どうも、セイです。この挨拶も久々です。
アーウェルンクスの要求に対する私の最終的な答えは、諾。傭兵として完全なる世界に参加する旨を伝えました。
その後はすぐに彼らの拠点、墓守り人の宮殿に案内され、そこでさらに細かく雇用条件を決めました。
いやぁ、しかしすごいですねぇ、宮殿全体を包む超大規模積層魔法障壁。一目見れただけでも十分に勉強になりました。
いや、あれはすごい。この規模になると理論を組むだけでも一苦労ですし、実際に起動させるのは普通エネルギー面から考えて無理ですからね。
……ただ、宮殿の中で一度だけ漆黒のローブに身を包んだ人影を見かけたのですが、正直ぞっとしました。
あれは絶対に人ではありません。底が見えないので何とも言えませんが、相手をするなら神を殺すくらいの覚悟と準備が必要になります。
私は少なくともそう見ました。後日聞きましたが、その人物が完全なる世界の首領で、造物主というそうです。あらためてとんでもない組織だと思いましたね。
それと、アーウェルンクスにこの組織の本当の目的を教えてもらいました。……更地にするなんてもんじゃなかったです。
ただ、そうなると私も困るので、決行の少し前には組織をぬけ、旧世界に帰らせてもらう。というと、意外なほどにあっさり了解をもらえました。
で、数日墓守り人の宮殿に滞在しました。任務が伝えられるまでの待機期間ですね。
その間に書庫の一部を開いてもらったのですが、ここも凄かったですよ。普通に禁書の類が置いてありますからね、ここ。
禁書が普通に並べられている書庫の禁書エリアって何があるんでしょう? 普通は敬遠されがちな闇魔法や邪法と呼ばれる類の物がごろごろしてましたし、私はネクロノミコン辺りが出てきても、もはや驚きませんよ。
まぁとにかく数日の後、仮面をかぶった黒ローブ、デュナミスと名乗る幹部が私に命令を伝えに来たのですが、そこで問題が起きました。死活問題と言っていいものです。
だって私に、傭兵として“連合側”に参加しろっていうんですよ?
気がついたら部屋の壁ごと彼を吹き飛ばしてましたね。
契約の中にはある程度の拒否権もありましたから仕事上の問題はありませんけど、とにかく殺し合いになりました。
私とデュナミスは戦闘タイプが似ているというのもあってなかなか決着はつきませんでしたよ。変身して大幹部戦闘形態になるとは思いませんでしたけどね。
最後の辺りは特にひどかったです。
デュナミスが召喚した七百メートル級超巨大召喚魔に、私が出せるだけ出した十八体のがしゃどくろが群がるという地獄絵図です。
触手を生やした特大悪魔と巨大な骸骨の群れの戦いなんて、どこの大怪獣映画のクライマックスですか。一部始終を見ていたさよさん曰く『世界の終わりを見ているようだった』とのこと。
結果、最終的にダブルノックアウト。墓守り人の宮殿の外縁部がかなりの範囲で崩壊。積層魔法障壁にも影響が出るという大惨事。
ですが、その後でデュナミスとは仲良くなりました。腰を据えて話してみると意外と気の合う良いやつだったんですよ、これが。
旧世界と魔法世界の召喚術の系統とその差違についてや、魔界をはじめとする異世界に対する考察など、楽しい会話ができました。
そこで知ったのですが、デュナミスって人じゃなかったんですね。魔族とやらだそうです。
あと、『たぶん貴様も変身できるぞ?』と言われたときには顔が引きつりましたね。考えてみれば、私は半分人じゃないからあり得ない話じゃないんですよ。
二の句が継げないでいると、やつは黙って肩を叩いてから去って行きました。いいやつです。
それから命令は連合の部分が“帝国”に変わりました。これなら何の文句もありません。より詳細には、傭兵として各地を転戦しつつめぼしい人材をスカウトすることです。主にアルギュレー方面が多かったですけど、シルチスやウェスペルタティア方面も行きました。
服装は私もさよさんもデュナミスがくれた“完全なる世界”大幹部用のローブで、私が濃緑、さよさんが薄緑。それに狐の仮面をつけて戦場を暴れ回りました。数の都合もあるので大型の式神を多く用いましたが、特にがしゃどくろはその大きさもあって大活躍です。
さよさんはさよさんで私ほどのことはできませんが、遠距離から相手の陣中に式神を呼び出す遠隔召喚術みたいなものを考案して、実戦で使用していましたね。
がしゃどくろなどに必死に対処していると、背後から突如として鬼などに襲撃をうけるんですから、もうやってられないでしょうね。
そうそう、なぜか戦場で天ヶ崎さんにあいました。他にも結構な数の京都の術者がいるので話を聞いてみると、戦況が良くない連合が関西呪術協会に脅しをかけてきてやむをえず、という状況だそうです。
また一つ連合を嫌う理由が増えました。もちろん彼らとは戦いませんでしたよ。互いの近況を報告しあってからにこやかに別れました。
そんな中でいつからかいくつか異名がつきました。私が“緋面”、“召喚大師”、“緑の祭主”、“またでたよあのゴーレム軍団!”で、さよさんが“白面”、“白狐”などです。
二人まとめて“妖狐の番”などと呼ばれたりもします。しかし私に対する最後の物は異名ではないと思うのですが、これが一番連合の兵士達の間では有名らしいです。納得いきません。
で、それからは唯一対処できない、というか防げるけど攻撃できない高空の戦闘艦をどうしようかさよさんと二人考え始めたころ、アーウェルンクスに呼び出しを食らいました。
なんでも、私たちが頑張っている間に帝国がグレート=ブリッジを占領したとのこと。
