麻帆良で生きた人   作:ARUM

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第十三話 セイの笑顔

 

 その日。アリアドネーが誇る精鋭、戦乙女騎士団の臨時作戦本部では、普段では考えられない……それこそ蜂の巣をつついたような大騒ぎが起きていた。

 

 つい十五分ほど前までは、普段と変わらぬただの静かな会議室であった。

 

 それが仰々しい臨時作戦本部などと呼ばれるようになったのは、とある凶報が始まりだった。

 

 

 ――アリアドネー市街地に突如として、帝国の鬼神兵とも違う巨大な召喚魔が出現。

 

 

 これを受けて、戦乙女騎士団は事態の収拾のために即座に動ける一個中隊を派遣。

 

 なおかつ周囲の巡回などの通常任務に出ていた者達も現場に向かわせ、それで事態は収拾できると思われたのだが……

 

 

『だめです! こちらの攻撃は命中こそするものの、まともに通りません!』

 

『なんなのよあのガイコツ! ただ突っ立ってるだけ!?』

 

『ふざけてる……私たちをコケにしているのか!』

 

 

 聞こえてくる通信によると、現場では未だに芳しい成果はあがっていないらしい。

 

 

「もう、まったくなにをやってるの!」

 

 

 臨時指揮官が本部で声を荒げるが、どうしようもない。現在進行形で、現場は試行錯誤しているだろうが、こちらではせいぜい相手の分析程度しかできないのだ。

 

 それ以外にできたことと言えば、周囲の部隊に急いでアリアドネーに帰還するように通信を送った程度。戻ってくるまでには、最も近い部隊でも二三十分はかかってしまう。

 

 

「くそ……分析結果、資料照合はまだ終わらないかっ!?」

 

「で、でました! ありましたっ!」

 

「読め!」

 

「照合結果、対象はおそらく旧世界極東アジアの一国家ニホンの伝承に残る“GASYADOKURO”だと思われます!

人の恨みの結晶化や、鬼というニホン固有の魔物の中でも巨大な個体の死骸に魂が宿って生まれるなど諸説あり、具体的な弱点はなし。

属性はおそらく光が有効! 対処法は力によるごり押しです!」

 

「……おい、攻撃が通らんのはどういう理屈だ! それさえわかれば対処も可能だ!」

 

「不明です!」

 

「なんだとぉ!?」

 

 

 指揮官が、資料を読み上げていた部下につめよる。

 

 

「貴様、不明とはどういうことだ!」

 

「し、資料には攻撃を無効化するというような記述はまったくないいんですよう!

GASYADOKUROは障壁の類を発生させるという記述もありませんし、突然変異か、あるいは召喚者が何らかの手法をもって攻撃を無効化しているとしか……」

 

「ええい、手詰まりじゃないか!」

 

『本部、こちら第一小隊!』

 

「どうした!」

 

『正体不明の召喚魔の頭部に人影を複数確認!』

 

「っ! 目視で確認できるか?」

 

『ええと……数は二。ただどちらも見覚えがあるような……?』

 

「もう少し接近できるか?」

 

『はい! ……あぁっ!』

 

 

 通信機から聞こえる騎士の驚愕の声に、にわかに本部に緊張が走る。

 

 

「おい、どうした!」

 

『でかぶつの頭部にいるのは、一人は第二図書館の司書長さんです!』

 

「はぁ?」

 

 

 第二図書館の司書長といえば、割と美人なのだが世話焼きの苦労人で、年の割に多い若白髪が有名な人物だったはず。

 

 魔法学校からも近く、騎士団員にも世話になった者が結構いる。

 

 だがなぜ彼女がそんなところに?

 

 本部の中で彼女を知る全員が同時にそう思った。

 

 

「おい、もう一人は?」

 

『もう一人は……うぁー、あれたぶんクロ……“笑う死書”です』

 

「……なんだと?」

 

 

 司令部におりる沈黙。それだけここアリアドネーの者にとって、少し前から急に現れた笑う死書の名は恐ろしいものだ。

 

 彼は、本の回収であれば、政治的な立場上騎士団が動けないような相手、主に権力者や一部特権階級でさえも平素と何ら変わらぬ顔で真正面から襲撃するという。

 

 ちなみに、この場にいる騎士団員の中にも返却を忘れて彼の世話になったやつが数人いる。

 

 そのなかでも、一人以前に酔っぱらってくだを巻いた挙げ句、返却を断固拒否した者がいるのだが、彼女は真っ青を通り越して白い顔をしていた。

 

 

「たしかか!?」

 

『おそらく! 予測では小隊規模じゃあの人の障壁貫けなでしょうし中隊規模でも怪し……』

 

『本部、こちら第二小隊!』

 

 

