、別の班の仲間が男を呼びに来たのです。
男は行くのを渋ります。いつまでも時間があるわけではありません。しかし、相手もゆずりません。男は邪魔されてはかなわないと、しぶしぶついていきました。
そこで、男は見てしまったのです。麻帆良に住まうという、齢数百の至高の合法ロリを。
男達の辞書から、自重という2文字は消え去ってしまいました。
そして生まれたのが、全部で九機のメイド、もとい至高の合法ロリを模した白エヴァです。一騒動在りましたが、概ね好意的に受け入れられました。見た目のチョイスの理由も後付けで用意しました。疑われませんでした。
しかし、納得できないものたちもいます。そう、一人目と二人目の科学者です。
一人目の科学者は、ついに諦めてしまいました。飲んだらケモミミが生える薬を作るほうに研究をシフトしました。
二人目の科学者は、それでも諦めませんでした。男はぼいんが好きだったのです。
密かにボディを用意しました。しかし、コアだけは作れません。貴重な資材を多く使うため、ごまかしきれないのです。
そんな時、好機が訪れました。麻帆良侵攻作戦で、白エヴァのボディが全損したのです。
男は大急ぎでボディの外装を整えました。そしてデータなどはそのままに、本来のロリボディの修理を待つコアを、自分が用意した新ボディに移植したのです。
そして、その結果が。
「大人版の、白エヴァ、だと……!?」
セイに突撃した、三機の成人体白エヴァなのでした。
うん。まあ、あれです。戦極姫5が出ると知ってテンションが上がって気づいたら書いてたんです。申し訳ない。白エヴァだよ白エヴァ。たぶんセイより人気キャラ。作中ダントツ一位でしょうね。
時に次回作なんですが、幾つか突発的にネタが浮かびました。そこでアンケートを取りたいのでぜひご協力お願いしたい。需要の調査ですね。
詳細は活動報告に上げて上げておくので、そちらに回答をお願いします。感想欄に書かれた場合は、書いてもらっても無効とします。規約で禁止されているので。