このままだと帝国が勝ちすぎるので連合にグレート=ブリッジを奪還させるが、帝国と連合両方の兵力を削るのに良い機会なので、防衛側に参加して適度に暴れてこいと。
あと、紅き翼も来るからそっちもできたらなんとかしろ、というのが命令の内容。
ついでに大幹部に昇進というのも伝えられました。ただし、デュナミスとの戦闘で墓守り人の宮殿外縁部を破壊したので給料はそのままという少し切ない現実もありましたが。
◆
そしてついにやってきましたグレート=ブリッジ。全長三百キロ……長いです。ほんと長いです。そしてでかい。
帝国も占領などせずに、とっとと爆破するなりなんなりして、橋と要塞としての機能を奪ってから撤退した方が楽だと思うんですけどね。
まあそこは完全なる世界の内通者が帝国の軍や上層部に紛れこんでいるからでもあるんですが……
とにかく、眼下に海が広がるこの場所で、もう少しすればこの戦争でも最大規模の戦闘が始まります。しかも情報によると、紅き翼のメンツが五人に増えているとのこと。
嫌ですね。ただでさえ面倒くさい上に不愉快なガキに率いられた集団の数が増えている? どうせろくな人間じゃないでしょう。あのガキの仲間になるような変人なんですから。
とりあえず怖いのはその新しいメンツです。なんでも、ショタというのと筋肉馬鹿という二人らしいです。
ショタとはなんでしょう? 私もさよさんもわからないのでアーウェルンクス本人に訊いても、彼の部下が書いたらしく、アーウェルンクス自身も知らないそうです。
ショタ……謎の存在です。
「……さよさん、今度の戦闘は不確定要素が強いので、くれぐれも離れないでください」
「はいっ!」
ぎゅっ。
背中から抱きつかれました。
「……放してください」
「いやです」
「放し……」
「いやです」
「……ふぅ」
最近は、さよさんのスキンシップが前よりも激しくなってます。戦争で人を傷つけてますからね、多少無理をしているのかもしれません。
甘えたいのなら、これくらいは甘えさせてあげましょう。
しばし、沈黙。
ここから見えるのは、一面の海と空。これが、明日には全て、戦闘艦と攻撃魔法、そして死で埋め尽くされるというのに、今は雲もなく、海も凪いでいます。
……けじめをつけるには、良い機会かもしれません。
「……さよさん」
「なんですか?」
「もうそろそろ完全なる世界の計画も佳境だそうです。これが終わったら旧世界に帰ろうと思っているんですが……」
「また京都ですか?」
「ええ。いまのところ他に伝手がありませんからね。その後は世界の旧跡を巡るつもりですが、その前に……、えぇと、その……」
「セイさん?」
「その……」
遮る物のない日の光に照らされた、邪気の無い笑顔が私を見ています。私に対する疑念などは、カケラもなく――
「……なんでも、ないですっ!」
「えっ……ちょっと、セイさん!?」
衝動的に、さよさんに背を向けて走り出していました。気による強化は行わず、ただ、自身の足で走っている。
言おうとした言葉は、凍り付いて出てこなかった。
今言えば、きっと緩む。薄れてしまう。だから、駄目だ。
だから、まだだ。まだ言えない。言うのは、全てが終わってから。
――自然と、足は止まっていた。
「えいっ!」
「うおっとと!?」
立ち止まっていたところに、後ろから抱きつかれました。タックルに近く、上体が泳いでしまい……
「もう、なんで急に走り出すんですか。何て言いかけたんですかー?」
「い、言えません! それよりも速く離してください!」
「言うまで駄目ですー」
「わかりました! 言います! 言いますから!」
「ホントですね?」
「え? あ……」
振り返り、こちらを見上げるさよさんを見て、自分の意志のなんと弱いことかと後悔する。が、こうなってしまった以上もはや後の祭りだ。
腹をくくるしかない。
「その……ですね。むこうに帰ったら、籍を入れてもらえませんか?」
「ふぇ?」
「いや、その! さよさんは戸籍上ではもう死亡扱いですし、私にいたってはそもそも戸籍に載ってないので、たぶん千蔵さんあたりに頼むことになると思いますし……最悪形だけでも……あれ? さよさん?」
あれ? どういうことでしょう? さよさんが私から離れてうつむいています。……ま、まさか、嫌われた!? 機は見たつもりでしたが、はやまったというのですか!?
「さ、さよさん? あ、あの……」
「――――しい」
「へ? 今なんと……」
「うれしいです!! セイさん!!」
「うぐぁっ」
「うれしい! うれしい! うれしい! 夢みたいです!!」
再び抱きつかれました。今度は正面から。よかった、嫌だったわけじゃなくて。
腕の中ではしゃぐさよさんが、微笑みかけてくれる彼女が、どうしようもなく愛おしい。
一度は全て失い、改めて始まった生の中で再び手に入れた腕の中の温もり。愛おしくないはずがない。
しかし、愛おしいん、ですが……!
「さよさん! 落ちます! 落ちますって! あ……」
「え? きゃああぁぁぁぁぁっ!?」
結局、私とさよさんは海まで二人そろって落ちました。
虚空瞬動か浮遊術を使えば良かったと気づいたのは海面に浮かんでからです。
それから二人して笑っていました。よく死ななかったものだと我ながら驚いたものです。
……もう、本当に人間ではないのだと、あらためて自覚しましたけどね……
メセンブリーナ連合によるグレート=ブリッジ奪還作戦前日、穏やかな昼頃の話でした。
変えるべきか変えざるべきか悩んで結局変えませんでした。