 第一小隊の通信を遮るような切羽詰まった第二小隊からの通信だった。

 

 

『対象、アリアドネー中央講堂に向かって浮遊したまま移動を開始しました! ど、どうしましょう……?』

 

 

 指揮官は、天を仰いだ。目に入ったのは、木目の天井だけだった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「きゃあああ!? やめましょうってクロトさん! 中央講堂に乗り込むなんて正気じゃないですよう! こんな物まで呼び出してどうするんですぅ!? というか何で私までっ!?」

 

「黙りなさい、私は怒っているのですよ? 具体的に言うと歴代三位にはいるくらい怒ってます。

なめくさった馬鹿どもに、私の精神的苦痛を万倍にして返してやるのです。

ええ、その上層部の一部に責任を押しつければ、多少暴れても死人さえでなければ問題になどなりません」

 

 

 フフフ。フハハハハハ。アハハハハハハハ。

 

 今日の私は本気です。多少の面倒ごとなら許容する私でも、今回のことには我慢なりません。

 

 奴らは私の堪忍袋の緒をズッタズタにしてくれました。同じ目にあわせてやります。

 

 

「だ、だめだ……。クロトさん本気だよぅ」

 

 

 当然ではないですか。ここまでやられたからには万倍返し。

 やられたら我慢するか徹底的にぶちのめすかの二択、それが玄凪のやり方です。

 

 そして相手は私の嫌いな魔法使い。我慢する謂われはありません。司書長の手前殺しはしませんが……でも徹底的に痛めつけはしますよ?

 

 

「あなたを連れて行かないと私の言葉が正しいと証明できないじゃないですか」

 

「そんな目的が!? 私幹部に発言できるほどえらくないですっ!」

 

「……しょうがないですね。じゃあこうしましょう。今回のことが上手くいけば、たぶん上の席がほぼ確実いくつか空きます。いえ、空けさせます。

で、そうなると繰り上げで昇進する者が何人か出るでしょう。その中に紛れ込めるよう、ついでに交渉してあげます」

 

 

 おお、司書長の目が揺れています。司書長ってアリアドネーだと中堅どころですからね。昇進は魅力的でしょう。

 

 

「昇進……」

 

 

 悩んでます悩んでます。亜人種の多いアリアドネーでは長命の種族がいれば中々上の席はそうそう空かないでしょうから、こんなチャンスまずないでしょう。

 

 

「そこまでです!」

 

「む?」

 

 

 はて、空から声が。いくら魔法世界でも、空から女の子が降ってくるなんてそうそうあるはずないんですがねぇ。いや、無いとは言いませんよ? 魔法世界ですから。

 

 

「戦乙女騎士団です! すぐ召喚魔を消し、投降しなさい!」

 

 

 あー、戦乙女騎士団ですか。帝国との国境線に結構な数が向かったと聞いたことがありましたが、それでもまだ結構な数がいますね。

 

 

「警告に対する返答なし! 戦乙女騎士団は実力をもってこれを排除します! 中隊攻撃態勢に移行、パターンB!」

 

 

 って速い!? 警告から七秒弱で強制排除ってせめて十秒……!

 

 

「アリアドネー九六式、対召喚魔・中隊徹甲魔法!!」

 

 

 ――なるほど、これが武装中立を貫く要、戦乙女騎士団の複数での合同魔法ですか。

数をそろえれば最上位魔法並の出力、出せるんじゃないですかね。でもまぁ……

 

 

「今の私は、この程度の火力では止まりません!!」

 

 

 このがしゃどくろ、ただのがしゃどくろではないのですよ。

 

 結界で捕縛したがしゃどくろに、抗呪力処理や防御結界の陣などを施してから式神にした、改造版がしゃどくろです。

 

 麻帆良防衛戦でも幾分活躍しましたが、当時は今よりも霊力の負担が大きく取り回しが難しかったんですよねぇ……

 

 今は難なく動かせますし、今度口の内側に陣を刻んで、鬼神兵みたく口からビームを撃てるようにしてみてもいいかもしれません。

 

 ま、とにかく何を言いたいかというと、麻帆良を守る為に対魔法使い用の術式を施したこいつには……ちょっとやそっとの攻撃は、まるで効かないのですよ!

 

 むしろ効いてたまるか!

 

 

「な、弾かれた、だと!?」

 

「……さぁ進みなさい、がしゃどくろ! 周りを飛ぶ連中を気にする必要などありません。前進です!」

 

「まっ、待て!」

 

 

 ははは、待っていなさいよ。この私をただで使おうとしたことの罪の重さ、思い知らせてやろうじゃないですか!

 

 

 

  ◆

 

 

 

 いつもと同じように、何の問題もなく始まり、滞りなく無事に終わる。

 

 私がアリアドネーの総長に就任してからちょうど十年目のこの日の総会も、そういう風に終わるのだと、そう思っていられたのは、動甲冑を完全装備した騎士が飛び込んで来るまででした。

 

 アリアドネーの重役や幹部達が集まる大会議室。その扉が、なんの前触れなく開かれた。

 

 入ってきたのは完全装備の騎士が一人。

 

 

「きさま! 今何がおこなわれているのか……」

 

「緊急事態です! つべこべ言わずに急いで避難を!」

 

 

 幹部の一人がたしなめようとしますが、それよりも早く騎士が叫びました。一体何が? 突然避難しろなどと……

 

 

「いったい何事ですか」

 

「それが…っ!!」

 

 

 騎士の目が見開かれ、顔には驚愕の表情。私の後ろには窓しかないというのに、外にワイバーンでもいるというのか。

 

 

「別に何かいるわけでもないでしょうに……!?」

 

 

 そういって振り返った私の目に映ったのは、こちらに手を伸ばしている巨大な骸骨でした。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「ハーハハハハハハ! いけ! やりなさいがしゃどくろ! あの外壁を壊して大穴開けてやりなさい!」

 

「ク、クロトさんが壊れた……!」

 

 

 ハッハッハ、いや、なかなか爽快じゃないですか。ここまでは何の問題もないです。騎士団の連携魔法も中隊級までなら効かないこともわかりましたし。

 

 おっと、がしゃどくろが幹部達が集まっているという大会議室の外壁を崩し終えましたね。おお、中の人たちは呆然としています。さて行くとしましょうか……

 

 

「さて……アリアドネーの皆々様、初めまして。私はクロト・セイと申します。巷では笑う死書などとも呼ばれていますかね?」

 

「その笑う死書が、このようなマネをしてまで、いったい何のようです」

 

 

 目の前にいる女性が、私にそう切り返します。彼女がアリアドネー総長のようですね。

さすがは一つの国家の長、立ち直りが速い。

 

 

「簡単なことです。私の労働に対する正当な報酬。それを要求しにきました」

 

「報酬、ですって? 一体何の話です?」

 

「それについては彼女が」

 

 

 後ろに隠れていた司書長をずいと前に出す。

 

 

「あら……あなた、ウェンズリー司書長?」

 

 

 自分の部下であるはずの司書長の登場に驚く総長。わたしはそれを尻目に、大会議場にいる幹部達をぐるりと見回します。

 

 さぁて、いったいこの中の何人がなめたマネしたやつらなんでしょうねぇ……総長には必ず引き渡しを要求することにしましょう。

 

フフフ、ハハハハハハハアハハハッ!

 

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 その後のあらましを簡単に説明しましょう。話を聞いた総長は、即座に件の幹部数名とその部下を一時拘束。当然私も拘束されましたが、迅速な調査をお願いしました。

 

 結果が出たのは三日後。幹部は粘ったそうですが、彼らの部下が自白したそうです。しかし、話はそれで終わりませんでした。

 

 逮捕された幹部達が、他の幹部の悪事を暴露して道連れをはかったものですから大変です。

 

 最終的には、アリアドネーの中堅以上の幹部の四分の一が騎士団によって捕まるという大事になりました。

 

 そのあとで、私の要求も通りました。報酬は全部で三つ。

 

 一つ目は、金銭と、ダイオラマ魔法球。具体的には、金銭はだいたい現役を引退した中古の巡洋艦級が買えるくらい。

ダイオラマ魔法球は中はだだっ広い空間で、時間の対比は一対一。まあ自分でいじれということですかね。

 

 二つ目は今回のことでの無罪放免。壁を壊したことくらいは罪に問われるかと思いましたが、そうはなりませんでした。

 騎士団がそうとう難色をしめしたそうですが、そこは一つ目とあわせて口止めの意味があるのでしょう。

 

 ああ、そうそう、司書長も約束通りちゃんと出世しましたよ。

 第一図書館の館長も捕まったそうで、その穴埋めに第二の館長が回されて、代わりに司書長が第二の館長になるそうです。まあ喜んでましたよ。

 

 で、三つ目が直接的に私に関係した幹部どもの引き渡しです。これだけは譲れませんでしたからね。

 

 これで、この事件に関することは全てです。

 

 え? 引き渡された幹部達がどうなったか?

 

 

 

 さて、どうなったんでしょうねー?

 

 

 

 フフフフフ……ハハハハハハハ!

 

 

 

「セイさん! いつまでもうるさいです!」

 

 

 

 さよさんに怒られました……。

 

 

 

 




 今日はここで打ち止めです。

 ご意見ご感想誤字脱字の指摘など、よろしくお願いします。

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